#3 文化祭の犬
当たり前のように自販機に100円をいれていちごみるくを買う日々。
犬を飼えば散歩をするし、餌をあげるわけだが、僕にとってはそれがこの行為なのである。
部室前に着くとトン、トントトン、と特殊なリズムでノックをする。
その後合図を待つ。
「青春なんて──」
「──くそくらえ!!!」
もう慣れてしまったが、このクソ恥ずかしい合図を言わないと入ることはできない。
先輩が言うには
ガチャ、と扉の鍵が空いた。
「今日は一段と遅かったな! 後輩くんっ! すごく待った。じゅっぷんは待った!!」
「……だから、10分なんて待ってないようなものでしょ」
ふりふりと体を揺らしていちごみるくをくんかくんかと探す。しっぽ振ってる犬みたいだ。
僕はいちごみるくを取り出し、お座り、と指示をする。すぐにわんっ、と正座をした。
「まずは先輩に聞きたいことがあるんです」
「なんでも聞きたまえ後輩くんっ!」
早くいちごみるくが飲みたくて落ち着かない様子で体を揺らしながら先輩は答える。
「この部室、演劇部の部室らしいですね」
ギクッ、と固まった。どうやらこれから怒られることが分かっているようだった。
しゅん、とした表情で「すみません」と謝罪された。
なんというかそういうのずるいと思うんだ。怒る気なくなるよね。かわいいし。
もういいや、とため息をついた。
「……ついに後輩くんにも話すときがきたか──マジ部の歴史について……」
ふふん、とドヤ顔して何かを話始めようとした先輩を遮って、僕は言葉を連ねる。
「今年作ったんだから歴史もなにもないですよね笑。そもそもマジ部ってなんですか笑 創設さえされてないじゃないですか笑、ダサくないですか笑、ていうか入る時の合図とかやめません笑? 中学生じゃあるまいし笑」
語尾に笑がつくように笑いながら喋ると、先輩があわわ、と泡吹いて倒れた。
急いで口の中にいちごみるくのストローを入れるといちごみるくを吸収して復活した。
ポーションかな。
「ぐぬぬ、やりおるな後輩くんっ!」
勝手に倒れただけでしょう、と言いたいところだが、これ以上は死体撃ちだ。
ふらふらと歩きながら先輩が定位置へ戻っていく。
「つまるところだな、後輩くん──私は、演劇部員なのだよ」
なるほどな、と納得してしまった。
どうして僕だけが注意されたのか疑問だったが、演劇部が部室を使っていてもなんの問題も無いはずだもんな。
「どうして演劇部なんです?」
そう聞くと、先輩はそれはね──、とにやりと笑った。
「──同学年が1人も入らなかったから1年間幽霊部員すれば部室が手に入ると思ったからなのだよ!」
「流石です先輩っ!」
この時ばかりは尊敬の念を先輩に感じた。
やはりこの人は
☆
「先輩のクラスは文化祭何やるんですか?」
いくら犬みたいだとはいえ、終始無言だとまだやはり気まずい。
最低限の会話をしとこうというのが、この部屋を共存する上でのマナーなのだ。
だから時々、当たり障りないような会話を振っている。
「演劇するみたいだけど、正直あたしらには関係ないよね〜」
四次元ポケットみたいにバックから出てくるお菓子をぱくぱく食べながら先輩は小さなため息をついた。
それになんか引っかかってしまった。
演劇──苦い思い出が蘇る。
「昔、演劇で犬の役をやった事があるんですよ」
犬と言えば、という感じで思い出した話にはなるのだが暇つぶしにはちょうど良かった。
「え、なんの演劇? フランダースの犬?」
「ロミオとジュリエットの犬です」
「え、そんな犬いたっけ?」
「いないです」
やっぱり思い出すとちょっと悲しくなった。
「……存在しない犬をやったんですよ。ロミジュリの後ろに座っているだけの犬を……別にセリフなんてなくてもいいですし、木とかならまあ必要な役かなとは思えるんですけど犬はなんかもう必要なくない? 居ても居なくても良すぎるというか、付け足すな、というか、オリジナリティーそこで出すなよというか……」
「まあ、あれだ。ドンマイだよ。後輩くん」
悲しく丸まった僕の背中をてくてくと歩いてきた先輩がさすってくれた。
「ぐすん……ちなみに先輩ななんの役やるんですか?」
「犬だよ!」
「フランダースの犬?」
「桃太郎! ちゃんとセリフもあるよ! うーわんっ!」
なんとなく救われた気がした。あとかわいい。
自分がまだマシだったことに気づくと同時に、猿とキジが気になってしまった。先輩はとてもかわいいけど。
カースト最底辺の僕は平穏に生きたい あのきき @uzu12key
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