8話 私たちは愛し合っているよね? だから最終回を予約しよう


 スカーレットは思った。

 アスラの強くなる速度は異常だと。

 このまま生かしておけば、1年か2年程度でスカーレットに追い付く。

 いや、そもそも、今のアスラは本気なの?

 分からない、分からないけれど、お互いに剣も体術も魔法もふんだんに使っている。  ただ、スカーレットにはまだ隠し球がある。

 でもたぶん、アスラにだってあるわよね?


「どうしたスカーレット? あれやらないのかい? 【天罰の代行】だっけ?」


 アスラが十六夜で魔力の斬撃を飛ばし、スカーレットの魔王剣が『絶界』でガード。


「歌うの止めたの? じゃあ死ね。【天罰の代行】」


 スカーレットは自分自身に魔法をかける。そうすると、右が黒で左が白の翼がスカーレットの背中に生えた。

 スカーレットの顔には幾何学模様。


「歌はウッカリしていたよ。楽しすぎて歌い忘れちゃった。【血染めの桜】」


 アスラの周囲に無数の花びらが展開。


「天魔生成【神罰改め】――」スカーレットは淡々と言う。「――【最後の審判】」


 スカーレットの隣に美しい魔天使が出現。12枚の翼を持ったその天使は、血のように赤い大剣を携えている。


「いいねスカーレット! 本当に! 君は最高だよ!」


 アスラが十六夜を持っていない方の手を動かすと、浮いていた花びらたちが順番にスカーレットへと飛翔。

 スカーレットは絶界を使用。

 アスラの花びらが絶界に当たって次々と爆発。

 アスラは念のため、防衛用の花びらも残していたのだが、魔天使は柔軟な動きでその花びらを掻い潜ってアスラの目前へ。


「そうか、君は魔力だから、ある程度なら身体を変えられるのか」


 魔天使の柔軟性は、人の身体では絶対に不可能だった。

 アスラも絶界を使用し、魔天使の攻撃をガード。

 魔天使が連続で攻撃するが、絶界は破れない。やがて魔天使が諦め、少し引く。

 とスカーレットが突っ込んで来た。アスラの向かわせた花びらたちは、やはり絶界を抜けなかった。

 スカーレットは魔王剣で斬撃を飛ばし、アスラの花びらを消滅させる。

 アスラが絶界を解除し、2人の間には、もはや何もない。2人の間にあるのは空気のみ。

 目が合って、お互い笑った。



 その瞬間、その瞬間、アスラの心が熱くなる。

 ああ、スカーレット、スカーレット!

 私はついに、愛を知ったのかもしれないよ!

 たぶんこれは愛しいのだ! きっと愛しいという感情なのだ! 素敵だ!


 アスラは十六夜を手放し、小太刀に手を掛ける。

 本気だよスカーレット、私は、私に出せる最速の抜刀で君を迎えよう。

 君をここで殺せるように、君がここで死ぬように。私の愛に殺されるように。私が愛する君を殺した悲しみを感じられるように。


 悲嘆に暮れてみたい!

 朝から晩まで涙を流してみたい!

 心が引き裂かれるような感覚を味わいたい!

 今なら、今ならきっと!


 スカーレットがアスラの間合いに入った。

 アスラは神速で小太刀を抜く。

 刹那にも満たない永遠。その瞬間をアスラはそう感じた。スカーレットも同じだといいのに、とも思った。

 時間が引き延ばされたような、そんな錯覚。


 小太刀の刃が、魔王剣とぶつかる。

 スカーレットはアスラの攻撃を防いだわけではない。ただただ、アスラを斬ろうとしただけ。たまたま、2人の軌跡が交差しただけ。

 それは凄まじい衝撃で。


 アスラは無意識に、小太刀にMPを乗せていた。虚無のロマが使っていたもので、帝国ならグランドマスターと呼ばれる境地。

 自分のMPで武器を強化できるので、名剣の攻撃をなまくらでも防げるし、逆になまくらで名剣をへし折ることもできる。そういう境地。

 アスラは自分がやったことに気付いて、少し驚いた。


 しかしスカーレットもまた、同じことをしていた。スカーレットは元々それができた。隠し球の1つである。

 2人の最速、2人の技術、そして2人の純粋な力がぶつかり弾け、アスラが押され、弾き飛ばされた。

 ああ、クソ、死ぬのは私の方か!

 でもそれも気持ちいい!


 アスラは諦めたわけではないが、これは受け身もとれないだろうと直感していた。

 そしてその直感の通り、アスラは地面に叩きつけられ、滑り、転がり、小太刀を落とし、そろそろ追撃かなと思ったが、追撃はなかった。

 単純に、スカーレットも大きな衝撃を受けていて、すぐに動けなかったのだ。


 アスラは【血染めの桜】を展開して防衛網を構築してから立った。

 スカーレットはすでに衝撃から立ち直っていたが、追撃はしなかった。

 2人は距離を取ったまま、見詰め合う。

 アスラが先に一歩進む。スカーレットは1度、小さく息を吐いた。

 アスラが更に進み、小太刀を足で蹴って浮かせ、右手で柄を握った。


「楽しいねスカーレット、楽しいね」

「そうね。楽しいわね。あたしとここまで戦える奴なんて、きっとこの世界であんただけよ」

「でも君、まだ何かあるよね?」

「……お見通しってわけね」


 クスッとスカーレットが笑った。


「だって君、アルを倒した時って本当に半分の力だっただろう? そして今も」

「この状態の本気ではあるのよ」

「そうか。君は本当に恐ろしい奴だよ。愛しくて恐ろしくて、つい攻撃したくなってしまう」


 ニヤリ、とアスラが笑い、小太刀を仕舞う。

 それは次の居合いのためだ。


「あんたはどうなの? 本気だったの?」

「そうだよスカーレット。今の私にこれ以上はない。嬉しいよ。本当に嬉しい。君が私より強くて嬉しい」


 それは本心だ。心からアスラはそう思っている。

 と、アスラのローブからレコ人形が這い出てきた。


「どうした? 今、いいところなんだけど?」とアスラ。


「団長」マルクスの声で人形が言う。「新たな依頼が舞い込んできました」


「どんな依頼かね?」

「最強の天聖を倒して欲しい、と」

「そいつはいいね、面白そうだ。受けよう」

「何かがいいところ、だったのでは?」

「デザートはあとに取っておくことにした」


 アスラはコロッと気分が変わった。

 スカーレットを今日、殺してもいいけれど、ちょうどキリもいいし、このまま撤退しようとアスラは思った。

 元々、キュートアグレッションを押さえられなかった、ってだけだしね。


「あんたを今日、ここで殺してもいいけど」スカーレットが言う。「でもあたしも嬉しいのよ。あんたの強さが、あたしへの執着が。だから、今回だけ見逃してあげるわ。でも次を最終回にしましょう。あたしとあんたの最終回」


 今日ならスカーレットはアスラに勝てる。アスラにこれ以上はない。

 でも、とスカーレットは思うのだ。次に会う時はきっと、アスラはまた成長しているはずだと。

 そして悍ましいことに、成長したアスラを見たいと思ったのだ。

 もっともっと、ギリギリの殺し合いがしたいと思ったのだ。


「いいよ。小説だったら次の章が最終章だ。私と、君とで、どっちかが死んで、だからハッピーエンドだよ」

「そうね。あたしたちの場合、それがハッピーエンドね」


 アスラにとって、どっちの死も望むところ。どちらにしても幸福なのだ。

 スカーレットにとっても同じ。

 スカーレットはアスラを殺したら、もう敵はいない。緩やかにフルセンマークを統一し、管理し、人類の結束を高めるだけ。


 そして自身が死ねば、もう何もしなくていい。死んだあとのことなんて、知ったこっちゃない。愚かな人類に嘆く必要もない。それもそれで、ハッピーと言えばハッピーなのだ。

 まぁ、アスラと違ってスカーレットはどちらかと言えば、自分が勝ってハッピーエンドを迎えたいと思っているけれど。


「それじゃあまたね、愛しい君」


 アスラは花びらの階段を作って、ゆっくりとそれを登る。レコ人形がアスラの肩に飛び乗る。


「ゴジラッシュを手配したから、少し待て」とレコ人形。


 アスラが頷く。


「アスラ!」


 スカーレットはいつの間にか【天罰の代行】を解いていた。

 アスラが振り返り、スカーレットを見下ろす。


「さよなら愛しい君」スカーレットが言う。「殺し合う前にもう1回寝ない?」


「いいとも。その方がきっと、君を殺した時に得られる感情は素敵だろう」

「本当、イカレてるわね」


 スカーレットが溜息混じりに言って、アスラは肩を竦めた。



「あああああ! ごめんさない!」レコが四つん這いで床を叩きながら言う。「いつも胸ばっかり揉んでごめんなさい!」


「影が薄くてすまん……」シモンが天井を見上げて言う。「目立ちたくて怪盗なんかやって……本当にすまない!」


「純潔の誓いを守れなかった……自分は、自らの誓いすら守れなかった……」


 マルクスが膝を突き、悔しそうな声で言った。


「売国奴の意見を少しも聞かなくて申し訳ないですわ……きっと売国奴にも売国奴なりの理由があったかもしませんのに……」


 グレーテルが額を押さえてフリフリと首を振った。


「いいね君たちは楽しそうで」


 アスラが溜息混じりに言った。

 愛を知った今なら、ゾーヤの【神性】で罪の意識を感じられるかと思ったのだが、結果はご覧の通り。

 アスラには一切の罪悪感がなかった。


「……もういいでしょうか?」


 ゾーヤが少し引いたような表情で言って、【神性】を引っ込めた。

 ここはトラグ大王国の最前線基地、その司令官室。

 この基地は急ごしらえにしては、割と悪くない基地だった。建物はテントではなく、石やレンガで組まれている。

 司令官室は特に頑丈に作ってあった。

 殺風景で、必要な物しか置いていないが、特に問題はない。


「ぶってぇぇ! オレをぶってぇぇ!」


 レコがゾーヤを見上げながら言った。

 ゾーヤは小さく息を吐いてから、レコに近寄り、ポカッと頭を叩いた。


「おおおおお! スッキリしたぁぁ! オレ超スッキリ! これでまた気兼ねなく胸を揉める!」


 そう言って、レコはゾーヤの胸に目をやった。

 ゾーヤがサッと両手で自分の胸をガード。


「神様の胸まで揉もうとするなんて……」


 司令官室にいたデリアが引きつった表情で言った。

 今、この場にいるのはアスラ、マルクス、レコ、シモン、グレーテル、ゾーヤ、ナシオ、デリア、トラグ軍の司令官、ゾーヤ軍の連絡員である。


「姉さんの胸は僕のものだよ」ナシオが言う。「どうしてもって言うなら、僕を殺してからにしようか?」


「あなたのものでは、ありませんが……」とゾーヤ。

「あーあ、結局、私だけ楽しめなかった」とアスラ。


「残念でしたね」マルクスが言う。「愛に目覚めたと言うから、自分も団長の反応に期待したのですが……」


「愛ならわたしと分かち合うのも手ですわよ?」とグレーテル。


 グレーテルは美女や美少女が大好きな百合属性で、隙があれば狙っていくスタイルだ。


「団長の勘違いじゃない?」とレコ。

「俺もそう思う」とシモン。


「おかしいなぁ」アスラが首を捻る。「あれは絶対に愛だと思ったのに……」


「……依頼について話しても?」とゾーヤ。


 アスラはどうぞ、とジェスチャで示した。


「現在、大英雄のエルナ、それから君の元部下のルミアとその仲間が」ナシオが言う。「西フルセンの戦線で戦ってるのだけど、最近までかなり押していた」


「知ってる」とアスラ。


「そこに天聖最強、虚無のロマという人物が出現しました」ゾーヤが言う。「そして戦況がひっくり返り、すでにこちらの戦線は崩壊、エルナたちは防衛線を幾度となく下げている状況です」


「で、私たちにそいつを倒してくれと?」とアスラ。


 ナシオとゾーヤが頷く。


「別にいいけど、ぶっちゃけ、もう私らが何もしなくてもこの戦争は終わるよ」


 アスラの言葉に、団員以外の全員が目を丸くした。


「だってスカーレットが出てきたし」アスラが肩を竦めた。「あいつは1人で軍団だから。正直、虚無がどれだけ強かろうと、スカーレットには及ばない」


「だとしても」ゾーヤが言う。「気を抜くつもりはありません」


「分かったよ。依頼は受けよう。アイリスの推測だと、虚無の強さはメロディぐらいじゃないかって話だけど……」


「怪物ですな」とマルクス。

「それ、かなり危険な依頼だね!」とレコ。


「まぁ、私とスカーレットを除いた人類の頂点……その一角ってところか」アスラが言う。「私らが殺したジャンヌとどっちが強いのか気になるところ」


「確かに気になりますが」マルクスが言う。「かなり危険な依頼ですので、料金をどうしましょうか?」


「そうだなぁ」アスラが考える仕草を見せる。「とりあえず現金で1億ドーラと……」


「1億!?」


 デリアが素っ頓狂な声を上げた。


「別にあなたから取るわけでは……」とグレーテルが苦笑い。


「うちの領土をもう少し広げておこう。そしてその新しい国境線に、ゾーヤが正当性を示す」


 今のフルセンマークで、ゾーヤの与える正当性ほど有効なものはない。


「分かりました」とゾーヤが頷く。


「よし。では取引成立。近く虚無を殺しに征こう」

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