ExtraStory

EX76 ゾーヤの苦悩 「どいつもこいつも本当に!」

――前書き――

お待たせしてすみません!

しばらくは不定期更新とさせていただきます。

更新時間は変わらず18時です。

――ここまで――



 ゾーヤ・ファリアスはパタンと神典を閉じた。

 ここはフラメキア聖国の聖王城、ゾーヤのために用意された豪華絢爛な部屋。

 ゾーヤは派手な装飾の椅子に座っていて、その前には同じく派手なテーブル。

 そのテーブルの上にさっきまで読んでいた神典をソッと置いて、ゾーヤは立ち上がる。 そしてゆっくりとベッドの方へと移動。

 天蓋とカーテンの付いた大きなベッド。

 ゾーヤは1度深呼吸し、おもむろにダイブした。ベッドに。


「ああああああああああああ!!」


 ゾーヤはベッドをガンガンと両手で叩いた。


「なんですかあれ! なんですかあれ! 0点ですよ0点!」


 ゾーヤは枕を抱き締めてゴロゴロとベッドを転がった。右端から左端へ。そしてまた右端へ。

 次に真ん中に移動し、再び両手でベッドを叩きつける。


「もはや小説じゃないですか!」


 ゾーヤは顔を真っ赤にして叫んだ。

 恥ずかしいのだ。神典の内容が、あまりにも恥ずかしかったのだ。

 装飾に装飾を重ねたゾーヤ像。

 明らかに粉飾された出来事。

 ねつ造もねつ造、もはや事実を探す方が難しいのではないかとさえゾーヤは思った。

 極めつけは、ゾーヤ自身が神典を記したことになっている点。


「そんなわけ、あるかぁぁぁぁぁぁ!!」


 ゾーヤは叫んだ。心の底から叫んだ。かつて聖女と呼ばれ、人々を救った者の威厳は鳴りを潜めている。


「わたくしが! 自分で! あんな恥ずかしい自伝なんか! 書くわけ! ないでしょう!?」


 バンバン、とベッドを叩くゾーヤ。

 変だなぁ、とは思っていたのだ。各地に自分の像が建っていたし、なんか神様扱いされていたし、違和感はあったのだ。

 とはいえ、ある程度の崇拝は仕方ないとゾーヤは思っていた。

 なんせ、ゾーヤは神の巫女であり、聖女であり、神性を有しているから。その上、大帝国の圧政から人々を逃がし、イーティスを建国したカリスマ的指導者でもあったのだから。

 それでも、それでも神典の内容はゾーヤの許容できるものではなかった。明らかに誇張だ。誇張の上から誇張を塗りたくり、もはや創世神話のレベルだった。


「なーしーおー!!」

「なんだい姉さん?」


 弟の名を呼ぶと、ほぼノータイムでナシオが現れた。

 しかしゾーヤは驚かない。ナシオは呼んだらすぐ来るのだ。いつだってそうだった。


「あなたでしょう!?」

「姉さんのお婿さんなら、確かに僕だ」

「ちーがーいーまーすぅ!!」


 まったくナシオのシスコンには困ったものだ、とゾーヤは思った。

 子供の頃から何度も「僕は姉さんと結婚する」と豪語していたが、大人になっても変わらなかった。


「それで? どうしたの姉さん? 体調が悪い? 休む?」


「いいえ。今日の会議は大切なので、わたくしも出席しますけれど」ゾーヤがベッドの上にぺったんこ座りする。「そうではなく、神典のことです」


「あ、読んだ? いいデキでしょ?」ナシオが無邪気に言う。「まぁ姉さんの素晴らしさを半分ぐらいは伝えられたかなって思ってる」


 ゾーヤは絶句した。

 あれだけ大言壮語を吐き散らかして、それでもまだ半分だと?

 ナシオが本気になったらどうなってしまうのか。

 恐ろしいのでゾーヤは思考を放棄。

 そして明らかに意味不明だったシーンについて質問する。


「……そもそも、一体いつ、わたくしが人々を鞭で打ったのですか?」


 まったくもって身に覚えがない。

 神性のせいで、多くの人が「ゾーヤ様ぁ、叩いてくださーい」と寄ってきたが、鞭で打ったことはない。

 ビンタぐらいなら何度かした。あんまりに頼まれるので仕方なく。

 神性を持つ者が叩くと、罪悪感が消えるという効果があるのだ。


「あ、あれは僕がお嫁さんにしようと思って作った姉さんが、割と性格が悪くてさ」


 あはは、とナシオが笑う。

 あれ? この弟は何を言っているのでしょうか?

 意味不明な言葉が渋滞していて、どこから突っ込めばいいのかゾーヤには分からなかった。


「自分を特権階級だと言い出して、まぁ色々あって貴族制度が生まれた。最近なくなったけど」


 ナシオは軽いノリで言った。

 ゾーヤは目を瞑った。心を落ち着けるためだ。


「預言書も見る?」とナシオ。


「全力でお断りです」


 カッ、と目を開いてゾーヤが拒否。

 見なくても分かる。誇張され粉飾された予言が書かれているに違いないのだ。

 なんなら、見たことない未来まで描かれている可能性がある。

 ゾーヤは長い息を吐く。

 そしてベッドから降りて立った。


「……会議、行きましょうか」


 そもそも、会議までの時間つぶしに神典を読み始めたのだ。


「そうだね。今日の会議は未来を左右する重要な会議だしね」


 ナシオがキリッとした感じで言った。

 ああ、あなたさっき、わたくしに「休む?」って気軽に……いえ、もう考えません。

 ゾーヤは思考を切り替えて、会議室へと向かった。



 フラメキア聖国、聖王城の大会議室。

 円卓に座っているアスラは、大きく背伸びをした。


「……もう少し、緊張感を……」


 聖王が引きつった笑みで言った。

 その様子を見て、ゾーヤは溜息を吐いた。

 この会議室には、重要人物が勢揃いしている。


「ん? それって美味しいの?」


 神託を覆した皇帝、銀色の魔王アスラ・リョナ。

 14歳の少女で、長い銀髪にグリーンの瞳。黒いローブを着用していて、パッと見た感じ普通の魔法使いという印象。

 顔面の造形は100点、とゾーヤは思った。


「……いや、余が間違っていた。忘れてくれ」


 東フルセンのゾーヤ信仰の拠点、聖国の王。

 50代の男性で、白い服を着ている。あまり派手さはない。今回、聖王の手を多く借りている。非常にありがたい存在だが、ゾーヤを崇拝しすぎているのが難点。

 総合評価は80点。


「まぁ、揃ったし始めようか」


 天聖神王の正式な代理人ナシオ。

 ゾーヤの弟で、見た目はゾーヤより年上。顔はとってもいい感じ。ただしこの1500年ほどで性格がぶっ壊れた様子。

 いえ、性格は元からだったかも、とゾーヤは思い直した。

 とりあえず、調整役として色々動いてくれているので、人格は大目に見る。

 総合評価は99点。マイナス1点はゾーヤを持ち上げすぎるから。


「難しいことは分からネェぞ俺様は」


 ゾーヤ軍総司令官アル。

 よく分からないけれど、脳筋。ナシオが魔物に変えた元人間。司令官としての仕事はまったく行っていないが、敵軍に突撃するだけで戦果を挙げてくる。

 やっぱりよく分からない。

 総合評価は60点。


「はぁ……敵の司令官を殺したのに、エトニアルの連中は崩れなかった」


 ゾーヤ軍参謀長ベンノ・ヴォーリッツ。

 事実上の司令官。オレンジ色の髪を逆立てている。40代前半の見た目。歴戦の戦士という雰囲気だが、喋ると割と気軽。

 嫌いではない、とゾーヤは思った。

 総合評価80点。


「だから反撃の狼煙は上がらなかった、ってこと。困ったもんだ」


 東の大英雄代表、ミルカ・ラムステッド。

 青い鎧を着た、ヘラヘラしたイケメン。ベンノとは違う意味で軽い。戦争中なのによく女性を口説いている、とメイドたちが言っていた。

 ゾーヤはミルカに口説かれたことはない。

 なんだかムカつくので総合評価は45点。


「ふん。しかも連中、即座に侵攻を停止して戦線の維持に努め始めたぞ」


 中央の大英雄代表兼、神聖十字連隊長エステル・モルチエ。

 ゾーヤを崇拝している。キリッとしている頼れるお姉さん的な感じだが、時折性的な目で見られているような気がする。

 しかしエステルには彼氏がいるらしく(これもメイドたちから聞いた)きっと気のせいだろう。

 総合評価は72点。


「……完全に統率されてる……。ああ、戦争なんて……嫌だ……」


 西の大英雄代表ギルベルト・レーム。

 素肌に革のジャケット、胸元に金のネックレス。金髪を逆立てているが、ベンノより少し長い。

 見た目は完全に悪人だが、とっても気が弱い。口癖は「大英雄辞めたい」である。ゾーヤも何度か聞いた。

 総合評価は58点。


「新たな司令官が送られた、という話ですし、終わりが見えません」


 そして、かつての聖女ゾーヤ・ファリアス。

 なぜか銀色の神と呼ばれているけれど、神ではない。それどころか魔物である。そう、ゾーヤは元々は最上位の魔物である。

 そして、銀色の神って銀色の魔王と対になってるみたいで少し嫌だな、とゾーヤは思った。


「敵地攻撃能力がないって悲惨だね」


 アスラが肩を竦めて言った。


「それなぁ」とベンノが同意する。


「現状、我々は防衛戦しかできていない」エステルが言う。「戦争を終わらせるなら、大帝国で厭戦気分を高める必要があるだろう」


「厭戦気分を高めるために」ミルカが言う。「できれば帝国の領土を攻撃したいところだ。大帝が女性ならオレが口説くという手もあったが……」


「……でも、おれたちに、敵地攻撃能力なんてない……」ギルベルトが悲観的に言う。「……つまり、帝国兵を頑張って削って……兵の家族とかが反戦運動とか……」


「いや無理だろう」アスラが言う。「それで侵略をやめるわけないし、先にこっちが削られるんじゃないかな? ミルカが大帝を口説くってのは面白いからやってみろ」


「いやいや、オレは男は口説かんって」


 ミルカが両手を小さく振った。


「大帝ぶっ殺せばそれでいいんじゃネェのか?」アルが言う。「おいアスラ、お前、大帝に会ったんだろ? 今度俺様も連れて行けや? な? それで解決だろ?」


「……なぁ……脳筋に……磨きがかかってないか?」

「オレもそう思ってたとこだ」


 ギルベルトとミルカがアルをジッと見ていた。


「これが俺様の本性だヨォ」


アルが小さく肩を竦めた。


「ちなみにだけど、私は呼ばれたからこの会議に参加したけど、今のところ何もする気はないよ」アスラが言う。「待ってたら向こうから来そうだし」


「そりゃ、お前が大帝の城を半壊させたから……」


 ベンノが引きつった笑みを浮かべて言った。


「違う違う、ちょっと風通しをよくしてあげたってだけさ。半壊は言い過ぎ」

「あと司令官の死体を氷漬けにして送ったんだよね」


 ナシオが楽しそうに言った。

 悪魔の所業ですね、とゾーヤは思った。

 なるほど、スカーレットがアスラを極悪人と評するわけだ。


「そっちは善意だよ」

「善意!?」


 ゾーヤは驚いて突っ込んでしまった。


「それよりゾーヤさぁ」アスラがゾーヤを見詰める。「全力で神性を解放してみておくれよ。ある程度操作できるんだろう、君は」


「いえ、それをするとみんなが平伏して会議にならないので却下です」

「じゃあ、あとで2人きりで楽しもう。ね?」


「はぁ……まぁいいですけど」ゾーヤが言う。「それよりみなさん、少し真面目に話をしませんか?」


「だからヨォ、俺様が大帝ぶっ殺せば解決だろって」


「確かにそれはアリだ」ミルカが真剣に言う。「アスラちゃんさぁ、実際に会ってみて大帝って殺せそうだった?」


「そりゃ私は殺せるさ。私は誰だって殺せる。でも君らが殺せるかは分からない。大帝が強いかどうかも分からない。本当に少し話しただけなんだよね」

「役に立たネェなおい」

「だって誰にも頼まれてないからね。大帝がどのぐらい強いか探ってくれ、って」


「……フルセンマークの危機なのですが」ゾーヤが言う。「頼まれなきゃ何もしないのですか?」


「そうだよ。私は傭兵だからね。ベンノなら分かるだろう?」

「ああ、俺っちも根っこは傭兵だからな。無駄なことはしたくねぇわな」


 ゾーヤは頭痛がしたような気がした。

 この大きな危機を、彼らはあまり重く受け止めていないと分かったから。


「では」聖王が言う。「アスラに依頼をするというのは?」


「悪いけど今は受け付けないよ」アスラが肩を竦めた。「だってきっと向こうから来るから。アイリスはちゃんと私らの国の位置を教えたみたいだし」


「そうだ! アイリス!」ミルカが言う。「あいつ潜入中だろう!? こっちにも報告して欲しいんだが!?」


「10万ドーラになりまぁす」


 アスラが楽しそうに言った。


「……いやいや」ギルベルトが言う。「アイリス英雄だから……こっちにも聞く権利が……あると思うけども……」


「えー? 聞けばいいだろう? ご自由にどうぞ」


 ヘラヘラとアスラが言った。


「大帝国にいるのに、オレたちにどう聞けと!?」


 ミルカが至極もっともなことを言った。


「だから10万ドーラでアイリスに繋いであげるけど、どうする?」

「この未曾有の危機に……お金を請求するんですか……」


 ゾーヤは今度こそ頭痛がして右手で頭を押さえた。


「安い方だろ」ベンノが言う。「誰か融通しろよ。現地の情報ってのは大事だからな」


「神王代理……」とゾーヤ。


「僕が払うから繋いであげて」

「ブリット」


 アスラが言うと、ピョンと小さな人形が円卓の上に飛び乗った。

 どこにいたのだろう、とゾーヤは思った。


「ふっふっふ! あまりにもこき使われ過ぎて、俺様のスキルは更なる進化を遂げた! 見よ! いや、聞け! 『人形劇・声帯模写』」


 人形が偉そうな感じで言った。

 そして。


「え? 何? みんないるって? みんなって誰よ?」


 さっきとは違う声で人形が喋った。


「マジか。アイリスの声だ」ミルカが驚きつつ言う。「アイリス、オレだ。ミルカだ。報告してくれ」


「あ、ミルカさん。聞いて聞いて! 大帝国の後宮ってすっごいのよ!」


 まったく危機感のない様子でアイリスが言った。

 ああ、どいつもこいつも! とゾーヤは頭を押さえた。



――あとがき――

『月花の少女アスラ』

書籍一巻がDREノベルスより4月10日頃発売となります。

地域によって少し前後しますが、よろしくお願いします!

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