5話 虚しく儚くやっぱり空虚 最強の無気力、それがロマ
エトニアル大帝国の特別任務艦隊が、
「……帰りたい……なんでおれ……こんなところに……」
西の大英雄ギルベルト・レームは半泣きで言った。
ここはエトニアル帝国軍の輸送船内。捕らえたフルセンマーク人を運搬するための倉庫。
それなりに広い倉庫だが、所狭しとフルセンマーク人が詰め込まれている。全員が足枷をしていて、鎖で隣の人間と繋がっている。
「うるせぇなぁ。もうすぐ到着って話だろうが。ノンビリしてろや」
アルが溜息混じりに言った。
「……あんたはいいよな……。人間も辞めてさ……。英雄も辞めて……自由に生きてさ」「お前もセブンアイズになりてぇのか?」
「違うし……おれはただ、英雄を辞めたいだけ……なんでこんなクソみたいな場所に閉じ込められて……ぐすん」
「泣くなよテメェ……」
アルは苦笑いしつつ言った。
まぁしかし、この環境は最悪である。アル以外の人々はみんな生気がない。表情は暗く、瞳は絶望の色で塗られていた。
俺様だって、こんなとこに長居はしたくネェよ、とアルは思った。
しかし帝国に着いたら暴れ回ってやる、と決意している。自分が帝国で闘争に明け暮れている場面を想像すると、アルはすぐ元気になれる。
「……アスラのバカ野郎……妙な提案してさぁ……」
ギルベルトが恨み節を吐く。
「バッカ、最高の提案だろうが」
アルがカラカラと笑った。
アスラの提案とは、捕まった奴隷たちに交じって帝国に潜入し、そこで敵の重要人物を暗殺すればいい、というもの。
アルとしては、直接大帝をぶちのめす気満々である。
◇
エトニアル大帝国の後宮。
午前中、いくつかある庭園の1つ。
「すごいわよね~、アイリスは~」
のんびりした声で、後宮妃ビアンカ・シーカが言った。
「まったくだよ。この短期間で天聖候補5位にまで登り詰めるとはね」
同じく後宮妃のモルガーナ・サンマレッリがやれやれと肩を竦める。
3人はお茶会の最中である。ここでは毎日のように、誰かがどこかでお茶会をしている。
「まぁね」
アイリスはふんす、と胸を張った。
試合形式の序列戦が、アイリスにはとっても楽しい。命を張らなくていい純粋な試し合いに、アイリスは活き活きとしていた。
「今度は~? 2位のお爺さんと戦うんでしょ~?」
「おいおいビアンカ」モルガーナが苦笑い。「あのお方をお爺さん扱いしてはいけない」
「ええ~、でも御年70でしょう?」
「だが本当に強いぞ」
モルガーナが真剣な表情で言った。
そう、アイリスの次の相手はすでに70歳になる老人なのだ。しかし天聖候補2位の座を30年間守り続けている。
「確か、その人って天聖になる気はないのよね?」とアイリス。
「ああ。昔は天聖を目指していたが」モルガーナが言う。「50歳の時に諦め、せめて天聖の質が下がらないよう、若者の壁として死ぬまで序列上位で居続けると公言している」
「それって老が……」
ビアンカの言葉の途中で、モルガーナがビアンカを睨んだので、ビアンカは口を閉じた。
「体術使いで、今はテクニック重視なのよね?」とアイリス。
「そうだ。彼のテクニックは何度体験しても不思議だ」モルガーナが言う。「歳を取ってから得た技術だそうだ。筋力の衰えをテクニックでカバーしたのだと本人は言っていた」
「あたしも結構、テクニックには自信あるわよ?」
「そうだろうが、彼……チリアーコ様は経験も豊富だし、さすがの君でも今回は負けるんじゃないかな?」モルガーナがジッとアイリスを見る。「むしろ、そろそろ負けてくれないか? なんだか悔しいんだが?」
チリアーコ・エピファーニというのが、天聖候補2位の本名である。
「あたしの方が弱けりゃ負けるでしょ」
アイリスは肩を竦めてから、紅茶を飲んだ。
後宮の紅茶は本当に美味しい。帝国が友好的な国だったら、ずっとここで生活してもいいのになぁ、とアイリスは思った。
「そう言えば~」ビアンカが言う。「新しい聖女様の就任式が~来月ぐらいにあるとか~」
「らしいな」モルガーナが言う。「フルセンマークから連れて来た、ファリアスの血族らしい」
ティナのことね、とアイリスは思った。すでにティナは帝都に入っていて、神殿で生活しているが、まだコンタクトは取っていない。
「聖女様に会うにはどうしたらいいの?」とアイリス。
「天聖候補5位の君なら、申請すれば会えるさ」モルガーナが肩を竦める。「二人きりは無理かもしれないがね」
「そっか。じゃあ近いうちに会ってみようかしらねぇ」
「知り合いだったりするの~? アイリスもフルセンマーク出身でしょ~?」
「そうね。それを確かめに行くって感じ」
まぁガッツリ知り合いなのだが、言う必要はないとアイリスは思った。
◇
西フルセンのとある国のとある戦場。
「やっと会えた……君たちを探している間、本当に虚しかった……」
天聖最強、虚無のロマは東の大英雄エルナ・ヘイケラの前に立った。
「だって逃げてたもの~」
エルナがニコッと笑った。
ゾーヤ軍とエトニアル軍が激しく殺し合っているが、エルナとロマの周囲は少し開けていた。みんなが自然とそこから距離を取ったからである。
「わたしはムツィオにも勝てなかったし……」エルナと一緒にいたルミアが言う。「天聖最強なんて聞いたら、会いたくないわよ」
ルミアたちコンラート冒険団は、エルナの要請で一緒に戦っている。一応、ゾーヤ軍参謀のベンノから報酬も支払われる予定になっていた。
ちなみにルミア以外のメンバーは、ゾーヤ軍と一緒に少し離れた場所で戦闘に参加している。
「でも今日は会ってくれたわけか……。やっと俺は任務を果たせる……ああ、本当に虚しかった……」
「まぁ、今日のわたしは体調がいいのよぉ」
エルナが魔王弓を構えるが、矢はつがえない。その必要がないから。
「それにあなたを、なんとかしろって要望が多くって」
エルナが言うと、赤いMPの矢が出現。
「……大帝様?」
その凶悪な雰囲気をロマは知っていた。
エトニアル大帝国が大帝、キリル・ガルニカの【呪怨】と、エルナの武器が放つ魔力が同じだった。
エルナが赤い魔力の矢を放った。
それは地面を削りながら真っ直ぐにロマへと向かって飛翔。
ロマは即座に『覇王降臨』を使用。ちなみに帝国では『レッドオーラ』と呼ばれていて、使える者には『マスター』の称号が与えられる。
帝国において、一般的にはメイン武器の種類の下にマスターを付けることが多い。
ロマの場合だと『ハルバードマスター』となる。
ロマはハルバードに魔力を乗せて一閃。そうすると、ロマの赤い魔力がハルバードから放たれ、半月状の衝撃波となって魔王弓の矢と衝突。
大きな爆発が発生し、砂埃を巻き上げる。
その砂埃の中を突っ切って、ロマはエルナの目前へと移動し、ハルバードを振り上げる。
エルナも覇王降臨を使用し、ロマの一撃を回避。
ロマのハルバードは地面を陥没させる。
ロマが体勢を戻す前に、ルミアの【阿修羅】が2体、ロマに斬りかかる。
しかしロマは崩れた姿勢のままで1体の【阿修羅】を蹴っ飛ばす。その蹴り一発で、【阿修羅】が消滅。
残った【阿修羅】の小太刀による攻撃を、ロマは回避し、同時にハルバードで反撃。【阿修羅】を叩き潰す。
(天聖最強って、こんなに強いの!?)
ルミアは少し焦った。
今の攻防だけで、ロマがムツィオより遙か高みにいるのだと理解したから。
魔王弓と覇王降臨を使いこなすエルナと共闘したら、勝てないまでも押し込めるのでは、とか考えていたのだが。
「なんとかしろって言われて、なんとかできるレベルじゃないわねぇ」
エルナは言いながらも2射目を放つ。
今日まで、ロマはエルナとルミアを探しながら、ゾーヤ軍に多大な打撃を与えていた。こいつを倒さなければゾーヤ軍は敗退するとまで言われ、エルナとルミアで連携を深めてから今日を迎えたのだが。
そう、エルナもルミアも本気で逃げていたわけじゃなく、戦って勝つために連携を取る訓練をしていたのだ。
それが形になったから、出て来たというわけ。
ロマはハルバードに魔力を乗せて、魔王弓の矢を横から叩いて弾いた。
真横に逸れた矢は、遠くの街に命中し、多大な破壊を引き起こした。
「みんな避難してて良かったわ……」
エルナが苦い表情で言った。
現在、この国にはほとんど人が残っていない。
「面白い武器だな……」ロマが言う。「非常に……強力で、なぜか大帝様の呪いと同じオーラを感じる……」
「余裕の表情しちゃって」エルナが言う。「腹立たしいわねぇ」
エルナは覇王降臨の存在を知って、それを会得するために努力もしたし、魔王弓だって使いこなしている。
現状、フルセンマークの大英雄の中で、最も強いと言っても過言ではない。
「余裕ではない……」ロマが少し笑う。「お前たちは強い。天聖候補の上位か、あるいはは天聖になれるかも……しれないけど、まぁ言っても無意味か……ああ、虚しい」
はぁ、とロマが溜息を吐き、同時にハルバードを背後にクルッと回し、ルミアの攻撃を弾いた。
「ちっ」とルミアが舌打ち。
ルミアは気配を消し、クレイモアで一閃したのだ。
そして【阿修羅】を召喚し、ロマの追撃を【阿修羅】に受けさせる。
ロマの追撃を受けた【阿修羅】が消える。
同時に、エルナが普通の矢を連続で射る。その矢は普通の弓使いが放ったものに比べてずっと速いのだが、ロマはハルバードを回してその全てを迎撃。
ルミアが更に【阿修羅】を呼び出し、自身は右から、【阿修羅】は左側からそれぞれ攻撃。
エルナが再び、連続で矢を放つ。
「……っ」
ロマはその場で横に回転しつつ、最初に【阿修羅】をハルバードで破壊。
そのまま回転を続け、ルミアを狙う。
ルミアがクレイモアの間合いに入るより、ハルバードがルミアに到達する方が早い。
仕方なく、ルミアはクレイモアでハルバードをガード。
クレイモアが折れそうだったので、力と逆の方向に飛ぶが、間に合わずクレイモアが折れてしまう。
しかしルミア本人は無事だった。
ロマは回転を終了し、ハルバードだけをその場でクルッと回し、最初に連続矢を防いだ時と同じように矢を防ぐ。
「武器にまで覇王降臨が影響してるわねぇ」
ロマのハルバードを見ながら、エルナが言った。
「正しくは……オーラを乗せているんだ……」とロマ。
「MPの帝国風の言い方ね」とルミア。
同時にハンドサインを出す。
わたしたちだけでは、無理そう。撤退しましょう。
「魔力よ、魔力。MPって言い方は、《月花》だけよぉ」
エルナは小さく頷きつつ、赤い魔力の矢を放った。
ルミアも【阿修羅】を発動させる。
そして、2人とも攻撃と同時に全速力で撤退した。
ロマはハルバードで魔力の矢を弾き、魔力の矢はまた遠くに着弾。もちろん、ロマが遠くに着弾するよう調節したのだ。近くではエトニアル軍が戦っているので、巻き込みたくない。
矢を弾いた瞬間を狙って【阿修羅】が小太刀一閃。
しかしロマはそれを躱しつつ反撃し、【阿修羅】を消滅させる。
「少し斬られた……虚しい」
斬られたと言っても、ロマの鎖帷子が少し欠けたかな、という程度。
「……追わなきゃいけないと、分かってはいるが……やる気が……出ない」
今日はもう陣地に戻って寝ようとロマは思った。
エトニアル軍を苦しめていた2人の実力が分かっただけでも、今日は良しとする。
帝国に早く帰りたいなら一生懸命に仕事をしろ、とネレーアは言うのだろうなぁ、とロマは空を見上げた。
「でもなぁ……それとこれとは……別なんだよなぁ……」
中央フルセンを攻めているであろうネレーアの顔を思い浮かべつつ、ロマは呟いた。
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