第9話 イカレた2人の王様 戦争のように楽しもう


 アスラは配られたカードを手の中で扇状に広げて見た。

 普通のカードだ。何の問題もない。

 カードは左からエース、2、3と数字が大きくなり、右端にキングがある。

 イーヴァリに視線をやると、彼も手の中でカードを扇状に広げていた。


「カードを出す順番は自由だぞ魔王。好きな数字を出しな。ちなみにだが、最初は裏向きに出して、ディーラーが同時に引っくり返す。間違って表向きで出してくれるな?」

「分かってるよ」


 言ってから、アスラはカードを畳んでシャッフル。そして再び扇状に広げる。

 アスラのシャッフルを見て、イーヴァリもシャッフル。

 お互いの準備が整ったところで、ディーラーが言う。


「それでは最初の攻撃! 始め!」


 それを合図に、アスラとイーヴァリが同時にカードを場に出す。もちろん裏向きで。

 ディーラーが両手でそれぞれのカードを引っくり返す。

 アスラはエース、イーヴァリは2。

 アスラの勝ちだが、最悪の勝ち方だった。


 エースはこの戦争において最強の札。核兵器のようなもの。アスラは初手でそれを使った。

 しかし核が落ちたのは敵の首都でも重要拠点でもなく、田舎の村の廃墟に誤爆したような結果。

 誰もいないし誰も困らないし、なんなら廃墟を壊してくれてありがとう、ってなものである。

 イーヴァリが大きな声で笑い飛ばす。


「最強のカードを初手で切るか魔王!! 面白い奴だな!」

「君こそ、最弱のカードを初手に持ってくるとはね」

「さぁどんどん行きましょう!」


 ディーラーがノリノリで言って、アスラとイーヴァリがカードを場に出す。

 アスラは8でイーヴァリが10。今回はイーヴァリの勝ち。

 そのままトントンと戦闘が進み、6戦が終了。その時点でアスラは3勝3敗。接戦だったので外野は盛り上がっていた。

 7戦目はアスラが勝ち、8戦目はイーヴァリが勝った。そして9戦目はアスラ。10戦目はイーヴァリと、綺麗に交互に勝ち星を飾っていく。


 転機が訪れたのは11戦目。

 お互いのカードが5で引き分けに終わった。5勝5敗1分け。残り2戦。

 この時点で、アスラは自分が勝てないことを悟っていた。

 アスラに残った手札は10と9。対してイーヴァリに残っているのは13と9なのだ。

 アスラ的には良くても引き分けにしかならない。

 ディーラーの合図でアスラは10を出し、イーヴァリは13だった。よって、最終戦を行うことなくアスラの負けが確定した。


 しかしそのまま最後の戦闘も行われ、当然9と9で引き分けとなる。

 結果は5勝6敗2分け。

 総合的に、アスラの負けである。

 ディーラーが高々とイーヴァリの勝ちを宣言し、イーヴァリが勢いよく立ち上がって拳を突き上げた。

 それに合わせて観客が沸きに沸いた。


「「指! 指! 指! 指!」」


 大きな指コールが巻き起こる。

 アスラは小さく肩を竦めてから、左手の指を広げてを卓に置いた。

 アスラがあまりにも潔く手を置いたので、観客は少しだけ戸惑った。

 イーヴァリは「ふん」と鼻を鳴らして座り直す。


「指程度じゃ興奮しないか魔王?」


「別に。戦争に負傷は付きものってだけさ。十分、楽しんでいるよ」アスラがニヤッと笑う。「今だって早く小指をぶち切って欲しくて大興奮さ! 私は負けるのも大好きなんだよ! ほら早く! 早く早く! 私の小指を切り落とせ! 怖じ気づくなよ爺様! 短剣がないなら私が貸そう!」


 アスラの言葉に、観客の半分は少し冷めて、残りの半分は熱狂した。

 冷めたのはアスラが怖がったり泣いたりする場面を見たかった者たち。

 熱狂したのはイカレた連中。


「くはは! ワシはもう歳だ! 代わりに魔王の指を切ってくれる奴はいるか!?」

「はいはいはーい!!」


 イーヴァリの言葉に、レコが笑顔で手を挙げた。

 レコは返事をするのと同時に、アスラのすぐ真横まで移動。


「クソガキ! 俺が切るぞ!」

「いや私にやらせて!」

「オレだ! オレが魔王の指を切る!」


 観客たちが凄い勢いで手を挙げ始めた。


「うるさいっ!!」


 レコが卓を思いっ切り両手で叩いた。かなり大きな音がして、観客が静まる。


「団長の指はオレが切る! オレが絶対に切る! オレは団長をリョナしたい! こんなチャンスは滅多にないんだから! オレが絶対にやる! 文句があるなら出てこい! ぶっ殺してやる!!」


 レコは短剣を抜いて、凄い剣幕で言った。


「私の部下だが、構わんかね?」とアスラ。

「ちゃんと切れるんなら、誰でも構わんぞ」とイーヴァリ。


「やった!」


 レコは小さく飛び跳ねてから、小躍りした。


       ◇


「……レコいつの間に降りたの!?」


 2階のVIP席で、アイリスが言った。


「……目にも止まらぬ、早業……」


 イーナは口を半開きにして言った。


「あいつは団長のことになると、凄まじい能力を発揮する」


 マルクスは腕を組んで言った。


「く、悔しいです……」サルメがガックリと項垂れる。「私は動けませんでした……。団長さんが負けたという現実を受け入れるだけで、いっぱいいっぱいでした」


「団長は割と負けているがな」とマルクス。


 傭兵としての依頼達成率は100%だが、アスラ個人の戦績としては、常勝というわけではない。


「団長様の指が飛ぶんですのねー。持って帰って飾りたいですわ」

「気持ちわりぃなお前」


 グレーテルが頬を染めて発言し、ロイクが顔を歪めた。


「ところでラウノ」


 言いながら、アイリスがサイドテーブルに手を伸ばす。

 ここはVIP席なので、全員に個人用ソファとサイドテーブルが用意されている。

 サイドテーブルの上には飲み物と軽食、またはお菓子が置いてあった。

 アイリスが手を伸ばしたのはチョコレートだ。


「ん?」


 ラウノはビールを飲んでいた。


「今の勝負ってイカサマあったの? あたしには分からなかったけど」

「君の目で分からないなら、僕にも分からないと思うけど?」

「見えないイカサマもあるでしょ?」


 アイリスは動体視力がいい。小手先のイカサマなら全部見破れる。かつて、その視力を用いてカジノでイカサマ師を通報し、お金を稼いだこともある。


「僕よりイーナの方が詳しいんじゃない?」


 ラウノが言うと、イーナが溜息混じりに言う。


「……イカサマはない。2人とも、楽しそうに真っ向勝負してる……」イーナが肩を竦めた。「たぶん2人とも、このまま戦うんじゃないかな……」


「へぇ……」


 チョコレートをモグモグしながら、アイリスは視線をアスラに向けた。


「団長は戦争に勝ちたいというよりも」マルクスが言う。「戦争をとことん楽しみたいタイプだ。イーヴァリがイカサマをしない限り、団長からすることはない。最悪ここで死んでも悔いが残らないよう、全力で遊び尽くすはずだ」


「イカレてんなぁ」とロイク。

「死んだら剥製にしましょう」とグレーテル。


「いやいや、みんな落ち着こう」ラウノが柔らかい声で言う。「団長はこれ、依頼だから。遊び尽くした後、勝つはずだよ。勝ってあの爺様を殺してあげるまでが依頼だろう?」


「ああ、そうだったな」


 マルクスはハッとしたように頷いた。


「それってアスラの解釈次第だわ」アイリスが言う。「殺してあげるか、もしくは殺されるまでが依頼、って受け取ってるかも」


「その可能性は十分にありますね」


 アイリスの意見を、サルメが肯定した。


「……まぁ、どっちでもいいけど」イーナが淡々と言う。「指が飛ぶシーン、見ないと……」


       ◇


 レコはアスラの小指に短剣の刃を当てた。

 心臓がドキドキして、少し手が震えた。

 怖いからじゃない。性的に興奮しているのだ。

 ああ、団長の、指を、オレが、切るなんて!

 素敵だ、たまらない。


「おい。変態っぽい表情がキツいから早くしたまえ」


 アスラが呆れた風に言った。

 しかしアスラの表情もまた、変態っぽかった。指を切られるのが楽しみなのだ。


「えー? ジワジワやりたいのに」


 言いながら、レコは短剣に力を込める。

 アスラの小指に刃が入り、血が流れる。

 観客が歓喜の声を上げた。


「じゃあいくよ? いくよ団長? ふふふ」


 ニコニコ、ニコニコと、レコは上機嫌だ。

 アスラが何か応える前に、レコは一気にアスラの小指を落とした。

 観客の声が絶頂に達する。このフロアは凄まじい熱気に包まれている。

 斬り落とされた小指を、アスラが右手で摘まんで立ち上がり、高く掲げた。

 そこでまた歓声。


 レコはアスラの小指を落とした余韻に浸って気持ちよくなっていた。

 しばらく小指を見せたのち、アスラは椅子に座り直す。

 そして観客たちに、静かにするように、と切断された自分の小指を唇に当てる。シーというジェスチャだ。


「イカレてやがるな魔王!」イーヴァリが笑う。「お前とギャンブルができるなんて最高だ!」


「さすが団長!」


 レコがノリノリで言って、アスラの側を離れる。自分の席に戻ったのだ。


「まぁ、戦場じゃ負傷するのは普通だし、同時に治療するのも普通なんだよね」


 アスラは小指を元の位置――つまり切断される前に生えたいた場所――に持っていき、花びらを巻き付けて小指をくっ付けた。


「上手く元通りになるといいけど」アスラが言う。「私の魔法は割と万能だからねぇ」


 かつての【花麻酔】の超強化版。【花麻酔】は痛みを少し和らげる効果と、自然治癒能力の向上だった。

 今使っている魔法に名前はないが、効果は【花麻酔】より遙かに高い。

 時間はかかるが、指ぐらいなら元に戻るはず、とアスラは見ている。


「はっはっは! 魔法にそこまでの効果があるとは思えんがな!」イーヴァリが笑う。「ワシだって魔法ぐらいは知っているぞ!」


「私は神域属性だから、君が知る魔法とは一線を画している」


 更に言うならば、神世の時代の真の魔法を会得している。単純に神域属性の更に上の魔法をアスラは操れる。


「ほぉん」イーヴァリが言う。「聞いたことはあるが、実在は疑わしいな。まぁ、お前がそうであっても別に構わんがな! 次の戦争をしようか魔王!」


「いいね! どんどん戦争しよう! 次は何を賭ける!? もう命いっちゃう!? それともまだ遊ぶかい!?」


 そこから、2人は4回勝負した。

 1回目はアスラが勝って、イーヴァリの全財産を譲り受けた。イーヴァリの関係者たちが真っ青な顔をした。数名が吐いていた。

 2回目はアスラが負けて、レコを差し出した。レコはマジ泣きしそうになっていたが、アスラは気にしなかった。

 3回目はアスラが勝って、レコを取り戻した。レコは「団長! やっぱりオレがいないとダメなんだね!」と嬉しそうだった。


「なんでレコを取ったんだい?」

「お前の反応が見たかっただけだ。腹心の部下って感じだったからな。まぁ、つまらん反応だったから、次は財産を取り戻すが」


 そして4回目、イーヴァリが勝利して宣言通り財産を取り戻した。イーヴァリの関係者たちが歓喜して抱き合った。やっぱり数名が吐いていた。

 2人のギャンブルが始まってから、すでにかなりの時間が経過している。


「そろそろ、終わりにしようや魔王」

「楽しい時間はあっという間だねカジノ王」

「最期はギャンブルの定番、ブラックジャックにしようや」

「構わんよ。イカサマもしていいよ」

「バカ言うな魔王。このクソほど楽しい時間に、イカサマなんて無粋だろうが」

「ふむ。では私も真っ向勝負といこう」

「ルールは通常のルールで、一発勝負にしようや?」

「……そんなに悪いのかい?」


 アスラが言うと、イーヴァリはニヤリと笑う。


「うるせぇぞ魔王。無粋なことを言うなってんだ。ワシは今、心から楽しい! だがどんな楽しみにも終わりが訪れる。だろう?」


 アスラが頷く。


「頼むぞ魔王! 最期なんだ、楽しい勝負をしようや」

「もちろんだとも。全力で叩き潰してあげるよ」


 アスラが笑い、イーヴァリも笑った。

 

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