二〇章

1話 天聖たちは帝都に帰りたい  「それより第二波はまだかね?」


 天聖のフォルトゥナータ・ジャコーザは、船室のベッドに転がってノンビリと世の中を呪っていた。

 気が済むまで世界に対して怨嗟の言葉をぶつけたのち、大帝様に支配され、あんなことや、こんなことをされる自分を想像してムラムラし始めた。

 フォルは支配が大好きだった。

 支配するのもされるのも気持ちがいい。

 と言っても、されるのは大帝様のみで、あとは全てを支配したいというのが本音。

 支配し、所有し、全てを自分の思い通りにしたいという強い願いが、フォルをこの境地まで連れてきた。


「大帝様……」


 濡れた声を漏らした時、船室のドアが激しくノックされた。

 フォルはビクッとなった。

 服を脱いでなくて良かった、とか思いながら立ち上がる。


「フォルに何か用なの!? 緊急事態じゃなかったら殺すわよ!?」


 こっちはムラムラが緊急事態だったのにっ!

 そもそも特に問題が起こるような状況ではないはずなのだ。


「フォル様! 上陸を試みた第一陣が壊滅しました! 指示を請います!」

「なんですって!?」


 フォルは慌ててドアを開けた。

 そこにはまだ若い水兵の男が立っていた。

 ちなみに、聖女はティナを連れて最も足の速い船へと移動し、すでに本国に向けて移動を開始している。

 なので、この特別任務艦隊の司令官はフォルに引き継がれている。


「上陸戦で敗北を喫しました!」


「ああもう!」フォルはイライラして言う。「じゃあ第二陣を出撃させなさいよ! 天聖候補たちも全員征かせて! ああもう!」


 田舎の傭兵王の国を滅ぼすだけの、簡単な仕事のはずなのに。

 なぜ初っぱなで躓かなければいけないのか。


「了解しました!」

「伝令です!」


 若い水兵が敬礼した時、別の水兵が走って来た。


「今度は何よ!?」

「砂浜に新たに金色のドラゴンが出現しました!」

「はぁ!? 傭兵王たちは何匹ドラゴンを飼ってるのよ!? ああもう! いいわよ、フォルが征くわよ!」


 フォルは自らの武器であるデスサイズの柄を握って、イライラしながら船室を出た。



「やぁ諸君! 楽しんでいるようだね!」


 キンドラで砂浜に降り立ったアスラが、機嫌良さそうに言った。

 アスラの姿を見て、陸軍が整列して敬礼。


「休め」


 アスラが言うと、陸軍の連中が一糸乱れぬ動作で休めの姿勢へと移行。


「あー、君たち、ビシッとしていて気持ちがいいね」アスラが言う。「だけど、今日は遊びだから、ほどほどでいいよ。死ぬことも許可してあげるから、楽しめ」


「「はい陛下!」」


 陸軍の連中が声を揃えて返事をした。


「さてマルクス、状況報告を」

「はい団長」


 アスラがマルクスに視線を移す。

 傭兵団《月花》のメンバーはマルクス、イーナ、シモンの3人だけが砂浜にいる。


「ティナは聖女という役職の者が連れ去ったようです」


 陸軍の尋問訓練を兼ねて、マルクスたちは捕らえた敵兵から情報を聞き出していた。


「理由はどうも曖昧なのですが、聖女の直感だそうです」


「直感?」とアスラが首を傾げた。


「はい。どうやら大帝国では、聖女の直感であらゆる物事が進むらしいのです」

「ふむ……。よほど聖女は信頼されているんだね」

「はい。聖女は『ギフト持ち』だそうです」

「ギフト?」


 アスラが聞き返すと、マルクスが頷く。


「魔物の特殊スキルのようなものを持った人間のことを、ギフト持ちと呼ぶそうです」

「なるほど。ラウノのアレやグレーテルの全武器得意みたいなもんか」

「俺のイケメンボイスとかな」


 シモンがすこぶるいい声で言った。

 人間嫌いのイーナですら、その素敵な声に身もだえた。


「いやそれは違うだろう君」

「ジョークだ。大切なんだろう? ジョークの能力」

「わぁお、順応しているようで何よりだよ!」


 アスラが両手を叩いて喜んだ。


「それでティナを助けに行きますか?」とマルクス。


「いや、連れて行ったなら殺す気はないだろう。このままティナも潜入させて、アイリスと連携してもらおうかな」


「……なるほど、潜入任務……」イーナが言う。「ティナも……楽しめると、いいけど……」


「ティナにとっては」マルクスが言う。「ある意味、休暇の延長みたいなものだな。まぁ、ラッツたちが過労死しそうだが」


 ラッツというのは現在の国家運営大臣。要するにティナの上司。

 ティナもラッツも優秀で、2人のおかげで《月花》は国家としての体裁を保っていられるのだ。

 と、ゴジラッシュとキンドラが砂浜に流れ着いた敵兵の死体を食べ始めた。

 それを見て、アスラは閃いた。


「君たち肉を焼こう!」


 陸軍の連中に向けて言ったのだが、彼らはキョトンとした。


「今日は尻派集会だったんだろう? バーベキューが途中みたいだし、戦闘の合間に食事を楽しめるように肉を焼くんだ!」

「「はい陛下!」」


 元気よく返事をし、陸軍の連中がバーベキューの続きを始めた。


「……なんでだよ!?」


 シモンが少し遅れて突っ込みを入れた。


「シモン、我々は別に任務で戦っているわけじゃない」アスラが真面目な様子で言った。「これは全て遊びの範疇なんだ」


「戦争って遊びじゃなくね!?」

「「え?」」


 アスラ、マルクス、イーナが驚いた風に目を丸くした。

 あ、ダメだこいつら、感性が違う、とシモンは思った。


「まぁとにかく、遊びであるなら、全力で楽しむべきだろう?」アスラが言う。「君らも別に好きにしていいよ? 見学してもいいし、敵を攻撃してもいいし、肉を食ってもいい」


「おぉ!」マルクスが嬉しそうに言う。「では自分は泳いで敵船まで行き、乗船して暴れてきます!」


「よろしい。楽しみたまえ」


 アスラが言うと、マルクスの肩に乗っていたブリットの人形がマルクスから離れてイーナの肩へと移動。

 その後、マルクスはローブ姿のまま海へと入って、そのまま敵船に向けて泳ぎ始めた。

 なんでだよっ! とシモンは激しく心の中で突っ込みを入れた。


「あたし……他のみんな、連れて来る」


 イーナはゴジラッシュに飛び乗って、颯爽と飛び去った。

 飛び去る前にブリットの人形がイーナから飛び降り、シモンの肩に乗った。


「……最初からこの平凡男の肩に移動すれば良かった……」

「うるせぇ、平凡で悪かったな」


「私の太ももにも人形いるから」アスラが言う。「君は別に消えてもいいよ?」


「じゃあ俺様は消えるぜ。さらば!」


 シモンの肩に乗っていた人形がパッと消えてしまう。

 みんな即断即決で、シモンは取り残されたような気がした。

 人形ですら即断即決である。


「……肉、焼くかぁ」


 シモンは陸軍に交じって肉を焼き始めた。

 アスラが焼けた肉をモグモグと食べている。

 そうこうしていると、敵船から新たな小舟が降り始めた。


「お、第二波攻撃が始まるね」アスラが言う。「いやぁ、楽しみだなぁ。上陸戦って過酷になりがちだからさぁ」


「国の命運かかってるのに、楽しそうだな団長は」とシモン。


「楽しいよ。私はいつだって楽しいさ。君も楽しめシモン、深刻なことは何も起こってない。今を楽しめ。今度マインドフルネスを教えてあげるよ」


 ええ!?

 深刻なこと、起こってねぇの!?

 シモンは驚いたが、深く考えるのを止めて肉を食うことにした。



 天聖・歌声のネレーアは再びフルセンマークの地に足を踏み入れた。


「ああ……またあたくし、こんな田舎に……」


 船から下りてすぐ、ネレーアは天を仰いだ。

 下を見ていると涙が出そうだったのだ。願えるならば、今すぐ帝都に帰りたい。

 ネレーアは自身の武器である神槍トリシューラを杖のようにして体重を預けた。


「酒臭いぞ……歌声」


 ネレーアの背後から、同じく船を下りた男が言った。

 男はマリンブルーの髪をソフトモヒカンの形に整えている。ガッシリした体格だが、ムツィオやアルには劣る。しかし身長は高い。

 服装はよくある戦闘服で、その上から鎖帷子を装備。武器はハルバード。


「お酒でも飲まなきゃ、やってられないでしょ、虚無」

「ああ……気持ちは分かる。今日も虚しい……」


 男は虚空を見詰めるような目で言った。

 男の名はロマーノ・メローニ。通称『虚無のロマ』。天聖最強の男である。


「やる気が……出ない」とロマ。


「あんたはいつも、そうでしょ?」


 ネレーアが少し苦い笑みを浮かべた。


「俺はなぁ……生きているのも空虚なんだ歌声よ」

「じゃあ殺してあげましょうか?」

「お前には無理だ歌声。俺を殺せるのは大帝様か、天聖候補1位のあいつぐらいだろう……」


「ああそう」ネレーアが小さく伸びをする。「それより、あんたが例の弓使いがいる戦線に征くのよね?」


「そう……。強い弓使いは珍しいから……少しは俺の気も……晴れるといいなぁ……ああ、虚しい」


 弓使いというのは、フルセンマークの大英雄エルナ・ヘイケラのこと。

 エルナのいる戦線はエトニアル帝国軍の方がやや押され気味で、このままでは戦線の維持が不可能である、という報告を天聖の2人は受けていた。

 ロマはそれを打開しに征く予定である。


「あたくしは中央フルセンまで移動……」ネレーアがガックリと項垂れる。「遠い……帰りたい……」


 エトニアル帝国軍は、西フルセンの南側を完全に制圧し、現在は戦線を維持している。

 ネレーアの到着と同時に中央フルセンに攻め込む予定になっていた。


「俺だって帰りたい……戦争なんて虚しいだけだ……」

「あんた戦闘嫌いなくせに、無駄に強いんだから……不公平よね」

「大帝様に忠実でいたら、いつの間にか天聖になっていた……。俺の心は大帝様を想っている時だけ、少し生きている気がする。どうだろう?」

「知らないわよ……」


 ネレーアは大きな溜息を吐いた。



 ティナは船室のベッドでゴロゴロしていた。


「……意図せず休暇みたいに、なりましたわねぇ……」


 ちなみに、この船室そのものが聖女の魔法で囲われている。よって、脱出は不可能。


「尻派集会を邪魔された恨みは忘れませんけれど……これはこれで、いいですわね」


 何もやることがない。何もしなくていい。ただベッドに転がって、ぼんやりしていれば時間が過ぎ去る。

 思えばティナはずっと忙しかった気がする。あの日、あの森でジャンヌと出会ってから、ずっと人生を駆け抜けてきた。

 国家運営副大臣になってからは、休暇もなかなか取れなかったし、こんな風にノンビリするのは本当に久しぶりだった。


 ティナはベッドに座り、船室の窓から外を見た。

 海である。広大な海がそこにはあった。時々、魚が跳ねている。

 戦争しているのが嘘のように平和な風景だ。

 ティナは再びベッドに転がる。


「少し、寝るのもあり……ですわね」


 スヤァ、と目を瞑るティナ。

 そして夢に落ちかけたその時、ドアをノックする音が聞こえて目を開く。

 そうすると、聖女オンディーナが船室に入った。ティナを拉致した張本人である。


「何か用ですの? ぼく、寝ようと思っていたところですけれど?」

「順応するの早いですね!」


 オンディーナがビックリした風に言った。

 ティナは小さく息を吐いて、身体を起こした。それからベッドを椅子代わりに座る。


「それで用事は?」とティナ。


「少し話をしま……えぇ!?」


 ティナはオンディーナを殴ってみたが、魔法陣に弾かれた。


「自動で発動する魔法は便利ですわね。よく分かりますわ」


 スッとティナが再びベッドを椅子代わりに腰掛ける。


「な、なんて好戦的な人……」と聖女が苦笑い。


「ぼくは全然、好戦的じゃありませんわ。穏やかですわよ。戦闘訓練も受けていませんし」

「戦闘訓練を受けていない?」


 オンディーナが訝しげな表情を浮かべた。


「ぼくは国家運営副大臣で、戦闘とは無縁ですわ」ティナが両手を広げる。「まぁ、アスラが言うには、ぼくが戦闘訓練をしたら余裕で世界最強らしいですけれど、まったく興味がありませんわ」


「国家運営副大臣……世界最強……やはり、わたくしの直感は正しい……」


 オンディーナはニヤリと笑った。


――あとがき――

2話は3月中に更新します。

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