愛すべきメンヘラ

メンタルヘラ仔

メンヘラは貰いたがる

今は何時だろう。部屋の外は陽の光を待ちわびたかのように車やレンジの音で少しずつ騒がしくなり始めていた。

結婚生活に不満を持ったことは一度もなかった。

とは言え嫌なことが全く無いとは言えず小さなことならたくさんあった。

強いて言うなら日に日に肥えてく脂の匂いにムッとするくらいだった。

だから仕事から帰ってきて早々に離婚届を突きつけられたときにはなんで私が切り出される側なんだろうと思った。


「お前との生活に耐えきれなくなった」


その言葉を聞いたとき、悲しさと怒りが行ったり来たりしながらどんどん深く沈んでいった。

私は優しい妻だった。

離婚の原因になることなんて何も無いはずだった。

向ける矛先が見当たらない私はただただ記憶を辿るしかなかった。


「なんで、いきなり?」

「いきなりじゃない。もうずっと前からだった」


「お前と居るのが辛かったんだ」


愚痴もたくさん聞いてきた。飲み会で夜遅くまで帰ってこない日は待って待って、待ち続けた。

酔いつぶれて玄関に突っ伏して寝ていれば肩を貸してベッドに運んだし、吐こうものなら介抱までした。


「あなたに尽くしてきたはずだけど」

「それには感謝してるよ。それを差し引いても、もうお前とは一緒に居たくない」


してあげたことばかりが浮かんでくる。

こんな女だから嫌われたのかもしれない。


「私、もっと頑張るから。もっと、いい奥さんになれるように」

「そういうところが」


夫が突然声を荒げた。

私はびっくりして座っていた椅子ごと跳ねた。


「そういうところが嫌なんだ。なんで俺に素を出さない?俺は、夫だぞ。何か隠してるのか?」


さらけ出したらそうやって捨てると思ってたからとは言えなかった。

優しい妻だったはず、あなたのことを一番に考えてたはず。

それなのに、あなたは私のことを考えてくれない。


「とりあえず、今夜はひとりで考えてみてくれ。俺はしばらく近くのビジネスホテルにでも泊まるから腹が決まったら連絡してくれ」


夫は既にまとめてあったらしい荷物を抱えて玄関を出ていった。

なんで私じゃ駄目なんだろう。

きっと、他の女を作って出て行こうとしているに違いなかった。

急いで玄関を出て辺りを見渡したが夫の姿はなかった。

部屋に戻って電話をかけても夫は出ない。

何回かかけていると女の声でアナウンスが流れた。


誰と何処にいるの?馬鹿なことしてないで帰ってきてよ。

LINEでも連絡を取ったが既読になる気配はなかった。


そうだ、夫の大好物を作って送りつけてやろう。


私は今日の晩御飯にするはずだった主菜をすべてゴミ箱に捨てた。

急いで部屋着から着替えると成城石井へ向かった。

エビを探したが売ってなかったから仕方なく惣菜のエビフライと一番高いカットサラダを買った。

急いで家に戻って惣菜を温め直すとサラダに添えて写真を撮った。


『今日はエビフライよ、帰っておいで』


一言添えて夫に送った。

私は返信を待っている。

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