4話 血塗れの上陸戦は素敵だね 「あー、後宮生活、超楽しいぃ!」


 アスラはゆっくりとフォルの方へと歩みを進める。

 フォルは一度、小さく深呼吸してからアスラを睨む。


「全員で来ればいいものを、1人ずつ来るなんて、バカなの?」

「遊びだからねぇ」


 アスラが立ち止まり、小太刀の柄に手を掛け、鯉口を切る。


「遊び!?」


 フォルが酷く怒った様子で言った。


「そう。これは遊び。私たちは誰の依頼も受けていないし、みんな好きなように遊んでいるだけだよ。それに――」


 アスラが醜悪に笑う。それは酷く悍ましい笑みで、フォルは自然に右足が一歩下がってしまった。


「――私らが本気出したらすぐ終わっちゃうだろう?」


 アスラのその言葉に、フォルの中で何かがキレた。

 天聖であるフォルを、ここまでバカにした奴はいない。もしいたら殺している。


「田舎者がぁぁあ! 身の程を知れぇぇ!」


 フォルが突っ込み、デスサイズでアスラを攻撃。

 アスラは居合い一閃。フォルのデスサイズを断ち切る。

 フォルは激しい驚愕に襲われていたが、天聖としての勘だけで回避行動に出た。

 アスラは手首を返して二の太刀を放った。すでに回避に動いていたフォルの身体を、小太刀の先っぽで少しだけ斬った。


「お? 躱すか」アスラが言う。「さすが天聖」


 アスラの言葉が終わる頃には、フォルはアスラから十分な距離を取っていた。


「斬られた……フォルが……?」


 フォルは真っ二つにされたデスサイズの柄をまだ握っていたのだが、それを手放し、アスラに斬られた身体の前面に触れる。

 痛いし、血が流れている。

 そのことを認識し、身体が震える。怒りではなく、怖かったから。あとほんの少し、ほんの少しの差で、フォルは死んでいた。

 アスラは小太刀を何度か振ってから、鞘に収める。


「体術もできるんだろう? 衝撃波もあるし、続けよう」


 アスラが右手をクイクイッと動かしてフォルを挑発。

 フォルは頭に血が上りそうになったが、ここで突っ込んではさっきと同じである。

 フォルは右掌をアスラに向ける。

 その瞬間に、アスラが自分の周囲に数多の花びらを展開。


 その花びらが魔法だと分かったが、フォルはアスラの魔法ごと吹き飛ばそうと衝撃波を発動。

 衝撃波が触れた瞬間に花びらが連続的に爆発し、その爆風で衝撃波を相殺。

 フォルはアスラの真下から衝撃波を発生させる。

 アスラが天高く舞うが、その足下には巨大な花びら。

 アスラの足下の大きな花びらが、フォルの衝撃波を受けたので、アスラはほぼノーダメージ。


「うん、高くて気持ちいいね」とアスラは空中で深呼吸までしていた。


 フォルは次に、アスラの真上から衝撃波を発生させた。砂浜にアスラを叩きつけてやろう、という算段。

 アスラの頭上に足下と同じ大きな花びらが出現し、フォルの衝撃波のほとんどを吸収。

 それでもアスラの落下速度は上昇した。

 けれど。

 アスラは五点着地でケガ無く砂浜に立った。


「君の衝撃波はアトラクションにいいね。ああそうだ!」アスラは笑顔で言った。「降伏してうちの領土で遊園地をやるっていうなら、生かしておいてあげるよ?」


「ふざけるな!」


 フォルは闘気を使用し、十全の力を発揮。


「おや? 魔法を捨てて闘気を使うなんて、弱体化してどうするんだよ君……」


 まぁ、フォルの魔力は大したものだったし、実力もそれなりに強かった。

 フォルが間合いを詰める。


「ムツィオは自分が最弱だと言っていたけど」


 フォルが拳を振るったが、アスラはそれをパンッと手の甲で受け流した。


「君とムツィオに大きな差はないね」


 戦闘時の条件や場所によって優劣が変わる程度だ、とアスラは思った。


「うるさい! うるさい! あんな脳筋と一緒にするな!」


 フォルの体術は悪くない。元々はデスサイズではなく体術をやっていたからだ。


「じゃあ君が2番目に弱いんだね?」

「うるさい! うるさい! いつかフォルが一番になるんだから! フォルが!」

「残念だが――」


 アスラは小太刀に手をかけた。

 その瞬間にフォルが引こうとしたが、それよりも速くアスラは抜刀した。


「――そんな日はこないよ」


 アスラの小太刀はフォルを上下に斬り分けた。

 フォルの上半身と下半身が、それぞれ砂浜に落ちる。


「そもそも、即死魔法が使えるあいつがだいぶ格上だろうしね」


 確か、名前は歌声のネレーアだったか、とアスラが思い出す。


「ははっ……」フォルが血を吐きながら言う。「ネレーアなんか……虚無に比べたら……カス……」


 そして言い終わったらそのまま息を引き取った。


「知ってるよ。天聖の情報はすでに持ってる。私は君と比べたら、ネレーアがだいぶ格上って言っただけだよ」


 やれやれ、とアスラは小太刀を振って血を払い、納刀する。

 砂浜では未だ、血塗れ泥まみれの上陸戦が続いている。


「よし、私も参加しよう!」


 アスラはスキップするようにチェリーの近くに行った。


「チェリー、メロディは両手を縛られた状態で里を制圧したんだって?」

「そうでござるよぉ」


「……化け物ばっかだなぁ」と未だに起きあがれないシモン。


「では私もその状態で遊ぼう。縛ってくれたまえ」


 アスラが背中を見せ、両手を後ろに回す。


「分かったでござる」


 チェリーが自分の道着の帯を外し、アスラの両手をキツく縛り上げた。


「うん、いいね! ありがとう! 君たちも参加したくなったら、いつでも混じっていいからね!」


 アスラは太陽みたいな明るい笑顔を振りまきながら、上陸を試みている敵兵のところへと移動した。


「……あったまおかしぃの」とシモン。

「まったくでござるな」とチェリー。



 ロイクがレコを背負って砂浜に戻った。


「大丈夫なのか?」とシモン。


 レコがグッタリしていたから心配になったのだ。


「死にやしねぇさ」


 そう言いながら、ロイクがレコを下ろす。


 レコは砂浜に座り込み、「オレ死ぬかと思った」と肩を竦めた。


「生きてて良かったでござるな」

「うん。あのオバさんもう死んだの?」

「団長が倒したぞ」


 シモンがフォルの死体を指さして言った。


「で、その団長はあっちか……」ロイクが上陸戦に視線をやる。「なんで両手縛ってんだ?」


「その方が楽しいからでござろう」


 やれやれ、とチェリーが小さく首を振った。

 そして、いつの間にかグレーテルが上陸戦に参加していた。


「うっし、俺も行くかぁ」


 ロイクが軽く身体を伸ばす。


「縛るでござるか?」

「いや、俺は団長ほどイカレてねぇから」


 ロイクは苦笑いを浮かべてから、敵兵の方へと向かった。


「海の色が赤くなってるね」とレコ。

「そりゃ……あんだけ死にまくってりゃなぁ……」


 シモンは哀れな敵兵たちに少しだけ同情した。本当に少しだけだ。



 その頃のマルクス。

「なんだ? もう全員降伏するのか?」

 敵船を一隻、完全制圧していた。



 天聖候補として順調に順位を上げているアイリスは、後宮の自分の部屋でアスラと連絡を取っていた。


「それで《月花》に上陸しようとした可哀想な兵たちはどうなったの?」

「死んだ奴以外は帝国に逃げ帰ったよ」


 ブリットの人形はアスラの声で言った。


「皆殺しにしなかったの!?」

「そうした方が良かったかね?」

「まさか! ビックリしただけよ!」

「連中、降伏したからねぇ」

「そっかそっか」

「アイリス様、お風呂の用意ができました」


 アイリス付きの後宮メイドが隣の部屋から出て来た。

 後宮妃の部屋には、全て風呂が備え付けられている。メイドが出て来た部屋が、アイリスのお風呂場である。


「ありがとう」


 言いながら、アイリスは人形を抱き上げて風呂場へ向かう。


「君、後宮生活を満喫しているようだね」

「そうね。悪くないわよ、お姫様になったみたいで」


 アイリスが風呂場に入ると、人形がアイリスの頭の上に移動。

 アイリスが慣れた感じで両手を広げると、複数名のメイドがアイリスの服を脱がせる。

 ちなみに、アイリスが人形と喋っていることに、メイドたちは最初は驚いたが、今はもうすっかり慣れてしまった。


「まぁ楽しんでいるならそれでいい」アスラが言う。「ティナがそっちに到着したら連絡をくれ。安否は心配していないが、メンタルがどういう状態かは確認して欲しい」


「ティナならきっと元気だと思うわよ?」

「私だってそう思ってるさ。でも長い船旅で参ってるかもしれないだろう?」

「そうね、よく見とく」


 メイドたちがアイリスの服を全部脱がせたので、アイリスはバスタブにゆっくりと浸かった。

 メイドたちはアイリスを洗うための石鹸や、肌触りの良い布などをゆっくりと用意。

 アイリスはホッと息を吐く。

 お湯の上には、薔薇の花がいくつも浮かんでいて、良い香りがする。


「他に用はない?」とアイリス。


「虚無のロマの詳細な強さについて分かるかい? 他の天聖がカスに見えるほど強いとか、そういうのは知ってるけど、具体的にどれぐらい強いのか知りたい」

「ごめん、分からない」

「そうか。では推測しておくれ」


「いいわ」アイリスが言う。「あたしが戦ったムツィオや動きを見たネレーア、それから帝国で戦った天聖候補たちを基準にすると、たぶんあたし勝てるわよ、一対一で」


 メイドたちはアイリスが強いことをすでに知っているので、天聖に勝てる発言にも特に反応しなかった。

 そもそも、アイリスなら絶対に次の天聖になれるとメイドたちは思っている。


「余裕で?」

「それはない。ムツィオやネレーアも余裕じゃないもん。だからそれより強い虚無のロマの戦闘能力は、メロディぐらいだと思うわ」

「私の推測と同じだね」

「そりゃ良かったわ」アイリスが言う。「でもメロディと同じぐらいなら、かなり強いわね」

「そうだね。うちの団だと、一対一なら私ぐらいしか勝てないね」

「わざわざ一対一でやるの?」


 アイリスの頭から人形が飛び降り、浴槽の縁に腰掛けた。

 メイドたちがアイリスの髪の毛を洗い始める。

 アイリスは気持ちよくなって目を瞑った。


「どうかな? 依頼を受けていたら全力で倒すけど、遊びならやるかもね。フォルとも何人か一対一で遊んだよ。みんな負けたけどね」

「でしょうね」


 アイリスは小さく肩を竦めた。


「それじゃあアイリス、お風呂と後宮生活を楽しんで」

「ええ。またね」


 アイリスが言うと、人形は浴槽から降りてテクテクと歩き、近くの椅子に飛び乗ってそこに座った。


「ちなみに今、あたしと話してたのってフルセンマークの傭兵王だよ?」


 アイリスが言うと、メイドたちの手が一瞬だけ止まった。

 しかしメイドたちはすぐ、アイリスの髪を洗う作業に戻る。


「アイリス様、わたくしたちを試すような真似はお止めください」とメイド。

「少なくとも、アイリス様が後宮妃である間は、忠誠を尽くします」と別のメイド。


 そもそも、とメイドたちは思った。

 証拠となる人形が自分で動くのだから、誰かに密告しても人形がなければ証拠不十分でどうにもならない可能性が高い。

 そうなった時、アイリスはメイドたちを殺すかもしれないし、良くても解雇されるだろう、とメイドたちは考えている。


「ええ。あんたたちは裏切らない。分かってるわ」


 アイリスはニヤッと心の中だけで笑った。

 すでにアスラ式プロファイリングを用いて、メイドたちを分析し終えている。

 だからこそ、メイドたちの前でもアイリスは気軽にアスラと話をするのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る