ExtraStory

EX72 特徴がない もはやそれが最大の特徴


 戦闘傭兵国家《月花》の王城付近。

 城下町からは少し離れた場所。

 まぁ、城下町と言ってもまだ全然発展していないけれど。


「本当に特徴がありませんね。まぁ声だけは最強のイケメンですが」


 サルメは酷く深刻な様子で言った。


「うるせぇよ。お前だって特徴って意味じゃ、そう変わらないだろうが。声も顔も普通じゃねーか」


 シモンは地面に大の字で転がったままで言った。

 サルメはシモンの隣に立っている。

 現在、シモンは基礎体力を付けるためのトレーニングをしている最中で、サルメは監督役である。

 サルメがシモンの顔を軽く蹴っ飛ばす。


「いてぇ……何すんだよ……」


 シモンは顔を押さえながら体を起こし、地面にあぐらで座った。


「私は上官ですよ? 上官。分かりますか? 舐めた口を利いているとぶっ殺しますよ」

「マジかよ……お前そんな強そうに見えないけど?」


 どうせアスラにチクるとか、そういうことだろう、とシモンは思った。

 なんでこんな貧相な女がお目付役なのか、とシモンは非常に苛立っていた。

 どうせなら、《月花》の中では比較的、胸の大きいグレーテルかアイリスが良かった。

 はぁ、とサルメが深い溜息を吐いた。


「立ってください」


 言われた通り、シモンは立ち上がった。


「好きなように私を攻撃していいですよ。怪盗だから、素早い動きはお手の物ですよね?」

「……あとで団長にチクったりしないか?」

「もちろん。なんなら、私を殺してもいいですよ。できるなら、ですけど」


 サルメが肩を竦めたと同時に、シモンは影を操る魔法を発動。

 サルメの足下に鋭く尖った槍のような影が生えた。


「私のパクリですか!?」


 サルメは影の槍を躱しながら言った。


「魔法使い歴は俺の方が長い」


 言いながら、シモンは間合いを詰めた。

 影による攻撃も連続で行うが、サルメは全て軽く回避。

 距離が詰まったので、シモンは蹴りを繰り出すが、サルメはガード。


「まぁ、実際のところ」サルメが言う。「【闇突き】は便利ですからね!」


「そんな名前じゃないけどな」


 シモンは攻撃の手を緩めなかった。そのまま数分間、シモンは攻撃を続けた。

 そして体力が尽きて肩で息をしはじめた頃。


「当たらない……」


 シモンは戦闘能力には自信があった。憲兵だったし、鍛えてもいた。特に怪盗稼業を始めてからは、不測の事態に対応するため、更に鍛えた。


「もうバテましたか?」


 サルメがニヤニヤと言った。

 なんとも腹の立つ笑顔である。


「ちくしょう……体力お化けかよ……」


「いえいえ」サルメが首を振る。「私は団の中では下から数えた方が早いですよ。戦闘能力も体力も」


「マジかよ……」

「マジですよ」


 サルメは軽やかなステップでシモンの間合いに入って、そのままシモンの腹部に拳を叩き込んだ。

 あまりの痛みに、シモンが体をくの字に曲げ、両手で自分の腹部を押さえた。


「入ったばっかりの雑魚が、偉そうにしてないで黙って体力調整してください」サルメが言う。「有名な怪盗だった? そんなの関係ありませんから。イーナさんは盗賊だったし、ロイクは山賊。レコは村人だし、副長なんて蒼空騎士でしたよ? 前の副長は死ぬほど有名な人だったし、あなたの前の職業なんて何の意味もありません。分かりましたか?」


 シモンは涙目でコクコクと頷いた。

 実は入団したことを若干、後悔している。


「それじゃあ走りましょう。とりあえず夕飯までずっと走りましょう」

「……夕飯って、何時間後だ?」

「あと4時間ぐらいじゃないですかね?」


 サルメは淡々と言った。

 シモンは牢屋に帰りたいと思った。


       ◇


 夜、シモンは筋肉痛で苦しんでいた。

 ここはシモンに割り当てられた部屋のベッドの上。

 シモンはベッドに転がっている。


「……だ、脱走しようかな……」


 筋肉痛が治ってからの話だけれど。


「連れ戻して更にキツいトレーニングをやらせるよ?」


 いつの間にか部屋の中にいたアスラが言った。

 シモンはアスラの気配にまったく気付かなかったので、かなり焦った。


「このぐらいで音を上げるなんて」アスラが肩を竦める。「まぁ君は逃げることだけは、結構得意だもんね。でも残念、私は見つけるのが得意なんだよ。その証拠に、君を見つけた」


 アスラは壁にもたれている。

 服装はかなりラフなシャツ姿。下は何も穿いていない。

 シモンは溜息を吐きながら体を起こし、アスラをジッと見る。


「心配しなくても、いずれ慣れる。任務に就くようになったら、きっと楽しい」

「だといいけど、今のところ、俺の人生だとは思えない」

「今までの君の人生だって、君のものじゃないだろう?」


 まぁ確かに、とシモンは思った。

 幻のようなものだ。怪盗だった時だけ、生きている実感があった。他は全部幻想だ。誰にも気にされない、誰にも見られない、自分が誰かも分からないような、そんな幻想。


「んで? 俺に何か用か?」

「いや? 様子を見に来てやったんだよ」

「そりゃ優しいことで」

「私はいつだって優しいさ」


 アスラは壁から離れて、テクテクとシモンのベッドに近寄った。


「君が欲しいのは生きているという感覚だろう? 私と一緒にいれば、感じられる。絶対さ」

「ああ。そうだな。この筋肉痛も、生きてるからだしな……」

「そう。君は毎日、生を感じるようになる。明日死ぬかもしれない、という実感を得て、だからこそ、日々を楽しめるようになる。落ち込んでいる時間なんて私らにはない」

「なるほど」


「まぁゆっくり休め。どうせしばらくは体力調整だからね。指導は毎日、違う奴がやる。指導の訓練でもあるから」

「なんでも訓練にするのか?」

「そうだとも。何もかも訓練さ。私ら魔法兵は何かに特化するよりも、みんなが同じだけのスキルがあった方がいい。まぁその上で特化するのは別にいいけどね」


 たとえばラウノ・サクサ。

 みんなと同じ技術とエンパスとしての特徴。超共感。他人に成れる能力がある。

 シモンは団員たちと自己紹介は済ませていて、それぞれの特徴も大まかには聞いている。


「それじゃあ、また明日」


 アスラはクルッと踵を返し、振り返ることなく部屋を出た。

 シモンは再び寝転がる。

 そして思考する。今までのこと、これからのこと、自分のこと。

 特徴がないのが特徴。それがシモン・カセロ。


「やっていけるかねぇ……」シモンは天井を見ながら言う。「ここ、魔窟だぞ……」


 普通の村娘に見えるサルメですら、あの戦闘能力なのだ。

 見た目からして強そうなマルクスや、見た目からして凶悪なイーナとか、どんだけ強いんだよ、って話。


「シモンって特徴ないもんね」


 レコが言った。

 突如としてシモンの視界にレコの顔が映ったので、シモンは酷く慌てた。


「なんだよクソ、ここの連中は気配を消すのが得意なのか?」


「そりゃ得意でしょ」とレコ。


 レコが一歩下がったので、シモンが体を起こす。


「シモンは見た目だけじゃなく、性格も特徴ないよね?」

「悪かったな、普通で」


 シモンが肩を竦めた。


「別に悪くないよ。潜入向きだし。イーナの弟子になるのが一番良さそう」

「あの子は見た目が怖い上、胸が小さいからなぁ……」

「シモンは胸が好きって聞いたよ?」

「そりゃ好きだろう? 男はみんな好きだと思うぞ? これも普通だけどな」


「オレも胸が大好き!」レコがノリノリで言う。「それでね! シモンは胸派ってことだから、オレと同盟を結ぼう!」


「同盟って?」


 シモンはベッドから降りて背伸びをした。

「うん。うちは胸派と尻派で血みどろの抗争を続けてるんだけど、最近は太もも派や鎖骨派が乱入してきて、泥沼なんだよね」

「お、おう……」


 シモンはいまいち意味を理解できなかった。


「だから、胸派同盟に加わってもらおうと思ってさ」


 レコが肩を竦める。


「それ入ったら何かメリットあるのか?」

「もちろん! アイリスの胸を三回までなら揉んで良いよ!」

「マジか!?」


 シモンは興奮して、両手でレコの両肩を掴んだ。


「うん。今から行く?」


 レコが言って、シモンはコクコクと頷いた。

 胸が揉めるなら筋肉痛など気にならない。


「じゃあ行こう!」


 肩を掴んでるシモンの両手を、レコが身体操作で外した。そのことに、シモンはちょっと驚いた。

 ああ、このガキも俺より強いのか……と。

 別に本気で掴んでいたわけじゃない。でも、きっと本気でも外されたに違いない。そう思えるぐらい、軽やかで綺麗な外し方だった。

 レコが小走りで部屋を出たので、シモンも追う。

 アイリスの部屋まで移動し、レコがドンドンと大きなノック。


「ちょっと何よ? そのノックの仕方はレコでしょ? 今日はトランプしないわよ?」


 ガチャ、っとドアを開けて出てきたアイリスの姿に、シモンはドキッとした。

 かなり可愛いパジャマ姿だったのだ。フリフリピンクのパジャマで、本当可愛らしい。


「オレ右!」


 声を出しながら、レコがアイリスの右胸を揉んだ。

 流れるような動作だったので、シモンは驚いた。

 それと同時に、本当に揉んで良いんだな、と思ってシモンも手を伸ばす。

 その瞬間、アイリスのアッパーカットがレコの顎に命中し、レコの体が浮いた。

 シモンは伸ばした手を速攻で引っ込めた。

 え? 普通に怒ってるじゃん?

 揉んで良いって何だったんだ?


「あんたぶっ殺すわよ!? 最近ちょっと減ってきたと思ったのに!」


 アイリスはプンスカ怒って言った。

 レコは床に落ちる時にちゃんと受け身を取って、すぐに立ち上がる。


「いったぁ……」レコが涙目でアイリスを見る。「アイリスは英雄なんだから、もっと加減してくれないと……」


「してるわよ! 骨が砕けなかっただけ、ありがたいと思ってよね!」


「骨砕いたら流石にやり過ぎ!」とレコが文句を言う。


「だからやってないでしょ!? アスラに散々言われてんだから、あたしは強いから、怒る時に虐待にならないようにしろって」


 なんだこの恐ろしい女は、とシモンは思った。

 怒ったら意図せず虐待になるって、相当やべぇぞ。

 宿屋で会った時はもっと可愛い感じの子だと思っていたのに。


「で?」アイリスがシモンを見る。「あんたは何してんの?」


 シモンはかなりビクッとなった。

 これ、俺が触ったら殺されるんじゃね?

 レコは子供だが、シモンは20歳の大人である。


「俺はその、レコとその、探検というか、その……」

「おっぱい同盟組んだから、アイリスのおっぱいを触らせようと思って」


 うわぁ、なんて正直なガキなんだ、とシモンは思った。

 アイリスはゴミを見るような冷たい目でシモンを見た。


「一体、なんですの?」


 スケスケのいやらしい寝間着を着たグレーテルが別の部屋から出てきた。

 シモンはドキッとした。

 ああ、今日はなんてドキッとする日なんだろう。


「いつもの」とアイリス。


「ああ。なるほどですわ」


 言いながら、グレーテルはスッとアイリスに近寄り、そして軽やかに、まるでそれが当然のように、アイリスの胸を揉んだ。


「ちょっと!?」


 アイリスが飛び退く。


「あー、俺の時は殴ったのにグレーテルは殴らないの?」とレコ。


「ああ、この感覚で今日は楽しみますわね、ふふふ」


 グレーテルが怪しくて気持ち悪い笑みを浮かべて部屋に戻った。

 マジで魔窟じゃねぇか、とシモンは思った。

 戦闘能力を抜きにしても、こいつらみんな、頭おかしくね?


「グレーテルは綺麗な女なら年齢問わず好きなんだって」


 レコが解説するように言った。


「ああもう」アイリスが頭を掻いた。「用がないなら寝るわよ?」


「トランプしよ?」とレコ。


「しないって言ったわよね?」

「なんで? せっかくシモン連れて来たのに」


 レコが言うと、アイリスがシモンをジッと見た。

 あんまり真っ直ぐ見られたので、シモンは少し照れた。


「あんたお金持ってるわよね? 怪盗だもんね?」

「ん? ああ、持ってるけど?」

「じゃあトランプしましょ♪」


 アイリスが笑顔で部屋に引っ込み、レコがシモンの手首を掴んだ。まるで獲物を絶対に逃がさない、という風に。


「そうこなくちゃ♪」


 レコがシモンを引っ張ってアイリスの部屋に入った。

 シモンはとっても嫌な予感がした。

 そしてその予感通り、シモンはボロクソに負けて2人に大金を巻き上げられたのだった。


「なんでこいつら、トランプまでクソ強いんだよ……」


 シモンはトランプをポイッと放った。

 ちなみに、シモンたちは床に座っている。


「魔法兵だからよ」アイリスが言う。「あたし、元々は全部顔に出てたから、こういうの弱かったのよね」


「魔法兵になったら人生変わるよ? オレはまだ見習いだけどね」

「……なるほど。マジで何でもできるんだな?」

「応用よ、応用。あんたもこうなるわよ。来年にはね」


 アイリスは笑って、トランプを片付け始めた。


「そう。地獄へようこそ。特徴のない怪盗さん。あ、声だけは好き」とレコ。

「地獄へようこそ。たぶんここが世界の果てよ」とアイリス。


「そいつは怖ぇや。楽しそうだ」


 生きているという実感が欲しい。他人と繋がっているという実感が欲しい。

 そして仲間が欲しいと思った。憲兵団では得られなかった。

 少なくとも、こいつらは俺を見てくれる。影が薄くて特徴がなくて、誰にも気にされなかったこの俺を。

 

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