第3話



 それから。

 放課後のその時間は、私たちの楽園になっていた。

 まあ、言ってみたものの、実際にはただお喋りをするだけの空間と化していただけ。

 お喋りをし続けていても、勉強が進むことは無い。だから、勉強に関するお喋りもしながら、たまにいろいろなお喋りをする。それが私たちの楽しみと化していた。


「だから、あそこのチップスの方が美味しいって。……あ、そこはxじゃなくてyが入るよ」

「ほんとー? あそこのチップスの方が美味しかった気がするんだけどなー。……え? xじゃなくてy? ほんとうに?」

「嘘は吐かないよ」

「そりゃそうだけれどさあ……」


 ミキが嘘を吐いたことは無い。

 それは今まで私がずっと一緒に居たから分かる話だ。まあ、いざそれを言ったところで何が変わるのか、という話だけど。きっと何も変わりゃしないのだろう。私とミキの関係性のように。いや、それはおかしいか。

 私とミキの関係性は、昨日のあれ以降徐々に変わっているような気がする。

 それがどれくらい変わっているのかどうかはまた、別の話として。


「……とにかく、そこはxじゃなくてyが入るんだって。それ以上でもそれ以下でも無い。素因数分解出来ないから。やってみなよ。実際に」

「そんなまさか…………………………。ほんとうだ」


 ほんとうに出来なかった。

 ミキはいつの時間勉強しているのだろう。

 てっきり放課後帰ってからやっているのかと思ったら、私の勉強に付き合うぐらいの余裕があるというのだから、案外勉強は進んでいるのかもしれない。

 もしかして、推薦とか?


「ねえ。ミキ。あなたってもしかして、推薦」

「じゃないよー。マキと同じ一般。さてと、私もそろそろワークを進めないとねー」


 はっきりと否定されて、気づけばミキも私と同じ受験対策のワークと格闘を始めた。格闘を始めた、といっても言葉通りの意味じゃなくて、悪戦苦闘しているとでも言えば良いのかな。どちらにせよ、それは一番大変なことだということは、私が一番分かっていた。


「ねえ、マキ」

「うん? どうしたの」


 鞄から昼休みのうちに購入しておいたポッキーを取り出して、私は答えた。


「……ポッキー、一本ちょうだい」

「それだけ?」

「うん? 何か意味でもあったかにゃー?」

「いや、特に意味は無いけれど……。分かったよ。ポッキー、ビターチョコレートだけど?」

「全然問題ナッシング!!」


 グーサインをして、ポッキーを一本取り出すミキ。

 何というか、つかみ所が無いよなあ。昔から思っていたけれど。

 それを言ったところで、何が変わるか分かった話じゃないけれど、さ。




 それからの時間はあっという間に流れていったような気がする。

 具体的には何も無かったし、何かあったかと言われると微妙なところだけれど。

 でも、私とミキの関係性が良くなったか悪くなったかと言われると、何も変わりやしなかった。そんなもんだった、人生。


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