12話 聖女の魔法は最強です 「余の力も見せよう」


 オンディーナは怒りでワナワナと震えていた。

 今日やっと、大帝を除いた大帝国エトニアルの最高権力であり権威、大聖女に就任できると思っていたのに。

 なぜか天聖に就任するはずのアイリスが呪いを拒否したり、客席から人だか魔物だかよく分からない奴が飛び出したり、雷が落ちたり、反乱分子が立ち上がったり。

 全て台無しである。

 その上。


「ねぇ今どんな気持ちですの? ねぇねぇ、どんな気持ちですの?」


 ニヤニヤとオンディーナの顔を覗き込むティナのウザいことウザいこと。


「これはぼくが用意したパーティですのよ? 気に入って頂けたなら、幸いですわ」


 誰が気に入るかこのクソボケ、とオンディーナは思った。

 だが言わなかった。そもそも、ティナを連れてきたのはオンディーナなのだ。


(ティナは帝国のためになるはず……だったのに……どういうことです?)


 オンディーナはキリルやマンフレード、他の天聖候補たちに自動防御魔法を施しながら、ティナのことも視界から外さない。

 伊達に聖女をやっているわけではないのだ。


「オンディーナは今日、死ぬでしょうけど」ティナが言う。「1つだけ助かる道がありますわ」


「聞きましょうか」


 オンディーナは自分が死ぬと思っているわけではない。ティナが何を言うのか気になっただけ。


「ぼくに跪いて『尻派に入れて下さい、お願いします。わたくし聖女オンディーナのお尻を好きに使って下さい』と言えれば、殺さないよう、みんなに頼んであげますわ」


 ティナは人差し指を立てて、澄まし顔で言った。

 たぶん本気なのだろうな、とオンディーナは思った。


「冗談じゃありません。そんな意味の分からない派閥に入る気はありません。それに」オンディーナが微笑む。「よくよく考えれば、これも帝国のためだと気付きました」


 ティナがキョトンと首を傾げる。


「反乱分子を集めているわけですからね。皆殺しにすれば、帝国の膿を排除できる。即ち、それは帝国のためであり、わたくしの直感通りということです」

「……無理だと思いますわよ?」


 ティナがソッと空を見上げた。

 釣られてオンディーナも見上げる。

 そこには自らを魔王と名乗った銀髪の少女が立っていた。空に立っているその少女は、ジッと黙って戦況を眺めている。

 時々、誰かが矢を放ったり槍を投擲したり、魔法を使って自称魔王の少女を攻撃した。けれど、どの攻撃も途中で花びらに触れて爆発し、少女まで届かない。


「なるほど、魔王を自称するだけあって、かなりの実力者なのでしょう」オンディーナが言う。「容姿的に、フルセンマークの傭兵王でしょうか? ですが、わたくしの防御魔法の前では誰であっても無力です」


「だといいですわね」



 アスラは空から戦況を見つつ、誰と遊ぼうかなと考えていた。

 まず大帝キリル。彼とはアイリスが対峙している。キリルの戦闘能力は不明だが、スカーレットを超えるということはないはず、とアスラは思った。

 仮にキリルがスカーレットに近いレベルで強かったとしても、今のアイリスの実力なら簡単に負けたりしない。


 次にティナに視線をやると、こっちを見ていた。

 ティナと対峙しているのは帝国の聖女オンディーナ。防御魔法が強力だと聞いている。いくつか試してみたいことがあるので、ティナに加勢するのも悪くない。

 そんなことを考えている間も、槍やら矢やらが飛んでくるが、全部イージス花びらで撃墜。


「私の自動防御魔法も割といいだろう?」


 誰に言ったわけではない。ただ呟いただけ。

 さて、とアスラは次にアルに視線をやった。対戦相手はカタールという珍しい武器を使っている。


「ほう……あいつ、虚無のロマより強いね」


 天聖候補1位、マンフレードの動きを見て、アスラはそう思った。

 アル相手に戦えているというだけでも、相当に強いのが分かる。

 とはいえ、ここは放置でいい。加勢したらアルに攻撃される可能性がある。それは面倒臭い。

 アスラはギルベルトを見る。複数の天聖候補と戦っていて、少し押され気味。助けに入るならここがいいか。

 そう思った時、マルクスが加勢に入った。


「……おおぅ……私の出番が……見つからない……」


 まぁ、魔王らしく空で誰かを待ってもいいのだが、このままでは誰とも遊ばないまま状況が終了する可能性もある。

 イーナがティナに加勢し、更にティナがジャンヌを召喚。

 他の団員たちは天聖候補や兵士と楽しそうに戦っている。


「仕方ない、しばらくは静観としゃれ込もう」


 アスラは大きめの花びらを創造して、そこに腰掛けた。



 マンフレードは『覇王降臨』を使用した上、全身と武器に魔力を流した状態でアルと戦っていた。

 全力も全力、速攻で倒してしまおうと思ったのだが。


「やるじゃネェか!」


 アルが上段蹴りを放つ。

 マンフレードはそれを躱さずに突っ込む。

 アルの蹴りはオンディーナの自動防御魔法が防いでくれる。

 さすが聖女様、とマンフレードは感心した。この状況で、多くの味方を護っている。

 とはいえ、複数を護っているので魔法の防御力は少し下がっていた。

 マンフレードはカタールでアルを貫こうとするが、アルはその攻撃を躱す。


「く……デカいくせに速い……」


 寡黙なマンフレードだが、思わず悪態を吐いてしまう。それだけ、アルが強敵なのだ。

 マンフレードは戦闘能力だけなら、かつての天聖たちよりも上である。それぞれ模擬戦を行ったので、確実だ。

 要するに、キリルとオンディーナを除いた帝国最強がマンフレードなのだ。


「楽しいなぁおい! 俺様は久々に! 俺様とまともに戦える相手に出会ったぞ!」


 激しい攻防の中で、アルが嬉しそうに言った。

 そりゃ、お前と戦える奴は少ないだろう、とマンフレードは思った。

 現状、戦闘能力はほぼ互角で、オンディーナの防御魔法の分、自分が有利だとマンフレードは分析した。

 マンフレードは身を低くし、水面蹴りを放つ。魔力を通した蹴りだ。それが命中し、アルの姿勢が少し崩れる。

 マンフレードはその隙を見逃さず、突進するように右腕を伸ばす。カタールでアルの腹を突こうとしたのだ。

 そしてその攻撃はアルの腹部に命中したが。


「ふん!」


 アルが魔力の鎧を纏って、攻撃したカタールの先端が砕けた。

 マンフレードは危険を感じて距離を取ろうと後方に飛ぶが、それ以上の速度でアルが間合いを詰めた。


「!?」


 ギフト持ち!?

 いや、これは……魔物かこいつ!

 気付いた時には、だがもう遅い。

 魔力の鎧を纏ったアルの拳が、防御魔法をバラバラに打ち砕いてからマンフレードの胸に命中。

 マンフレードの胸は陥没し、骨が砕け、肺が潰れ、血を吐きながら遙か後方へと飛ばされる。


 アルは驚異的な速度で飛ばされているマンフレードに追い付く。

 この時、すでにマンフレードに意識はなかったが、まだ命は果てていなかった。

 アルは追い付いたあと、マンフレードを蹴り落とした。

 マンフレードは地面に衝突し、小さなクレータができる。その時に、マンフレードの全身の骨は砕け、内臓は潰れ、絶命した。


「俺様に『魔装』を使わせたんだ、テメェはガチで強かったぜ」


 アルは魔装を解いて、ヘヘッと笑った。



「手を貸そう」


 マルクスは劣勢だったギルベルトの隣に立った。


「……助かる」


 両手にそれぞれ長剣を持ったギルベルトが安堵の表情を浮かべる。

 ギルベルトが相手をしていたのは天聖候補4人。

 マルクスは1番弱いであろう相手に狙いを定め、間合いを詰める。相手はマルクスの動きにギリギリ反応できている、という感じだった。

 マルクスは聖剣クレイヴ・ソリッシュを下から斬り上げるように振る。

 相手が長剣でガードしたが、マルクスは相手の剣をへし折ってそのまま斬撃を続ける。

 しかしオンディーナの防御魔法が発動し、マルクスの剣を止めた。


「面白い」


 マルクスは距離を取らず、連続で斬りつける。相手は反応できていないが、防御魔法は発動している。


「これならどうだ?」


 マルクスが【氷槍】を使用。

 無数の氷の槍が空に浮かび、一斉にマルクスの敵へと飛翔。

 一発は防御魔法が防いだが、残りは敵に突き刺さった。


「ふむ。同時多発的な攻撃は防げないか」


 あくまで、オンディーナが防御魔法を分散させているから、だが。

 オンディーナの防御魔法は、1人だけを全力で護るならもっと性能がいい。

 マルクスがチラッとギルベルトを見ると、3対1で戦っていた。

 3人の敵は連携も上手く取れていないし、それぞれの実力もギルベルトに及ばない。

 よって、普通ならギルベルトが勝つのだが、やはりここでも自動防御魔法がネックになっていた。


 ギルベルトの攻撃を、3人の敵は防御する必要がないので、ひたすら攻撃を続けている。

 さすがに防御無視の攻撃3人分は、ギルベルトでも捌くのに苦労していた。

 天聖候補3人の実力は、英雄になりたての英雄ぐらいか、とマルクスは分析。

 タイミングを見て、クレイヴ・ソリッシュの斬撃を飛ばす。

 しかし躱された。

 マルクスはもう一度【氷槍】を使用。ギルベルトの周囲に無数の氷の槍が浮かぶ。


「いつ見ても、自分の魔法は美しいな……」


 魔法大好きのマルクスは、陽光を浴びてキラキラと輝く氷の槍を見てとってもいい気分だった。

 固有属性を得て、攻撃力が大幅に強化されたのも非常に嬉しい。


「やはり魔法は最高だ。魔法兵こそ最強」


 マルクスは新たに【氷槍】を使用し、更に槍の数を増やした。魔法の2つ同時展開である。

 3人の敵は凄まじい数の氷の槍を見て、自分たちの死を悟った。けれど諦めたわけではない。せめてギルベルトは道連れにしようと、文字通り死に物狂いで攻撃を仕掛けた。


「おおおい! 早く攻撃してくれ!」とギルベルト。


 マルクスはクレイヴ・ソリッシュを掲げ、そして振り下ろす。

 その動作に合わせて、氷の槍たちが3人の敵を貫いた。



 アイリスは十六夜を右から振ってキリルを攻撃した。

 キリルは最小の動きでそれを躱す。

 アイリスの斬撃は玉座の背もたれをスパッと斬り落とす。

 十六夜の斬れ味が良すぎて、アイリスは少し驚いた。

 アイリスは十六夜を振り抜き、今度はそのまま左から斬撃。


 キリルは今度は避けなかった。オンディーナが防御魔法をかけたからだ。

 キリルに当たる少し前に、アイリスの斬撃は魔法陣に防がれる。

 アイリスは驚き、少し距離を取る。

 防御魔法の存在は知っていたのだが、十六夜の斬撃をアッサリ防げるほどの強度に驚いたのだ。


(これは厄介ね)


 キリルはさっきの動きだけでも、アイリスと同等かそれ以上の戦闘能力だと分かった。

 その上で自動防御魔法が付与されている。


(ムッカー! わたくしの斬撃を防ぐなんて許せません!)


 十六夜がアイリスの頭に直接話しかけた。

 十六夜はすでに人格の統合を終えていて、若い女性の声だった。


(あんたが全力で攻撃したら、あの防御魔法って割れる?)

(当然ですとも! ええ! わたくしに斬れぬモノなど! ないのです!)


 なんだか十六夜の人格はダメな子の臭いがする、とアイリスは思った。


(ただし! わたくしが本気出したら後ろの人たちもみんな死にますけどね!)


 十六夜の衝撃波は、マルクスの聖剣クレイヴ・ソリッシュよりも遙かに強力なのだ。


(まぁですが! わたくしのプライドのために死んで貰いましょう!)


 そう言って、十六夜が勝手にアイリスの手を持ち上げた。


「ダメに決まってるでしょうが! この人格、絶対失敗よアスラ!」


 アイリスは逆の手で振り上げた手を掴んで下ろした。


「……なんだ? 余を笑わせたいのか?」と呆れた様子のキリル。


 コホン、とアイリスが咳払い。


「まぁ、防御魔法も魔法なんだし、MP尽きたら終わりでしょ!」


 だったらひたすら攻撃あるのみ。

 アイリスは何度も斬撃を放つが、全て防御魔法に弾かれる。


(あーあ、本気出したいですねぇ、本気出したら余裕なんですがねぇ)

(うるさい! 機会があれば出させてあげるから!)


 手応えはあるのだ。防御魔法の魔法陣が、少しずつ欠けている。


「このままでは聖女が凄い、で終わってしまうな。少し、余の力も見せてやろう」


 キリルがそう言うと、キリルの背後に巨大な魔法陣が浮かんだ。

 それは酷く禍々しい気配を放っていて、アイリスは少しだけビクッとなった。


(懐かしい感じがしますねぇ)と十六夜。


 あまりの禍々しさに一瞬、周囲が沈黙した。


「呪われし怪物どもよ、我が呼び声に応えよ!」


 キリルの声に呼応するように、魔法陣から悍ましい怪物たちが出現した。

 アイリスはその怪物たちを知っている。

 なぜなら、そいつらの気配は。そいつらの悍ましい魔力は。

 定期的にフルセンマークを蹂躙する人類の敵。

 英雄たちが命を賭して倒すべき化け物。


「……魔王」


 それが複数体。正確には3体。


「私の出番もありそうだね」アスラが花びらの階段を優雅に降りてきた。「真の魔王がこの私だと、分からせてやらないと」

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