10話 生きるという虚無からの解放 ここは魔境だと彼は言った


 イーナは連続してみんなに【加速】をかけた。

 みんなとはレコ、ロイク、チェリーの3人と自分自身。

 まずは身軽でスピード自慢のチェリーが虚無のロマに攻撃をしかける。

 チェリーは身長差を補うために飛び上がり、ロマの顔面に右のフックを放つ。

 ロマはそれを左手でガードし、同時に右側から長剣を振ってきたレコの攻撃をハルバードでガード。


 チェリーはロマの手首を掴み、軸にしてロマの背後へと飛んだ。

 チェリーがロマの視界から消えた瞬間、真っ正面から双剣を持ったロイクが突っ込む。

 ロマはハルバードを回しながらロイクの双剣による攻撃をガード。

 更に背後からのチェリーの蹴りを回避。レコの長剣による攻撃は避けきれず、脚を少し斬られた。


 ロマは思った。今度から脚にも鎖帷子を装備しよう、と。

 イーナが【烈風刃】を連続使用。強烈な風の刃がロマを襲う。

 ロマは鎖帷子の左腕で、風の刃を1つ受けた。鎖帷子が欠ける。下半身を狙っていた風の刃は躱すしかないので躱したが、ロイクの双剣に対処できなくなって、胸の辺りを少し斬られた。


 もちろん、胸には鎖帷子があるので、致命傷には至らない。

 右側からレコが砂を投げつけてきたので、ロマは「なんて嫌な攻撃をする連中だ」と思いつつ回避。

 ちょうど、回避した先にイーナの短剣が待っていて、ロマは酷く焦ったがそれも躱す。

 顔が少し切れた。


「く……そ……」


 ロマはたまらず覇王降臨を使用。赤い魔力の衝撃波が起こって、《月花》の4人と少しだけ距離を取れた。


「あーあ、連携終わっちゃったね」とレコ。

「惜しかったなチクショウ」とロイク。

「……ジャンヌより……戦いやすいかも……」とイーナ。

「チェリーがちょっと合ってないでござるな。すまぬ」とチェリー。


 マホロ候補として生きていたチェリーは、あまり仲間と連携して戦うことに慣れていない。そもそもマホロのコンセプトが、単独で魔王を倒すことだからだ。

 よって、《月花》に入って初めて、みんなで合わせて戦うという手法を学習している。


「悪くなかったがね」


 見学していたアスラが言った。

 4人の連携攻撃としては、それなりに完成度は高かった。その上、当たり前だがこれは本気だった。一気に決着を付けるつもりの連携攻撃だったのだ。


「やるじゃ……ないか」


 ロマがハルバードに魔力を通す。


「覇王降臨しながら他にもMPを回せる、というのは凄いね」


 アスラが感心した風に言った。

 ロマに言ったわけではなく、独り言みたいなものだ。

 ふー、とロマが息を吐きつつ、ハルバードを構える。


「私も交じろう」


 アスラは短剣を両手に握って前進。

 ロマがハルバードを振って、魔力の衝撃波を飛ばす。

 その衝撃波はレコを狙っていて、「どうせオレが一番弱いからでしょ!」とレコが怒った風に言いいながら、横に思いっ切り飛んで回避。

 ロマは衝撃波を飛ばしたと同時に踏み込んで、チェリーを攻撃した。


 チェリーは闘気を使用して、ロマの攻撃を躱そうとしたが、間に合わない。

 あ、チェリー死んだでござるぅぅぅ! と心の中で叫んだが、ロマのハルバードは空中で花びらを叩いて爆発した。

 爆発はしたが、魔力を通しているのでハルバードは無傷だった。ロマが驚いて飛び退いただけ。


「た、助かったでござる!」


 チェリーは心底、安堵した。これほど死を間近に感じたのは初めてのことで、心臓がバクバクしている。


「自動防御魔法」アスラが言う。「付与イージス。固有の魔法名は特にない」


 交じると宣言した時に、アスラはみんなの周囲に数枚の花びらを浮かべていた。それは【血染めの桜】の別バージョンである。

 端的に言うと、自動的に対象を護衛する花びらだ。

 もちろん、保護対象がケガをしないよう、爆発の威力は抑えている。


「さて、連携を深めつつ、倒そうか」


 アスラが持てる全速でロマとの距離を詰める。


「くっ……」


 アスラが一瞬で懐に入ったものだから、ロマは後方へと飛ぶ。

 同時に、イーナがアスラを【加速】。

 アスラは短剣でロマの首を狙う。

 ロマはギリギリで躱しつつ、ハルバードを持っていない方の拳でアスラを迎撃するが、アスラはその拳をアッサリと躱してしまう。


 ロマの左側から、レコが長剣で攻撃を加え、右側からチェリーが跳び蹴りを入れる。

 更に背後からロイクが双剣で攻撃。

 イーナは少し離れた位置で、【加速】を使ったり【加速】を乗せた矢を放ったりして援護。



 これはマズい、とロマは思った。

 間合いがもうロマの間合いではない。しかし距離を取ることもできない。

 アスラの攻撃に対処するだけで精一杯の状態で、他にも攻撃が飛んで来る。

 それも、酷く綺麗に繋がった攻撃なのだ。こんなの、最大限に集中していないと、すぐやられる。


 恐ろしいほど綺麗な連続攻撃。唯一、チェリーだけが少しズレることもあるが、隙になるほどではない。

 ロマは今、前後左右と少し離れた位置からの攻撃を捌いている。正直、今の世界にこの凄まじい攻撃を捌ける者が、どれだけいるだろうか? とロマは思った。

 ハルバードがもはや重りでしかない。ロマは仕方なくハルバードを捨てた。身軽にならねば、躱しきれない。


「君、本当に強いね」アスラが楽しそうに言う。「よく生きていられるね。メロディより強いんじゃないかな」


 メロディが誰なのか分からない、とロマは思った。しかしそれを質問する余裕はない。声を出している余地はない。

 と、右足に激痛。

 確認すると、矢が刺さっていた。

 ああ。クソ。死ぬのか、とロマは理解した。

 それは生きるという虚無からの脱却で。


 悪いことではない、とロマは思った。

 同時に、フルセンマークは田舎だと思っていたが、魔境の類いだったか、と思った。

 一瞬、本当に一瞬だった。

 右足に気が移ったその瞬間に、ロイクの双剣がロマの首を飛ばした。


「お、マジか、俺がやったのか」とロイクは少し驚いた風だった。


 ロマの視界がグルグルと回転し、生首が地面に落ちる頃、意識が消失した。



「戦闘中に話しかけると、だいたいの場合、気が逸れる」とアスラ。

「その隙に……矢を打ち込めば……もう勝ち」とイーナ。

「オレがトドメ刺したかった」とレコ。


「毎度のことだけどよぉ」ロイクが言う。「囲んで戦うと、格上にも勝てるから気持ちいいなぁ」


 戦士の矜持を持つ者が聞いたら発狂しそうな台詞だが、みんな頷いていた。

 アスラ以外のメンバーは、ロマと決闘したらまず勝てない。

 アスラは正直、1人でもロマに勝てた。だが連携の訓練の方を重視したのだ。このレベルの敵に連携を試せる機会はあまりない。


「さて、速やかに撤収といこう」アスラが言う。「レコは首、ロイクはハルバードを持って帰れ」


 アスラは上空に少し大きな花びらを創造して、爆発させた。

 その爆発を見て、ゴジラッシュが下降してきた。


「この武器、いい武器だなぁ。まぁ、俺はしばらく双剣使うけど」


 ハルバードを持ち上げながらロイクが言った。


「オレには大きい」


 レコはロマの首を両手で抱えた。


「あたしにも大きい……」

「チェリーは素手が一番でござる」


 まぁ、チェリーはマホロ候補なので色々な武器を扱えるけれど。


「武器庫に放り込んでおけば、誰か使うだろう?」


 アスラはふと、そういえばネレーアの槍も持って帰れば良かったなぁと思った。



 ドラグ大王国、最前線基地の司令官室。


「まさかこれほど簡単に依頼を達成してくるとは……」


 虚無のロマの生首を持って帰還したアスラたちに、ゾーヤは驚愕しつつ言った。


「これどうする?」


 レコがロマの生首をちょっと持ち上げる。


「トラグ軍の人に渡してください」ゾーヤが言う。「晒すなり敵に見せつけるなり、何かしら使い道を考えるでしょう」


「はーい」


 返事をして、レコは司令官室を出た。


「さすがですね」


 うんうんと頷きながらデリアが言った。

 ちなみに、この場にいるのはアスラ、イーナ、ゾーヤ、デリア、ナシオの5人だ。

 ロイクとチェリーはゴジラッシュで《月花》の帝城に向かっている。ロマのハルバードを武器庫に突っ込むためだ。


「さて、相談ってほどじゃないんだけど」


 言いながら、アスラが木製の椅子に腰掛ける。

 ゾーヤはアスラが何を言うのか、少し警戒した。

 アスラは右手を広げつつ言う。


「この戦争、終わらせてもいいかな?」

「はい?」


 意味が分からなかったので、ゾーヤは目を細めた。

 デリアもキョトンとしていて、ナシオは微笑んでいる。


「いや、実はティナがね。君の親戚の子だけど」

「存在は知っています」


 ゾーヤがナシオをチラッとみる。

 ナシオは肩を竦めた。


「そのティナがね、帝国崩しをやるけど、参加するかって聞いてきたんだよ」

「て、帝国崩し!?」


 ゾーヤが驚いた表情で言った。


「なんというか、あの子は支配者としての素質が半端なくてね」アスラが楽しそうに言う。「もうすでに、大帝を通さなくていい案件は全てティナの自由にできるそうだよ」


「……んんん?」


 ゾーヤはサッパリ意味が理解できなかった。


「ティナは今、神殿勢力を掌握して、政治家たちを掌握して、官僚たちを掌握して、裏社会も掌握して、帝国軍の中でも国防をメインとする部隊を掌握して、あと憲兵とかも掌握して、いつでもクーデターを起こせるそうだよ」


「……何ソレ怖い」


 ゾーヤがブルブルっと震えた。

 かつてゾーヤは大帝国の聖女だったことがある。だから帝国の強大さはよく理解している。

 その帝国を、掌握した?

 わたくしの親戚の子が?


「もちろん帝国全域を支配したわけじゃなくて」アスラが笑顔で言う。「帝都だけらしいけど、十分だよね」


 帝都は首都であり、政治の中枢であり、帝国の全てはそこで決まる。


「この戦争は放っておいてもスカーレットが終わらせてしまう」アスラがニヤッと笑う。「だったら、その前に楽しまなきゃ損だろう?」


「楽しむ……とは?」とゾーヤ。


「いやだから、帝国崩しって面白そうだろう? 遊びだから失敗してもダメージないし」

「ダメージないんですか!?」

「私らにはない。帝国にはあるだろうけど、それは考慮しなくていい」

「あ、はい……そう、ですか……」


 ゾーヤは頭痛がしたような気がして、フラッと倒れそうになった。

 そんなゾーヤをナシオが支えた。


「姉さんも座る?」

「いえ、大丈夫です」


 ゾーヤは1度、大きく深呼吸して冷静さを取り戻す。


「ティナの話じゃ、アルとギルベルトも合流してるらしい」アスラが言う。「アイリスもいるし、正直、私らがいなくてもティナは実行するだろうね」


「……よく分かりました。わたくしの親戚の子が、とにかく凄いんですね!」


 ゾーヤは今度ティナに会ってみようと思った。


「そんなわけで、この戦争は帝国崩しが成功したら終わっちゃうけど、いいかな?」

「いいですよ!」


 ゾーヤはもう考えるのが面倒になっていた。アスラたちに任せて戦争が終わるならそれでいい。

 アスラたちが失敗したら、またその時に考えればいいのだ。


「それでデリア」とアスラ。


 急に名前を呼ばれたデリアが、「え?」とアスラを見る。


「トラグの戦線は落ち着いているし、できれば私らみんなで帝国に行きたいんだけど、いいかな?」


 アスラはトラグ大王国防衛の依頼を受けている。


「あ、はい。今の状況なら大丈夫です」デリアが言う。「た、楽しんでください」


「まぁ今すぐ行くわけじゃないよ」アスラが笑う。「ティナの聖女就任式でクーデターを起こすんだけど、まだ数日は余裕があるんだよね」


「……先に潜入してていい?」とイーナ。

「そうだね。先行部隊を送っておくか」とアスラ。


 巨大な帝国を崩す、という話のはずなのに、アスラもイーナもキャンプに行く時のような気軽さだった。

 ゾーヤはふと、アスラたちがフルセンマークに牙を剥いたらどうなるのだろう、と考えてしまった。

 それは本当に最悪の結末で。ゾーヤは未来を知っておきたい、と思った。


「ところでゾーヤ、大帝って強いんだろう? どのぐらい?」

「少なくとも、大帝は指を動かすだけで天聖を殺せますよ……呪いのおかげで」

「それはいいね。私も呪われてみようかな」


 アスラは本当に楽しそうに言った。

 

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