似た者同士
津田梨乃
似た者同士
「やあ、今年もこの日がやってきましたね」
突然の訪問者に一瞬ギョッとしたが、すぐに知り合いとわかり、男は頰を緩めた。人相は悪いが、それは職業柄仕方ないことなのだと男はよく理解している。
「いえいえ、お先に仕事させていただきますよ」
だから、そんな軽口を言いながら、家に通すこともできる。心なしか相手の顔も緩んだ気がした。
「どうです。今年は忙しそうですか」
来訪者は、顔色を変えずに言った。
「ぼちぼちですかね」
「いやあ、謙遜なさらずに」
「実は、本当に」
事実だった。近ごろネットの普及につれて、律儀に男のことを信じる者は少なくなってきている。自分が架空の存在と気づく年齢は、年々低くなる傾向にあるようだ。
それでも純粋に信じる子どもたちのために、男は毎年働いているのだ。
「いやあ、おたくが忙しければ忙しいほど、私の仕事も楽なんですがな」
来訪者は、頭をぽりぽりかきながら、困った声で言う。
「なんの。あなたには頑張ってもらいたいですよ。子どもは、いつ道を踏み外すか、わかりませんから。それこそ私がプレゼントをあげた子だって」
男は、本心で言う。生まれた環境こそ違うが、向かいで困り顔をしている男を尊敬していた。
「だといいんですがね」
しかし来訪者は、男の言葉を受けて、なおさら肩を落としてしまった。表情が読めない分、所作が実にわかりやすい。
「最近、思うんです。私のやっていることに意味はあるのかって。今の子どもに必要なのは、表面的な恐怖より、もっと根源的な、それこそいつまでもその人に根付くようなそんな何かを」
来訪者は、一言でまくしたて、やがて自分でも訳がわからなくなったのか、俯いてしまった。
「あなたの仕事は、徳のある仕事だ」
かと思うと、男を褒めるのだった。「同じ赤なのに、こうも違うなんてね」男の仕事着と自分を省みながら自嘲的に言う。
男は、その言葉を頭で反芻しているうちに、つい本音がこぼれた。
「逆に私は、あなたが羨ましいですよ。いつまでも子どもの心に残るのだから」
男は、ぽつりと言った。励ましの言葉より、愚痴が先走ってしまうなんて、子どもが知ったら失望するかもな。男は苦笑する。
「私は、どこまでも架空の存在だ。実在しようとも、それはやがて自分の父親だった、とかただの白昼夢だっただのと片付けられてしまう。褒めそやされるのは、有象無象の偽物ばかりです」
「そんなことはない。あなたは夢を与える存在だ」
「儚い夢です」
「人々に愛されている」
「偶像であって、私ではない」
「それでも、子どもたちのために働くあなたは立派だ!」
それを聞いて、男はニッコリ微笑んだ。
「お互い、ね」
来訪者は、ハッとした顔になったかと思うと、初めて笑顔を見せた。
「おや、そんな表情もできるんですね」
「ははは。あまりからかわないでください」
来訪者は、顔を真っ赤にして照れた。しかしよく考えたら、元から赤かった。
「そろそろ仕事に行くとしますかね」
「おや、もうそんな時間ですか。どうも時差というものには、慣れそうにない」
「みな、そんなものですよ。ところで一つお願いが」
「なんでしょう。私にできることならば」
「景気付けに、あの言葉を聞かしていただけますかな。まさしく、あなたにしかできない」
「ははあ。あなたも物好きですね。いいですよ。お安い御用です」
来訪者は、背筋を正し、懐から包丁を取り出した。顔は、みるみる鬼の形相に変わる。いや、鬼そのものだった。だが、男は動じない。なぜならそれが来訪者の仕事スタイルだとわかっているからだ。
雪原が広がる大地に、ぽつねんとそびえ立つ一軒家に大音声が響き渡った。それを聞いて恐怖する子どもは、どこにもいない。
悪い子は、いねえが!!
似た者同士 津田梨乃 @tsutakakukaku
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