十九章

1話 大帝様の嫁にならんか?  もちろん若い方が好ましい


「おいルミア、ワシらは何で戦ってたんだっけか?」


 コンラートは巨大な斧でエトニアル兵を真っ二つに裂きながら言った。

 午後の日差しが弱い曇り空の下、あちこちで火の手が上がっている。


「このバカたちが」


 言いながら、ルミアは大剣を横に振ってエトニアル兵の首を刎ねた。


「物資を全部奪った上に、海上を封鎖してて、わたしたちは冒険に出られないでしょ?」


「おう、そういや、そうだったな」コンラートが笑う。「しかしよぉ、1回撤退せんか?」


「さんせーい!」


 投げナイフで戦っているオルガが言った。

 オルガは元詐欺師の女性で、20代前半。髪の色は青でロング。丁寧に手入れをしているので、艶やかで美しい。

 顔も悪くない上、こちらも丁寧に手入れをしているので、割と美人に見える。

 元々口が上手く世渡り上手だが、戦闘はあまり得意じゃない。

 まぁ、海の上でルミアが鍛えたので、ある程度は戦えるけれど。


「そりゃいい」ペトラが言う。「ここらの市民はみんな避難したみたいだし、敵以外はあたしらとゾーヤ軍しか残ってねぇぞ」


 ペトラは元傭兵で、短い期間だがプンティの上司だったこともある。

 元から実力は割と高い。その上でルミアに鍛えられたので、英雄候補ともやり合えるレベルになっていた。

 さて、エトニアル兵と戦っているのはルミアたちだけではない。銀神ゾーヤの名の下に集められたゾーヤ軍も、エトニアル軍と戦っている。

 この街全体が戦場と化していて、非常に激しい攻防が繰り広げられている。

 ちなみに、ルミアたちがエトニアル兵と最初に遭遇してから、すでに30日以上が経過していた。


「しかも押されてる」プンティが言う。「英雄もこの戦争に参加してるっていうのに、ガンガン押されてる」


 プンティは元英雄候補で、その後は傭兵、そして今は冒険団の一員で、ルミアの恋人。

 ルミアが周囲を見回すと、コンラート冒険団の周囲には数多の死体が転がっている。

 もちろん、全てエトニアル兵の死体。

 だが、それでも、エトニアル兵は次から次に湧いて出る。

 一体、どれほどの戦力を投入したのかしら?

 ルミアは敵の正確な数を知らない。だが尋常な物量でないのは、すぐに理解できた。


「数の暴力って怖いわね」ルミアが言う。「撤退には賛成よ。わたしが殿を務めるから、退路を塞がれる前に行って」


「プンティ! 活路を開け!」コンラートが叫ぶ。「オルガ! ペトラ! プンティに続け!」


 プンティは言われた通り、反転して駆ける。

 別にガッツリ囲まれているわけじゃないので、逃げるのはさほど難しくない。

 オルガとペトラがプンティに続いて走った。


「ルミア、お前も無茶すんじゃねぇぞ!」


 コンラートは巨大な斧を担いで、プンティたちの後を追う。

 ルミアはしばらく戦ってから、【阿修羅】を召喚し、その場を任せて反転。

 神域属性・魔王。攻撃魔法【阿修羅】は、かつての【神罰】の上位互換。

 天使に模した【神罰】と違って、【阿修羅】の姿はアスラによく似ていた。それはルミアがアスラをモデルに魔法を構築したから。

 わたしよりは少し弱いけど、【阿修羅】なら余裕で足止めできるでしょ、とルミアは軽く考えていた。

 だが反転した瞬間に【阿修羅】が殺された。正確には、【阿修羅】は魔法なので、死んだわけではない。

 多くのダメージを受けて消滅したというのが正しい。


 ルミアはまたエトニアル兵たちの方を向いた。

 その瞬間、目の前に大男が立っていて、拳を振り上げていた。

 嘘でしょ!?

 恐ろしい速度での接近。こんな大男は確かにいなかった。

 ルミアは大男の拳を大剣でガード。

 あ、これ、大剣が保たないわ。

 ルミアは受けられないと理解し、後方に大きく飛んで大剣の損傷を防ぐ。

 大男はルミアを追わず、その場に立っていた。


(なんなのこいつ!? 今までの兵隊とは格が違うじゃない!)


 ルミアは表情を一切変えず、心の中だけで焦る。

 同時に、大剣を額の前で横にして構えた。


「こいつがそうか?」


 大男がルミアを指さし、近くの兵に質問した。

 ちなみに、大男は上半身裸だった。

 コンラートやアクセルと同じタイプだと、ルミアはすぐに理解した。

 大男は武器を持っていないようだし、明らかに格闘系。自らの肉体を駆使して戦うのが大好きなタイプ。

 いわゆる脳筋。


「はいムツィオ様!」兵が大きな声で言った。「この死体の山はこいつと仲間が作りました! 我々の神聖なる進軍を邪魔する極悪人であります!」


「誰が極悪人よ。問答無用で侵略して、わたしたちが買うはずだった物資まで全部奪ったくせに」


 ルミアは少しムッとして言った。


「女と聞いて喜び勇んで出て来たが、もっと若いのを期待したぞワシは」


 ムツィオと呼ばれた大男は、ガッカリした様子で言った。


「誰が年増よ!? ぶち殺すわよ!?」


 ルミアは1回、地面を踏みしめた。

 地面にヒビが入った。


「あーいや」ムツィオが言う。「ワシの好みの話ではない。ワシは別にお前でも構わん。歳も近そうだし、問題ない。美人だと思うし、そもそも年増だとは言ってない」


「……あらそう……」ルミアが言う。「じゃあ誰の好みの話かしら?」


「うむ。強くて若い女なら、大帝様に捧げる嫁候補にしようかと思ったのだ」

「……大帝様はドMか何かなの?」


 強い女の子に虐められたいのかしら、とルミアは考えたのだ。


「なんだと貴様!!」ムツィオがぶち切れて叫ぶ。「強くないと大帝様の暴力に耐えられんだろうが!!」


「家庭内暴力があるって宣言されて、嫁に行く女はいないわよ?」


 まぁそれでも、とルミアは思う。

 大帝という立場上、きっと誰でも選り取り見取りで嫁にできるのだろうけど。


「その上! 強い子を産むには強い女でないと! そんな常識も知らんとは、貴様、その歳で未婚だな!? 恋人すらいないのではないか!?」

「はぁ!? 恋人ならいるわ!! なんならキスもしたけれど!? 一緒にお風呂に入ったり、ちょっと触りっこまではしたわ!!」

「なんだその子供のお遊戯のような付き合いは」


 ムツィオは少し引いた様子で言った。

 エトニアル兵たちがゲラゲラと笑った。

 純潔の誓い、完全に破ろうってルミアはその時思った。


「まぁそういうわけだ」ムツィオが言う。「貴様は嫁候補にはならん。よって、死ね」


 ムツィオが凄まじい速度で突っ込んだ。

 尋常じゃない速度だったが、ルミアは冷静に回避行動。


「風の魔法ね?」

「まだまだ速くなるぞ!」


 ムツィオは全身に風をまとった。

 イーナの【加速】の上位互換って感じね、とルミアは冷静に分析。

 頭は冷静だが、肉体的にはギリギリの回避が続いた。

 ムツィオは楽しそうに殴る蹴るを繰り出している。


「やるではないか!!」ムツィオが楽しそうに言う。「久々に本気が出せそうだ!」


 更に速くなった!?

 ムツィオの拳が、ルミアの腹部を直撃。

 ルミアの身体がくの字に折れ曲がる。躱すことはもちろん、衝撃を殺すために飛ぶこともできなかった。

 胃液が逆流して、吐き散らかしながらルミアの身体が浮く。

 ムツィオがグルンと回転しながら上段蹴り。

 それはルミアの顔面を的確に捉えていた。

 ムツィオの上段蹴りはルミアを吹き飛ばし家屋に叩きつけた。

 ズルッとルミアが地面に落ちる。


 ルミアが立つよりも速く、ムツィオはルミアとの間合いを詰め、ルミアを蹴り上げて再び家屋の壁に叩きつける。

 ルミアが地面に落ちる前に、ムツィオは右手でルミアの顔面を掴んで、通りの方に放り投げた。

 ルミアが宙を舞って、地面に落ちるより先にムツィオがルミアの落下地点へ移動。

 そしてしゃがみ込み、ジャンプしながら拳を突き上げる。

 ルミアは落下しながら大剣でムツィオの拳をガード。


 大剣は砕けたが、しかしムツィオの拳は止まらずルミアを打つ。

 さすがに威力は落ちていたが、それでもルミアに大きなダメージを与えた。

 ルミアは気絶しそうになったが、耐えた。

 でも気絶した方が良かったのかもしれない、と地面に落ちた時に思った。

 速すぎて反撃ができない上、そもそも立て直せない。よって、このまま嬲り殺される可能性が高かった。

 ガッハッハ! とムツィオが笑った。


「やはり殴り殺すなら女に限る! 最高に楽しいぞ! たまらん!」


 ムツィオはその場を動かなかった。

 その隙に、ルミアは立とうとした。

 でも立てなかった。

 なんとか四つん這いのような状態にはなれたが、それ以上は無理。気絶寸前のダメージを受けたのだから、仕方ないけれど。


「よぉし、勃起したぞ貴様ら!」


 ムツィオは楽しそうに自分の股間を指さした。

 エトニアル兵たちが笑う。


「この女は犯しながら殴り殺すとしよう!」


 ムツィオがルミアを見た。

 ああ、最悪だわ、とルミアは思った。

 どうしてわたしってば、変態にばかり縁があるのかしら?

 エトニアル兵たちが歓声を上げた。

 ムツィオがルミアに歩みよる。


「【阿修羅】!」


 ルミアの前に銀髪の少女の姿をした魔法が現れ、ムツィオを攻撃。

 しかしムツィオはあっさりと【阿修羅】を蹴り、消滅させた。


「いい魔法だが、ワシには通じん。ワシの攻撃力は天聖の中でも……」言いながら、ムツィオはルミアの髪の毛を引っ掴む。「……おっと、ワシは天聖で最弱だった!」


 最弱? こいつが?

 天聖というのがフルセンマークの大英雄的な立ち位置であることを、ルミアは知っている。

 すでに30日以上も戦争しているので、ルミアたちは英雄やゾーヤ軍とそれなりに協力しているし、情報も得ている。


「貴様ら、よく見たいだろう!?」


 ムツィオはズルズルとルミアを引きずって、兵たちの前まで移動。

 ムツィオがアレを出したら、噛み千切ってやろうとルミアは思った。


「ん?」


 ムツィオがルミアを離し、何かを回避した。

 ルミアを持ったままでは回避できないと判断したのだ。

 ルミアは地面に倒れないように手を突いて、ムツィオの方を見た。

 この状況で、殺される寸前で、助けられたのだとルミアは悟った。

 ムツィオの影で、助けたのが誰か分からなかったけれど、でも。


「アスラ……?」


 なんとなく、そんな気がしたので呟いた。

 気配というか、雰囲気というか、もう大丈夫だという安心感が、アスラのそれと重なっていたから。


「ちょっとルミア!? 誰がアスラよ!?」


 片刃の剣を構えたアイリスが、少し怒った風に言った。


「アイリス、なの……?」

「あたし以外の誰だって言うのよ」


 言いながら、アイリスはムツィオの攻撃を回避。

 その時に、ハッキリと姿が確認できた。

 ちゃんとアイリスだった。

 ああ、でも、もはや彼女はルミアの知っているアイリスではない。

 この圧倒的な感じは何?

 アイリスはムツィオの拳をいなし、ムツィオの腹部に峰打ちを叩き込んだ。

 流れるような美しい動作だった。

 その時、ルミアは気付いてしまった。

 ああ、わたし、アイリスに抜かれたのね、と。

 ムツィオが後方に飛ぶ。

 そして不思議そうに自分の腹部を撫でた。


「その細腕で、一体貴様、どんなパワーを持っているんだ?」


「パワーはまぁ普通よ」アイリスが言う。「どっちかって言うと、型でしょ。力の伝え方」


 かなりハイレベルでバランスの取れた戦闘能力だ、とルミアは解析した。

 元々アイリスはバランス型だったが、更に極まっている。

 アイリスの頭のてっぺんから足の先までを、ムツィオが舐めるように見た。

 そしてポンと手を打った。


「よぉし!」ムツィオが言う。「合格だ貴様! 大帝様の嫁候補だ!」

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