EX80 哀れなヒステリック天聖へ 愛を込めて「ざーこ♪」
ジャンヌはオンディーナを一刀両断するつもりだった。
慈悲も何もない。ただただ斬って捨てるつもりだった。
しかし。
ジャンヌの黒いクレイモアを、黄色い魔法陣が止める。
ジャンヌは正直驚いた。オンディーナが反応できるとは思わなかったのだ。
「自動発動です」
オンディーナが爽やかな笑みを浮かべて言った。
ジャンヌはその笑みが気に入らなかったので、何度か斬りつけた。しかしやはり黄色い魔法陣に刃を阻まれる。
「無駄です」オンディーナが言う。「それに、あたなは必要ない。フォル」
突如、船室の入り口から女が躍り出た。
その女は、ジャンヌに右手を向けた。距離はまだ離れているが、何か魔法を使うつもりなのだろう、とジャンヌは思った。
その次の瞬間、真下から巨大な衝撃波を受けて、ジャンヌの身体が宙を舞う。船のマストより高く舞い上がった。
ちなみに痛みは感じない。衝撃波が弱いわけではない。ジャンヌが魔法だからだ。
痛みはジャンヌまたはティナの判断で感じることもできるが、今は必要ない。
空中で待機していたゴジラッシュと目が合う。ゴジラッシュは楽しそうに鳴いた。
いえ、あたくしは遊んでいるわけでは、ないのですけれども。
そんなことを思った時、正面からもっと威力の強い衝撃波がジャンヌを襲った。
ジャンヌは為す術もなく空を滑る。競争と勘違いしたのか、ゴジラッシュが追ってくる。
ジャンヌは最初にバーベキューをしていた砂浜に叩きつけられた。ゴジラッシュも着地。
「ジャンヌさん!?」
陸軍の連中が数名、駆け寄ってくる。
「……《月花》のクソどもに伝えなさい!」ジャンヌは消えかかっていた。「ティナが攫われたと!」
言い切って、ジャンヌが消滅。
ジャンヌはあくまでティナを守るための魔法で、ティナとこれほど離れてしまったら存在できない。
ジャンヌの言葉を聞いたゴジラッシュが、1度大きく鳴いてから城の方へと飛び立った。
◇
「姉様!?」
遠くまで吹っ飛ばされたジャンヌを見て、ティナが叫んだ。
「このっ! 雷神け……ふぁ!?」
ティナの周囲を黄色い半透明の結界が囲んだ。その時に、ティナが集めた魔力が霧散。
何度か魔法を使おうとしたが、魔力が集まらない。
魔法が使えないので、ジャンヌをもう一度呼び出すこともできない。
ティナは結界を殴りつけたが、普通に拳が痛かった。ティナはあまり鍛えていないので、痛くてちょっと泣きそうになった。
「抵抗せず聖女様の命令に従いなさい!」
ジャンヌを吹き飛ばした女が威圧的に言った。
女の年齢は30代前半ぐらい。灰緑の長い髪を、低い位置で結んでいる。
顔をよく見ると、美人ではない。ややブスと言ってもいい。体型は普通。豊満でも痩せっぽちでもない。
灰色のローブを着ていて、見た目はなんだか全体的に薄暗い。昔のブリットより陰気ですわね、とティナは思った。
「何よその哀れんだ目は!」女がヒステリックに言う。「聖女様が必要だと言うから生かしてやっているのにっ! フォルをそんな目で見るな!」
「……その年齢で、自分を名前で呼ぶのは、ちょっと痛々しいですわよ?」
ティナは苦笑いしながら言った。
「このクソガキ!」
女が踏み込み、一瞬で結界の前まで移動。そして両手で同時に結界を殴りつけた。拳を握った小指側で。
すごく痛そうですわ、とティナは思った。
なんせ、ティナもさっき結界を殴ったばかりだから良く分かる。この結界は非常に固いのだ。
「くぅ~」
やはり痛かったのか、女が涙目で一歩離れた。
「フォル。落ち着いてください」オンディーナが言う。「それでも天聖の1人ですか? 子供の言葉にいちいち本気で怒らないでください」
「え? こんなのが天聖ですの? ぼくでも勝てそうですわね。ざーこざーこ」
「このメスガキッ!」
ヒステリック天聖フォルが、怒り心頭と言った表情でティナを睨む。
「フォルトゥナータ・ジャコーザ!」
オンディーナがフォルをフルネームで呼び、フォルがビクッと身を縮めた。
「大帝様の命である、傭兵王の国の破壊を開始しなさい」オンディーナが言う。「わたくしはファリアスを連れて本国に戻ります」
オンディーナが右手の人差し指を上に向けると、ティナを捕らえている結界が上昇。当然、その中にいるティナも一緒に上昇した。
足下もちゃんと囲われていましたのね、とティナは思った。
甲板を踏み抜いたら逃げられるかな? とか考えていたので、少し残念だった。
「フォル、返事は?」
「はい聖女様! すぐ取りかかります!」
フォルが気を付けして言った。
天聖より聖女の方が立場が上なのだと、ティナは理解した。
「やめた方がいいですわよ?」ティナは優しさを総動員して言った。「今ここで、ぼくを解放して降伏するのが一番幸せな道ですわよ?」
「はっ!」フォルがバカにした風に言う。「言っておくけれど、傭兵王の国で生き残れるのはお前だけなのよ! 本当、運がいいわね!」
「そっちは運が悪いですわね……。可哀想に」
ティナが肩を竦めた。
今、傭兵団《月花》は何の依頼も請けていない。つまり、みんな城にいるのだ。会議に出ているアスラを除いて、戦力が揃っている。
「一体、どれほどの海兵が乗っていますの? 一隻に100人? それとも200人ですの?」ティナが暗い声で言う。「全部で5000人ぐらい?」
「お前に関係ない」とフォル。
「まぁ、そうですわね」ティナが溜息を吐く。「もう2度と会うことも、ありませんし、ね? 永遠にサヨナラですわ、ヒステリック天聖フォルなんとか」
◇
月花陸軍所属のヨウニは、訳も分からないまま尻派親睦バーベキューパーティに参加していた。
同僚に「お前、女の好みは?」と聞かれたので「アスラ」と答えたら、「じゃあ胸派じゃねぇな! よし、尻派見込みだ! パーティに参加しろ」と強引に連れて来られたのだ。
ヨウニは監獄島でアスラに惚れたのだが、それらは全てアスラの計算された言動によるもの。
もちろんヨウニ本人は気付いていない。自分の好意が操作されているなんて、考えたこともない。
さて尻派パーティだが、始まってすぐに問題が発生した。
敵国であるエトニアル帝国が攻めて来たのだ。ティナとジャンヌが迎撃に出たが、ジャンヌだけぶっ飛んで帰ってきて、そして消えた。
その後、帝国艦隊が小舟を下ろして上陸作戦を開始。ヨウニたちと矢の応酬が始まった。
「大盾隊!」
司令官が言うと、大盾を持った部隊が矢をガード。
「弓隊! 反撃!」
大盾隊は盾を空に向けたままで、ヨウニたち弓隊が盾の影から出て、帝国の小舟を狙って射撃。
撃ったらすぐに盾の影に隠れる。相手の矢が盾に刺さる音が生々しく、ヨウニは少しビビった。
そんな感じの攻防が何度か続いた。
「大砲、試射用意!」
パーティの後で試射予定だった2門の大砲に、砲兵たちが何かしている。ヨウニは砲兵ではないので、詳しい発射手順は知らない。
とはいえ、たぶん火縄銃と似たような感じ。なので教えてくれれば、すぐできるようになりそうだ、とヨウニは思った。
「撃てぇぇ!」
号令で、2門の大砲が轟音を奏でる。煙の量も火縄銃の比じゃない。
砲弾は2発とも小舟には命中しなかったが、海面に弾着し、大きな水柱と衝撃を生んだ。その衝撃に巻き込まれて、弾着地点付近の小舟がいくつか転覆。
弓の合間に時々、大砲が火を噴く。そんな時間が流れ、いよいよ敵が近づいてきた。
「火縄銃用意!」
ヨウニたちは全員が火縄銃の扱い方を知っている。なぜなら基本装備だから。
盾の影から出て、号令に合わせて撃つ。それを何度か繰り返し、敵兵を削っていく。
だが数が多い。まだ第一陣だが、1000人前後の海兵が小舟に乗っている。
比べてこちらは100人もいない。
援軍が来るまで保つだろうか、とヨウニが考えた時。
ゴジラッシュの熱線が小舟の多くを海の藻屑に変えた。
◇
傭兵国家《月花》帝城、その中庭。
マルクスは暇つぶしのスクワットをしていた。今日は午後の訓練がない日である。正確には、今日も、である。
アスラの命令で、大帝国が攻めてくるまで午前中の軽い調整のみとなっている。体力調整ではなく、本当の本当にコンディションを調整するための訓練のこと。
マルクス的には少し物足りないので、こうして自主的に筋トレをしているのだ。
中庭の隅っこにはティナが栽培している小さな大麻畑があって、ブリットがジョウロで水をやっていた。
この大麻は売るためではなく、身内のパーティ用だとティナが言っていた。
ちなみに売るための大麻は山の中で大規模に育てている。国の資金源の1つである。
アスラは大麻ぐらいなら許すが、それ以外の麻薬には関わるなとティナに念を押していた。
元怪盗のシモンが、マルクスの近くで剣の型をやっていた。指導しているのはグレーテルだ。
グレーテルはあらゆる武器が使える。ほとんど特殊スキルの領域だ。
そんな平和な昼食後。
突如ゴジラッシュが大声で鳴きながら帰城。中庭に降り立った。
中庭に出ていた全員が何事かとゴジラッシュを見る。
「……何かあったですぅ?」とブリット。
ゴジラッシュが再び大きく鳴く。
そしてブリットがゴジラッシュと何かやり取りを交わした。
「ふむふむ……ティナが……攫われたと?」
ブリットはジョウロを持ったまま淡々と言った。
と、城の2階の窓からイーナが飛び降りてきた。
「ゴジラッシュ! 何が……あったの?」
イーナは着地と同時にゴジラッシュに駆けより、そのまま抱き付く。
「ティナが攫われたそうだ」マルクスが言う。「ひとまず状況を確認しに行く。シモン、イーナ、付いてこい」
「お、おう」
「あい」
シモンとイーナが頷く。
「グレーテルは他のメンバーと戦闘待機。ブリット、人形を出せ」
グレーテルは「了解」と頷く。
ブリットはその場で新たな人形を製作。人形はタッと走ってマルクスの身体をよじ登り、その肩に座る。
「よし、行くぞ」
マルクスがゴジラッシュに飛び乗り、シモンとイーナが続く。
ゴジラッシュが空に舞い上がり、海岸の方へと飛んだ。
「ティナってあれだろ?」シモンが言う。「尻好きの可愛い副大臣だろ?」
「……え? ティナが好み?」
「そういう意味じゃないんだが」
「ふぅん……。あたしらは……ティナと、あんまり絡みはないけど、国家の……運営に必要」
「うむ。ティナがいないと過労死する連中が出るな」
攫われたのが事実なら、即刻アスラに報告しなければ、とマルクスは思った。
本来、仲間は攫われた時点で死んだと仮定して行動する。するのだが、早々に死んだと仮定するには、ティナはあまりにも役職が大きすぎる。
と、海が眼下に広がった。
「小舟が多いな」シモンが言う。「戦闘してるってことは、帝国が来たのか?」
「だろうな」マルクスが頷く。「よし、ひとまず陸軍を援護する」
マルクスがゴジラッシュに合図を送ると、ゴジラッシュが小舟に向けて熱線を吐いた。
その熱線が決め手となって、帝国の小舟たちは母艦に引き返し始めた。
「……どうする? 追撃?」とイーナ。
「いや、まずは陸軍と合流して状況を把握する」とマルクス。
「……母艦は20隻もないし……すでにいくつか撃沈してるっぽい?」
「みたいだな」とシモン。
船の残骸が浮いているし、よく見るとまだ救助活動が途中のようだった。
「まぁゴジラッシュがいれば、あの数なら簡単に沈められるが……」
マルクスが苦笑い。
熱線は連射できないので、少し時間が必要だが。
「あー、その苦い笑い……分かる」イーナが頷く。「団長でしょ?」
「ああ。団長の分を残しておかないと、団長はきっと拗ねる」
「ねー」
イーナが肯定したすぐあとで、ゴジラッシュが砂浜に着地。
陸軍司令官がやってきて、マルクスたちに経緯と現状を報告。
「ティナは本当に攫われたようだな」マルクスが言う。「よし、団長に報告しろブリット」
「おうよ!」
マルクスの肩に座っていた人形が、ドンと自分の胸を叩いた。
しばらく待つと、人形が言う。
「私の分を残しておいてくれってさ」
「だろうな」とマルクス。
「いや、ティナのことは?」と割と常識人なシモンが言った。
「聞くから待て」と人形。
そして数秒待つ。
「攫った理由を聞いてから判断しよう、だそうだ」
「では団長が来るまでに捕虜を確保しておく必要があるな」
マルクスが海を見ると、小舟から投げ出されて、岸に向けて泳いでる敵兵が数名見えた。
「あの連中を殺さないように徹底しろ」
マルクスが命令して、司令官が兵に伝達。
「……尋問、しようか?」とイーナが邪悪に笑う。
「いや、兵たちに練習させた方がいいだろう」とマルクス。
「……確かに」
傭兵団《月花》と違って、陸軍は実戦経験が少ない。大切な機会を奪うわけにはいかない。
「この戦争はいい実戦訓練になるな」
うんうん、とマルクスが頷いた。
「いや、戦争って訓練じゃなくね?」
シモンが呆れた風に言った。
――あとがき――
これでEXは終了です。
新章は来年2月以降になるかと思います!
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