メンヘラは幸せを怖がる
「今日めちゃくちゃ良かったね。LUCKY TAPES最高だった」
「本当にね、来てよかった」
意外と音楽の趣味が合うことを知って少し安心していた。
あのとき断らなくて良かったなと思う。
ロッキンのチケットが余ったから一緒に行こうと誘われたのだけれど断るつもりだった。
断れない誘いは喉もとにナイフをあてがわれてるみたいだ。
仲間じゃないなら敵でしかなくて、なんでその真ん中あたりじゃダメなんだろうと思う。
『ねぇ、死んでおわびしてよ』
耳元で誰かがささやく。いつものことだけど、周りには私と渕上しかいない。
「お前どうする?行こうよ」
授業の合間にいきなり声をかけられてびっくりした。普段こんなことは起こらない。
「うーん、ちょっと考えさせて」
「別に無理して行く必要はないけど」
よく言うよ。さっきからこの調子で永遠と引かないじゃない。
まるでネットワークビジネスの様な誘いに耳が千切れそうだった。
友達かと聞かれれば確かに友達なのだけれど、クラスメイトと言われる方がしっくりくる。
「お金ないんだよなぁ」
「お金なんてバイトして稼げばいいじゃん、ね?行こうよ」
人の本心は言葉の端っこに出るから、多分こいつは私と行きたいのではなくて誘う相手がもう私しかいないんだろうと思った。
幻聴が聞こえるようになったのはいつからだろう。
おかげで人とまともに話すこともできない。
そんなんだから彼氏もできない。話せれば彼氏ができるといわうわけでもなくお世辞抜きでブスなのだけれど。
「祐也、マリオカートやろうよ」
「今行くからちょっと待って」
こいつから誘われたときも悪い気なんかしなくて、むしろ嬉しかった。
だからこそ上下関係ができてるようで腹立たしかった。
「お前が行けないなら他の人誘うしさ、早めにお願いね」
「うん、わかった行く」
「え?」
自分の口が自分のものじゃないみたいだった。
目の前でキョトンとする渕上以上に私の方が驚いた。
「え、マジで?後でチケット渡すから宜しくね」
そう言うとすぐに連れのところへ行ってしまった。
私は後悔していた。
こいつとの無駄な消費にお金を使うくらいなら、無理して働かずにスタバで好きな本をのんびり飲んでいたほうがマシだった。
『ねぇ、死んでおわびしてよ』
うるさい、あんたさえいなきゃ素敵なスクールライフだったのに。謝ってほしいのは私の方だよ。
私は仕方なくマクドナルドでバイトすることにした。
仕事は辛いし男子大学生のいびりに吐き気がしたけどお金はすぐに溜まった。
当日まではあっという間だったし今思えば幻聴も聞かなかったような気がする。
別に何も期待はしてなかったから、音楽の趣味が合うことには驚いた。
「夜想曲好きだなぁ」
「え、渕上も好きなの?」
「こういうお洒落でのんびりしたの好き」
グラスステージに行こうと言われたとき、LUCKY TAPESの出順だったからテンションが上がった。
もしかして好きなのかなとも思ったけどそんな訳ないだろうし興味すらなかった。
ジャンルは良く分からないけど、この曲が好きだった。
「落ち着くよね」
「落ち着く」
なんか、とても居心地がいい。
『ねぇ、死んでおわびしてよ』
それもありだなと思う。このままずっとチルしてたかった。
それからはあっという間だった。何をやっても楽しいし、カニ汁は死にたくなるほど美味しかった。
だからミンチになりそうなほど人が詰まったバスに乗って帰るとき、このまま肉団子になりたいと思った。帰りたくなかった。
「今日めちゃくちゃ良かったね。LUCKY TAPES最高だった」
「本当にね、来てよかった」
私は家が近かったから勝田駅で降りて渕上を見送った。
次はいつ会えるんだろう、帰りの車ではそんなことを無限ループしていた。
家についてからすぐにLINEを送った。
返ってこないかなと思ったけど返事はすぐに来た。楽しかったからまたどこか遊びに行こうとのこと。
はぁ、死にたい。折角きれいに化粧をしたのに顔がぐちゃぐちゃになった。
頭がぼーっとした。今を切り取りたかった。
私は今日の余韻に浸りながら手首にナイフを突きつけた。
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