第8話 ハートの軍団で戦え! 「君は君のままでいい」
「俺はいつも影のように過ごしていた」
フラメキア聖国、憲兵団本部、取調室。
怪盗シモン・カセロは、椅子に身体を拘束された状態で言った。
シモンの前には簡素なテーブルがあって、対面にアスラが座っている。
シモンを逮捕したのはマルクス率いるアルファチームで、今が最初の尋問。
「魔法の才能はあったけど、誰にも認められなかった。魔法ってのは覚える労力の割にリターンが少ない」
「そうだね。極めたらまた違うけどね」
アスラは淡々と言った。
「俺はいつしか存在意義を失っていた。なぜ生きているのだろう? 人生とは何だろう? 俺はなぜ存在しているのだろう?」
「ふむ。誰もが1度は通る道だね」
「影のようにヒッソリと生きて、ヒッソリと憲兵になって、ヒッソリと事務処理をしていた。同じ隊の仲間たちは、俺のことをどれだけ知っているだろう? 怪盗が俺だと分かって、彼らは何か言っていたか?」
「君は印象が薄いけど、まぁ驚いてはいたかな。まさかあいつが? って感じ」
「そうか……」
シモンは寂しそうに笑って、1度天井を見た。
「私が話を続けようか? キッカケは何だったのか」アスラが言う。「腹が立ったから? 気分? あるいは日々のストレスだったのかもね。分からないけど、君はある日、盗みを働いた。その最初の盗みが、割と騒ぎになった。だろう?」
アスラが言うと、シモンは少し驚いた風に目を丸くした。それは肯定と同じだとアスラは知っている。
「影のように密やかに生きていた君が、生まれて初めて注目された。嬉しかっただろう? 心が躍っただろう? そして病みつきになった」
アスラの言葉にシモンが頷いた。
「君はもっともっと注目されるために、どんどん盗みの難易度を上げていった。得意だった魔法も利用して、いつしか怪盗と呼ばれるようになった」
新聞の一面を飾り、人々は食事をしながら怪盗の話をする。
憲兵は怪盗を捕まえるために特別捜査班を作り、更には東フルセン憲兵機構にまで助けを求めた。
「私を挑発したのは、単に私と対決したかったから。ぼいんぼいんって言われるとはね。さすがに驚いたよ」
「羨ましかったんだ、俺は」
シモンがアスラを真っ直ぐ見詰めた。
「だろうね。同じ魔法使いでありながら、君と私では天と地ほどの差がある。私は魔法を主軸に据えた新たな戦闘方法を生み、自ら魔法兵を名乗って有名になった」
「俺の魔法は誰も褒めてくれなかった」シモンは自嘲気味に言う。「固有属性になる前は闇属性だったから、何の役に立つんだ? ってなもんさ。両親ですら、俺の魔法に関心を寄せなかった」
「仕方ないさ。そういう時代だったんだよ」アスラは慰めるように言った。「常識だったんだよ、魔法を使うより身体を使った方が早いってのが。特に戦闘においてはね。魔法使いが出世するためには、水属性か光属性で、治療系の仕事をするしかない」
そこで一旦、話が途切れた。
少しの沈黙の後、シモンが小さく息を吐いた。
「なぁ? いつから俺を怪しいと思ってた?」
「最初から」アスラが言う。「予告状を持って来た時、あの瞬間から」
「なんでだ? 予告状は憲兵団宛てに届いて、事務処理班の俺が手紙の確認をしている時に見つけた、って設定だったんだけども」
「別にそこは不自然じゃない。怪盗のプロファイリングをしていた分かったのは、捜査に積極的に関わりたいタイプだろう、ってこと。私は最初から憲兵が犯人じゃないかって疑っていた。で、君は予告状を渡したあと、その場に留まっただろう? 管轄が違うのに、なぜか残ったんだよ」
「伝令を持って来て、残って少し話す奴はいるだろう?」
「仲のいい相手と話す奴はいるけど、それ以外はすぐ帰るよ。君は誰かと仲がいい風でもなかったし、捜査資料が貼ってある掲示板を見ていたし、周囲を観察していた」
「でもそれだけじゃ……」
「そう。その通り。だから君はグレーだった。いや、この時点ではグレーですらなかった。限りなく白に近いグレーに過ぎなかった。単に怪盗に興味があるだけ、かもしれないしね」
「なるほど……。グレーになったのは聖遺物持ち出し事件の時か?」
シモンの質問にアスラが頷いた。
「俺がグレーか白か確認したくて、現場に誘ったってことか?」
「そうだよ。君はあの瞬間、限りなく黒に近いグレーになった」
アスラが言うと、シモンが息を吐く。それはとっても長く、ゆっくりとしたものだった。
「実はね、アルファチームとブラボーチームは怪しい奴を集めたんだよ」
「なるほど」
「君はなるほど、って言うのが口癖かな?」
「そうかも」
「まぁいい。続けよう。ブラボーの方はイーナが観察して、アルファは私が観察した。特に怪しい奴をアルファに入れたんだよね。そして君が限りなく黒に近いグレーになった。知ってたかい? 私が謁見の間に槍と一緒にいるのを知っていたのは、君を除けばレアと聖王、そして大司祭と聖騎士4人だけなんだよ」
「……他のメンバーは知らなかったのか……」
アルファにせよブラボーにせよ、アスラと聖遺物の所在を知っている者はいなかった。イーナとマルクスですら知らなかった。
「そうだよ。私は君に所在を教えたあと、誰にも話すなと言ったね。話題にも出すなと。みんなにそう言ったと。誰が聞いているか分からないから、ってね」
「ああ……」
完全に罠に嵌められていた。そのことを、シモンは少しだけ悔しく思った。
もっと慎重に動いていれば。もっと色々な可能性を想定していれば。もっと自分の演技が上手ければ。
「現行犯逮捕できて良かったよ。依頼が逮捕だったからねぇ」アスラが言う。「ぶっちゃけ、憲兵の仕事じゃなかったらグレーの時点で拷問しても良かったんだよね。君は拷問に屈するタイプだからねぇ」
シモンは拷問された自分を想像してゾッとした。
「まぁそう怖がらなくていい。私は基本、舐めた奴は殺すけど、君のことは殺さない。理由は2つ。1つは逮捕が仕事だったから。もう1つは――」
アスラ言葉を切り、立ち上がる。
そしてゆっくりと歩いてシモンの隣へ移動。
アスラはシモンの耳元に口を寄せる。
「私は君の才能を買っている。だから仲間にしてあげようかなって思ったんだよ」
その言葉に、シモンは心の底から驚いた。目を丸くして、危うく「ほぇ?」と妙な声を出してしまうところだった。
アスラがシモンの肩に手を回す。
「君は1人ぼっちでよくやったよ。師匠も仲間もなく、本当にたった1人でよくやった。欺き、騙し、盗み、自分の存在を証明しようとした。私の部下になれ。そうすれば、君に人生をあげよう。君に存在理由をあげよう。盗みなんかよりもっと素晴らしい達成感を与えよう。君の心に沈殿している暗くて寂しい感情を消してあげよう」
その声は甘く、その言葉は花のように柔らかく、そして鋭い棘のようにシモンの心に突き刺さった。
アスラが肩に回していた手を離す。だが顔はまだ近いまま。
「10日後に、私の城に来たまえ。どうせ私がいなくなったら脱獄するだろう?」
シモンの影魔法は優秀だ。牢獄からの脱出程度なら、それほど難しくないはずだ、とアスラは思っている。
なぜ10日なのか、と聞きたくてシモンはアスラの方を向いた。
その瞬間、危うくキスしそうになってシモンは驚いてビクッとなった。
アスラは耳元で囁いていたのだから、顔を向ければ当然そうなる。
アスラがクスクスと笑う。
「日付に深い意味はない。そのぐらいなら、私は城にいるだろうし、君が逃げても私にはもう何の関係もない」
言ってから、アスラはシモンの近くから離れた。
そして取調室を出ようとして立ち止まる。
「そういえば、初対面の時のイケメンボイスって今も出せるのかい?」
「もちろん」シモンがイケメンボイスで言う。「声色をいくつか使い分けてる。別人になりたかったのかもな、たぶん」
「そうか。ぶっちゃけ、怪盗と声の質が似ているなぁとも思っていたんだよね。初めて会った時から」
アスラが取調室のドアを開ける。
「今後、君は君のままでいい。別の誰かになる必要はない。他人に成れる奴はもういるからねぇ」
そう言い残し、アスラは取調室を出た。
シモンはほんの少しだけ、心が軽くなったような気がした。
◇
フラメキア聖国、歓楽街のカジノ。約束の日。
今夜のカジノは凄まじい熱狂に包まれていた。
広いホールに、たった1つだけ卓があり、カジノ王イーヴァリ・コスケンサロが座っている。
イーヴァリの対面には銀色の魔王アスラ・リョナが涼しい顔で座っていた。
卓から半径3メートルの場所に柵があって、その向こう側には多くの人が詰めかけていた。
アスラの背中側、2階のVIPルームには《月花》の仲間たち。
逆側のVIPルームには聖王一行がいて、イーヴァリとアスラの対決を待っている。
「いきなり殺し合うってのもなんだから」イーヴァリが言う。「最初は指を賭けようや。見ろ、こっちの小指がまだ元気に残ってるからな!」
イーヴァリが右手を挙げると、観衆がワッと沸く。
今夜の客は普段の客層とは少し違っている。心からギャンブルが好きなイカレ野郎か、血が見たいイカレ野郎のどちらかしかいない。
「小指か。別に構わんよ」
アスラは顔色1つ変えず、淡々と言った。
イーヴァリが笑い、クイクイッとディーラーを呼ぶ。
ディーラーが卓に近づき、新品のカードを卓に置いた。
「調べてもいいぞ」とイーヴァリ。
「必要ないよ。調べてもいいと言った時点で、そのカードには何もない」
カードに仕掛けがあれば、アスラは絶対に気付く。そのことをイーヴァリが知らないはずがない。
「それよりゲーム内容は?」アスラが言う。「カードを使って何をするんだい? ポーカー? ブラックジャック?」
「特殊戦争」
イーヴァリが非常に楽しそうに言った。
「今、戦争って言ったかい?」
アスラがとっても嬉しそうに笑う。あまりにも嬉しそうに笑ったものだから、観客たちがシンと静まった。
可愛かったからではない。あまりにも極悪で醜悪で恐ろしかったからだ。
「いい顔だ。本当にいい顔で笑うなぁ銀色の魔王」イーヴァリが言う。「お前を選んで良かった。たまらん、久々に血が沸く! 滾る! 見ろ!」
イーヴァリが立ち上がると、股間が膨らんでいた。
「すっかり元気を失くしていたワシの息子が! この通りだ!」
イーヴァリが言うと、観客が爆笑した。
「いいぞ爺さん! さすがカジノ王!」
「生意気な小娘にぶち込め!」
ワーワーと色々な野次が飛ぶ。
いい雰囲気だ、とアスラは思った。
「ルールは単純。それぞれエースからキングまでの13枚のカードが手札だ。そいつを順番に1枚ずつ出し合って、数の大きい方の勝ち。13戦して勝利数の多い方が勝ち。単純だろう?」
「分かり易くていいね。イカサマの要素を大きく排除した良いゲームだよ。ところで、エースが1番弱いのかい?」
「バカ言うな。エースが最強に決まってんだろうが!」イーヴァリが椅子に座り直す。
「絵柄を先に選ばせてやる! ラッキー絵柄でも選びな魔王!」
「それじゃあ、私はハートの軍団にしよう」
アスラが言うと、イーヴァリは意外そうな表情をした。
「なんだい?」アスラが言う。「赤いはあとが好きで悪いかね?」
「くっくっく、問題ねぇ。問題ねぇよ魔王。可愛いとこもあるんだなって思っただけだ。ディーラー、魔王にハート、ワシにはスペードを頼む」
ディーラーがカードを配り、外野たちはどちらが勝つか賭けを始めた。
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