3話 戦士としてのプライド? ありませんけど?
「というわけで、アイリスが敵の船に乗っているらしいと情報が入った」
アスラの肩の上で、茶髪の人形が言った。この人形は男の子の形をしていて、通称レコ人形。
「潜入捜査か」アスラが考えるような仕草を見せる。「それ自体は問題ないけど、予備の人形を出せるかね?」
ちなみにここはゴジラッシュの背中で、雲より高い場所。
西フルセンの西の海に向かって飛行している最中。
乗っているのはアスラ、サルメ、グレーテルとレコ人形。
「ふっ……」レコ人形が遠くを見るように言った。「俺様は毎日、毎日、お前らにこき使われて、毎日、毎日、能力を駆使して、気付いたら他に類を見ないほどの能力に進化していたのだ」
レコ人形の主、ブリットは元々が最上位の魔物でセブンアイズ。最初から強かった上、ブリットが持つ特殊能力も非常に便利で使いやすかった。
「見よ! 『連続人形劇』!」
言うと同時に、レコ人形から新たなレコ人形が生まれた。単純に人形が2体に増えたのだ。
新たに生まれたレコ人形が、ピョンと飛んでサルメの肩に移動。
「通信範囲はどのくらい広がったんだい?」とアスラ。
「人形を中継させれば、論理的には無限だけど」レコ人形が言う。「俺様の魔力が足りないから、無限ではない」
「もっと分かり易く言えばいいのに」とサルメ。
「要するに無限じゃない、ってことですわね」とグレーテル。
「まぁやってみないと分からない」レコ人形が言う。「大帝国がどこにあるのかも知らないしな。『連続人形劇』で分裂を繰り返して、中継地点としてその場に人形を留まらせれば、まぁかなり広範囲をカバーできるはずだ」
「よろしい。最悪、通信が届かなくても仕方ない」アスラが言う。「アイリスがなんとかするよ、きっと」
「何も考えてなさそう、ですけどね。アイリスさん」
サルメがボソッと言った。
「それはそうと団長様」グレーテルが言う。「わたしたち、アイリスがどの船に乗っているか知りませんわよね?」
「そうだね。それが?」
「ゴジラッシュの熱線で船を撃沈するんですわよね?」
「そのつもりだよ」
「……ですから、アイリスがどの船に乗っているか分からないから……その、アイリスを巻き込んでしまうのでは?」
アスラがあまりにも淡々としているので、グレーテルは自分の質問が変なのかと錯覚した。
「気にしなくていいよ」アスラが笑顔を浮かべる。「アイリスなら自分でどうにかするさ。嫁候補として自分から行ったんだから、全裸で縛られている、ってこともないだろう?」
◇
「なんで縛るの!? しかも全裸で!」
アイリスは船室の床に転がされていた。
ギッチギッチに縛られ、縄が皮膚に食い込んで痛い。
「あと、お股の縄はいらないでしょ!? 痛いんだけど!?」
「うるさいわ……」
アイリスと同じ船室にいる女が言った。
女の年齢は目測で22歳前後。色素の薄い金髪を腰の辺りまで伸ばしている。水色のゆったりとしたドレスを着た美人。
女は椅子に座っているが、右手に槍を握っていた。三股の槍で、燃えるような赤い色。
態度や仕草から、相当な実力者だとアイリスは推察した。
「嫁候補でしょあたし! なんでこんな変態みたいな縛り方するのよ!?」
「あー、もう……」女が槍を持っていない方の手で自分の頭を押さえた。「キンキン吠えないでよ……二日酔いなの……分かるでしょ?」
見た目はかなり清楚な美人という感じだが、内面は全然違うみたいね、とアイリスは思った。
ちなみに、女の前には小さなテーブルも置いてある。
船室自体は普通の船室だ。特に汚くもないし、豪華でもない。ベッドや棚もある。
「分かったけど、なんで縛るのよ? ムツィオはどこ? そしてあんた誰?」
「あたくしはネレーア・プレーティ。または天聖・歌声のネレーア」女が言う。「ムツィオは戦場に戻ったわ……」
ネレーアと名乗った女は酷く気怠そうな感じで立ち上がり、棚の方に移動。ゆっくりと棚に手を伸ばす。
そして次に手が出て来た時には、キセルを持っていた。
ネレーアは槍を壁に立てかけてから、椅子に戻りキセルに火を点けて、ゆっくりと煙を吸った。
「あなたを……縛る理由は単純」ネレーアが言う。「信用していないから。ムツィオはバカだから……簡単に信用したようだけど、あたくしは違う」
まぁ、そりゃそうよね、とアイリスは頷いた。
「だってあなた、英雄のアイリス・クレイヴンでしょ?」
酷く、酷く薄暗い瞳でネレーアが言った。
これにはさすがのアイリスも驚いた。少し表情にも出てしまった。
はぁ、とネレーアが煙を吐き出し、キセルをテーブルに置く。
ネレーアはドレスに手を入れて、数枚の紙を取り出した。
「ほら、これ」
ネレーアは1枚の紙をアイリスに見せる。
その紙にはアイリスの人相書きと特徴が書き込まれていた。
「調べたってわけ?」
「そりゃ……あたくしはムツィオのような脳筋では……ないので」
ネレーアは溜息を吐きながら、アイリスの人相書きをテーブルに置いた。
「フルセンマークを守る英雄……」ネレーアが他の紙をバサッと床に落とす。「厄介だろうと思って……調べたけれど」
全ての英雄、大英雄の人相書きが描かれた紙が床に散らばって、嫌でもアイリスの目に入った。
多くの人相書きに、赤い×印が付いているのを。
「大したことなくて本当に良かったわ……」
クスクスと笑いながら、ネレーアが言った。
「このっ……」
アイリスは一瞬、頭に血が上ってしまったが、すぐに自制した。
危なかった。昔のアイリスなら、キレていた。そして潜入も何もかもお仕舞いになっていたところだ。
正直なところ、英雄が狩られているのはアイリスも知っていた。
「怒ったの?」ネレーアが楽しそうに言う。「あなたはフルセンマークを裏切って……大帝様の嫁候補になったのでしょう……?」
「……ええ、そうね。かつての仲間たちのことは、忘れるわ」
この戦争に勝利するために。
「ふぅん……。まぁいいわ。あたくしが一緒に帝都まで戻って、あなたを見張るわ……」
「ムツィオじゃなくて?」
「だから……あいつは頭が少しアレだから……」
やれやれ、とネレーアが首を振った。
その瞬間、凄まじい轟音が船の外から響いた。
アイリスはこの音が何なのかすぐに分かった。
船をまとめて数隻、破壊した音。そして、それがゴジラッシュの熱線による破壊だと。
嘘でしょ!? あたしもいるのに!? 伝わってないの!?
アイリスは焦った。運が良かっただけだ。ゴジラッシュの熱線に巻き込まれなかったのは、たまたま、偶然に過ぎない。少なくとも、アイリスはそう思った。
「何事……!?」
ネレーアが立ち上がる。
「ヤバいのが来たわ!」アイリスが言う。「フルセンマークで一番ヤバい奴が来たの! 説得するからあたしも連れて行って!」
「説得? ヤバい奴?」
ネレーアがキョトンと首を傾げた。
「フルセンマークのことを調べたなら知ってるはずよ! 銀色の魔王! 人類最初のサイコパス! 傭兵国家の初代皇帝!」
「アスラ・リョナ……」
ネレーアがその名を呟いた。
やっぱり知ってるのね、とアイリスは思った。今やアスラはフルセンマークで一番の有名人だ。
いや一番じゃないかな? でも上位ではあるわね。と、どうでもいいことを一瞬だけ思考したアイリス。
だがすぐにその思考を彼方に追いやる。
「あたしなら説得できるわ!」
「無理だわ……」ネレーアが言う。「だって傭兵でしょう? それに我が帝国の脅威なら、ここで仕留めるわ……。ふふっ、英雄も大したことなかったし、所詮は田舎の傭兵王でしょう?」
ネレーアはすぐに船室を出て行った。
「ああ、バカ! この船を攻撃されたらどうすんのよ! 仕方ないわね!」
アイリスは攻撃魔法【光子乱舞】を使用。
アイリスの周辺にいくつもの細い光線が飛び交い、縄を焼き切った。
ピョンと立ち上がって、船室を出ようとして思い留まる。
そしてベッドに近寄ってシーツをバッと取って自分の身体に巻く。全裸で出てもアイリスは平気だが、隠せるならまぁ隠しておこうという感じ。
◇
「いやぁ、やっぱ熱線だよね!」
5隻の船をまとめて沈没させたので、アスラは上機嫌で言った。
まぁ、エトニアル帝国の船はまだまだ数え切れないほど海に浮いてはいるけれど。
「連射できないのが残念ですね」
サルメが淡々と言った。
下から矢が飛んでくるが、ゴジラッシュは気にしていない。
「次を撃てるまで、どうしますの?」とグレーテル。
「私が直接沈める。そうだなぁ、どの船がいい?」
アスラに質問されたので、グレーテルは船を観察。
そして一番強そうな船を指さした。
「貨物船ではありませんが、旗艦かそれに準ずる戦艦ですわ」グレーテルが言う。「ダメージを与えるという意味で、あれを潰すのが良いかと」
「そうだね。なるべくダメージを与えてくれって話だし、あれは潰しておこう」
アスラが言った瞬間、ゴジラッシュが急激にグルンと旋回した。
アスラたちは少しビックリしたが、落ちたりはしなかった。
ゴジラッシュがさっきまで進んでいた方向の下から、魔力を帯びた赤い槍が空を引き裂くように飛来し、見えなくなった。
ああ、あれを避けたのか、とアスラは納得。
「戻って来ました!」
サルメが後方を見ながら叫んだ。
槍は遠くの空で旋回して、再びゴジラッシュを狙って飛来。
ゴジラッシュが急旋回で再び槍を回避。
アスラは槍の軌道を目で追った。
そうすると、槍はグレーテルが指さした旗艦らしき船へと向かって、甲板に立っている女が右手で槍を掴んだ。
「槍投げチャンピオンか何かかな?」
アスラはゴジラッシュの背中を何度か叩き、旗艦へと向かう。
槍を掴んだ女は薄い金髪に青いドレス姿で、ジッとアスラたちを見ていた。
次の攻撃はなかったので、アスラたちは容易に旗艦へと近寄り、その甲板に飛び降りた。
◇
「こんにちは……傭兵王」ネレーアが言う。「あたくしは天聖・歌声のネレーア。あなたたちを……殺します」
「おや? 私を知っているのかい?」
「ええ、もちろん……」クスッとネレーアが笑う。「田舎の傭兵王」
ネレーアが間合いを詰め、アスラに上段蹴りを放った。
アスラはガードしたが、そのまま吹っ飛んで海にボチャンと落ちた。
サルメとグレーテルは顔を見合わせて苦笑い。
「……弱すぎない……?」ネレーアは戸惑った様子で言う。「いえ、まぁ、英雄も大したことはなかったし……まぁ、こんなもの……なのかしら?」
「では私たちはこれで!」
サルメが逃げ出そうとしたが、ネレーアが回り込んだ。
サルメはビクッとなって飛び退く。
「……本当に、この程度なの?」ネレーアが大きな溜息を吐いた。「まぁ、あたくしが強すぎるのかしら……」
「いやぁ、素晴らしい強さですわ!」グレーテルが媚を売る。「寝返っちゃおうかなぁ! なんちゃって……」
「不要だわ……」ネレーアが言う。「天聖候補100位以内にも入れないわ、あなたたち如きでは……」
ネレーアが小さく首を振り、同時に近くの船が爆発した。
突然の爆発に、ネレーアが気を取られる。
その瞬間。
サルメとグレーテルが同時に攻撃を仕掛けた。
サルメはラグナロクで、グレーテルは短剣二刀流で。
ネレーアは槍を回しながら2人の攻撃を弾いたけれど、2人の攻撃が止まらない。
(何なの、このいやらしい攻撃は……!)
未だかつて、経験したことのない連携攻撃に、ネレーアは焦った。
サルメとグレーテルは完璧なタイミングで完璧な場所を攻撃しているのだ。完璧な場所というのは、ネレーアにとって嫌な場所という意味。
(取るに足らない存在だったはず……!)
ネレーアは防御するのに精一杯で、反撃ができない。
サルメもグレーテルも、単独ならネレーアの相手にはならない。それこそ、片手で殺せる程度の相手なのだ。
更に別の船が爆発。
何が起こっているのか、ネレーアには理解できなかった。
(ドラゴンは上空待機……まさか傭兵王?)
凄まじい連携攻撃に焦ったが、それでもネレーアは天聖。巨大な帝国の選ばれし4人の1人なのだ。
段々と、サルメたちの攻撃に慣れてきた。そろそろ反撃できそうだ、というその時。
足下から黒い槍が出現し、ネレーアを突こうとした。
紙一重で躱したが、リズムが狂ってまた防戦へ。
(なんて戦い難い……小賢しいというか、何と言うか)
こんなの実力ではない、とネレーアは思う。とにかくやり方が汚い。汚すぎて反吐が出る。
ネレーアは自分を戦士だと思ったことはないが、今だけはこう言いたい。
(戦士としてのプライドはないわけ!?)
それほどまでに、2人の攻撃はねちっこくて、粘っこくて、いやらしくて、気持ち悪かった。
まぁしかし、ネレーアは黒い槍を含んだ連携攻撃にも慣れた。
元々、戦闘能力が圧倒的に違うのだ。慣れれば、どうってことはない。
槍の柄でサルメの頬を叩き、グルンと回してグレーテルの腹部を打った。
距離を取る2人のうち、ネレーアはサルメに狙いを定めて追った。
理由は単純で、黒い槍の魔法を使っていたのがサルメの方だったから。ついでに、良さそうな剣を持っているので、奪って大帝に献上しようと考えたから。
ネレーアは槍でサルメを突き殺そうとしたのだが、槍の軌道を片手で逸らされた。
サルメに、ではない。
サルメとネレーアには圧倒的な力の差があるので、サルメにそんな真似は不可能だ。
「はいそこまで。知り合いだからあたしが話すわ」
槍の軌道を変えた張本人、シーツをドレスみたいにまとったアイリスが言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます