第10話 ある王の輝かしい最期、神の復活と運命の戦争


 ディーラーが1枚目のカードを表向きに配った。

 そのカードを見て、アスラもイーヴァリも「ほう」と呟いてしまう。

 イーヴァリに配られたのはスペードのキング。

 アスラに配られたのはハートのクイーンだった。

 ブラックジャックにおいて、絵札は全部10と同じ。


 2人は最高の役であるブラックジャックが狙える状態なのだ。

 気付いた観客たちが歓声を上げた。

 続いてディーラーが2枚目のカードを裏向きに配る。

 アスラは他の誰にも見えないように自分のカードを確認し、元通り裏向きで置く。

 イーヴァリも同じようにカードを確認し、そしてニヤリと笑った。


「スタンド」とイーヴァリ。

「同じく」とアスラ。


「いい手が来たか魔王」

「ああ、そうだね」

「ワシもだ」


 ディーラーが何か言おうとしたが、イーヴァリが右手で制した。

 ディーラーがキョトンと首を傾げる。


「ワシからカードをめくる。最期の勝負なんだ。自分の好きなタイミングで、自分の意思で、人生に思いを巡らせながらめくる。いいだろう魔王?」


「もちろんさ。でも引き分けるかもしれないよ?」とアスラ。


「それはない。それはないだろう魔王? そんな退屈な結果を、ワシが望むとでも?」


 イーヴァリが裏返っている自分のカードに手を伸ばし、中指と人差し指でカードに触れる。

 それから、何度かトントンとカードを叩いた。


「ワシは確かに依頼した。依頼したぞ魔王」

「大丈夫、承っているよ」


 アスラは少しだけ優しい顔で言った。


「ならいい」


 イーヴァリがカードを捲ると、そこにはダイヤのキングがあった。

 割れんばかりの凄まじい歓声が上がる。あまりの声量に、アスラは耳を塞ごうかと思った。同時に、銃声ならずっと聞いていられるのに、とも思った。

 イーヴァリは大歓声に慣れているのか、楽しそうに笑っていた。

 やれやれ、と肩を竦めながら、アスラは歓声が収まるのを待った。


「素晴らしいねカジノ王」


 フロアに静けさが戻った時、アスラが言った。


「そうだろう? 自分でも驚きだ魔王。人生の最期に、これほどの役が来るとはな」


 ブラックジャックは21に近いほう強い。22以上はバースト、つまり役として成立しない。もっとシンプルに言うなら、バーストとは即ち負け確定。

 そしてイーヴァリの手は20。普段のゲームではまず負けないような役。


「カジノ王はやっぱりカジノ王だね」アスラが少し寂しそうに言った。「なんという豪運だろう。君があと60歳ばかり若ければ、うちに勧誘したかもしれないね」


「まぁ断るがな」

「つれないなぁ」


 アスラはやっぱり寂しそうに言った。


「それで? お前の役を見せろ魔王」イーヴァリはトントン、と卓を指で叩いた。「まさかお前の方が死ぬなんてことは、ないだろうな?」


 アスラが裏返っている自分のカードに触れる。


「安心したまえ。承ったと言っただろう? だとしたら、私の役はブラックジャックに決まっている」


 アスラがカードを引っくり返すと、そこにはハートのエース。

 エースは1か11として数える。つまり、絵札と合わせて21。ブラックジャックにおける最高の役。

 再びフロアが震えるほどの大歓声が響く。

 耳が壊れそうなほどに広がる音の中、イーヴァリがゆっくりと目を閉じた。それは酷く安らかな表情で。

 この世の全てに、自分の人生に、そしてその幕引きに満足したという表情で。

 イーヴァリの腕が力なく、ダラリと垂れ下がる。


「本当に凄いよカジノ王」アスラの声は、大音量の観客の声に掻き消される。「君は最期まで真っ当に勝負した。私は最後のゲーム、イカサマしたというのに」


 アスラはこのカジノで使用するカードを入手し、ローブの中に隠していた。いつでもカードを入れ替えられる状況だったのだ。

 ちなみにだが、アスラに配られた2枚目のカードは、クローバーの3だった。

 キングと合わせても13にしかならない、弱いカードだった。

 アスラは立ち上がり、大きく手を叩く。

 その音と動作で、観客たちが声を出すのを止めた。


「今日はカジノ王の最後のゲームに来てくれてありがとう」アスラが言う。「とっても楽しい夜だった。指を飛ばされたり、部下を奪われたり、本当に興奮したよ。まぁ、最終的に私が勝ったから……」


「殺せ!」「殺せ!」「命が代価!」


 観客たちが足を踏みならし、口々に言った。

 軍隊並に揃っているなぁ、とアスラは感心した。

 アスラがゆっくりと右手を挙げると、観客たちが足踏みを終える。


「すでに彼は亡くなった。死ぬところを見逃したね」


 アスラはニヤッと笑ってから踵を返した。

 すでに骸となったイーヴァリを残して。

 ギャンブルに狂い、ギャンブルを愛し、そしてギャンブルで死ねた幸福な亡骸を残して。


       ◇


 翌日。

 アスラは昼までぐっすりと眠ってから目を醒ました。

 最初から今日はオフの予定だったのだ。イーヴァリとのゲームがどのぐらい続くか分からなかったから。

 ちなみに、他の団員たちもオフである。

 同じ部屋に泊まっているはずのイーナの姿は見えない。


「イーナ知らないかい?」

「さぁな。俺が来た時には、もういなかった」


 椅子に座って茶を飲んでいるシモンが言った。

 シモンの服装は怪盗の時の服装だった。憲兵の服でも囚人服でもない。


「君、脱獄するの早くないかね?」

「いやぁ、裁判とかあって面倒だったし、それにお前と一緒に行った方がいいと思ってな」

「うちに入るなら私のことは団長と呼べ」


 アスラはベッドから降りて、背伸びをしてから窓に近づく。


「ああ。そうだな。団長。俺に人生をくれよ。約束だろう?」

「もちろん、そのつもりだけど……」


 アスラが窓を開けると、外はかなり騒がしかった。別に祭りがあるわけでもないし、少し異様な雰囲気だな、とアスラは思った。


「ゾーヤが復活したってさ」

「なんだって?」


 アスラは聞き間違いかと思って言った。


「アスラ!! 今すごい話、聞いてきたの!!」


 ものすごい勢いでドアを開けて、アイリスが入って来た。


「落ち着きたまえよ君……」


 アスラは苦笑い。


「だって!!」と言ったところで、アイリスはシモンの存在に気付く。

 シモンが「よぉ」と右手を挙げた。


「あ、どうも」とアイリスが頭を下げた。


「……ぼいんぼいん……ってほどじゃないが……まぁでも形は良さそう……」


 シモンがブツブツと言ったが、アイリスにはちゃんと聞こえなかった。

 アスラはバッチリ聞こえていたので、小さく肩を竦めた。

 どうやら、怪盗シモンはレコと気が合いそうだ、とアスラは思った。


「アイリス、こちらは新しく仲間になった怪盗のシモン君だよ」

「あ、英雄のアイリスよ。よろし……って、ええええ!? 怪盗!? 逮捕したんじゃないの!? なんでいるのよ!?」

「脱獄したからだ」


 シモンが淡々と言った。


「うっそでしょ!? 仲間にしちゃっていいの!? 逮捕するのが依頼だったんでしょ!?」


「すでに逮捕したから、依頼は果たしたよ」アスラは平然と言った。「逃げ出したあとのことは知らんよ」


「それはまぁ、そうかもだけど!」アイリスがシモンをジッと見詰める。「それにしても平凡な顔ね。印象がめっちゃ薄くて、明日には忘れちゃいそうだわ」


「よく言われる」とシモン。


「でも声だけはめっちゃ素敵! 目ぇ瞑るから何かカッコいいこと言ってよ! 乙女小説みたいなこと!」


 そう言ってアイリスが目を瞑る。


「いや、俺は乙女小説を読んだことがなくて……」


 シモンは困った風に言った。


「あ、キュンとした!」とアイリス。


「なんでだよ」シモンが言う。「こいつおかしいぞ」


「ジョークよ!」


 アイリスは目を開き、キリッとした顔で言った。


「それで?」アスラが言う。「何か面白い話をしに来たんだろう?」


「あ」アイリスが両手を叩く。「そうそう! なんと銀色の神ゾーヤが復活したんだって! 凄まじい【神性】が本物であることを物語ってるって言ってたわ!」


「ほう。本物の【神性】なら私にも効くかな?」


 アスラはちょっとウキウキした様子で言った。


「えー? アスラはどうせ仲間外れでしょ?」


 アイリスが肩を竦めて両手を広げ、首を横にフリフリした。


「いやいや、仮にも神様を名乗るのだから、きっと素晴らしい【神性】に違いない!」

「はいはい、そうだとしてもアスラには効かないわよ。処女賭けてもいいわ」

「乗った!」

「あたしが勝ったら1万ドーラちょうだいね」

「いいだろう。私の処女じゃなくていいのかね?」

「アスラって処女なの?」

「永遠の処女だよ。絶対に男性と寝ないって意味では」


「そんな曖昧でどうでもいいことに」シモンが言う。「処女や1万ドーラ賭けるのか? 狂ってるな」


「あんた」アイリスが言う。「仲間になるなら、来年にはあんたも何か賭けてるわよ。魔法兵になるってことはね、普通の感性を捨てるってことだわ」


「ある意味正しいね」


 アスラがうんうんと頷いた。


「それで話の続きだけど」アイリスが言う。「イーティスに復活したみたいよ」


「そうだろうね。あそこはゾーヤが最初に作った国だよ」

「あ、そうだったわね」


 アイリスは驚いた風に言った。実際、さっきまで忘れていたので少し驚いたのだ。

 記憶術の訓練をした時に、神典は丸暗記したはずなのになぁ、とアスラは思った。


「で? 復活して何を言ったんだい? ご大層な演説か何かしたんだろう?」


 そうでなければ、こんな離れた国にまで話が広がらない。


「どうやら、大きな戦争が始まるみたいなのよ」

「ほう!」

「嬉しそうな顔しないの。フルセンマークの命運を分けるほどの戦争だそうよ」

「ということは、外の世界との戦争かな?」

「超巨大帝国が攻めてくるらしいわよ。場所はちょっと分からないけど、まぁ外の世界でしょうね」

「なんて楽しそうな話!」


 アスラはウキウキ気分で飛び跳ねた。


「そんな姿見ると、子供みたいね」とアイリス。


「巨大帝国って本当にあるのか?」シモンが言う。「世界ってのはフルセンマークが全てじゃないのか?」


「違う」アスラが言う。「フルセンマークは広い世界の一部に過ぎない。それも、いくつかある大陸の中の更に片隅でしかない」


「じゃあ」アイリスが言う。「巨大帝国ってフルセンマークより大きい可能性もあるのよね?」


「マジか……」


 シモンが目を丸くした。


「だとしたら、凄まじい兵力だろうね! どこから来るのかな!? 山脈を越えて!? それとも大森林を踏破する!? あるいは普通に海から!? どこでもいいけど、誰か私らを雇っておくれ!!」


 アスラの瞳はキラキラと輝いていた。

 戦争への参加は傭兵の本分だ。


「まぁ、事実なら誘われるでしょ」アイリスが言う。「たぶんあたしも英雄としてフルセンマーク防衛に参加すると思うわ」

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