EX74 神の軍団と魔王の軍勢 最後の戦いに向けて


 こりゃ大事だな、とベンノ・ヴォーリッツは思った。

 ベンノは元傭兵団《焔》の団長で、今はイーティス軍の参謀だ。

 ベンノはオレンジの髪を逆立てていて、革製の戦闘服を装備。鎧ではなく、あくまで戦闘服。

 武器は東フルセンの標準的な長剣と、色々と便利な短剣の2つを装備。

 ベンノの背丈は普通だが、筋肉質でよく鍛えている。


「いいですか皆さん! フルセンマークを防衛するため、わたくしの名の下、連携してください! 国同士の諍いなどは、今は忘れることです! いいですね!?」


 フラメキア聖国の聖王城のバルコニーで、ゾーヤが言った。

 ゾーヤの声は周辺一帯に【神性】とともに響いた。

 地面には凄まじい数の人間たちが頭を垂れている。聖王城の敷地の外にまで、入りきらないほどの人、人、人!


「返事が聞こえません!」


 ゾーヤは自らの槍であるゾーヤの針を右手で掲げた。

 同時に、集まった人間たちが凄まじい咆哮を上げる。

 その咆哮に満足したゾーヤが、左手で人間たちを宥める。

 そうすると、一瞬でシン、と静まり返った。


「では、総司令官のアルから、一言どうぞ」


 ゾーヤが一歩下がって、代わりにアクセルが前に出た。

 ちなみに、この広いバルコニーには、神王代理のナシオ、アクセル、ベンノ、ゾーヤ、聖王、大司祭が立っている。

 そうそうたるメンツだ。更に地面の最前列には大英雄と英雄も集っている。もちろん、その中にはアイリスの姿もあった。

 アイリスの隣にはエルナ、その隣にはミルカ。

 まさにフルセンマークの全戦力が結集していると言っても過言ではない。

 まぁ、スカーレットとアスラはいないけれど。


「おう! 気合い入れろよテメェら!」アルことアクセルが大声で言う。「クソでけぇ戦争が起こるらしいからヨォ! フルセンマークの命運を! 分けるってヨォ!」


 それだけ言って、アクセルは下がった。

 おいおい、お前総司令だろうが、とベンノは思った。もっと何か言えよ、と。

 だがベンノはすでに知っている。アルが衝撃的なまでの脳筋だと。そしてその正体も。


「参謀も一言どうぞ」とゾーヤ。


 その凜とした声に逆らえず、ベンノは嫌々ながらも一歩前に出る。

 苦手だぜ、こういうの、とベンノは思った。

 傭兵仲間に演説するのは簡単だけれど、まともな人間たちに何を言えば良いのか分からない。


「あー、俺っちがゾーヤ軍参謀のベンノだ。いわゆるアレだ。ナンバー2ってやつだな。基本的に、編成は俺っちがやるから、その、なんだ……」


 ベンノは今後の作業を考えてゲンナリした。

 この凄まじい数の人間たちを割り振らなければいけない。まぁ、ベンノは直下の隊長たちを選んで、その隊長たちに更に下を選ばせる方式を予定しているけれど。

 それでも、優秀な隊長を選ぶ責任は重い。

 軍団長、兵団長、師団長あたりまでは、直接選んだ方がいい。


「フルセンマーク防衛のため、一丸となって備えようぜ!」


 ぶっちゃけ、フルセンマークの行く末に興味はない。ベンノは所詮、元傭兵。今だってスカーレットに雇われてるってだけの話。

 フルセンマークが消えたら、また別の土地に流れて傭兵をやればいいのだ。


       ◇


「ああ、メロディさん、お帰り。俺はあんたを愛してるかもしれねぇぞ」


 神王城の謁見の間で、半泣きのトリスタンが言った。


「何それ気持ち悪い」メロディが引きつった表情で言った。「私より弱い奴とか、子作りの対象にならないから」


「うるせぇ、いつかあんたよりも強くなってやるよクソが」


「愛してるって言ったりクソって言ったり、忙しいんだね」とメロディ。


「そう、そうなんだ! 俺は忙しいんだ! 帰ってくれてありがとな!」


 トリスタンは小刻みに身体を揺らした。嬉しいのだ。


「よく戻ったわね」スカーレットは少し疲れた様子で言った。「本当、助かるわ」


 スカーレットはいつも通り、玉座に座って脚を組んでいる。


「ねぇ、それよりパパの軍、4万集まったって聞いたんだけど」


「アルのじゃねぇよ」トリスタンが言う。「ゾーヤの軍だ」


「でもパパが指揮するんでしょ? 大丈夫? パパ脳筋だから、軍の指揮とか無理じゃない?」


「大丈夫でしょ」スカーレットが言う。「ベンノもいるし、ナシオもいるもの。アクセルは適当に敵に突っ込んでれば、なんとかなるでしょ」


「私もそっちに……」

「「ダメ!!」」


 スカーレットとトリスタンの声が重なった。

 メロディは実は結構、仕事ができるタイプなのだ。

 綺麗な脳筋、いや、頭も回る脳筋! とトリスタンは思った。もちろん声には出さない。


「大きな戦争があるって……」


「大丈夫よ! あたしが調子よくなったら、つまりこの、過労死しそうなほどの仕事の山が片付いたら! もっと大きな戦争してあげるから! その時はメロディが司令官でもいいわ!」


「おう! それいいな! そうしよう! だから今は城にいてください!」


 2人の必死さが伝わったのか、メロディは小さく息を吐いた。


「分かった、分かりましたぁ。でもお姉様、一回ちょっと勝負して?」

「いいわ。勝負してあげるから、残って仕事してね?」


 スカーレットが立ち上がろうとしたが、メロディがジェスチャで制する。


「調子よくなってからでいいし。お姉様、本当にしんどそうだもの」

「そう? 助かるわ……。もうめんどいから、人類皆殺しにしたいわ……」

「おい勘弁しろよ。いや、してください」


 スカーレットの愚痴に、トリスタンが引きつった声で言った。


       ◇


 アスラたちは城の外で火縄銃の訓練をしていた。

 団員たちが横一列に並び、1人一挺の火縄銃を持っている。団員たちの100メートルほど先には、木人が並んでいる。

 よく晴れたいい日で、空が高く風が少し吹いている。


「射撃用意!」


 アスラが言うと、団員たちが一斉に火縄銃の銃口から火薬を投入。次に弾丸を込めて、火縄銃に備え付けられているカルカという棒で押し込む。

 それが終わったら、火蓋を開けて火皿に粒子の細かい火薬を乗せる。

 乗せたらそこでまた火蓋を閉じる。安全のためだ。そして火縄を火鋏に付ける。

 この時点で、射撃の用意は完了である。


「狙え!」


 アスラの次の号令で、団員たちが火縄銃を構えて木人を狙う。

 ここまで約40秒。訓練で30秒までは縮めることが可能だ。


「火蓋切れ!」


 この号令で、団員たちが再び火蓋を開く。

 のちに、戦いを開始する時に使われる「火蓋を切った」という表現の始まりである。


「撃て!」


 団員たちが一斉に引き金を引き、爆発音と閃光が走り、弾丸が木人に命中する。


「あー、いつ聞いてもいい音にゃー」


 火縄銃の製作者リトヴァ・ステンロースがうっとりした様子で言った。

 リトヴァは木製の簡易椅子に座って訓練の様子を眺めている。


「すっげぇなこれ」と元怪盗のシモン。


 シモンとチェリーは立っているが、火縄銃は持っていない。2人は新入りなので、今回は見学だけ。


「これがあれば、誰でも即席の兵士になれるね」アスラが言う。「剣や魔法を覚えるより遙かに簡単で効率よく人を殺せる」


「恐ろしい武器ですわ……」グレーテルが言う。「ああ、でもこの匂い好きですわ……濡れてしまいますわ……」


「お前、本当キモいな」


 ロイクが引きつった様子で言った。


「武器なら何でも使えると豪語するだけあるな」マルクスが言った。「射撃準備の速度が一番速い。自分よりもだ」


「命中精度もいいんじゃない?」とレコ。


「まぁ、わたくしの唯一の……いえ、売国奴狩りと合わせて2つの特技の1つですわ」


 グレーテルは武器の扱いが上手い。あと、売国奴を見つけて殺すのも得意だ。


「リトヴァ」アスラが言う。「これをどんどん作っておくれ。工房を好きなだけ拡張していいし、人員も好きなだけ増やして良い。金は心配するな。大きな戦争があるらしいから、急げるだけ急いで欲しい」


 元々、最優先で製造しているけれど。

 対スカーレット戦で使う予定だったのだが、先に外の世界との戦争でデビューさせることにしたのだ。


「了解だにゃ! 早速、人員確保に動くにゃ!」


 リトヴァはとっても嬉しそうに帰った。簡易椅子も忘れずに持って帰った。


「おおぅ、すごい臭いだねアスラ」


 突如として現れたナシオが言った。

 ナシオは右手で自分の鼻を押さえている。火薬の匂いがお気に召さないのだ。


「よぉし! 人を撃ってみよう! 射撃用意!」


 アスラが言うと、団員たちが一斉に火縄銃の準備を開始。

 ナシオは何がなんだか分からなくて、キョトンとしている。


「人じゃなくて魔物ですけどね」とサルメがボソッと言った。


「狙え!」


 アスラが言うと、団員たちは同士討ちしない位置に移動してナシオを狙った。


「一体、僕は何を向けられているんだろう?」

「知らなくて良い。では火蓋を切れ」

「……大丈夫かな? 僕は出直した方がいいのかい?」

「いや、そこにいたまえ。最上位の魔物にどの程度通用するか知りたい。撃て!」


 団員たちが一斉に射撃。

 全員の弾丸がナシオに命中する。

 ナシオは変な感じに悶え、身体を折り曲げ、血を流してフラフラしたあと、その場に倒れ込んだ。


「どうかね? 痛いかい?」


 アスラがナシオに寄っていく。


「めちゃくちゃ痛いんだけども……」


 ナシオはプルプルと震えながら、なんとか立ち上がろうとしたが、ダメージが大きくて無理だった。

 結局、ナシオは地面に転がったまま。


「あの人、本当に撃って良かったのか?」


 言われるままに撃った団員たちを見て、シモンが引きつった表情で言った。


「いいさ。団長が撃てと言ったら相手が恋人でも撃つもんだよ」とラウノ。


「あいつに限れば」レコが視線でナシオを示す。「死ぬまで撃ってもいいぐらい」


「銃が流行したら、というか、将来、もっと強い銃や大砲が主流になったら、幻想生物が絶滅しそうだね」アスラが言う。「よし、幻想生物保護特区とか作って、絶滅しないように守ろう」


「……なんで?」とイーナ。


「え? 勿体ないからだよ」アスラが言う。「魔物っていた方がいいだろう? ロマンの1つさ。分かるかな?」


 イーナはキョトンと首を傾げた。

 だいたいみんな首を傾げた。魔物を残す理由がよく分からないのだ。


「ゴジラッシュなら?」とアスラ。


「それは守るべき!」


 ふんす、とイーナが強い口調で言った。


「それに近い感情かな」

「……団長も、マモナー?」


「……なんだいマモナーって……」とアスラ。


「魔物と……恋をする人のこと……」


 イーナは照れっと頬を染めて言った。


「いや違う。私はただ、私のロマンを取っておきたいだけだよ」


 やれやれ、とアスラが肩を竦める。

 今後、科学がどれだけ進歩しても、魔法や魔物を世界に残したい。アスラはそう思っているのだ。


「と、ところで……」死にかけのナシオが言う。「治療とか、してくれない?」


「自分で治せるだろう?」

「そうだけど……痛い……」

「それは良かった!」


 アスラが手を叩いて喜んだ。

 イーナも手を叩いて喜んだ。


「それで何の用かね?」とアスラ。


「なんだったかな……痛すぎて忘れたよ……」


 ナシオは半泣きで言った。

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