5話 虚しく儚くやっぱり空虚  最強の無気力、それがロマ


 エトニアル大帝国の特別任務艦隊が、傭兵国家月花に完敗してから約二ヶ月後。


「……帰りたい……なんでおれ……こんなところに……」


 西の大英雄ギルベルト・レームは半泣きで言った。

 ここはエトニアル帝国軍の輸送船内。捕らえたフルセンマーク人を運搬するための倉庫。

 それなりに広い倉庫だが、所狭しとフルセンマーク人が詰め込まれている。全員が足枷をしていて、鎖で隣の人間と繋がっている。


「うるせぇなぁ。もうすぐ到着って話だろうが。ノンビリしてろや」


 アルが溜息混じりに言った。


「……あんたはいいよな……。人間も辞めてさ……。英雄も辞めて……自由に生きてさ」「お前もセブンアイズになりてぇのか?」

「違うし……おれはただ、英雄を辞めたいだけ……なんでこんなクソみたいな場所に閉じ込められて……ぐすん」

「泣くなよテメェ……」


 アルは苦笑いしつつ言った。

 まぁしかし、この環境は最悪である。アル以外の人々はみんな生気がない。表情は暗く、瞳は絶望の色で塗られていた。

 俺様だって、こんなとこに長居はしたくネェよ、とアルは思った。

 しかし帝国に着いたら暴れ回ってやる、と決意している。自分が帝国で闘争に明け暮れている場面を想像すると、アルはすぐ元気になれる。


「……アスラのバカ野郎……妙な提案してさぁ……」


 ギルベルトが恨み節を吐く。


「バッカ、最高の提案だろうが」


 アルがカラカラと笑った。

 アスラの提案とは、捕まった奴隷たちに交じって帝国に潜入し、そこで敵の重要人物を暗殺すればいい、というもの。

 アルとしては、直接大帝をぶちのめす気満々である。



 エトニアル大帝国の後宮。

 午前中、いくつかある庭園の1つ。


「すごいわよね~、アイリスは~」


 のんびりした声で、後宮妃ビアンカ・シーカが言った。


「まったくだよ。この短期間で天聖候補5位にまで登り詰めるとはね」


 同じく後宮妃のモルガーナ・サンマレッリがやれやれと肩を竦める。


 3人はお茶会の最中である。ここでは毎日のように、誰かがどこかでお茶会をしている。


「まぁね」


 アイリスはふんす、と胸を張った。

 試合形式の序列戦が、アイリスにはとっても楽しい。命を張らなくていい純粋な試し合いに、アイリスは活き活きとしていた。


「今度は~? 2位のお爺さんと戦うんでしょ~?」


「おいおいビアンカ」モルガーナが苦笑い。「あのお方をお爺さん扱いしてはいけない」


「ええ~、でも御年70でしょう?」

「だが本当に強いぞ」


 モルガーナが真剣な表情で言った。

 そう、アイリスの次の相手はすでに70歳になる老人なのだ。しかし天聖候補2位の座を30年間守り続けている。


「確か、その人って天聖になる気はないのよね?」とアイリス。


「ああ。昔は天聖を目指していたが」モルガーナが言う。「50歳の時に諦め、せめて天聖の質が下がらないよう、若者の壁として死ぬまで序列上位で居続けると公言している」


「それって老が……」


 ビアンカの言葉の途中で、モルガーナがビアンカを睨んだので、ビアンカは口を閉じた。


「体術使いで、今はテクニック重視なのよね?」とアイリス。


「そうだ。彼のテクニックは何度体験しても不思議だ」モルガーナが言う。「歳を取ってから得た技術だそうだ。筋力の衰えをテクニックでカバーしたのだと本人は言っていた」


「あたしも結構、テクニックには自信あるわよ?」


「そうだろうが、彼……チリアーコ様は経験も豊富だし、さすがの君でも今回は負けるんじゃないかな?」モルガーナがジッとアイリスを見る。「むしろ、そろそろ負けてくれないか? なんだか悔しいんだが?」


 チリアーコ・エピファーニというのが、天聖候補2位の本名である。


「あたしの方が弱けりゃ負けるでしょ」


 アイリスは肩を竦めてから、紅茶を飲んだ。

 後宮の紅茶は本当に美味しい。帝国が友好的な国だったら、ずっとここで生活してもいいのになぁ、とアイリスは思った。


「そう言えば~」ビアンカが言う。「新しい聖女様の就任式が~来月ぐらいにあるとか~」


「らしいな」モルガーナが言う。「フルセンマークから連れて来た、ファリアスの血族らしい」


 ティナのことね、とアイリスは思った。すでにティナは帝都に入っていて、神殿で生活しているが、まだコンタクトは取っていない。


「聖女様に会うにはどうしたらいいの?」とアイリス。


「天聖候補5位の君なら、申請すれば会えるさ」モルガーナが肩を竦める。「二人きりは無理かもしれないがね」


「そっか。じゃあ近いうちに会ってみようかしらねぇ」

「知り合いだったりするの~? アイリスもフルセンマーク出身でしょ~?」

「そうね。それを確かめに行くって感じ」


 まぁガッツリ知り合いなのだが、言う必要はないとアイリスは思った。



 西フルセンのとある国のとある戦場。


「やっと会えた……君たちを探している間、本当に虚しかった……」


 天聖最強、虚無のロマは東の大英雄エルナ・ヘイケラの前に立った。


「だって逃げてたもの~」


 エルナがニコッと笑った。

 ゾーヤ軍とエトニアル軍が激しく殺し合っているが、エルナとロマの周囲は少し開けていた。みんなが自然とそこから距離を取ったからである。


「わたしはムツィオにも勝てなかったし……」エルナと一緒にいたルミアが言う。「天聖最強なんて聞いたら、会いたくないわよ」


 ルミアたちコンラート冒険団は、エルナの要請で一緒に戦っている。一応、ゾーヤ軍参謀のベンノから報酬も支払われる予定になっていた。

 ちなみにルミア以外のメンバーは、ゾーヤ軍と一緒に少し離れた場所で戦闘に参加している。


「でも今日は会ってくれたわけか……。やっと俺は任務を果たせる……ああ、本当に虚しかった……」

「まぁ、今日のわたしは体調がいいのよぉ」


 エルナが魔王弓を構えるが、矢はつがえない。その必要がないから。


「それにあなたを、なんとかしろって要望が多くって」


 エルナが言うと、赤いMPの矢が出現。


「……大帝様?」


 その凶悪な雰囲気をロマは知っていた。

 エトニアル大帝国が大帝、キリル・ガルニカの【呪怨】と、エルナの武器が放つ魔力が同じだった。

 エルナが赤い魔力の矢を放った。

 それは地面を削りながら真っ直ぐにロマへと向かって飛翔。


 ロマは即座に『覇王降臨』を使用。ちなみに帝国では『レッドオーラ』と呼ばれていて、使える者には『マスター』の称号が与えられる。

 帝国において、一般的にはメイン武器の種類の下にマスターを付けることが多い。

 ロマの場合だと『ハルバードマスター』となる。

 ロマはハルバードに魔力を乗せて一閃。そうすると、ロマの赤い魔力がハルバードから放たれ、半月状の衝撃波となって魔王弓の矢と衝突。


 大きな爆発が発生し、砂埃を巻き上げる。

 その砂埃の中を突っ切って、ロマはエルナの目前へと移動し、ハルバードを振り上げる。

 エルナも覇王降臨を使用し、ロマの一撃を回避。

 ロマのハルバードは地面を陥没させる。

 ロマが体勢を戻す前に、ルミアの【阿修羅】が2体、ロマに斬りかかる。


 しかしロマは崩れた姿勢のままで1体の【阿修羅】を蹴っ飛ばす。その蹴り一発で、【阿修羅】が消滅。

 残った【阿修羅】の小太刀による攻撃を、ロマは回避し、同時にハルバードで反撃。【阿修羅】を叩き潰す。


(天聖最強って、こんなに強いの!?)


 ルミアは少し焦った。

 今の攻防だけで、ロマがムツィオより遙か高みにいるのだと理解したから。

 魔王弓と覇王降臨を使いこなすエルナと共闘したら、勝てないまでも押し込めるのでは、とか考えていたのだが。


「なんとかしろって言われて、なんとかできるレベルじゃないわねぇ」


 エルナは言いながらも2射目を放つ。

 今日まで、ロマはエルナとルミアを探しながら、ゾーヤ軍に多大な打撃を与えていた。こいつを倒さなければゾーヤ軍は敗退するとまで言われ、エルナとルミアで連携を深めてから今日を迎えたのだが。


 そう、エルナもルミアも本気で逃げていたわけじゃなく、戦って勝つために連携を取る訓練をしていたのだ。

 それが形になったから、出て来たというわけ。

 ロマはハルバードに魔力を乗せて、魔王弓の矢を横から叩いて弾いた。

 真横に逸れた矢は、遠くの街に命中し、多大な破壊を引き起こした。


「みんな避難してて良かったわ……」


 エルナが苦い表情で言った。

 現在、この国にはほとんど人が残っていない。


「面白い武器だな……」ロマが言う。「非常に……強力で、なぜか大帝様の呪いと同じオーラを感じる……」


「余裕の表情しちゃって」エルナが言う。「腹立たしいわねぇ」


 エルナは覇王降臨の存在を知って、それを会得するために努力もしたし、魔王弓だって使いこなしている。

 現状、フルセンマークの大英雄の中で、最も強いと言っても過言ではない。


「余裕ではない……」ロマが少し笑う。「お前たちは強い。天聖候補の上位か、あるいはは天聖になれるかも……しれないけど、まぁ言っても無意味か……ああ、虚しい」


 はぁ、とロマが溜息を吐き、同時にハルバードを背後にクルッと回し、ルミアの攻撃を弾いた。


「ちっ」とルミアが舌打ち。


 ルミアは気配を消し、クレイモアで一閃したのだ。

 そして【阿修羅】を召喚し、ロマの追撃を【阿修羅】に受けさせる。

 ロマの追撃を受けた【阿修羅】が消える。

 同時に、エルナが普通の矢を連続で射る。その矢は普通の弓使いが放ったものに比べてずっと速いのだが、ロマはハルバードを回してその全てを迎撃。

 ルミアが更に【阿修羅】を呼び出し、自身は右から、【阿修羅】は左側からそれぞれ攻撃。

 エルナが再び、連続で矢を放つ。


「……っ」


 ロマはその場で横に回転しつつ、最初に【阿修羅】をハルバードで破壊。

 そのまま回転を続け、ルミアを狙う。

 ルミアがクレイモアの間合いに入るより、ハルバードがルミアに到達する方が早い。

 仕方なく、ルミアはクレイモアでハルバードをガード。

 クレイモアが折れそうだったので、力と逆の方向に飛ぶが、間に合わずクレイモアが折れてしまう。

 しかしルミア本人は無事だった。

 ロマは回転を終了し、ハルバードだけをその場でクルッと回し、最初に連続矢を防いだ時と同じように矢を防ぐ。


「武器にまで覇王降臨が影響してるわねぇ」


 ロマのハルバードを見ながら、エルナが言った。


「正しくは……オーラを乗せているんだ……」とロマ。

「MPの帝国風の言い方ね」とルミア。


 同時にハンドサインを出す。

 わたしたちだけでは、無理そう。撤退しましょう。


「魔力よ、魔力。MPって言い方は、《月花》だけよぉ」


 エルナは小さく頷きつつ、赤い魔力の矢を放った。

 ルミアも【阿修羅】を発動させる。

 そして、2人とも攻撃と同時に全速力で撤退した。

 ロマはハルバードで魔力の矢を弾き、魔力の矢はまた遠くに着弾。もちろん、ロマが遠くに着弾するよう調節したのだ。近くではエトニアル軍が戦っているので、巻き込みたくない。

 矢を弾いた瞬間を狙って【阿修羅】が小太刀一閃。

 しかしロマはそれを躱しつつ反撃し、【阿修羅】を消滅させる。


「少し斬られた……虚しい」


 斬られたと言っても、ロマの鎖帷子が少し欠けたかな、という程度。


「……追わなきゃいけないと、分かってはいるが……やる気が……出ない」


 今日はもう陣地に戻って寝ようとロマは思った。

 エトニアル軍を苦しめていた2人の実力が分かっただけでも、今日は良しとする。

 帝国に早く帰りたいなら一生懸命に仕事をしろ、とネレーアは言うのだろうなぁ、とロマは空を見上げた。


「でもなぁ……それとこれとは……別なんだよなぁ……」


 中央フルセンを攻めているであろうネレーアの顔を思い浮かべつつ、ロマは呟いた。

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