カースト最底辺の僕は平穏に生きたい

あのきき

#1 文化祭とかいうカースト上位しか楽しめないイベント



 ――別に、何をしたって構わない。

 どうせ僕たちには発言権など与えられていないのだから。


 文化祭が二か月後に控えた一年B組の教室では、授業時間を使って文化祭の出し物の案を出し合っていた。


 主に発言するのは、みにく青春戦争アブソリュート・ラグナロクの勝者――青春を謳歌おうかする者、カースト上位に位置する人間だ。

 カースト下位、もしくは中位に位置する人間は、黙って上位の案に従う。


 それがおきて。暗黙のルール。


 こんなものが青春だというのなら、僕は望まない。


 今を過ごす青春戦争の勝者たちの目にはこの瞬間がダイヤモンドのように輝いて見えるかもしれない。

 しかし、その実態は腐った魚のように生々しい。

 カースト制度なんてものが存在する時点で、それは明確だろう。


 ……だが、そんなことを言っても仕方ない。変わらないのだ、この現状は。


 だから、僕が目指すのは平穏な日常。

 何事もない高校生活。


 精々、僕たちがやることなんて、文化祭を楽しむだけ楽しんだカースト上位様が遊び足りない様子でカラオケに向かった後に、文化祭の後片付けをするくらい。

 それで平穏に生きられるのならば安いものだ。


 このまま、何のイベントもなく普通に卒業する。

 僕が目指すのは、ただそれだけだ。


「……お前ら、良い案はないのか?」


 二日酔いで辛そうな担任の女教師、橘雫たちばなしずく先生が、頭に手を当てて言った。

 周りが結婚していく中で、婚期を逃してしまった三十路。深酒してしまうのは仕方ないのかもしれない。

 それをわかっているからなのか、誰も文句を言うことはない。

 ……文句を言えば自虐の入った説教が始まるからかもしれないが。


 いや、まあ……ともかく。

 橘先生はすごく機嫌が悪そうだ。


 昨日は大して仲良くなかった知り合いの結婚式だったのか? 


 このままだと文化祭の出し物を決めるどころか、どうして結婚できないのか、という議論に発展することになる。


 そうなっては非常に面倒臭い。

 というか、途中から「こ、こんなわたしなんかああああ」と、泣き始めるので。

 涙がしずくちゃんになるので。橘雫たちばなしずく先生だけに。


 その後、慰めてくれた生徒に「ぐすん……十八になったら結婚してえ!」と泣きつくのが目に見えて想像できる。ちなみにこの時は既に嘘泣きだろう。


 ――そんな最悪の事態を阻止すべく、一人の少女が手を挙げた。


 透明感のある銀色の髪に、ミルクのように真っ白な肌。背は女子の平均身長よりもやや低く、顔は人形みたいに整っている。

 彼女の名前は若葉梓わかばあずさ


 怯えた様子で手を挙げた若葉は、ゆっくりと立ち上がった。


「あの、私……動物好きだから、アニマル喫茶、とか、したい……です」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、発言が終わるとすぐに席に座り、机に突っ伏した。

 ……ナニソレカワイイ。


 さながら女神のようだった。

 婚期を逃した悪魔からクラスメイトを救った上に、一瞬にして癒しを与えてくれたのだ。


 そんな若葉の周りには勝者たちが群れを成していた。

 彼女もまた勝者である。

 彼女の場合は約束された勝利、というものだ。


 可愛い、優しい、素直。そして可愛い(大事なことなので二回目)。

 そんな人間を上位のヤツらが放っておくわけがない。


「じゃあ、アニマル喫茶で賛成のヤツ、挙手」


 橘先生が気怠そうに言うと、僕を含め、クラス全員の手が上がった。

 これがカースト上位の力、というべきか。はたまた若葉の特殊能力なのか。


 どちらにせよ全員一致でアニマル喫茶で良い、と、そんな判断をした。


「んじゃ、アニマル喫茶で決定。はい終了、適当に帰っていいぞ~。あ、事故だけは気を付けろよ。事故ったヤツは先生と結婚な~」

「俺、ちょっと事故ってくる」

綿野わたの、お前とは結婚しないぞ~」

「……俺、雫ちゃんに振られた!?」


 教室内に笑いが起きた。

 周りを見渡すと、笑っているのは上位だけだった。他は無理して笑っていたり、苦笑いだったり。


「なんだこれ……」


 僕は小さく呟くと、教室を後にした。

 こんなものが青春だというのなら、僕は望んだりしない。最高にどうでもいいね。


 アオイハルと書いてセイシュンと読む。

 春が来ているのはアイツらだけだ。周りを見渡せば極寒の冬のように凍り付いている。


 それに気づかず、自分たちが特別だと思って舞い上がる。



 ――――ああ、最高に滑稽こっけいだ。



「……って、言えたらどれだけ気持ちいいだろうか」


 学校の一階にある自販機で紙パックのいちごみるく(100円)を二つ買い、ゆっくりと廊下を歩いていく。


 目的地であるマジ部の部室前に着くと、我ながら何やってんだか、と溜息を吐いた。


 ドアをノックして合図を待つ。すると中から鈴のような高い声が聞こえてきた。



「青春なんて――」

「……くそくらえ」



 そんな声に合わせて、僕は小さく合言葉を発する。

……恥ずかしいからやめたい。


「声が小さいぞ! 青春なんて――」

「――くそくらえ!!」


 恥ずかしい気持ちを抑え、大きな声で発すると、カチャ、と、扉の鍵が開く音がした。


「遅かったな、後輩くんっ! すごく待った。ごふんも待った!!」

「文化祭の出し物の案が中々出なくて、長引いたんですよ……というか、五分なんて待ってないようなものでしょ!?」

「……ふむ。今回は許そう。ちゃんと貢物を持ってきたようだしな」


 僕が手に持ついちごみるくを見て、ふりふりと体を揺らす。


 彼女の名前は犬神憐いぬがみれん

 小さいけど僕より年上の高校二年生。

 去年一年ボッチだったらしく、年下が入学するに当たってマジ部(正式名称はマジで青春部っつ部す)を発足した。

 ……発足したものの、メンバーが集まらず、偶然マジ部の前を通りかかった僕を網の罠で拉致し、無理矢理入部させた。


「……はい。お手」


 僕が右手を出すと、サッとお手をする。


「お座り……は制服的に色々マズいから……まあ、犬神先輩のだし別にいいや、お座り」


 パンツが見えたけど、予想通りのいちごぱんつだったので、特に何も思わなかった。

 本当、犬みたいだなこの人……。


「はいどうぞ」


 いちごみるくを渡すと、ぴょんぴょん跳ねたのちに、最高の笑顔を見せた。

 この笑顔、100円。


「……ずっと疑問だったんですけど、先輩なんでボッチなんですか?」


 嬉しそうにストローを銜える犬神先輩に訊く。

 どっちかと言えばやっぱり可愛い方だと思うし、小さくて子供みたいだから友達出来そうだし。


「ねえ、後輩くん。背が小さい子と仲良くしてる女子いるじゃん? あれ『母性強いアピール』なんだよ」


 先輩は色素の薄くなった目で遠くを見つめてそう言った。

 ……この人も大変なんだなあ、と思った。

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