6話 ティナの手腕 大聖堂の裏庭で大麻栽培


 アスラたちはトラグ大王国の前線で戦っていた。

 あの日、敵艦隊が降伏して以来、エトニアル大帝国はアスラたちをスルーしていた。

 被害が大きかった上、天聖の1人まで失って慎重になっているのだろう、とアスラは予測した。

 そんなわけで、アスラたち《月花》は暇になったので、再びトラグ大王国のデリアに雇われたというわけ。


 依頼の内容は、『トラグ大王国の防衛』である。

 アスラはゴジラッシュ、キンドラを含む全戦力をこの戦場に投入していた。

 ゾーヤ軍と協力し、全力でトラグ大王国を防衛している最中だ。

 アスラは自分の周囲に花びらを展開し、戦場を軽やかに歩いていた。


「んー、この空気、本当に気持ちいいなぁ」


 アスラは深く深呼吸しつつ、近くの敵兵を花びらで爆撃。

 今のアスラ式イージス戦闘システム【血染め桜】は、貴族軍と戦った時とは比べものにならないほど強力に仕上がっている。

 展開できる花びらの数、飛距離、威力、展開半径など、全てが超強化されている。今のアスラは、1人で旅団レベルの戦闘能力を有していた。


 なので、1人で戦場を歩いている。その方が効率いいから。特に誰を狙うわけでもなく、敵兵を蹂躙するだけなら、アスラがこうやって歩くのは本当に効率がいい。

 時々、敵兵が固まっている場所を見つけると、小さな月の欠片を降らせて大打撃を与えた。


「……私の本気、強すぎないかな?」アスラが呟く。「いや、私はみんなのラスボスだから、強くていいんだけど、これちょっと退屈だね」


 依頼なので、手を抜くわけにはいかない。故に、遊びの要素は入れていない。



 イーナはゴジラッシュと一緒に敵の後方陣地を熱戦で破壊してから、戦場へと戻った。

 そこからは、敵の指揮官クラスを上空から狙撃して暗殺するという仕事を淡々とこなす。

 ちなみにゴジラッシュの背中にはシモンも一緒にいて、イーナの手腕を勉強している。


「……あんたも……弓使ってみる?」

「ああ、そうだな、何事も練習だよな」


 シモンも一応、弓矢を装備していたので、ゴジラッシュの上で構える。

 思った以上にバランスが悪く、狙いづらい。その上、空を飛んでいるのでなかなか照準が定まらないし、的となる人間がそもそも小さい。

 イーナはこんな状況で、正確に射貫いていたのか、とシモンは驚愕。

 何度か矢を射ってみるが、見事に狙いを外してしまう。


「む……難しいな……」


「そう?」とイーナが首を傾げてから、敵の隊長格を射貫く。


 朝食を摂る時みたいに気軽で何気ない射撃だった。


「訓練……すれば、できるようになるから……ほら、構えはこう」


 イーナがシモンの背後から、シモンの身体に触って型を正す。

 シモンはだいぶ《月花》に馴染んでいるが、最近やっと拷問訓練などに参加するようになったところである。

 魔法兵としては、サルメやレコにも劣っている状況だ。


(ぼいんぼいんじゃないのに……ドキドキしている俺……)


 シモンは平凡で特徴がなく、故にモテたこともない。更に言うなら、今までの人生で女性と交際したことがない。

 シモンは肉感的な女性が好きだが、正直、近寄ってくれるならイーナでもいいかも、とか思ってしまった。


(なんとなく気付いてたけど、俺、チョロくないか?)

「……おい」


 ゴッ、とイーナが膝でシモンの股間を蹴った。

 シモンは「はぎゃ!」とかいう無様な悲鳴を上げて、物理的に飛び上がった。


「……教えてるのに、違うこと……考えない」

「あ、はい……すみません」


 やっぱりイーナはないな、とシモンは思い直す。正直、《月花》に所属している女は気が強すぎて怖い。

 マルクスのように外に恋人を作るのがいいだろう、とシモンは思った。まぁマルクスの相手は神聖十字連の隊長で大英雄とかいう化け物だけれど。

 そもそも俺、恋人とか作れるのだろうか? とシモンは悲しい気持ちになった。


「……集中しないなら、落とすけど?」

「俺は集中してる! 超してる!」


 イーナが淡々と言って、シモンはビビってしまった。

 イーナは、というか《月花》の連中は本当に落とす。なぜなら、このぐらいの高さなら受け身を取れば死なないと分かっているから。



 マルクスはレコ、サルメ、チェリーを連れてキンドラで上空から戦場を見下ろしている。

 マルクスの役目は、押されている戦線を援護すること。


「副長」サルメが言う。「あそこが抜かれそうです」


 4人はキンドラの背中で全周監視を行っている。


「よし、行くぞ」


 マルクスはサルメが指さした場所を確認し、即座にキンドラに合図を出す。

 キンドラが咆哮し、滑空するように移動。

 そしてドラゴンブレスを吐いて敵兵を焼き殺す。

 同時にマルクス、チェリー、サルメがキンドラから飛び降りて、近くの敵兵を殲滅するために行動を開始。


 レコはキンドラを操作するため、お留守番である。毎回レコがお留守番をしているわけではなく、メンバーが順番に行っている。

 レコは上からマルクスたちの動きをジッと見詰める。不測の事態が起こったら対応するためと、みんなの動きの確認だ。


 マルクスは聖剣クレイヴ・ソリッシュの衝撃波と、無数の氷の槍を用いて効率的に敵兵を削っている。

 サルメはラグナロクを振り回し、時々【闇突き】を使用しながら戦っている。


「サルメ、ラグナロクの扱い、上手くなってる」


 レコは感心した風に言った。

 サルメはよくグレーテルと、クレイモアを使う中央剣術の訓練をしていた。もちろん、団としての訓練が終わったあとの自主練である。


「チェリーはほとんどメロディだったけど……オレたちっぽくなってる」


 以前のチェリーの動きは、メロディの動きにソックリだった。劣化メロディと言っても過言ではなかったのだが。

 しかし今のチェリーは魔法兵的な動きを織り交ぜているので、メロディとまったく同じではなくなった。

 現在、チェリーは魔法の習得を目指しつつ、魔法兵の訓練に参加している。



 ラウノ、グレーテル、ロイクの3人は斬り込み隊として動いていた。

 とにかく敵中に突っ込み、掻き回し、打撃を与えるという任務。

 あっちに斬り込み、移動して別の場所に斬り込み、という風に繰り返していた。

 今日のグレーテルはハルバードを用いていた。別に虚無のロマの真似をしているわけではない。


 ハルバードは敵兵を纏めて叩き殺すのに便利だから使っている。

 ラウノもロイクもグレーテルの近くにいるが、巻き込まれるようなヘマはしない。そもそも、グレーテルがそんな下手な武器の使い方をしない。

 ラウノはスリーマンセルの隊長として指示を出しつつ、自身は風魔法での支援を行う。もちろん、短剣や長剣を用いて敵を屠ることもあった。

 ロイクは最近、双剣にはまっており、クルクルと舞うように華麗な剣捌きで敵兵を斬り伏せ、血の花を咲かせている。


「ここはもう崩したから、移動しようか」とラウノ。


「「了解」」


 グレーテルとロイクの声が重なった。



 ティナは大聖堂の裏庭で植物に水やりをしていた。

 今日は晴れていて、空気が気持ちいい。

 ティナの服装は、聖女の『聖服』に『聖帽』だ。まだ就任式を行っていないが、ティナが次の聖女であることは周知の事実。現時点でも聖女として扱われていた。

 ティナは右手でジョウロを持って、鼻歌交じりに水をやっている。


 ちなみに育てているのは大麻である。大聖堂の裏庭で、ティナは堂々と大麻を栽培しているのだ。

 そんなティナの背後に、黒ずくめの男が近づく。音もなく、気配もなく、まるでアサシンのように。

 男は腰にショートソードを装備している。


「首尾はどうですの?」


 ティナは振り返ることなく言った。


「はっ、我々はいつでもティナ様の号令で決起可能です」

「そうですの。でもまだ、動かなくていいですわ」


 ティナは淡々と言った。

 帝都入りしたティナが最初にやったことは、神殿権力の乗っ取りだった。それは速やかに遂行され、今や神殿内でティナに逆らう者はいない。現聖女のオンディーナ一派以外は、だが。

 ティナは弱みを握って脅したり、懐柔したり、望みを叶えてあげたり、尻派に誘ったり、実に色々な方法で神殿を掌握した。


「分かりました。ところでそちらの大麻は、非常に良質に育っているように見えますね」

「ぼくは大麻の栽培には定評がありますわ」


 あと、犯罪組織の運営にも、とティナは思った。

 神殿勢力を掌握したティナが次に行ったのは、地元犯罪ファミリーの乗っ取りだった。

 ティナはあっという間に地元犯罪ファミリーの裏ボスとして君臨した。そう、次期聖女であるティナが地元の闇社会を完全に手中に収めているのだ。

 そのことを、表に生きる人間たちは誰1人として気付いていない。

 ちなみに、犯罪ファミリーを乗っ取った方法は、神殿の人間たちに使ったのとだいたい同じ。

 ほんの少し、乱暴なこともしたけれど。


「さすがティナ様」


 男がうんうんと頷く。


「そういえば、形の良いお尻をした男女は集めましたの?」

「はっ! もちろんでございます」

「いいですわね。どこかの酒場を押さえて、尻派帝国支部のパーティを開きましょう」

「お任せください。帝国はもはや尻派のもの」


 ちなみにこのアサシンのような男は、地元犯罪ファミリーの用心棒的な存在である。同時に、熱心な尻派信者でもあった。


「であるならば、盟主のティナ様こそが大帝に相応しい。今の大帝を排除し、新たな帝国を築く日を楽しみにしております」


 そう言って、男は姿を消す。

 そうすると、オンディーナが護衛を引き連れてティナの元へと歩いてきた。


「何か?」とティナ。

「帝国の生活には慣れましたか?」とオンディーナ。


「はいですわ」ティナがジョウロを置き、オンディーナに向き直る。「思ったよりずっといい暮らしですわ」


「そうでしょう、そうでしょう」


 うんうん、とオンディーナが頷く。

 ちなみに、もうオンディーナはティナを結界で囲っていない。その必要がない、と判断しているのだ。

 実はティナが神殿の権力構造と裏社会を掌握したことなど、オンディーナは知るよしもない。


「帝国の街並みは綺麗ですし、後宮もとってもいい場所でしたわ」

「そういえば、後宮妃と仲良くなったと聞きました」

「ええ。次期天聖らしいですわ。仲良くして損はないかと」


 アイリスのことである。ティナはアイリスとはそれなりに連絡を取り合っている。

 ついでにブリットの人形を一体、新しく作って貰った。

 その人形はティナの聖服の中、太ももに滞在している。そこに人形用のベルトがあるのだ。

 ブリットが生粋の太もも派なので、基本的には太ももに棲息しているというわけだ。


「そうですね。ところでティナちゃんの聖女就任式の日取りが決まりましたので、準備を怠らないようにお願いします。その日はわたくしの大聖女就任式でもありますから」


 完璧な日にしなくては、とオンディーナが鼻息荒く言った。


(であるならば、その日を地獄に変えたら楽しいですわね)


 その日、アスラたちを帝都に呼び込み、更に裏社会に所属する者たちに反乱を起こさせる。


(ぼくが帝国のためになるなんて、イカレた直感ですわよオンディーナ)


 クスっとティナは笑った。

 あるいは崩壊することこそが、帝国のためなのかもしれないが。

 

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