第7話 怪盗とアスラ 備えが足りないのだよ


「傭兵国家の皇帝は賢明な人間だと、余は聞いていたが……」


 大聖堂の会議室で、聖王が言った。

 会議室には円卓が置かれていて、アスラの右に聖王、その右に大司祭という並びで座っている。

 会議室の四隅に聖騎士が1人ずつ配置されている。案内騎士、聖騎士AからCである。


(どうして私はこの場にいるの!? どうしてなの!? 死ぬ! 死ぬ! 息ができないっ! むしろ私、息していいの!?)


 なぜかアスラの左側に座っているレアは気が気でなかった。


「私は確かに賢明な人間だけど、気分で行動することも割と多いかな」


 アスラは淡々と言った。

 アスラの前にはゾーヤの針が置かれている。


「気分でフラメキアの国宝を……持ち出したのか?」


 聖王の頬がヒクヒクしているのを、レアは見逃さなかった。

 ちなみに、聖王は50代の男性で、見た目は可もなく不可もない。服装だけは他国の王様よりもシンプルだった。

 聖国の王らしく、白を基調にした服で余計な装飾が付いていない。


(やっばぁい! これ、戦争とかに発展しないよね!? 教官を連れて来たのはアーニアだし、アーニアとの関係悪化待ったなし! 死ねる死ねる死ねるぅぅ!)


 アスラはすでにアーニアの依頼で来たと告げている。その上、レアのことも聖王に紹介していた。

 優秀な憲兵で、自分が育てた行動分析隊員だと。

 実に余計なお世話だぁぁ、とレアは思った。


「いや?」とアスラ。


「……では何故このような騒ぎを?」聖王の頬は相変わらずヒクヒクしている。「そもそも怪盗を逮捕するのが目的では?」


「騒ぎを起こすつもりは全然なかったよ?」


 アスラは当たり前のように言った。


「聖遺物を動かせば」大司祭が頭を振りながら言う。「騒ぎになるに決まっていますけれど……」


「聖遺物を移動させる目的は3つ」アスラが言う。「1つは最初に言った通り、怪盗に盗まれないよう」


「言いたいことは理解できるが」聖王が言う。「それはフラメキアの国宝であって、そなたが勝手に動かしていい物ではない」


「でも移動させた方が安全なのは分かるだろう?」


 アスラが言うと、聖王と大司祭が頷いた。


「だが余は《月花》に対して正式に抗議をする」

(良かったぁぁぁ! アーニアに対してじゃなくて良かったぁぁ!)


 レアは心底安心して、長い息を吐いた。


「よろしい。抗議を受け入れよう。悪かった」アスラが言う。「それで2つ目だけど……」


「それだけ!?」


 突っ込みを入れたのはレアだった。安心したせいでウッカリ突っ込んでしまったのだ。

 アスラはキョトンと小さく首を傾げた。


「謝っただろう?」

「そうだけど! そうだけどぉ!」


 レアはお腹が痛くなってしまった。


「謝罪を受け入れる」


 空気を読んだのか、聖王が言った。

 ああ、さすが聖国の王! 優しい! とレアは思った。


「では2つ目。私は反応を見たかった」


「反応?」と聖王。


 なるほど、とレアは思う。


「ではレア。軽く説明したまえ」

「うえぇ?」

「反応についての説明」

「あ、えっと、行動分析において、人間の反応は非常に大切です」


 突然、話を振られたので、レアは少し焦った。


「特定の誰かの反応を見たい場合もありますけど、騒ぎを起こしてみんながどう反応するかを見るのも大切です。はい。運が良ければ犯人の自爆を引き出せる時も……」

「では今回の騒ぎで、得られる反応とは何か?」


 聖王が少し睨むようにレアを見た。

 やっぱり騒ぎを起こしたんじゃないか、と突っ込まれなくて良かった、とレアは思った。

 そして聖王の睨みに、レアは若干ビビったが、冷静さを保つ。少なくとも表面上、冷静な風を装った。


「怪盗か、もしくはそれに近しい人物の反応です。怪盗はすでに聖遺物を盗む算段を付けているはずなので、何かしらのリアクションがあるかと思います」


「50点」とアスラ。


「ふえぇぇ!?」


 自分では満点だと思っていたので、レアは非常に驚いた。


「つまり、怪盗の計画を狂わせることによって、新たな動きを誘った」聖王が言う。「そういうことだな?」


「50点だけど、まぁ今はいいか。3つ目の理由は聖遺物の重要度が実際にはどの程度なのか知りたかった」

 

「それは理解して頂けたかと」と大司祭。


「理解した上で、この槍を盗む実益は全くない」アスラが言う。「独特な槍だし、売りに出せばすぐにバレる。槍マニアかゾーヤマニアがコレクションするぐらいしか用途がない」


「でも怪盗の今までの活動を見ていると」レアが言う。「どちらでもない」


「その通り。彼はただ、本当にただ、自分の実力を見せつけたいだけ、のようだよ」


 厳重な警備を潜り抜け、自分なら盗めると示すこと。それが怪盗の目的、という推理。


「実力を試したい、ということか?」と聖王。

「そう。カジノで高レートの台に座って、実力を試したいのと同じ」とアスラ。


 聖王がビクッと身を竦めたのを見て、レアは思う。


(あれ? 聖王がギャンブル狂いって噂は本当なのかも?)


「そ、それでこの次はどうするのだ?」聖王が言う。「作戦を聞こう。うむ。是非、傭兵国家の皇帝の素晴らしい作戦を聞かせてくれ」


 やや引きつりながらも聖王は笑顔で言った。

 急に媚を売り始めたので、ギャンブルのことには触れて欲しくないのだろう、とレアは思った。


「こいつを移動させたい」アスラが視線をゾーヤの針に落とす。「どこまで許可できる?」


 聖王は大司祭に視線を送る。

 大司祭が1度咳払いしてから言う。


「できれば動かしたくないですが、大聖堂の敷地内なら……」

「敷地というのは、この建物内? それとも外の壁まで?」

「壁まで……です」

「ふむ。ではどこに隠そうかな? 聖王城の謁見の間とかどうかな?」


       ◇


 翌日。怪盗が予告した日。

 聖王城、謁見の間。

 他国の謁見の間に比べて、非常に美しい作りになっている。

 白い壁に金色の壁画、柱には全て彫刻が施されており、窓は全てステンドグラス。まるで大聖堂のような雰囲気だ。

 玉座は黄金で作られていて、背もたれには聖国の紋章が刻まれている。クッション部分は赤色で、非常に尻に優しい柔らかさとなっていた。


 その玉座に座っているのは聖国の聖王――ではなく、極悪非道、人類最初のサイコパス、銀色の魔王アスラ・リョナだった。

 アスラの足下にはゾーヤの針が無造作に置かれている。大司祭が見たら目を剥いてぶっ倒れるような扱い方だが、アスラは気にしていない。

 アスラは目を閉じて、半分寝ていた。

 暇なのだ。非常に、本当に、とてつもなく、暇だったのだ。

 アルファチームは大聖堂の中を警備していて、アスラは自分の代わりとして城からマルクスを呼んでいた。よって、今のアルファチームはマルクスの指揮下にあるのだ。


 ブラボーチームは大聖堂の外を警備している。

 謁見の間にはアスラのみ。他には誰もいない。今日のために貸し切ったのだ。よって、終日誰も入って来ない。

 そのはずなのだが、アスラは誰かの気配で目を開いた。


「やあ怪盗君、来てくれると思っていたよ」


 アスラは玉座に座ったまま、気怠い雰囲気で言った。

 アスラの視線の先、レッドカーペットの上に怪盗が立っていた。

 怪盗は相変わらず、目元を隠す白い仮面とシルクハットを装備している。服装は貴族男性がパーティで着用するようなタキシード。

 前回と違うのは、腰に剣を帯びていること。


「まさか聖遺物を動かすとは」


 怪盗が特徴のない声で言った。

 極めて普通の声。普通の男性の普通の声。怪盗の印象は総じて普通。何もかもが不自然なぐらいに普通なのだ。


「イケメンボイスはどうしたんだい?」とアスラ。


 怪盗は何も言わなかった。

 

「ふむ。質問を変えよう。君の魔法はどんな属性だい?」アスラが言う。「私はねぇ、華月という神域属性で、属性に関することなら何でもできる。君は? 基本属性ではないだろう?」


 アスラの太ももからブリットのレコ人形が出てきて、アスラの肩に移動した。

 レコ人形がアスラに何かを耳打ち。

 怪盗は動く人形に驚きながら三歩前進。そして手を伸ばす。


「固有属性・影」


 次の瞬間、ゾーヤの針の真下から大きな影の手が出現し、ゾーヤの針を飲み込む。

 アスラは黙って見ていた。

 怪盗は小さく首を傾げる。

 そして影の手が怪盗の足下に出現し、ぐいぃんと上に伸びてゾーヤの針を怪盗に手渡した。


「ふぅん。影を操る感じか。今のは生成魔法かな? この前、暗闇に消えたのは支援魔法?」


 アスラは立ち上がらない。ただ座ったまま、淡々と質問した。


「ぼいんぼいんになったら話してあげよう」


 怪盗の口元がニヤリと笑った。


「話をしてくれたら、殺さないであげるよ?」


 アスラがパチンと指を弾くと、空中で小さな爆発が起こった。

 怪盗はその爆発の意味が理解できなかった。アスラが魔法を使ったことは、もちろん分かる。分からないのは何のために爆発させたか、だ。


「私の爆発は花びらが起こすんだけど」


 アスラが言うと、謁見の間に花びらが降り積もった。


「ゾーヤの針の柄にも貼り付けている。君を殺すのに足るだけの数を、ね」


 アスラの言葉で、怪盗がゾーヤの針に視線を移す。


「聖遺物を破壊すると?」

「するよ」


 アスラは真顔で言った。


「……俺を殺すのではなく、逮捕するのが依頼内容では?」

「そうだね。でもさぁ、最善を尽くしてもダメな時ってあるだろう?」


 アスラが悪い笑みを浮かべ、怪盗は初めて焦りの色を出した。


「舐めすぎなんだよ君。腕はいいのに、私が君を絶対に殺さないと思って行動していただろう? 影の魔法が使えるなら、私の前に姿を現す必要なんかない。ここに来た時点で、君は負けているんだよ」


 いつの間にか、謁見の間は花びらで埋まっていた。

 怪盗のシルクハットにも、肩にも、花びらが乗っている。


「……俺を殺す気だったから、他の憲兵を遠ざけたのか?」


「そうだよ。不審に思ったなら作戦を変更すれば良かったんだよ」アスラが言う。「君は全体的に足りない。能力が高いのは認めるし、印象が薄いのは君が務めてそうしているからだね?」


「戦闘能力も、低くはないぞ」

「でも私に勝てるほどじゃない。影の中に入っても、君の身体に付着した花びらを爆発させればいいし、君は詰んでいる。自分を過大評価した結果だよ」

「俺はむしろ、君を過大評価していたようだ」


 言ったと同時に、怪盗の姿がグニャリと歪む。けれど次の瞬間には元に戻った。


「この姿、それ自体が生成魔法だとなぜ思わなかったか? 爆発? させればいいだろう? 俺は痛くも痒くもない。聖遺物がこの世から消えるだけだ」


「それと、君は盗みに失敗する」

「ただの1度ぐらい、失敗したから何だと? 俺の心はそんなに弱くない。反省を生かし、次からもっと考えて動くだけだ」

「正体がバレたのに?」


 アスラは意外だなぁ、という風に目を丸くした。

 アスラの言葉に、怪盗が驚いた。


「……ハッタリだ……」と怪盗。


「そうかい? 君の本体をいつでも拘束できるのに?」


 アスラの言葉に、怪盗は沈黙。


「正直、君はグレーだった。今日、盗むのを諦めていれば、グレーのままだったのに」やれやれ、とアスラが息を吐く。「君は今、仕事中だけど、お腹が痛いからとトイレに入り、そこで魔法を使っているね?」


 今度こそ、怪盗はビクッと身体が反応するほど驚愕した。


「備えが足りない! 足りないんだよ!」アスラが言う。「想定しろ! もっと多くを想定しろ! 私に正体がバレかけていると仮定したか? 疑われているかもしれないと仮定したか? 昨日の君は普段通りだったか? 私が反応を見ているかもしれないと疑ったか? 今日、見張られていると考えなかったのか? なぜ私がマルクスを呼んだと思う? レアは有能だけど、念を入れるためだよ。君はどうだい? しっかり計画したかい? 私が隠し場所を変えたけど、予告通りに盗みたくて少し焦ったんじゃないかな? 自身の能力を過信して、なんとかなるだろう、と強行したんだろう? 違うかい? シモン・カセロ」


 

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