EX80 哀れなヒステリック天聖へ 愛を込めて「ざーこ♪」


 ジャンヌはオンディーナを一刀両断するつもりだった。

 慈悲も何もない。ただただ斬って捨てるつもりだった。

 しかし。

 ジャンヌの黒いクレイモアを、黄色い魔法陣が止める。

 ジャンヌは正直驚いた。オンディーナが反応できるとは思わなかったのだ。


「自動発動です」


 オンディーナが爽やかな笑みを浮かべて言った。

 ジャンヌはその笑みが気に入らなかったので、何度か斬りつけた。しかしやはり黄色い魔法陣に刃を阻まれる。


「無駄です」オンディーナが言う。「それに、あたなは必要ない。フォル」


 突如、船室の入り口から女が躍り出た。

 その女は、ジャンヌに右手を向けた。距離はまだ離れているが、何か魔法を使うつもりなのだろう、とジャンヌは思った。

 その次の瞬間、真下から巨大な衝撃波を受けて、ジャンヌの身体が宙を舞う。船のマストより高く舞い上がった。


 ちなみに痛みは感じない。衝撃波が弱いわけではない。ジャンヌが魔法だからだ。

 痛みはジャンヌまたはティナの判断で感じることもできるが、今は必要ない。

 空中で待機していたゴジラッシュと目が合う。ゴジラッシュは楽しそうに鳴いた。

 いえ、あたくしは遊んでいるわけでは、ないのですけれども。

 そんなことを思った時、正面からもっと威力の強い衝撃波がジャンヌを襲った。

 ジャンヌは為す術もなく空を滑る。競争と勘違いしたのか、ゴジラッシュが追ってくる。

 ジャンヌは最初にバーベキューをしていた砂浜に叩きつけられた。ゴジラッシュも着地。


「ジャンヌさん!?」


 陸軍の連中が数名、駆け寄ってくる。


「……《月花》のクソどもに伝えなさい!」ジャンヌは消えかかっていた。「ティナが攫われたと!」


 言い切って、ジャンヌが消滅。

 ジャンヌはあくまでティナを守るための魔法で、ティナとこれほど離れてしまったら存在できない。

 ジャンヌの言葉を聞いたゴジラッシュが、1度大きく鳴いてから城の方へと飛び立った。



「姉様!?」


 遠くまで吹っ飛ばされたジャンヌを見て、ティナが叫んだ。


「このっ! 雷神け……ふぁ!?」


 ティナの周囲を黄色い半透明の結界が囲んだ。その時に、ティナが集めた魔力が霧散。

 何度か魔法を使おうとしたが、魔力が集まらない。

 魔法が使えないので、ジャンヌをもう一度呼び出すこともできない。

 ティナは結界を殴りつけたが、普通に拳が痛かった。ティナはあまり鍛えていないので、痛くてちょっと泣きそうになった。


「抵抗せず聖女様の命令に従いなさい!」


 ジャンヌを吹き飛ばした女が威圧的に言った。

 女の年齢は30代前半ぐらい。灰緑の長い髪を、低い位置で結んでいる。

 顔をよく見ると、美人ではない。ややブスと言ってもいい。体型は普通。豊満でも痩せっぽちでもない。

 灰色のローブを着ていて、見た目はなんだか全体的に薄暗い。昔のブリットより陰気ですわね、とティナは思った。


「何よその哀れんだ目は!」女がヒステリックに言う。「聖女様が必要だと言うから生かしてやっているのにっ! フォルをそんな目で見るな!」


「……その年齢で、自分を名前で呼ぶのは、ちょっと痛々しいですわよ?」


 ティナは苦笑いしながら言った。


「このクソガキ!」


 女が踏み込み、一瞬で結界の前まで移動。そして両手で同時に結界を殴りつけた。拳を握った小指側で。

 すごく痛そうですわ、とティナは思った。

 なんせ、ティナもさっき結界を殴ったばかりだから良く分かる。この結界は非常に固いのだ。


「くぅ~」


 やはり痛かったのか、女が涙目で一歩離れた。


「フォル。落ち着いてください」オンディーナが言う。「それでも天聖の1人ですか? 子供の言葉にいちいち本気で怒らないでください」


「え? こんなのが天聖ですの? ぼくでも勝てそうですわね。ざーこざーこ」

「このメスガキッ!」


 ヒステリック天聖フォルが、怒り心頭と言った表情でティナを睨む。


「フォルトゥナータ・ジャコーザ!」


 オンディーナがフォルをフルネームで呼び、フォルがビクッと身を縮めた。


「大帝様の命である、傭兵王の国の破壊を開始しなさい」オンディーナが言う。「わたくしはファリアスを連れて本国に戻ります」


 オンディーナが右手の人差し指を上に向けると、ティナを捕らえている結界が上昇。当然、その中にいるティナも一緒に上昇した。

 足下もちゃんと囲われていましたのね、とティナは思った。

 甲板を踏み抜いたら逃げられるかな? とか考えていたので、少し残念だった。


「フォル、返事は?」

「はい聖女様! すぐ取りかかります!」


 フォルが気を付けして言った。

 天聖より聖女の方が立場が上なのだと、ティナは理解した。


「やめた方がいいですわよ?」ティナは優しさを総動員して言った。「今ここで、ぼくを解放して降伏するのが一番幸せな道ですわよ?」


「はっ!」フォルがバカにした風に言う。「言っておくけれど、傭兵王の国で生き残れるのはお前だけなのよ! 本当、運がいいわね!」


「そっちは運が悪いですわね……。可哀想に」


 ティナが肩を竦めた。

 今、傭兵団《月花》は何の依頼も請けていない。つまり、みんな城にいるのだ。会議に出ているアスラを除いて、戦力が揃っている。


「一体、どれほどの海兵が乗っていますの? 一隻に100人? それとも200人ですの?」ティナが暗い声で言う。「全部で5000人ぐらい?」


「お前に関係ない」とフォル。


「まぁ、そうですわね」ティナが溜息を吐く。「もう2度と会うことも、ありませんし、ね? 永遠にサヨナラですわ、ヒステリック天聖フォルなんとか」



 月花陸軍所属のヨウニは、訳も分からないまま尻派親睦バーベキューパーティに参加していた。

 同僚に「お前、女の好みは?」と聞かれたので「アスラ」と答えたら、「じゃあ胸派じゃねぇな! よし、尻派見込みだ! パーティに参加しろ」と強引に連れて来られたのだ。

 ヨウニは監獄島でアスラに惚れたのだが、それらは全てアスラの計算された言動によるもの。


 もちろんヨウニ本人は気付いていない。自分の好意が操作されているなんて、考えたこともない。

 さて尻派パーティだが、始まってすぐに問題が発生した。

 敵国であるエトニアル帝国が攻めて来たのだ。ティナとジャンヌが迎撃に出たが、ジャンヌだけぶっ飛んで帰ってきて、そして消えた。

 その後、帝国艦隊が小舟を下ろして上陸作戦を開始。ヨウニたちと矢の応酬が始まった。


「大盾隊!」


 司令官が言うと、大盾を持った部隊が矢をガード。


「弓隊! 反撃!」


 大盾隊は盾を空に向けたままで、ヨウニたち弓隊が盾の影から出て、帝国の小舟を狙って射撃。

 撃ったらすぐに盾の影に隠れる。相手の矢が盾に刺さる音が生々しく、ヨウニは少しビビった。

 そんな感じの攻防が何度か続いた。


「大砲、試射用意!」


 パーティの後で試射予定だった2門の大砲に、砲兵たちが何かしている。ヨウニは砲兵ではないので、詳しい発射手順は知らない。

 とはいえ、たぶん火縄銃と似たような感じ。なので教えてくれれば、すぐできるようになりそうだ、とヨウニは思った。


「撃てぇぇ!」


 号令で、2門の大砲が轟音を奏でる。煙の量も火縄銃の比じゃない。

 砲弾は2発とも小舟には命中しなかったが、海面に弾着し、大きな水柱と衝撃を生んだ。その衝撃に巻き込まれて、弾着地点付近の小舟がいくつか転覆。

 弓の合間に時々、大砲が火を噴く。そんな時間が流れ、いよいよ敵が近づいてきた。


「火縄銃用意!」


 ヨウニたちは全員が火縄銃の扱い方を知っている。なぜなら基本装備だから。

 盾の影から出て、号令に合わせて撃つ。それを何度か繰り返し、敵兵を削っていく。

 だが数が多い。まだ第一陣だが、1000人前後の海兵が小舟に乗っている。

 比べてこちらは100人もいない。

 援軍が来るまで保つだろうか、とヨウニが考えた時。

 ゴジラッシュの熱線が小舟の多くを海の藻屑に変えた。



 傭兵国家《月花》帝城、その中庭。

 マルクスは暇つぶしのスクワットをしていた。今日は午後の訓練がない日である。正確には、今日も、である。

 アスラの命令で、大帝国が攻めてくるまで午前中の軽い調整のみとなっている。体力調整ではなく、本当の本当にコンディションを調整するための訓練のこと。

 マルクス的には少し物足りないので、こうして自主的に筋トレをしているのだ。


 中庭の隅っこにはティナが栽培している小さな大麻畑があって、ブリットがジョウロで水をやっていた。

 この大麻は売るためではなく、身内のパーティ用だとティナが言っていた。

 ちなみに売るための大麻は山の中で大規模に育てている。国の資金源の1つである。

 アスラは大麻ぐらいなら許すが、それ以外の麻薬には関わるなとティナに念を押していた。


 元怪盗のシモンが、マルクスの近くで剣の型をやっていた。指導しているのはグレーテルだ。

 グレーテルはあらゆる武器が使える。ほとんど特殊スキルの領域だ。

 そんな平和な昼食後。

 突如ゴジラッシュが大声で鳴きながら帰城。中庭に降り立った。

 中庭に出ていた全員が何事かとゴジラッシュを見る。


「……何かあったですぅ?」とブリット。


 ゴジラッシュが再び大きく鳴く。

 そしてブリットがゴジラッシュと何かやり取りを交わした。


「ふむふむ……ティナが……攫われたと?」


 ブリットはジョウロを持ったまま淡々と言った。

 と、城の2階の窓からイーナが飛び降りてきた。


「ゴジラッシュ! 何が……あったの?」


 イーナは着地と同時にゴジラッシュに駆けより、そのまま抱き付く。


「ティナが攫われたそうだ」マルクスが言う。「ひとまず状況を確認しに行く。シモン、イーナ、付いてこい」


「お、おう」

「あい」


 シモンとイーナが頷く。


「グレーテルは他のメンバーと戦闘待機。ブリット、人形を出せ」


 グレーテルは「了解」と頷く。

 ブリットはその場で新たな人形を製作。人形はタッと走ってマルクスの身体をよじ登り、その肩に座る。


「よし、行くぞ」


 マルクスがゴジラッシュに飛び乗り、シモンとイーナが続く。

 ゴジラッシュが空に舞い上がり、海岸の方へと飛んだ。


「ティナってあれだろ?」シモンが言う。「尻好きの可愛い副大臣だろ?」


「……え? ティナが好み?」

「そういう意味じゃないんだが」

「ふぅん……。あたしらは……ティナと、あんまり絡みはないけど、国家の……運営に必要」

「うむ。ティナがいないと過労死する連中が出るな」


 攫われたのが事実なら、即刻アスラに報告しなければ、とマルクスは思った。

 本来、仲間は攫われた時点で死んだと仮定して行動する。するのだが、早々に死んだと仮定するには、ティナはあまりにも役職が大きすぎる。

 と、海が眼下に広がった。


「小舟が多いな」シモンが言う。「戦闘してるってことは、帝国が来たのか?」


「だろうな」マルクスが頷く。「よし、ひとまず陸軍を援護する」


 マルクスがゴジラッシュに合図を送ると、ゴジラッシュが小舟に向けて熱線を吐いた。

 その熱線が決め手となって、帝国の小舟たちは母艦に引き返し始めた。


「……どうする? 追撃?」とイーナ。

「いや、まずは陸軍と合流して状況を把握する」とマルクス。


「……母艦は20隻もないし……すでにいくつか撃沈してるっぽい?」


「みたいだな」とシモン。


 船の残骸が浮いているし、よく見るとまだ救助活動が途中のようだった。


「まぁゴジラッシュがいれば、あの数なら簡単に沈められるが……」


 マルクスが苦笑い。

 熱線は連射できないので、少し時間が必要だが。


「あー、その苦い笑い……分かる」イーナが頷く。「団長でしょ?」


「ああ。団長の分を残しておかないと、団長はきっと拗ねる」

「ねー」


 イーナが肯定したすぐあとで、ゴジラッシュが砂浜に着地。

 陸軍司令官がやってきて、マルクスたちに経緯と現状を報告。


「ティナは本当に攫われたようだな」マルクスが言う。「よし、団長に報告しろブリット」


「おうよ!」


 マルクスの肩に座っていた人形が、ドンと自分の胸を叩いた。

 しばらく待つと、人形が言う。


「私の分を残しておいてくれってさ」


「だろうな」とマルクス。

「いや、ティナのことは?」と割と常識人なシモンが言った。

「聞くから待て」と人形。


 そして数秒待つ。


「攫った理由を聞いてから判断しよう、だそうだ」

「では団長が来るまでに捕虜を確保しておく必要があるな」


 マルクスが海を見ると、小舟から投げ出されて、岸に向けて泳いでる敵兵が数名見えた。


「あの連中を殺さないように徹底しろ」


 マルクスが命令して、司令官が兵に伝達。


「……尋問、しようか?」とイーナが邪悪に笑う。

「いや、兵たちに練習させた方がいいだろう」とマルクス。


「……確かに」


 傭兵団《月花》と違って、陸軍は実戦経験が少ない。大切な機会を奪うわけにはいかない。


「この戦争はいい実戦訓練になるな」


 うんうん、とマルクスが頷いた。


「いや、戦争って訓練じゃなくね?」


 シモンが呆れた風に言った。 


――あとがき――


これでEXは終了です。

新章は来年2月以降になるかと思います!

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