#2 部室ないとまじで積む


 もはや毎日恒例となっている終礼時の文化祭会議だが、毎日毎日同じ話を繰り返している。

 日本の教育の賜物だな、誰も行動しようとしない。このまま卒業してしまいそうだ。

 かといって、僕が行動するのはやはり違う。──理由は敗者だからだ。負け組。

 学校行事で張りきるのは青春戦争アブソリュート・ラグナロクに勝ち残った勝者たちだけでいい。

 僕は歩兵だ。捕虜だ。

 指示されたことだけすればいい。それ以上のことはなにもしない。それが僕のモットー。

 余計なエネルギーは使うな。


 だがしかし、間に合うのかアニマル喫茶。

 いやもはやそれがいいじゃないか。若葉梓の猫耳にゃんにゃんは見れなくなるけど……。

 このまま卒業するまで文化祭なんて悪しき行事なくなってしまえばいい。


「……これって、間に合うの、かな……?」


 一番最初に声を上げたのは企画発案者として文化祭実行委員を任せられた若葉梓だった。

 確かにもう二ヶ月を切っているし、メニューや衣装なんか何一つ決まってない。

 どうせ僕みたいな敗者側の人間に決定権や発言権があるわけがなく、文化祭当日も看板持って立ってるだけの役に決まっているが……。

 だがしかし、さすがは若葉梓──勝者の中で「てかもうやばくね」と声が広がっていく。

 圧倒的強者の声はスピーカーよりも大きく、先程までは全く埋まらなかった議題がすらすらと埋まっていった。


「んじゃ、明日から女子は衣装作りで男子はメニュー開発で──はい終了、解散〜!」


 またもや二日酔いの雫先生は頭を抱えながらはよ帰れと言わんばかりに手で払う。

 あ、と何かを思い出して──


「──あ、鹿倉水斗。お前は残って」


 背中がビクッとした。

 まさか敗者ぼくの名前が呼ばれるとは思ってなかった。もう9月なんだから誰だよそいつ、みたいな顔しないでくれ。頼むから早く帰ってくれ。







「──なんで呼び出されたかわかるか?」


 単刀直入に言ってこないあたりめんどくさい女が滲み出てる。だから売れ残──ギロリと鋭い視線が向けられたのでこれ以上はやめとく。

 なに? 怒られちゃう?

 特に心当たりは無い。

 もしかしたら橘雫はエスパーで僕の心の中が読めるとか。もしそうだったら心当たりしかないので全力で土下座しよう。


 カチッカチッ、と最初は秒針の音かと思ったが橘雫が机にボールペンのペン尻をテーブルに押し付けている音だった。尻を押し付けるってなんかいいね。

 はあ、とため息をついて私だって言いたくないんだよ──と続けた。


「──演劇部の部室、無許可で使ってるそうじゃないか」


 心当たりがある──と言うよりも、そんな気はしていた、というべきか。

 いるのは僕と先輩だけ。たしかに部活動として成立しているわけがないよな。

 そもそも入部届とか書いてないし。顧問なんてみたことないし。《青春部っつ部す》とか意味わからんし。殺伐としすぎて認められるわけないし。

 つまり部室なんてあるわけがなくて──。


「──すみません、両親と妹を人質に取られてましてどうしても──いてっ」


 んなわけないだろ、と丸めた紙で頭を叩かれた。いや本当に──その通りである。

 だがしかし、部室を使えないと正直困る。

 例えば昼休み。部室で昼食を食べることで哀れみの視線を向けられることもないし、部室にいることで空き時間に寝てる振りをしなくてもいい。

 そんなこんなで、部室は僕の学校生活の中では必需品なのだ。だから僕はどうしても部室を手放すことはできない。購買からも近いし。


「……先生は鬼なんですか」


 もう一度鋭い視線で僕を睨んだ。おお、これは本当に鬼だったかもしれないまじで怖い。

 そういうことじゃないんです──、と誤解を解いてから続ける。


「──僕たちがやってることは青春あおいはるにとりのこされ、極寒の冬の中、身を寄せあってるようなものなんですよ、生きる術なんです」


 はあ、と疑問符を浮かべながらも何となくで頷いてくれている。

 意外と良い先生なのかもしれない。


「……つまり、その、部室を使うなというのは僕たちの居場所がなくなってしまうので──」


 まてまて、と橘雫は途中で話を遮った。


「──そもそも私は部室を使うなとは言っていないだろう?」


 はて、今度は僕が疑問符を浮かべた。

 橘雫はちゃんと話を聞けと言わんばかりに、はあ、とため息をついた。


「私は許可なく使うな《・・・・・・・・》と言っているんだ」


 なるほど、と思った。確かにそれは良くないことだ。


「幸運なことに演劇部の顧問はこの私だ。……と言っても活動はしていないがな──」


 ちょっとドヤ顔するのやめて欲しい。活動してないって言ってるじゃん。


「……つまりお前らが許可を取る相手はこの私だ」


 お前がまさかラスボスなのかみたいな展開のセリフとにやにやと何か企んでる顔。

 ただで許可を下ろす気は無いらしい。


「……つまり何か対価を差し出せと?」

「生憎お前はタイプでは無いし、教え子に金をせびるつもりもない」


 失礼だなこの女。三十路とはいえちょっと綺麗なのが僕の精神的ダメージをえぐる。

 教え子じゃなくても金をせびっちゃダメだと思うが……。


「じゃあ何をすれば……? 16歳学生が小遣い意外に差し出せるものは童貞くらいしかないですけど」


 いるかそんなもん、と叩かれた。

 ちょっとは反応あるかなと思ったが本当にいらないらしいちょっと悲しい。


「3回私の言うことを聞け、私が来いと言ったら来い、掃除しろと言えばしろ、例え挿入3秒前でもだ」


 とてもわかりやすく、かつ起こりえない状況だった。

 つまりは3回こき使われろ、とのこと。

 そのくらいで僕の平穏が守られるのであれば安すぎるくらいだ。


「……わかりました。ちなみに童貞あげません」


 いらねーよ、とまた叩かれた。

 ため息をついて頭を抱えていた。

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