2話 ティナのお口が悪くなっているようです 「僕の可愛い孫が……」


「ぼくはぼくの手腕を、帝国のために振るうつもりは……なくもないですわね」

「えぇ!?」


 ティナの台詞に、オンディーナが驚きの表情を浮かべた。


「誰もぼくを助けに来なかった場合のことを考えましたの」

「け、賢明ですね。さすがファリアスの血脈にして国家運営副大臣、と言ったところでしょうか?」


 ファリアス関係ないですわよ? とティナは思ったが言わなかった。

 そんなことよりも、ティナが攫われたことはすでにアスラにも伝わっているはず。

 であるなら、そろそろ救助隊が到着してもおかしくない。

 しかしその気配はない。

 傭兵団月花は人質を死んだものとして扱うが、ティナは傭兵ではないし、国家に必要な存在である。


 アッサリ見捨てるなんてことはまず考えられない。

 それに、とティナは思う。

 ぼくを保護するという任務は未だ継続中のはず。

 ならばなぜ助けが来ないのか。あるいは遅れているのかもしれないが、何か別の思惑がある可能性の方が高い。

 そう、たとえば。


 命の危険がなさそうなので、そのまま帝国に潜入して欲しい、とかですわね。

 帝国にはアイリスが潜入しているので、なんとか連絡を付けて……などとティナはこれからのことを考えていた。

 その様子を、オンディーナがジッと見詰めている。

 そのことに気付いたティナは、小さく息を吐く。


「座ったらどうですの? 話をするんでしたわよね?」


 ティナが言うと、オンディーナは椅子を動かしてティナと対面するように座った。


「あなたには聖女になってもらいます」オンディーナが言う。「わたくしの直感では、あなたは帝国の役に立つはずなので、それなりの立場を与える必要があります」


「あなたの直感は、そんなに信頼できますの?」


 ティナがキョトンと首を傾げた。


「もちろんですファリアス」

「ティナですわ。ぼくはティナ・オータン。ファリアスとは名乗ってませんの」

「ではティナと呼びましょう」

「様を付けろ、このボケナスが、ですわ」


 ティナが少し乱暴に言うと、オンディーナはビクッとした。


「……自分が攫われた身であること、たまにでいいので、思い出してくださいね?」


 オンディーナは引きつった表情でそう言った。

 ティナがコクンと頷く。

 別に攫われて監禁されていることを、忘れたわけではない。なんなら、集会を邪魔された恨みだってまだ明確に覚えている。

 ただ、オンディーナにティナを害する意思がないのはもう分かっている。だからティナは比較的、気軽な心模様だった。


「それであなたの直感の的中率はどのぐらいですの?」


「100%ですティナちゃん」オンディーナがニヤリと笑う。「わたくしの直感はギフトであり、外れることはありません」


「ギフト?」

「特別なスキルのことです。帝国ではギフトを持った者のことをギフト持ちと呼び、大抵はそれなりの地位に就けます」

「それってぼくたち魔物の特殊スキルの人間バージョンってことですの?」

「まぁそうとも言えるでしょうね」


 オンディーナが腕を組み、少し考えるような仕草を見せた。

 ティナも少し考える仕草を見せる。

 ということは、ラウノのアレは間違いなくギフトですわね。

 そしてグレーテルの全ての武器が手に馴染むというのも、ギフトですわね。

 まぁでも、とティナは思う。

 結局のところ、人間にとっての一番のギフトはお尻という部位だな、と。


「そういうわけですので」オンディーナが言う。「ティナちゃんは我が帝国のために絶対に必要な存在で間違いありません。大臣としての手腕か、それとも戦闘能力なのか、細かいことは分かりませんけれど」


 ふむ、とティナは考える。

 帝国のため、というのは曖昧だ。何が帝国のためなのかは、視点や思想によって変わる。

 たとえば、完全に帝国の構造を作り替えるのが帝国のため、かもしれないのだ。

 そして更に言うならば、『月花の支配下に入るのが帝国のため』である可能性も存在しているのだ。


「聖女ってどのぐらいの立場ですの?」


 天聖より上であることは、すでに分かっている。


「我が帝国において、権力の序列は大帝様、大聖女、そして聖女の順番です」

「つまり3番目ということですわね? まぁ聖女が何人いるのかは、知りませんけれども」


「聖女は現在、わたくしだけです。聖女候補は数名いますが、まだ幼い子ばかりで、聖女になれるのはかなり先でしょう。それに次の聖女はティナちゃんに決まっています。大帝様の許可も得ていますから」


 そこまで言って、オンディーナは小さく息を吸った。


「そしてティナちゃんを聖女にした暁には!」


 オンディーナが立ち上がって拳を握った。


「10年間空白だった大聖女の座に! このわたくしが! 座るという算段!」


 あれ? こいつまさか、とティナは思い当たる。

 帝国のためと言うより、自分の権力を上げるためにティナを利用しているのでは、と。


「聞きたいのですけれど」


 ティナが言うと、オンディーナが小さく咳払いして椅子に座り直す。


「直感ってどういうものですの? ぼくについての直感を教えて欲しいですわ」


「もちろんいいですよ」オンディーナはやや自慢気な表情を浮かべた。「まずある日、突然、閃くんです。『ファリアスの血脈、ゾーヤの血を引く者が帝国の未来のためになる』と」

「ほうほう、それで?」


 ティナは頷きつつ、続きを促す。


「直感は一度始まったら連続します。次に、『特別任務艦隊に同行し、フルセンマークへと向かう』と閃きました。そして昨日、『ファリアスは赤毛で、特に探す必要はなく、自然に出会える』と直感しました。その通りでしょう?」


「ですわね。それで?」

「以上です。ティナちゃんを確保したので、経験上、直感はもう終わりだと思いますよ」


 やっぱりだ、とティナは思った。

 ティナを聖女にする、という直感をオンディーナは得ていない。つまり、ティナを聖女にするのはオンディーナ自身の判断。

 まぁ大帝が許可を出しているので、独断専行ではないが。


「分かりましたわ。まぁぼくも大帝国エトニアルの治世を学ぶのも悪くないと、そう思っていますわ」


 聖女という3番目に偉い立場をふんだんに利用しようとティナは思った。

 帝国、ぶっ壊しちゃおうかなぁ、とティナは心の中でニヤリと笑った。


「まぁ、あんな田舎の国よりも、我が帝国の聖女の方がずっといいでしょう」


 うんうんとオンディーナが頷く。

 それから少しだけ世間話をしてから、オンディーナは船室を去った。

 ふぅ、とティナが息を吐いてベッドに転がる。


「やぁ可愛いティナ、元気そうで良かった」


 ナシオの声が聞こえたので、ティナはガバッと起き上がる。


「勝手に孫の部屋に入らないでくださいませ! このクソジジイ!」

「クソジジイ!? どこでそんな言葉使いを……ああ、アスラたちだよね……」


 やれやれ、とナシオが首を振った。


「ぼくは近親相姦はしたくありませんわ!」


 ティナが布団をガバッと自分の身体に巻き付ける。

 ナシオが自分の姉やら妹やら娘やらと結婚し、子作りまでしているのをティナは知っている。

 しかもその子供は、男の子ならナシオの新しい器になるのだ。


「……大丈夫だよ? 僕は銀髪が好きだから、ティナは対象外だよ? 本当だよ?」


 ナシオが言うが、ティナは疑いの視線を向けていた。


「そもそも、本物の姉さんが起きたから、偽物を抱く理由はないさ。動いて喋る姉さんを見ているだけで、僕は気持ちいいのだから」


 おぉ、なんてキモい変態、とティナは思った。


「それにしてもこの部屋、魔法で囲まれているんだね」グルリと周囲を見てナシオが言った。「まぁ僕のスキルには関係ないけどね。連れて帰ってあげようか?」


「遠慮しておきますわ」

「なんで!? 何もしないよ!? 本当に僕はただ、ティナのことを孫として可愛いなって思ってるだけだよ!?」

「……アスラたちが助けに来ないということは、帝国に行ってみろってことですわ」


 やれやれ、とティナが小さく首を振った。


「……アスラはティナのことを忘れているだけかも……」

「そんなこと……ないとは言えませんけれど、まぁ、大丈夫ですわ。ぼく自身、帝国に興味ありますし」


 そう、帝国をどうやってボロボロにしてやろうかと考えると楽しくてたまらない。

 ぼくを聖女にしたこと、心から後悔させてやりますわ。


「そっか。分かった。それじゃあ何かアスラたちに伝えるかい?」

「特にありませんわ。向こうでアイリスと会えばそれで連絡もできますし」

「なるほど。じゃ僕はこれで。またね、愛しい孫」


 ナシオはニッコリと笑ってから姿を消した。

 ナシオのスキルは、別の空間に入って、自分と縁のある者の近くに出現すること。



「よぉし諸君! 大砲用意!」


 アスラがノリノリで言った。

 右手で抜き身の小太刀を天に掲げている。


「「はい陛下!」」


 陸軍砲兵隊の連中が、即座に大砲の元へと移動。


「ちょ、ちょ、ちょちょ!」


 シモンは慌ててアスラの前へ。


「ん? 君も指揮を執りたいのかね?」


 アスラは小太刀を下ろした。


「違う違う! そうじゃなくて!」シモンはバッと海を指さす。「副長が泳いでるだろ!?」


 シモンはすでに、大砲がどういう武器なのか知っている。実際に撃つところを見るのは、今日が初めてだが。


「心配するな、うちの副長は大砲ぐらいでは死なんよ」

「いや死ぬって! 説明通りの威力なら!」


 シモンに大砲のことを教えたのは、もちろんアスラだ。

 そしてシモンは割と常識人だった。少なくとも、今のところは。


「よし、じゃあマルクスが死ぬか試そう!」

「試すなぁぁ!!」


 シモンは頭を抱えそうになった。

 ちょうどその時、ゴジラッシュが他のメンバーを乗せて砂浜に舞い降りた。

 救いの神にはならないだろうな、とシモンは思った。

 そして、ゴジラッシュに乗っていたのはイーナ、ラウノ、レコ、サルメ、ロイク、グレーテル、チェリーの7人。

 ちなみにチェリーは尻尾に抱き付くような形で乗っていた。どうしてそうなったのか、とシモンは思ったが問わなかった。


「君たちちょうどいい」アスラが言う。「今から敵の小舟に向けて大砲を撃つんだけど、マルクスが海を泳いでいるんだよ」


「それで?」とレコが続きを促す。


「うん。マルクスが死ぬかどうか賭けよう」


「死なないに1000」とレコ。

「……死ぬわけない」とイーナ。

「賭けにならないよ」とラウノ。

「ですわねぇ」とグレーテルが肩を竦める。

「なんでこんな結果の分かり切った賭けを……」とロイクが呆れる。


「俺がおかしいのか!?」


 シモンは天を仰ぎ、それからチェリーを見た。


「チェリーはよく分からないでござる!」


 チェリーは笑顔を浮かべた。花が咲いたような、可愛い笑顔だった。


「マルクスの心配は無用だと分かったかい?」とアスラが肩を竦める。


「ああ、もう好きにしてくれ……」


 シモンは突っ込みに疲れてしまった。


「あれ?」サルメが海を見て言う。「船から何か飛んで来ましたよ」


 その言葉で、みんなが海に視線をやった。

 そうすると、空を滑るように3名がこちらに向かって飛んでいた。


「敵だよな?」とロイク。

「でしょうね」とグレーテル。


「キンドラ、ゴジラッシュ、君たちは少し離れて遊んでいたまえ」


 アスラが言うと、二匹は小さく鳴いてからその場を離れた。

「陸軍は小舟に対処。大砲は自由に撃ってよし! で、飛んで来た連中は私たちが遊ぶ」


「「はい陛下!」」


 相変わらず、陸軍の返事は綺麗に揃っている。

 と、空を滑っていた3人が砂浜に着地。


「やあ君たち」アスラが笑顔で挨拶する。「私はアスラ・リョナ。君たちは誰だい?」


「……え? 傭兵王?」


 デスサイズを持っていた女が、急いで人相書きを確認し、アスラと見比べる。


「ラッキーだわ。今すぐぶっ殺して、あとはゆっくり国民皆殺しにして、そしてフォルは帝国に帰る!」


 自身をフォルと呼んだ女がデスサイズを構え、残りの2人もそれぞれ武器を構えた。


「なんだい? 自己紹介してくれないのかい? 短い時間とはいえ、これから一緒に遊ぶのだから、名前ぐらい教えておくれよ。まぁ、今日の夜には忘れちゃうだろうけど」


 ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべつつ、アスラが言った。


――あとがき――

新作の方が落ち着きましたので、

20章が終わるまでは毎週金曜日の18時に更新します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る