第3話 ギャングはうざいから死ね 「あるいは、おっぱいか、それ以外か」


 ギャングの少年は部屋で少女を殴った。


「おら! さっさとしゃぶれやクソアマ!」


 少女が床に倒れる。

 少年は少女を何度か踏みつける。

 少女は泣きながら震え、丸まっている。


「なんでわざわざ拉致してやったと思ってんだ? 順番にやるからだろうが!」


 少年はすでに全裸の状態で、イチモツも準備万端だ。


「クソが! 面倒かけさせんな!」


 少年は少女の髪の毛を引っ掴んで、無理やりベッドまで引きずった。そして少女を無理やりベッドに上がらせる。


「つか、まず脱げクソ女。言うこと素直に聞きゃ、いつかは家に帰れるかもしれねぇぞ?」


 もちろん嘘だ。少年の所属するギャング団は、というかほぼ全てのギャング団はすこぶる質が悪い。

 窃盗や強盗は当たり前。拉致監禁は朝飯前。強姦に傷害も日常で、気に食わなければ殺人まで平気で発展する。

 ギャング団には明確な上下関係がなく、統制が取れてない。


 好きなことを好きなようにやる。暇なら一緒にやろうぜ、が基本。

 この少年は年下の少女を拉致して強姦したあと、他の団員にもやらせるのが好きだった。

 そしてヤりたい奴がヤりたいだけヤッたら、今度は暴行好きの奴に回してやって、あとは知らない、というのがパターンだ。


「なんでこんな酷いこと……」と少女が呟いた。


「ああん? 酷くねぇだろうが! 楽しいだろうがよぉ!」


 ケタケタと少年が笑った。


「こんなこと、神様が……」


「バーカ! 神様だって!?」少年が腹を抱えて笑う。「くっだらねぇ! ゾーヤなんか俺らで犯してやるよ! いいかクソ女! この世界はな! 悪い奴が勝つんだ! 悪けりゃ悪いだけ、強いんだよ! 法律も倫理も知ったことか!」


「実にいい考えだね」


 少女が突如、酷く冷えた声を出したので、少年は笑うのを止めた。


「でもそれだと」


 少女は目にも止まらぬ速度で短剣を抜いて、少年の首に一閃。


「……え?」


 少年は何がなんだか分からないまま絶命した。


「いつも私が勝ってしまう」


 無力な少女に扮していたアスラが、薄暗い表情で笑った。

 アスラは返り血を気にしなかったので、少年の血でベッタリと濡れてしまっている。

 アスラはベッドから降りて背伸びをした。

 暇つぶしがてら、拉致されてみたのだけど、まぁそれなりに楽しめた。

 ギャングたちの溜まり場の近くを無防備に歩いていたら簡単に拉致してくれたのだ。アスラは見た目が綺麗なので、拉致されるのは得意である。


「なんかあれだな」アスラのスカートから出てきたレコ人形が言う。「ギャングに何か恨みでもあるのか、ってぐらいギャング潰しまくってね?」


 ちなみにアスラは普通の村人みたいな服装をしている。


「特に恨みはないけど、ギャングを標的にした依頼が多いからね」


 凄まじい無法者たちなので、色々な方面から依頼が入るのだ。縄張りを荒らされてご立腹の犯罪ファミリーだったり、憲兵だったり、家族をギャングに殺された人だったり。


「でもこれはただ働きだろ?」とレコ人形。


「まぁね」アスラが肩を竦める。「ギャングどもは刹那的に生きているから、貯蓄なんてないし、精々が宝石とかアクセサリーとかだねぇ、盗って帰れるの」


 と、部屋の外に気配を感じたので、アスラは警戒する。


「うえーい! 教官! 制圧完了っすよぉ!」


 部屋のドアを勢いよく開き、満面の笑みで言ったのはハンネス・キルヴェスニエミ。

 アーニア帝国憲兵団の特殊部隊員で、アスラが育てた人材だ。


「君は今日もうざいね。手伝ってくれてありがとう」


 ハンネスは優秀な特殊部隊員だけど、あまりにも陽気すぎてたまに疲れるんだよね、とアスラは思った。


「うざくねーっすよ! それより一仕事終えたし、夜はバーベキューパーティ開くんで、教官も来てくださいよぉ!」


 ハンネスは24歳の男性で、鍛えているので筋肉質だ。

 髪の毛はアーニアに多い茶色で、髪型は長くもなく短くもない。よくある系の髪型。

 顔面偏差値は悪くないが、イケメンと言うほどではない。


「……暑苦しい奴……」


 音もなく入室したイーナが溜息混じりに言った。


「文句を言いながらも、手伝ってくれたイーナの優しさに乾杯でもするかね?」

「いいっすねー! イーナっちに乾杯っすわ! ビールと肉のバーベキューパーティ! 19時からやるっす!」

「行くとは言ってないがね」


 アスラは小さく肩を竦めた。


「……イーナっちって呼ぶな……」


 イーナがハンネスのケツを蹴っ飛ばす。

 けれどハンネスにダメージはない。


「てっか、なんで急にギャング退治したんっす!? フラメキア憲兵に頼まれたんっすか!?」


 アスラはハンネスに詳しいことを話していない。

 暇なら一緒にギャング退治に行かないか? と誘っただけである。

 外に出るのが好きで、常に新たな経験を求めているハンネスは、ノリノリでアスラに同行した。

 もちろん、アスラが拉致される時は少し離れていた。


「いや? 別の依頼だよ。ギャングはうざいからねぇ」

「……それに暇だし……」


 怪盗について、これ以上調べることが何もない。調べ尽くした上で、どこの誰か分からない状態なのだ。

 予告された日、つまり明後日まで待つしか選択肢がない。

 もちろん、レアや他の憲兵たちはそれでも捜査をしているけれど。


「俺も暇なんっすよねぇ」はぁ、とハンネスが溜息を吐く。「フラメキアにも他の国にも特殊部隊がねーから、とりあえず捜査員の真似事で聞き込みしてるっすけど、収穫ねぇんっすよね」


 本来、特殊部隊は捜査には加わらない。戦闘が本職なので、怪盗が現れる現場以外ではやることがないのだ。

 アーニアだったら、仕事がない時は常に訓練をしている。しかしフラメキアには特殊部隊がないので、相応しい訓練自体が存在していない。


「特殊部隊は徐々に広がるさ」とアスラ。


「だといいっすけど」ハンネスが肩を竦める。「んで? このあと、どうします? 後処理は?」


「何もしない」アスラが言う。「私らはここに来てない。意味分かるだろう?」


「ういっす。俺らはここに来てない。了解っす」

「私とイーナは怪盗紳士対策班に顔を出して、それから帰る。君は聞き込みを少しやって帰ればいい」

「ういっす。それじゃ、バーベキュー19時っすからね!? フラメキアの連中、教官のこともっと知りたいみたいっすよ!」


 ヘラヘラと言ってから、ハンネスは部屋を出た。

 ちなみにここはギャングのアジトだが、民家である。


「……団長のこと、知ってどうするんだろう?」

「さぁね。あまり意味があるとは思えないけど、肉とビールは捨てがたい」

「……団長も、なんだかんだ、割と騒ぐの好きだし、ね」

「まぁ、傭兵として親睦を深めるのもいいだろう。どこから依頼が舞い込むか分からないからね」

「うん……、じゃあ、先行くね」


 言い残し、イーナは無音でその場を去った。


「そっちはどんな様子だい? ワードウルフやってるんだろう?」


 アスラは視線をレコ人形に落とした。


「最初から聞くか?」

「そうだね。憲兵団の本部に行くまでに聞こう」


 アスラはレコ人形を抱き上げた。

 レコ人形はススッとアスラの肩に移動し、そこに座る。

 そしてアスラはゆっくりとした足取りで部屋をあとにした。


       ◇


 傭兵国家《月花》の城。食堂。


「まずはルールを明確にする」


 マルクスが淡々と言った。

 マルクスは椅子に座っていて、テーブルを挟んだ対面にワードウルフ参加者たちが座っている。

 マルクスは右側から順番に参加者を見回す。レコ、サルメ、ロイク、グレーテル、メルヴィの5人。


 そのまま視線を動かすと、食堂の隅っこでアイリスとラウノがババ抜きをしている。遊んでいるのではなく、読み合い、騙し合いの訓練である。

 2人はすこぶる真剣にババ抜きをしていた。


「ワードウルフとは、みんなと違うお題を持っている人物――少数派を当てるゲームだ。お前たち5人の中に、1人だけ違うお題を持った者がいる」


 マルクスが視線を下げると、テーブルの上に裏返した紙が5枚置いてある。トランプサイズの紙で、表にお題が記してある。

 その紙は参加者5人の前に、一人一枚ずつ置かれている。


「この紙の中に1枚だけ違うお題が書かれている。例として、4人は空で、1人が雲みたいな感じだな」


 マルクスの言葉に、5人が頷く。

 ちなみに、みんなルールは知っているのだが、確認のために説明しているのだ。


「流れとしては、お前たちは他の者に見えないよう、お題を確認する。それからお前たちは、お題について話をする。まずは自分が少数派なのか多数派なのか把握することが大切だ」マルクスが言う。「話し合いが終われば、誰が少数派か当てる。この時、少数派を当てることができれば、多数派の勝ち。当てられなければ少数派の勝ちだが、このままでは圧倒的に少数派が不利だ。よって、当てられた少数派は、多数派のお題を当てることができれば、逆転勝ちとなる。いいか?」


 マルクスが言うと、5人がコクンと頷く。


「よし、では《月花》ルール。話し合いの際、質問は1人1回、順番に、だ。分かったらお題を確認しろ」


 5人が一斉にトランプサイズの紙を手に取り、周囲に見えないよう中身を確認した。


       ◇


レコ、おっぱい。

サルメ、おっぱい。

ロイク、おっぱい。

グレーテル、お尻。

メルヴィ、おっぱい。


       ◇


 おっぱいだと!?

 レコはお題を見た瞬間に、アイリスの胸が浮かんだ。

 まぁでも表情は変えなかった。チラリと他の参加者を確認したけれど、メルヴィ以外は誰も表情を変えていない。

 メルヴィだけは「ほえぇ」みたいな感じだった。


「質問はそうだな、まずはレコからだ」とマルクス。


「オレ? ちょっと待って、考えるから」

「1分だ」


 短い、と思ったけど文句を言うのは時間の無駄。

 レコは頭をフル回転させる。


(オレは少数派? それとも多数派? てゆーか、もう一つのお題は何? かけ離れてはいない、はずだから……)


 おっぱいに対して火縄銃ということはない。それだとすぐバレる。


(だったら、身体の部位? オレが少数派だったら、多数派のお題を知る必要があるし、多数派だったら少数派にオレのお題を知られるわけには、いかない)


 質問の内容を決めるのはかなり難しい。制約が多すぎる。


(よく揉むよね? って質問したら即バレだし、もう一つのお題を推測した方がいい? おっぱいと言えばお尻が最初に浮かぶけど、まさかそんな単純だとは思えないし……)


 レコは悩みに悩んでいる。


(二の腕かな? おっぱいと二の腕の柔らかさは比例するって、前にユルキに聞いたことあるし、可能性としては高いよね? でもだからって、どう質問すればいいの? 1つしか質問できないってのが、かなりの縛りになってるね)


「時間だ」とマルクス。


(くっ、全然考えがまとまらなかった)


 レコはとりあえず、小さく深呼吸。


「身体の部位だよね?」


 どちゃクソ無難な質問になってしまった。


「そうですね」とサルメ。

「だなぁ」とロイク。

「ですわねぇ」とグレーテル。

「うんうん」とメルヴィ。


 ひとまず、全員嘘を吐いている様子はない。

 このゲームの難しい部分として、嘘を吐いてもいい、というのがある。

 身体の部位じゃなくても「そうだね」と答えていいのだ。

 つまり、嘘を見破る能力も問われるのである。


(クソ、これでもう一つのお題が身体の部位じゃなかったら最悪だったけど、みんな部位っぽい)


「次の質問はサルメだ」とマルクス。


「はい。考えますね」


 サルメがシンキングタイムに入った。

 

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