9話 きっと君は超えて征くのだ 緋色も銀色でさえも


 アルたちフルセンマークから連行された人々が、船を下りた。


「おー、ここが帝国か」


 港を見ながら、アルが言った。

 なかなかに大きな軍港だ。この港を見ただけでも、帝国が発展していると理解できる。

 ちなみに、アルは両手首を手枷で繋がれている。片足に足枷が装着されて、前後の人たちの足枷と鎖で繋がっている。


「はぁ……ついに帝国か……」


 ギルベルトが憂鬱な声音で言った。


「おい、せっかく天気もいいんだしヨォ」アルが言う。「元気出せよテメェ」


「ああ……久しぶりの外……久しぶりの空……ああ……帰りたい……」


 グスン、とギルベルトが涙ぐむ。


「奴隷ども! 私語をするな! 進め!」


 エトニアル帝国の兵士が、大きな声で言った。

 フルセンマークの人たちがビクッとなって、そして黙って歩く。


「ヨォ、もう帝国だし、捕まった振りは止めてもいいよなぁ?」

「……まだ待った方が……いいと思うけどね。敵兵いっぱい……いるし」


 今逃げるのはあまり得策ではない、とギルベルトは思った。

 待っていれば、いずれ警備が手薄になる時もあるはずだ。

 そのはずなのだが。


「俺様はもう飽きたんだヨォ!」


 言って、アルが『魔装』を使用。アルの全身を黒い鎧のような魔力が覆う。同時に、アルの手枷と足枷が弾け飛ぶ。

 ああ、こいつ……とギルベルトは溜息を吐いた。

 アルは人間を辞めたせいで、自分の欲望に忠実になってるんだった、と今更ながら思い出すギルベルト。


 唐突なアルの変身に、近くにいた人々はギョッとした。エトニアル帝国の兵士たちも目を丸くしていた。

 そして。

 アルは自分の近くにいた兵士をぶち殴った。

 アルに殴られた兵士は、顔面がパァンと粉々に砕け散った。まるで爆発したかのように。

 その凄まじい破壊力に、ギルベルトは息を呑んだ。


(かつての人類最強が魔物になったら……こうなるのか……怖すぎる……)


 いつかアルが英雄の敵になったら、普通に死ねる、とギルベルトは思った。


「おいギルベルト! 行くぞ!」


 アルは殺した兵士から剣を奪って、ギルベルトの方に投げた。


「……ああ、分かったよ」


 ギルベルトは闘気を使用し、パワーで手枷の鎖を引き千切る。その後、アルが投げた剣の柄を掴み、器用に足枷の鎖を斬った。

 枷そのものはあとで外せばいい。とりあえず四肢が自由になれば、それでいいのだ。

 アルが敵兵をパァン、パァン、と破裂させながら走り、ギルベルトが追う。


(凄まじい光景だな……)


 ギルベルトは苦い表情を浮かべてから、更に剣を1本拾う。ギルベルトは本来、二刀流を使うのだ。

 まぁ、普段ならショートソードなのだが、贅沢は言ってられない。

 その後、アルとギルベルトは案外すんなり逃走できた。アルの攻撃力に、敵兵たちが怯え、距離を取ったおかげだ。


「よぉし! 帝都ってとこ目指すぞ!」

「……誰かに聞かなきゃね……」


 自由になった2人は、旅人を装って帝都までの道のりを人々に聞いた。

 そして、ギルベルトは帝都の場所を知ってげんなりした。

 かなり遠かったからだ。



 虚無のロマは今日も戦場に立っていた。


「虚しい……」敵をハルバードで叩き潰しながら呟く。「歌声よ、お前はどうして死んでしまったのだ……」


 別にネレーアに特別な感情があったわけではない。だが、天聖の中ではネレーアが一番、話しやすかった。

 ムツィオは脳筋で頭がアレで、弱い者イジメばかりするので、ロマとは合わなかった。

 フォルは陰気で人格が破綻していて、支配欲が強いので、やっぱりロマとは合わなかった。


 まぁ、ネレーアとも性格は合わなかったのだが、ムツィオやフォルに比べたらマトモな人間だった。少なくとも、ロマはそう思っている。

 声も綺麗だったしなぁ、とネレーアの声を思い出して空を見上げるロマ。

 そうすると、空にドラゴンが出現し、ロマに向けて熱線を吐いた。


「……勘弁してくれ、俺は別に……戦いが好きなわけじゃ、ないんだ……」


 ロマは覇王降臨して、ドラゴンの熱線を回避。

 ドラゴンの熱線は地面を抉り、エトニアル軍の兵士たちをかなりの数、葬った。

 さすがにマトモに当たったら、ロマでも死ぬかもしれない。全身を魔力で守っても大ダメージを受けるに違いない。

 ドラゴンが旋回し、その背中から複数名が飛び降りる。

 その中の1人は、姿絵で見たことのある人物だった。

 銀髪に黒いローブ。この世の者とは思えないほど整った顔立ち。実に美しいが、その表情は凶悪な魔物そのもの。


「傭兵王……アスラか……」

「そうだよ虚無のロマ。初めまして。速やかに死んでくれたまえ」


 アスラが右手を挙げると、アスラと一緒に飛び降りた複数名がロマへと駆け出す。


「お前たちには無理だろう……ああ、虚しい」



 アイリスは闘技場の真ん中に立っていた。右手には木剣を握っている。

 ここはエトニアル大帝国の帝城、その敷地内に存在する巨大な闘技場。

 観客席は帝国民で埋まっていて、アイリスが右手を挙げると大歓声が沸き起こった。

 彗星のごとく現れた美少女アイリスは、今や帝国民の中で大人気だった。

 アイリスがサービスでゆっくりと観客席を見回しつつ、全方位に笑顔を振りまく。

 後宮の人たちもVIP席に集まっていて、お淑やかに歓声を上げている。


 神殿勢力も別のVIP席に座っていて、アイリスはティナと目が合った。アイリスもティナも視力がいいので、お互いを認識。

 ティナが手を振る。しかしその振り方は、お尻を叩く時の手の動きだった。

 帝国にいてもティナはティナだなぁ、とアイリスは思った。

 ちなみに、ティナはアイリスと《月花》をティナ主導の『帝国崩し』に誘っている。聖女就任式を地獄に変えるという計画だ。


 と、控え室から天聖候補2位の男が出て来た。ここでまた歓声が上がる。

 その男は白い短髪に口ひげを生やしている。年齢は70歳だが、少しだけ若く見えた。そしてなぜか、庶民が着るような安っぽい服を着ていた。

 この男の名はチリアーコ・エピファーニ。通称チリ爺さん。

 天聖候補管理委員会、通称・天聖員の女性と天聖候補1位の男が壁際から闘技場中央へと歩き始める。


 天聖員の女性は審判役で、1位の男は最悪の事態(どちらかが大怪我を負ったり、死亡したり)を防ぐためにいる。

 1位の男の名はマンフレード・ナニーノ。まだ20歳の、才能ある若者だ。

 髪の色はファイアーレッドで、ツンツンした毛束感のある髪をポニーテールに括っている。その尻尾部分の髪も上下左右にツンツンしている。

 服装は黒いシンプルな戦闘服。

 武器は持っていないが、マンフレードがカタールという珍しい武器を使うとアイリスは知っている。


 観客の盛り上がりが絶頂に達し、うるさすぎてアイリスは耳を塞ごうかと思った。

 審判役の女性が右手を高く上げると、歓声が止む。

 審判役の女性は左手に持っていた鉄製音響メガホンを口元に持って行き、言う。


「それでは! 本日の対戦カードをご紹介します! みんなご存じ、帝国と大帝様をこよなく愛する天聖候補2位、チリ爺さん!」


 女性は右手でチリアーコを示す。そこで1度歓声が上がる。

 政治家たちが集まるVIP席では、大帝も微笑みながら手を叩いていた。その様子で、チリアーコが大帝の信頼を得ているのだとアイリスは理解した。

 あと、やっぱり大帝ってイケメンだぁ、と嬉しくなるアイリス。


「さてチリ爺さんに挑むのは! 帝国を飲み込む新たな彗星、下級妃にして天聖候補5位のアイリス!」


 巨大な歓声が上がる。

 アイリスは帝国民の憧れの的である後宮妃であると同時に、天聖候補でもある。

 このまま帝国で人気者として暮らすのも悪くない、とか思ってしまう程度には人気者である。

 アイリスはチリアーコに対して礼をした。

 そうすると、チリアーコも礼を返す。


「礼儀正しいお嬢さんじゃのぉ」


 ホッホッホ、とチリアーコは嬉しそうに言った。


「手加減はしないけど、大丈夫?」とアイリス。


 アイリスはこういう試し合いは大好きである。誰も死なない、純粋な試合は本当に心が躍る。


「もちろんじゃよお嬢さん」とチリアーコが不敵に笑う。


「それでは天聖候補、順位戦! 開始してください!」


 大きな声で言って、審判役の女性が少し離れる。

 マンフレードも少し離れた。

 ちなみに、マンフレードはピクリとも笑わなかったし、観客にサービスもしなかったし、そもそもチリアーコにもアイリスにも興味なさそうだった。


 アイリスは踏み込み、木剣を縦に振り下ろす。

 チリアーコは特に焦る様子もなく、右手の甲で木剣の腹を払い、軌道を逸らす。

 アイリスが少し崩れる。その隙に、チリアーコはアイリスの手首を取って身体操作。アイリスを投げた。

 アイリスは受け身を取ってすぐに立ち、少し距離を取る。


「ホッホッホ、理合いは初めてかの?」


 チリアーコが楽しそうに言った。

 なるほど、とアイリスは思った。

 チリアーコの不思議な体術というのは、理合いのことだったのか、と。


「あたしも使えるけど?」


 アイリスが言うと、チリアーコが少し驚いた表情を見せ、それからまた笑った。


「それに、その程度ならアスラの足下って感じね」


 テクニックの極致であるアスラの身体操作は、チリアーコより遙かに高い場所にあった。


「お嬢さん、威勢がいいのは悪いことではないがのぉ。すぐ分かる嘘は、虚しいものじゃ」

「じゃあ試す?」


 アイリスは木剣をその場に捨て、もう一度間合いを詰める。

 そして上段蹴り。

 チリアーコはその蹴りを受け、流し、アイリスを崩そうとしたが、アイリスは崩れない。

 そのまま回転して、逆足の踵で新たな蹴りを放つ。

 チリアーコは受けずに躱した。


 アイリスは着地と同時に右手で突きを繰り出し、チリアーコはその突きを払いつつアイリスの手首を取って、身体操作を加えた。

 同時にアイリスも身体操作を加え、チリアーコの方が先に崩れた。

 チリアーコは身体操作対決に負けたことに、酷く驚いていた。

 そもそもアイリスは、チリアーコが払える程度の速度でしか突きを放っていない。

 崩れたチリアーコの顔面に、アイリスは膝蹴りを打ち込む。

 チリアーコは鼻血を出しつつ、距離を取った。


「どう? あたしもできるでしょ?」


 むしろ、アイリスはこういうテクニック系は割と得意なのだ。


「バカな……その年齢で理合いに足を踏み入れているなど……」


 チリアーコは元々パワータイプの武道家だったが、年齢による衰えをカバーするためにテクニックに走った。


「技は大事よ」アイリスが言う。「いつかアスラに勝つために、アスラの使う体術系の技は全部覚えたもの」


 そう、アイリスはアスラの使う全ての技が使える。

 なぜなら、アスラが惜しみなく全部教えてくれるからだ。


「ホッホッホ、そうかそうか。では儂も本気で征こう!」


 チリアーコが覇王降臨を使用。

 赤い魔力の衝撃波が起こる。


「えっと、帝国ではレッドオーラだっけ?」


 アイリスも同じく覇王降臨。

 2人の赤い魔力を見て、観客が嬉しそうな声を上げる。

 チリアーコが自分から踏み込む。それは無駄な動きの少ない、比較的、綺麗な動きだった。


 体術による応酬を繰り広げる2人。アイリスがチリアーコに合わせて、同じぐらいの威力、速度、技術で対応しているので、拮抗した戦闘に見える。

 この強さなら、フルセンマークなら大英雄ね、とアイリスは思った。

 でもチリアーコは今のエルナより弱い、と感じた。

 エルナはたぶん、今が全盛期。


 ああ、あたしってば、いつの間にか本当に強くなっていたのね。

 かつて憧れた大英雄の境地に、すでに立っているのだと確信した。

 と、チリアーコの表情に疲れの色が浮かぶ。

 まぁ、年齢的には、仕方ないよね、とアイリスは思った。

 そして本気のスピードでチリアーコの背後に回った。

 チリアーコはアイリスの動きが見えていたが、身体が対応できなかった。


 アイリスはチリアーコの膝裏を蹴り、チリアーコの姿勢を崩す。

 そして左手を短剣に見立てて、背後からチリアーコの喉を裂く動作をした。

 ここが戦場なら、チリアーコは死んでいる。

 まぁ、アイリスに人を殺す気があれば、だが。

 自分が死んだことを察したチリアーコは、地面に両膝を突いた時に覇王降臨を終わらせた。

 それを見て、アイリスも覇王降臨を仕舞う。


「儂の負けじゃ……お嬢さんなら、いつ天聖になっても問題なかろう……」


 チリアーコが敗北を宣言し、審判役の女性がメガホンを通して勝敗を観客に伝える。

 大きな歓声が沸き起こり、アイリスは右手を握って高く突き出す。

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