2話 2回目の潜入捜査  「イケメンらしいし、ね?」


 トラグ大王国、新王都の仮設王城。

 その会議室で、アスラはうーんと唸っていた。

 会議室にはトラグ大王国の宰相デリアもいる。

 デリアは20代後半の女性で、薄紫の長い髪の毛をそのまま垂らしている。美人だが今は疲れの色が見て取れた。

 デリアの他には文官が数名と、ゾーヤ軍から出向している兵士が2名とマルクスがいて、みんな表情が固い。


「時間の問題だね、これ」


 大きな机に広げた地図を見ながら、アスラが言った。

 地図は西フルセン全体の地図だ。

 そこには赤いコマと青いコマが置いてある。赤いコマがエトニアル帝国の兵力で、青がゾーヤ軍。

 制圧された地区には赤い線を引いている。


「ですから、防衛を《月花》にお願いしたいのです」


 デリアの声は焦燥を含んでいた。

 まぁ、国の滅亡がかかっているので、当然ではある。

 エトニアル帝国はすでに西フルセンの3割程度を制圧していて、トラグ大王国の眼前まで迫っていた。

 正確には、あと小国2つを挟んでいるだけである。


「正直、進軍が早すぎて私も驚いているよ」とアスラ。


「圧倒的な物量で押し潰されていますからねぇ」マルクスが言う。「このままでは国土防衛は難しいかと」


「そんな……」デリアが絶望の表情で言う。「ゾーヤ軍も頑張っていますが、全体的に押されています……。なんとか反転攻勢……いえ、敵の侵攻の遅延だけでも、《月花》の力で、どうにか……」


 デリアはアスラを見たりマルクスを見たり、落ち着きがなかった。


「侵攻を遅らせることは可能だよ」


 アスラの言葉に、デリアは一筋の希望を見出した。文官たちもアスラの方をジッと見詰めた。


「マルクス、君ならどうする? さっき『このままでは』って言ったね?」


 アスラはマルクスに話を振った。


「ふむ。侵攻を遅らせるのであれば……」


 マルクスは地図に人差し指を這わせる。そしてある一点で指を止める。


「後方を叩いて補給を潰しますね」


 マルクスが指さしたのは海の上。エトニアル帝国の大艦隊がいる場所である。


「そうだね。補給は戦争において、もっとも大切と言っても過言じゃない」アスラが言う。「まぁ、連中は略奪しながら進んでいるから、侵攻を完全に止めることはできないけどね」


「ですね」マルクスが頷く。「それでも連中は大所帯。船の物資を叩けば、勢いは落ちるでしょう」


「ではそれを依頼します!」デリアが言う。「報酬は今すぐには払えませんが、必ず支払います! 王国が存在する限り、支払い続けると約束します!」


 デリアは金額を聞く前に、一括で払える額ではないと推測した。


「支払いの心配はしていないよ」アスラが肩を竦める。「君のことは信用している。信用ってのは仕事をする上では、とっても大切なことだよ」


 それに、とアスラは心の中で付け加える。

 支払わないなら、それはそれでいい。そういう奴がどうなるか、見せしめにできるからね。

 見せしめにした上で、必ず報酬は回収する。どんなことがあっても。相手が誰でも、たとえ神様でも同じ。それもある意味、信用だ。


「団長殿!」


 ササッと忍者みたいにチェリーが会議室に入ってきた。

 チェリーは《月花》の新団員で、マホロ候補の少女。今はイーナの下で連絡&報告を担当している。

「おい、俺を置いて行くんじゃねぇ」


 少し遅れて、ロイクも会議室に入った。

 ロイクは雰囲気イケメンで、チェリーと同じくイーナの下で連絡&報告、更にチェリーの直接的な指導を担当している。


「遅いでござるよぉ」とチェリー。


 ロイクは苦笑いしてから、地図に赤い線を追加した。


「この国も落ちたんで、あと一個、国が落ちたらトラグだな」


 ロイクは小さく肩を竦めた。

 デリアと文官たちが青ざめた。


「ふむ。急いだ方が良さそうだね」アスラが言う。「正式に依頼を請けるよ。内容はエトニアル帝国軍の侵攻を遅延すること」


「できれば」デリアが申し訳なさそうに言う。「少しでも多くダメージを与えてください」


「よろしい。ではそうしよう」とアスラ。


「ゾーヤ軍の上層部にも報告を入れておきます」


 出向している兵士の1人が言って、会議室を出た。

 フルセンマークの各国、特に西フルセンの国々はゾーヤ軍と緊密に連絡を取り合っている。


「マルクス、ここを頼む」

「了解であります」

「チェリー、サルメとグレーテルに即時ゴジラッシュ前に集合と伝えておくれ。フル装備でね」

「はいでござる!」


 チェリーが元気よく会議室を出て行った。


「ロイクは引き続き、イーナの指示に従うように」とアスラ。


「了解」ロイクが言う。「まぁ、チェリーの側にいることと、前線を視察してる奴らと連絡取るぐらいだけどな」


 現在、ラウノ、イーナ、レコの3人が別々の国の前線を視察して情報収集を行っている。ちなみに、元怪盗のシモンはラウノの下に付いて情報収集を学んでいる。


「大事な仕事だよ。特に、チェリーに実務を教えることは大切さ」


 戦闘能力だけなら、チェリーは割とすぐ使い物になる。

 しかし実戦経験や実務経験が少なすぎるので、今はそこを強化しているところである。

 もちろん魔法兵としての訓練も開始している。


「私はサルメたちと出撃するから、以降の報告はマルクスに」



「はい?」


 アイリスはムツィオの言葉が理解できず、小さく首を傾げた。


「それは肯定という意味だな!」ムツィオが言う。「まぁ当然、大帝様の嫁候補なら返事は全て『はい』だろうがな!」


 今の、疑問形だったわよね? とルミアは思った。

 ムツィオはどうやら、かなり単純で都合のいい思考をしているようだ、とルミアは分析。

 ちなみに、ルミアは地面に座り込んで、回復を図っている。実はコッソリ回復魔法を使っていたりする。

 エトニアル兵たちはムツィオとアイリスのやりとりを見ていて、あまりルミアを気にしていない。

 ルミアはすでに抵抗する力のない、半分屍のような状態だと思っているのだ。


「違うわよバカじゃないの!?」

「なんだと貴様! 大帝様の嫁候補だぞ!?」


 ムツィオは心底から、信じられないという風な表情で言った。


「あたし、その人知らないし、いきなり嫁候補って言われても無理でしょ」

「ならば力尽くで連れ去るのみよ!」


 ムツィオが全身に風をまとってアイリスに向かう。


「【オーバーコート】」


 魔力の鎧に身を包んだアイリスが、ムツィオの攻撃を無視して自分も攻撃へ。

 あ、これ、わたしの【外套纏】と同じような効果だわ、とルミアはすぐに気付いた。

 ムツィオの拳がアイリスの顔面に炸裂し、同時にアイリスの峰打ちがムツィオの横面を打ちのめした。

 2人ともが同時に後方に飛ぶ。自分で飛んだの3割、相手の攻撃の威力に吹っ飛んだのが7割というところ。

 アイリスってこんなに攻撃的な子だったかしら? とルミアは思った。


「痛ったぁ……」


 アイリスは切れた唇から流れる血を拭いながら言った。

 同時に【オーバーコート】を解除。魔力の節約である。


「このワシと同等のスピード……更に剣を使っているとはいえ、同等の威力……素晴らしいぞ!」


「あんたの体術、正直そこまでじゃないわ」アイリスが言う。「パワー以外はメロディの方が上だわ」


「大帝国エトニアルの天聖であるワシより強い奴が、こんな閉ざされた地にいるとは思えんがな」

「いるじゃないの、目の前に」


 ニヤっとアイリスが笑う。

 その表情は自信に満ちていて、ルミアはゾクゾクした。

 なんて凄まじい成長力。

 アイリスは超えて征ったかもしれない。今は亡きルミアの妹を、ジャンヌ・オータン・ララを名乗ったあの子を。


「その強気な態度! そしてその若さ! ますます大帝様の嫁に相応しい! ワシは何が何でも、どんな手を使ってでも、貴様を大帝様の嫁にするぞ!」

「へぇ。そこまでして強い嫁が欲しいわけ? ちょっと待って、いくつか質問させて」


 アイリスは否定せず、少し考えるような仕草を見せた。

 あ、上手いわね、とルミアは思った。ちょっと興味が出てきた、という演出が上手いという意味。

 戦闘能力だけでなく、アイリスは心理戦もできるようになっている。


「大帝様って何歳なの? あんまり歳が離れていると、ちょっと嫌だわね」

「大帝様は花の26歳である!」


 なぜかムツィオは自慢気に言った。


「顔は? あたし面食いよ? 権力やお金にはあまり興味ないし、恋愛小説に出てくる男主人公レベルのイケメンがいいわ」

「世界で一番顔がいい、それが我が大帝様である!!」


 どぉーんと胸を張ってムツィオが言った。


「え? そんなに? あたしでも、割と目が肥えてるわよ?」

「ふ……こんなことも、あろうかと」


 ムツィオはズボンのポケットに手を入れて、折りたたまれた紙を取り出した。

 そしてそれを開き、アイリスに見せる。

 アイリスは油断した風に寄っていき、紙を見る。

 うーん、上手だわ、ここでバッサリ斬り殺すわね、アスラなら。とルミアはその様子を見ていた。

 アイリスが攻撃に転じるのを今か今かと待ったのだが。


「わぁ! 凄い! 本当にイケメンじゃないの!? これ肖像画でしょ!? 普通にラウノ超えじゃないの! 行きましょう! 大帝国!」


 アイリスはノリノリで言った。

 あっれー? なんで攻撃に転じないのかしらん?

 それどころか、本気で言っているように見えるのだけれどぉ?

 ルミアは軽く表情が引きつった。


「やはり、先に大帝様のご尊顔を見せるべきだな、今後は」とムツィオ。


「は? 今後って何?」

「嫁候補、と言っただろう? 貴様だけではないのだ」

「なるほど。まぁいいわ。ところであたしが嫁になったら、どの程度の権限があるわけ?」

「ふむ。全てが手に入ると思っていい」


「凄いわね。じゃあ早速、行きましょう」アイリスが剣を仕舞った。「でも1つだけ条件を出したいの。聞いてくれる?」


「聞くだけ聞こう」


「その人」アイリスがルミアを指さした。「逃がしてあげて。今回だけ」


 ムツィオがジッとルミアを見た。


「別に構わんぞ。行け女」


 シッシッと犬を払うみたいに、ムツィオが手を振った。

 ルミアはアイリスが何を考えているのか、理解できない。

 ただのアホの子なのかとさえ思った。

 でも。

 アイリスのニヤリと笑った悪そうな顔が、アスラと重なる。

 そして悟る。アイリスが何をしたいのか。

 アイリスは勝つ気なのだ。この戦争に勝つつもりでいるのだ。

 そのために、敵のボスに近づき、情報を収集する。あるいは、打ち倒してしまうつもりなのだ。

 ああ、この子、目先のムツィオではなく、大帝を選んだのだ。

 ルミアが立ち上がると、アイリスがハンドサインを送った。


(あとで人形を寄越して、ってアスラに伝えて)

(了解。潜入頑張ってね)


 ルミアは少し嬉しい気持ちでその場を去った。

 初めて会った時のアイリスは、脳内お花畑で見ていてイライラしたものだ。うっかり拷問用の鞭でぶっ叩いたわねぇ、とルミアは当時を思い出した。

 今のアイリスなら、何の心配もいらない。

 大帝を打ち倒せないまでも、多くの情報を収集するだろう。情報は大事だ。敵地のリアルな今というのは貴重だし、敵の作戦なんかも筒抜けにできる可能性がある。

 それに。

 工作して内部から崩壊させることだって、場合によっては可能なのだから。

   

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