EX73 闘神の帰還 魔を滅ぼす妹
メロディ・ノックスはマホロの隠れ里の中央広場に立っていた。
メロディはストロベリーブロンドの長い髪で、あまり丁寧に手入れをしていないので、少しボサついている。
それなりに整った顔立ちだが、好戦的な性格がそのまま顔に出ている。
服装はいわゆる道着姿。フルセンマークではあまり見かけないが、マホロの里ではみんな似たような服装だ。
「メロディ、処刑の日だ」
60代の里長が言った。
里長は男性で、前の前のマホロだ。
メロディの周囲には、多くの者が集まっている。全員がマホロ候補だ。全員が生まれた時から、魔王を単独で倒すために鍛えられる。
この里の人間は総じて狂っている。
「待ちわびちゃったなぁ」
メロディは空を見上げて言った。
ちなみに、メロディは後ろ手に縛られている状態。
「言い残すことはあるか?」と里長。
「提案ならあるよ」とメロディ。
言ってみろ、と里長がジェスチャーで示す。
「マホロを名乗って負けたら死ななきゃいけない、って掟をナシにしない?」メロディは笑顔で言った。「てゆーか、古くさい掟を全部新しいのに入れ替えるの。どう?」
「バカを言うな!」
里長が叫ぶと、年配の者たちが里長に賛同してメロディを野次った。
若い世代は特に何も言わなかった。どちらかと言えば、若い世代はメロディの意見に賛成なのだ。表立って言えない、というだけで。
「そう。じゃあ仕方ないね」
メロディはその場でクルクルと何度か横に回った。
なぜそうしたのか、誰にも分からなかった。
メロディ的には、気分がいいからダンスの代わりに回っただけ。深い意味はない。
「ああ、私ね、下界に降りて色々と変わったのよね」
「お前の変化など、我々には関係ない」里長が言う。「マホロを名乗って負けたという事実だけが大切なのだ」
里長が右手を上げると、次のマホロが剣を持ってメロディの前に立った。
次のマホロは20代後半の男で、実力的にはメロディより下。
だけれど、メロディの次に強い。生涯を戦闘技術の向上に努めた典型的な里の人間。
「色々な人間に色々な影響を受けて」メロディが言う。「生涯を賭して殺したい相手も見つかったし、まだまだ人生を、戦闘を、殺し合いを、楽しみたい! だから今日! 私は私を殺そうとする古い掟を! その掟に縛られた愚図どもを! 皆殺しにする!」
メロディは駆ける。
両手を後ろで縛られたまま、次期マホロへと。
次期マホロは剣を構え、覇王降臨を使用。赤い衝撃波が起こるが、メロディは気にしない。
そのまま突っ込んで間合いを詰め、上段蹴り。
次期マホロはその蹴りを躱した。躱すしかできなかった。覇王降臨を使ってなお、躱すのが精一杯だった。
メロディはクスッと笑った。
「良かった。縛られたままなら、ちょうどいいハンデになるって思ったの」
「舐めるな!」
次期マホロが斬りかかるが、メロディは剣の腹を蹴る。
次期マホロは剣を落としたりはしなかったが、バランスを少し崩した。
メロディはそのままクルッと回りながら逆の脚で次期マホロの顔面を蹴る。
メロディの蹴りで、次期マホロが吹っ飛んだ。
自分で飛んだのではない。メロディの蹴りがクリーンヒットだったのだ。
「ちょうどいいってのはね?」メロディが言う。「お前らみんなを相手にして、それでちょうどいいって言ったのよ?」
メロディは怪物だった。
それは里の誰もが感じていた。ずっと感じていた。
この里に生まれた者は、みんなおかしい。どこか壊れている。でもメロディは、それよりもっとずっと異質だった。
「全員でかかれ!」
里長が叫び、メロディを処刑しようと考えている古い世代の者たちが一斉に飛びかかった。
メロディは両手を使わず、覇王降臨も使わず、1人ずつ確実に殺していった。
生かしておく理由はない。
「さっきの台詞、ちょっとお姉様っぽかったかなぁ?」
メロディはニコニコと笑いながら、次を殺した。
敬愛するスカーレットを思い浮かべながら、更に次を殺す。
古い世代と言っても、それでもみんながマホロ候補。少しは稽古になる。
「……貴様は化け物だ……」
地面に仰向けに倒れた里長が言った。
里長以外は、もうみんな死んでしまった。
みんなと言うのは、メロディを殺そうとしたみんなのこと。若い世代はほとんどが生き残って様子を見ている。
「ありがとう。それになりたかったの」メロディが薄暗く笑う。「でもダメね。全員の力を合わせても、お姉様より弱い。アイリスにも勝てないだろうし、なんなら私のパパより弱いし、アスラにも勝てないと思う」
下界は本当に面白い、とメロディは思った。
小さくて狭い里の中では知り得なかった世界。
「……貴様は最高傑作だった……。だが人格に問題が……」
里長の言葉の途中で、メロディは里長を踏み殺した。最後まで聞く価値があるとは思えなかったから。
「メロディさん……いつの間に、そんなに強くなったんです?」
里の少年が言った。
メロディの実力は、里を出た頃とは比べものにならない。
「それもこれも下界のおかげかな」メロディが言う。「だからまぁ、今日から私が里長になって、掟とか色々変えて、みんなもある程度の実力があれば下界に降りられるようにするね? その方が修行になるから」
メロディの言葉に、生き残った者たちは「おぉ!」と喜びの声を上げた。
小さな狭い世界に不満を感じていた者たちだ。
「ああ、それでね?」メロディが言う。「下界に降りて強くなりたかったら、まずは《月花》を訪ねるといいかなー。私たちとは違った戦闘技術が手に入るから」
◇
「というわけで、弟子にして欲しいでござる」
チェリー・ノックスは床に片膝を突いた状態で言った。
「ござる……ござるね」
玉座に座っているアスラが視線を天井に移し、そしてまたチェリーに戻しつつ言った。
ちなみに、ここは謁見の間で、いるのはアスラとチェリーのみ。他の団員は訓練中。
アスラは見ての通り、謁見中。
「この語尾は里で流行ってるでござる」
チェリーは淡々と言った。
チェリーはそれなりに可愛らしい女の子で、薄紫の髪をショートカットにしている。服装はメロディと似たような道着。
年齢はアスラの目測で12歳前後。レコと同じぐらいか、少し上。
「ふぅん。母の島国を思い出したよ。忍者だ」言ってから、アスラは少し考える。「サムライだったかな? まぁどっちでもいいか」
「弟子にしてくれるでござるか?」
チェリーはとっても真剣な様子で言った。
「いや、個人的な弟子はいらないよ」
「でもメロディ姉さんが、ここで鍛えてもらえって言ったでござる」
チェリーはある一定以上の実力があって、下界に降りることを許可されたのだ。で、メロディと一緒に里を出た。
メロディはチェリーをアスラの城に残して、さっさとイーティスに向かった。
「……まぁ仲間にしてもいいけど」
「本当でござるか!?」
チェリーは嬉しそうに目をキラキラと輝かせた。
「試験に合格したらね」アスラが立ち上がる。「能力を見たい。君の説明では、次世代のマホロ候補で、しかも最有力という話だけど、それがどの程度なのか見せておくれ」
アスラがクイクイッと右手でチェリーを挑発。
チェリーはニッと笑って立ち上がる。
「ああ、笑った顔がメロディに似ているね」
「嬉しいでござる。メロディ姉さんは里の女子衆みんなの憧れでござる」
「君は妹?」
「みんな妹でござるよ、血の繋がりは重要じゃないでござる」
言葉が終わったと同時に、チェリーが間合いを詰める。
お? 速いじゃないか。
チェリーが素手で何度かアスラを攻撃して、アスラはそれらを受け流したり躱したり、ガードした。
チェリーが一旦距離を取った。
ふむ。悪くない、とアスラは思った。
「本気でいくでござる!」
チェリーは闘気を使用。十全の能力を発揮して間合いを詰める。
さっきよりも速いが、アスラは対応した。
チェリーの動きは完全にメロディと同じだった。正確には、劣化メロディ。当然だが、メロディの方が速いし、重いし、型が綺麗だ。
まぁ、同じ里で同じように鍛えられて育ったのだから、当たり前だけれど。
チェリーはノリノリでアスラを攻撃しているが、アスラは全部キチンと対応した。
「本気の本気でござるっ!」
チェリーは覇王降臨を使おうとした。
さすがのアスラもそれにはビックリした。もし使えるなら、アイリス以上の才能の持ち主かもしれない。
だが結局、闘気はそれ以上には変化しなかった。
それどころか、無理に覇王降臨を使おうとして、チェリーの身体を巡っている魔力の流れが暴走。
チェリーは激しい激痛に襲われ、その場に倒れ込んでしまう。
「……おい。できないことを、やろうとするな……」
アスラは呆れて言った。
実戦なら死んでる。今、この瞬間に、アスラが敵だったらチェリーにトドメを刺す。
「今なら、できそうな気が、したでござる……」
息も絶え絶えの状態で、チェリーが言った。
チェリーは起き上がれないようだったので、アスラは寄って行って抱き起こしてやった。
「いや、たぶんだけど、数年かかるよ、その様子だと」
ぶっちゃけ、闘気も少し不安定だった、とアスラは思った。
チェリーはまだ魔力のちゃんとした扱い方を心得ていない。
ただ、それ以外は満点。年齢を考えれば、かなりの才能。12歳最強まである。少なくともレコよりは強い。試合なら、という注釈が必要だけれど。
「ぐぬぅ……」とチェリー。
アスラはチェリーを支えたまま、玉座に移動。そしてチェリーを座らせる。
チェリーが力を抜いて、背もたれに身体を預けた。かなり消耗している。
「それで、合格でござるか?」
「そうだね。語尾が楽しいから合格」
「……え?」
チェリーは目を丸くした。
戦闘技術は? とチェリーは聞こうとしたけど、先にアスラが口を開いた。
「語尾がござるじゃなかったら、追い返していたかもね」
「そ、そんなぁ……」
チェリーがガックリと項垂れる。
「むしろ聞きたいんだけど、私らが傭兵だって分かってるかい?」
「もちろんでござる! メロディ姉さんに《月花》のことも、それを統べる悪の権化……げふげふ、アスラ殿のことも聞いているでござる」
「別に悪の権化でも構わんよ」アスラが肩を竦める。「他に、メロディは何か言ってたかな?」
「アイリス・クレイヴンを見たら殴れ、って」
「ああ、そうかい。それは好きにすればいい」
「分かったでござる」
アイリスの苦労が少し増えたな、とアスラは思った。でも気にしない。アイリスはそういう役回りなのだから。
「じゃあ、私のことは団長と呼べ」
「はいでござる団長殿!」
チェリーは元気よく言ったが、椅子から立てないままだった。
「あと、君はジョークを覚えなくてはいけない」
「ジョーク、でござるか?」
「その通り。傭兵はいつでも、どこでも、ジョークが言えるだけの胆力が必要なんだよ」
アスラが言うと、チェリーは「なるほど」と素直に頷いた。
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