11話 帝国最後の日は近い 私こそが君たちの魔王だよ!
アイリスは今日もお茶会を楽しんでいた。
ここは大帝国エトニアルの後宮、いくつかある庭園の1つ。
空は高く、よく晴れている。
「天聖内定おめでとうアイリス」
天聖候補のモルガーナが淡々と言ってから、お茶に口を付ける。
4人の天聖がみんな死んでしまったので、ひとまず新たに2人を天聖として就任させることが決まったのだ。
選ばれたのは天聖候補1位のマンフレード、2位のアイリスである。
「ありがと」
アイリスはお菓子に手を伸ばす。
「まさか後宮妃が天聖になるなんてねぇ~」
下級妃のビアンカがノンビリした口調で言った。
このお茶会に参加しているのは、仲良し3人組であるアイリス、モルガーナ、ビアンカだけである。
3人の近くには訓練された後宮メイドたちが控えている。
「大帝様の呪いを受けられるのか、羨ましいな」モルガーナが言う。「上級国民の仲間入りだ」
「ふふふ~、後宮妃は元から上級国民だけどね~」ビアンカが言う。「呪いを受けていないってだけで~」
この国では大帝の呪いを受けた者のことを上級国民と呼ぶ風潮がある。実際に何かしらの特権があるわけではない。
大帝の寵愛の証だから、みんな羨ましいというだけのこと。
アイリスはあはは、と曖昧に笑った。
呪いに関する価値観は帝国特有のもので、アイリスにはいまいち理解できない。
それに、呪いを受けるのはちょっと嫌だな、とも思った。
「ねぇねぇ」ビアンカが言う。「新人メイド、すごーく可愛いわよね~?」
「ああ」モルガーナが頷く。「後宮妃でもおかしくないレベルだ」
2人がチラリと新人メイドに視線を送り、アイリスも釣られて新人メイドを見た。
銀髪の美しいメイドで、透き通るような透明感と清楚感が溢れていた。佇まいは美しく、まるで森の妖精のようなその子を見て、アイリスは苦笑い。
(アスラ……本当、何でもできるのね……メイドとして後宮に潜入するなんて……)
アスラは先行部隊として帝国入りして、なんとなくメイドになった。他のメンバーもそれぞれ好きな所に潜入している、とアイリスは聞いていた。
アイリスの視線に気付いたアスラが、ニッコリと微笑む。
「か、可愛い……」
ぐぬっ、とアイリス。
メイド服を着てお人形みたいに立っているだけで可愛いのに、笑顔まで浮かべるのは反則だ。
本当、喋らなければ絶世の美少女なのだ、アスラは。
「そういえば今回は」モルガーナが言う。「聖女就任式と天聖就任式を同時に行うらしいね」
「ねー」ビアンカが頷く。「帝国民はパーティ好きだから、普段なら別々にやるのにね~」
ティナが手を回したのだ、とアイリスは知っている。
盛大に盛り上げて、そしてぶっ壊すという極悪な計画である。
1番、敵に回してはいけない相手は、もしかしたらティナなのかもしれない、とアイリスは思った。
アイリスがのほほんとお茶会をしている間に、ティナはいつの間にか帝都を掌握していた。表も裏も。
かつて、フルセンマーク最大の犯罪組織を経営していただけのことはある。
アイリスは割と後宮の生活に馴染んでいたが、それでもフルセンマークをメチャクチャにした帝国が崩れると思うと心が弾む。
後宮は好きだが帝国は嫌いなのだ。大帝はイケメンだが、それだけで侵略を許すほどアイリスは優しくない。
「楽しみだわね」
そう呟いた。その日が待ち遠しい。
◇
聖女及び天聖就任式、当日。
ここは帝城の敷地内に建てられた闘技場。大きなイベントはだいたい、いつもここで行われる。
今日の闘技場はいつもより飾り付けられていて、華やかだった。
客席はビッシリと埋まっていて、なんなら闘技場の外にまで人々が溢れている。
アイリスは闘技場の真ん中付近に立っていた。
アイリスの他には、聖女に就任するティナ、天聖に就任するマンフレード、そして大聖女に就任する現聖女のオンディーナがいた。
他には大臣級の偉い人や式典の進行係の人たちが闘技場内にいる。ちなみに偉い人たちは高価な椅子に座っている。
その中でもひときわ高価な玉座には、誰も座っていない。このあと大帝が入場して式典が始まるのだ。
ちなみに、玉座は三段ほど高い舞台に設置されている。
「それでは皆様!」司会進行役の男が鉄製音響メガホンで叫ぶ。「我が帝国の主にして世界の覇者! ユグドラシルすら跪く我らの大帝! キリル・ガルニカ様の入場です!!」
観客が沸き上がる。凄まじい声量の歓声に、アイリスは耳を塞ぎたくなった。
大帝の人気ヤバすぎでしょ、と思った。
闘技場の控え室から、大帝キリルが付き人たちと歩いて入場。
その顔はまさにご尊顔と呼ぶに相応しい造形で。黒髪に赤い瞳が輝いている。
(あああああ! 超イケメン! 本当イケメン! これは人気なのも頷けるっ!)
アイリスの目はキラキラと輝いていた。帝国は敵だし、大帝も敵だが、それはそれ、これはこれ、である。美形は目の保養にはいい。
キリルが右手を挙げると、また凄まじい歓声。
サービスなのか、キリルは笑顔を振りまきつつ玉座まで歩き、ゆっくりと座った。
そうすると、歓声が止む。
「ではまず! 天聖候補2位! 彗星の如く現れた美少女戦士! アイリスの天聖就任式から始めます!」
歓声が上がり、アイリスはサービスで手を振った。
「こっちへ来い」
キリルの声はメガホンを通したわけでもないのに、闘技場中に響き渡った。
声にMPが乗ってる? とアイリスは思った。
アイリスはゆっくりと大帝の前に移動し、膝を突いた。
さて、いつ大帝を攻撃するんだろう?
誰かが何か合図を送ると思うので、それまでは大人しくしておこう、と思うアイリス。
「我が呪いを授ける」
キリルが右手を突き出すと、そこから悍ましいMPが放たれ、アイリスを飲み込んだ。
◇
そこは十六夜と話をした空間に似ていた。
「我が呪いを受け入れよ!」
地の底から響くような怨嗟の声が言った。昔のアイリスなら怯えたに違いない。
「いいけど?」
アイリスはニヤッと笑った。
経験済みなのだ、この程度の呪いは。この程度の怨嗟は。
「帝国民の怨嗟と絶望、悲嘆に暮れる心を! 受け入れよ! そうすれば貴様は我が呪いに守られ、我が呪いの下僕となり、我が呪いとともに歩める!」
「だから、受け入れてあげるから、来なさいってば」
アイリスが自分で調べたところによると、呪われたら【神性】を無効化できるという特典がある。
それ以外は、大帝が指先1つで呪った相手を殺すことが可能になるというデメリットしかなかった。
要するに、大帝の駒として生きることになるのだ。帝国民には、それが幸せのようだが。
「大帝に逆らえないようにする措置ってところね」
アイリスが両手を広げると、呪いがアイリスの心に侵入した。
しばらくして。
「なんだ貴様は! メンタルお化けか!? 微動だにしないとか!」
呪いはアイリスの心から出て行った。
「魔法兵のメンタル舐めてもらっちゃ困るし、実は十六夜で体験済みなのよね」
アスラがメイドとして潜入してから今日までの間で、十六夜を完全に使えるようにしたのだ。大帝の呪いに打ち勝てるように。
「ま、あたしを呪いたきゃもっと優しくしてくれなきゃ」アイリスが言う。「優しく耳をふぅー、ってしたり、壁ドンして愛を囁いたり、そういう方が堕ちるわ!」
「何の話だ貴様! とにかく、貴様は呪えぬ!」
呪いが消えて、アイリスは現実世界で目を開く。
顔を上げると、キリルが酷く驚いたような表情をしている。
「どういう……ことだ?」とキリル。
「な、何が起こったのでしょうか?」司会進行役の男が言う。「大帝様の呪いが、打ち消されたように見えましたが……」
「ヌルいわ」と言いながらアイリスが立つ。
「貴様、勝手に立つな!」と誰かが叫んだ。
「もう始めちまっても!!」客席にいたアルが大声で叫んだ。「いいだろう!? 俺様はもう戦いたくてたまらネェ!! いくぞ大帝!!」
アルは客席からキリルの方へとジャンプ。その時に客席が砕けた。
アルはそのままキリルを殴ろうとしたのだが、マンフレードがジャンプしてアルを迎撃。2人の交錯で小さな衝撃波が生まれる。
アルは闘技場内に着地し、マンフレードも近くに着地した。
闘技場内が騒然となる。
「構わん、余興である」とキリルがMPの乗った声で言った。
「マンフレード様、カタールです!」
誰かがマンフレードに武器を渡した。
その武器は刀剣の一種だが、斬るよりも突くことに特化した形状をしている。
マンフレードはカタールを両手に装備。いわゆる二刀流のような感じだ。
「おいで、十六夜」
アイリスが右手を伸ばすと、空間を引き裂いて魔王剣・十六夜が姿を現す。
「ほう? それは余の呪いの産物であるな?」
キリルは玉座で脚を組んで言った。
「そうみたいね」とアイリス。
フルセンマークに魔王という呪いを施したのが、大帝キリルであることは周知の事実。ゾーヤがそのことを明かしたのだ。
帝国を、キリルを倒せばフルセンマークを蹂躙する魔王が消える可能性が高い。それはゾーヤ軍やフルセンマークの人々の士気向上に繋がった。
さて、アイリスは武器を持っていなかったので、とりあえず十六夜を呼んだという感じである。
別にキリルを殺そうとは思っていないが、腕の1本ぐらいはいいかな、とも思っている。
と、天聖候補たちが次々に闘技場内に入ってきた。同時に警備兵もワラワラと詰めかける。
「ああ! 本当は嫌だけど! 嫌だけど!」ギルベルトが半泣きで客席から飛ぶ。「フルセンマークのために!」
ギルベルトはキリルを狙ったが、キリルは動かなかった。
そして。
ギルベルトの剣はキリルの目前で魔法陣に弾かれる。
ティナが言ってた聖女の自動防御魔法ね、とアイリスは察した。
ギルベルトが着地すると、すぐに天聖候補たちに囲まれる。
「……ぼくはオンディーナの、大聖女就任の時に始めたかったですのに……」
ムスッとした様子のティナが右手を上げ、雷をキリルに落とした。
その雷は防御魔法で防がれたが、ティナの配下の者たちが武器を持って立ち上がった。
「帝国に革命を!」「帝国に自由を!」「大帝を殺せ!」「腐った政府を打ち倒せ!」
次々に立ち上がる人々。
「カオスであるな」
キリルはやれやれ、と小さく首を振った。
「わたくしの大聖女就任が……許さない、許さない……」
オンディーナは激しい怒りに震えていた。
「諸君! 注目したまえ!」
空からよく通るアスラの声が聞こえた。
視線を上げると、アスラが花びらの足場に立ってキリルを見下ろしていた。
全員の視線がアスラに向いた。
「ああ、私は君たちのラスボスだよ! 今日、私を倒さなければ君たちは滅んでしまう! 分かるだろう大帝! 今日は君を殺しに来たよ! さぁ! 帝国を存続させたいなら、この私を倒すんだ! 急げ! 急げよ諸君! 私こそが最後の敵! 私を打ち破るのだ帝国の諸君! 私こそが魔王! 帝国に滅びをもたらす災厄の魔王である!」
アスラの演説に、アイリスは苦笑い。
ノリノリじゃん!
本当、アスラはいつも全力で状況を楽しんでいるなぁ、とアイリスは思った。
「傭兵王か……。よかろう」キリルが玉座を立つ。「皆の者! 反逆者たちをくびり殺せ! 魔王を名乗るあの女を叩き殺すのだ!」
キリルが言うと、歓声が上がった。
そして闘技場のあちこちで戦闘が始まる。よく見ると《月花》のメンバーも紛れている。
「あんたは、あたしとやりましょ? あ、エッチな意味じゃないわよ?」
アイリスがキリルを見詰めながら言った。
「貴様、この状況でエッチしたいと言える度胸があるなら、妻にしてやったわ」
キリルが呆れた様子で言った。
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