第11話 国を乗っ取るって話さ 「それより魔王剣が可哀想だわ!」


「そしてこう、スカーレットが言うんですよ。魔王剣、『絶界』って」


 サルメがラグナロクを構えて言った。

 ここは《月花》の帝城、食堂。夕食時。

 テーブルには総務部が用意した食事が並んでいる。


「自分も見たかったな」とマルクス。


「そしてアクセルがこう」


 アスラがタタッとサルメに駆け寄る。

 ちなみに、再現を行っているアスラとサルメ以外は、ちゃんと席に座っている。

 みんな2人の動きに注目しているが、同時に食事も摂っていた。


「今、私の周囲には半透明の黒い壁があると思ってください」


 サルメはラグナロクを右手で持って、左手で壁を触るジェスチャをした。


「それをアクセルが問答無用で殴りつける」


 アスラは何度かサルメを殴る真似をして、毎回サルメに当たる前に拳を止めた。


「ちなみにアクセルが殴ったのは1回だけどね。あの思い切りの良さ。振り抜いた、って感じだね。鉄板でもきっと関係なくアクセルは殴ったと思うよ」

「ですね。気迫を感じました。これで殴り殺す、っていう気迫です」

「で、結果としてアクセルの魔装は砕けてしまうんだよ」


 アスラが何度か手をグーパーする。


「それで少し動きが止まった隙に、スカーレットは半透明の壁を消して、こう」


 サルメが軽くラグナロクを振って、アスラの肩の手前で刃を止める。


「そしたらアクセルは膝を突く」


 言いながら、アスラが膝を突いた。


「そして何かしら、2人の間で会話があったようですね」サルメがラグナロクを背中の鞘に仕舞う。「客席には聞こえませんでしたけど」


「まぁたぶん、続けるかどうかの確認だろうさ」


 アスラが立ち上がる。


「めっちゃ面白そうな試合じゃねーか」ロイクが言う。「俺も見たかったぜ」


「ですわね」グレーテルが頷く。「わたしもスカーレットの容姿……じゃなくてスタイル……戦闘スタイルに興味がありますわね」


「……魔物になった……若いアクセルに」イーナがボソッと言う。「ちょっとだけ……興味あるかも」


「それにしても、スカーレットってよっぽど強いわね」アイリスが言う。「まだ付与魔法と時限魔法は使ってないんでしょ?」


「使えないのかも」とレコ。


「いや、使えると考えた方がいいね」アスラが言う。「でもまぁ、性質に縛られた神域属性だからねぇ」


「そうですよね。団長さんは神域属性の最奥に辿り着いたんですよね?」


 サルメは言いながら自分の席に移動し、座って食事を開始。


「そうだね。私の魔法はもう性質に縛られない。君らも神域に辿り着けば、次は自由魔法を目指せばいい」


「さすが団長」マルクスがうんうんと頷く。「やはり魔法の未来を切り開くのは団長ですな。自分は団長の部下になれて本当に幸せです」


「そんなに褒められると照れるね」


 アスラが肩を竦めた。


「ねぇ団長」ラウノが言う。「団長も魔王剣持ってるんだから、『絶界』できるんじゃない?」


「その件だけど、今から試してみよう。魔王剣、ちょっとこい」


 アスラが言うと、空間がバリバリと裂けて、魔王剣がゆっくりと姿を現す。

 アスラはガシッと魔王剣の柄を握る。


「『絶界』!」


 アスラが魔王剣を天井に突き刺すように振り上げた。

 しかし何も起こらない。しばらく待ってみても、何も起こらない。

 アスラは魔王剣を下げる。


「ちょっと話をする必要があるね」


 アスラはそのまま目を瞑った。

 みんなが食事しながら、しばらく待っていると、魔王剣が振動を開始。


「あ、魔王剣が震えてる」とレコ。

「あたし最近、魔王武器が可哀想でならないわ」とアイリス。


 魔王剣は激しく振動し、そしてパリンと音を立ててヒビ割れた。

 みんなビックリして目を丸くした。

 アスラが目を開く。


「団長、割れたけど平気?」


 ラウノが引きつった表情で言った。


「大丈夫だよ。こいつら、有り余る魔力で自己修復可能だから」

「回復魔法が使える、という感じですの?」

「うーん。少し違うけど、まぁそういう認識でもいいと思うよ」


 グレーテルの質問に、アスラが曖昧な感じで答えた。


「さてそれよりも、次こそは成功するよ。『絶界』!」


 今度は魔王剣を振り上げなかったけれど、アスラの周囲に薄い半透明の膜が出現。


「おぉー」と数人が声を上げた。


「よし、ラウノ、短剣を投げてみたまえ」


 アスラが言うと、ラウノは座ったままサッと短剣を投げた。

 短剣はアスラの『絶界』に弾かれ、床に落ちる。

 みんなが再び「おぉ」と声を出した。


「次はイーナ。攻撃魔法を当ててみたまえ」


「あい」とイーナが【烈風刃】を発動させる。


 人間の首を簡単に刎ね飛ばしてしまう風の刃が、絶界に当たって弾けるように消滅。


「普通にすごいですな」マルクスが感心した風に言う。「他には何か、できることは?」


「うん。それがね」アスラが言う。「この子は今のところ、滞空、空中移動、魔力衝撃波と絶界しかできないみたいだね。成長すれば……成長するのか知らないけど、するなら、別の技もおいおい覚えるかもしれないね」


 アスラが手を離すと、魔王剣は自分の魔力を放出して滞空。


「成長するなら、名前でも付けたら?」とラウノ。


「良い考えだね」アスラが頷く。「ちょっと考えてみるよ」


 言ってから、アスラは自分の席に座って、食事を開始。

 魔王剣はどうしていいか分からず、しばらくその場に滞空していた。

 アスラが思い出したように帰れと左手でジェスチャ。それでやっと魔王剣は異空間へと帰った。


「本当、可哀想」


 アイリスが苦笑いしながら言った。


「可哀想って言っても、あれ魔王でしょ?」とレコ。


「待ったレコ」アスラが言う。「フルセンマークの魔王のこと、魔王って呼ぶの止めない?」


「なんでよ?」とアイリス。


「うん。理由は3つある」

「どうせ3番は考えてないか、いい加減な理由でしょ?」

「なんだいアイリス? 私を理解しつつあるのかい? 私マスターにでもなりたいのかな?」

「そんなんじゃないわよ! いっつも3番はテキトーじゃないの!」


 アイリスの言葉に、数人がコッソリ頷いた。


「……いいから、理由知りたい」とイーナ。


「よろしい。アイリスに突っ込まれたから理由は1つだけにしよう」アスラが指を1本だけ立てる。「私と被るのムカつく」


「それ3番でしょ! 絶対3番にしようとしたやつでしょ!」


 アイリスが立ち上がり、フォークでアスラを指しながら激しく突っ込んだ。


「そうかもしれないけど、それが最大の理由なんだよね」

「最小の理由は!? あるでしょ!? 今のが全てじゃないわよね!?」

「いや、特にないね」

「ないの!?」


 アイリスは仰け反るような勢いで驚いた。


「この世に魔王は私だけでいい」

「団長は魔王! 団長だけが唯一の魔王!」


 レコが嬉しそうにカトラリーをカチャカチャと打ち合わせた。


「アレは怨念の塊だし、どちらかと言えば呪いだよ」アスラが言う。「だからフルセンマークの呪いとかでいいんじゃないかな、新しい呼び方」


「長いわよ!」とアイリス。


「ふむ。でも別にそれでいいと思う」アスラが面倒そうに言う。「ゆっくり浸透させていこう……あ、そうそう、浸透と言えば」


 アスラはふと思い出したという風に、みんなの顔を見回した。

 みんながキョトンとアスラを見る。


「久しぶりにアーニアに行こうと思うんだよね」


「いいですな」マルクスが言う。「あそこは我々の手が多く入っていますから、それぞれの結果を確認したいです」


「私とレコの故郷でもあります」とサルメ。


「今回行くのは、アーニア王に呼ばれててね」


 アスラは今もずっとアーニア王と文通している。


「何か依頼ですの?」とグレーテル。


「いや、依頼というか……例の件をそろそろ終わらせたいらしい。1年で想像以上に進んだからねぇ」

「ああ、アレのことですか」


 アスラが言って、マルクスが頷いた。


「アレか?」ロイクが言う。「暇な時というか、時々手伝えって言われて作業したアレか?」


「そうだよ」アスラが肩を竦める。「私は正直、好きじゃないけど、ちょっと試してみたかったんだよね」


「試して良かったと思いますよ」マルクスが言う。「今後、スカーレット討伐後に団長がフルセンマークを統一するなら、必要なことです」


 正確には統一ではなく、3つの地方をそのまま国にするのがアスラの構想。

 世界大戦に向けて、フルセンマークを強化するという話はみんなに共有している。

 もちろん、フルセンマークが世界大戦に参加するかは分からないけれど。


「確かに、それで上手くいくなら、労力という意味ではかなり楽になるね」


 ラウノが言った。


「えっと、何の話してんの!?」


 アイリスは今も立ったままだ。座る機会を失ってしまったから。


「ああ、君には言ってなかったね。だって君、少なくとも当時の君は言ったら反対するからね」

「だから何の話よ!? フルセンマークで何か実験したってことよね!? 一体、何をしちゃったわけ!? 取り返しつくの!?」


「付くわけないだろう?」アスラが笑う。「隣国を乗っ取るって話なのに」


「乗っ取るの!? 隣国を!? え!? それってテルバエ大王国!?」

「違うよ。そっちじゃない。西の隣国ビラスだよ」


「え? え?」アイリスが狼狽える。「乗っ取るってどういうこと? どうやって?」


「うん。スイスの民間防衛白書を試したくてね」アスラが言う。「武力を使わずに他国を乗っ取る方法ってのが、私の前世じゃ本になってた」


「なんて物騒な世界なの!」アイリスが言う。「前から思ってたけど、アスラの前世の世界って悪魔の世界か何かなわけ!?」


「いや、人間の世界だよ」アスラが笑う。「とりあえず、今回の乗っ取り方法はスイスの民間防衛白書を元にしてる。あくまで元にしただけね。簡単に説明しよう。ステップ1、工作員を送り込んで政府の中枢を乗っ取る。面倒だから買収と脅迫で私らが押さえた」


「もう押さえちゃってるぅぅぅぅ!」


 アイリスが悲鳴みたいに言った。


「ステップ2、メディアの掌握。これも完了済み。同じく買収と脅迫」

「あんたの容赦ない鬼畜ぶりが怖いっ!」


「前からじゃん」とレコ。


「ステップ3、教育に浸透し、国家意識を破壊する。これは時間が必要だから、とりあえず教育担当の大臣を手懐けて現在進行中」

「それだけのことを、あたしに内緒でやってたわけね……」


 アイリスが溜息を吐いて、ゆっくりと椅子に座った。


「ステップ4、愛だの平和だの、曖昧で耳に心地よい言葉で洗脳する」


「時々、わたしたちも駆り出されましたわ」グレーテルが言う。「自称平和主義者だったり、自称知識人だったり、自称反政府主義者だったり、自称労働者だったり、立場はみんなその時々で違いましたけれど」


「僕なんて知識者団体を1つ持ってるよ」


 ラウノがサラッと言って、アイリスは頭痛がしたような気がした。


「私は平和団体に所属してますね」サルメが言う。「愛と平和を叫んで国防予算を削減させて、弱体化させるんです。面白いですよ。隣国、つまりアーニアが軍拡してるのに、ビラスは軍縮してるんですよ?」


「ビラスは売国奴天国ですわ」グレーテルが首を振った。「サルメの一派は軍をなくそうとしてますのよ? 酷いもんですわ」


「軍を解体するってこと?」さすがのアイリスも驚いた。「そんなバカなこと、本当にするの? いざって時どうするの?」


「いざ、なんて来ないと彼らは思ってるね」ラウノが言う。「僕らとメディアがそう洗脳したから」


「影響力のある知識人が売国奴だと、どうしようもないな」


 マルクスが肩を竦めた。


「さて、本場の防衛白書にはステップ5と6もあるんだけど、私らはとりあえずステップ4までやったね。というか、今もやってる途中」アスラが言う。「でもアーニア王がそろそろビラスを併合したいってさ」


 アーニア的には、もう十分にビラスは弱体化したという判断。


「それを手伝いに行くのね?」とアイリス。

「そう。なるべく無抵抗で国を明け渡せるようにね」とアスラ。


「えげつないわね」アイリスが言う。「てか、実験途中じゃないの?」


「もういいよ。効果があることは今の段階で証明された。今後、統一する時にまた使うさ。好みじゃないけど」


 アスラは血の海を泳ぐような鮮烈な戦争の方が好きなのだ。

 今回はあくまで実験として行ったことだし、今後は必要だから仕方なくやるという感じ。アーニア王とは約束がある。

 アーニア王は自分が王である間に、東フルセンを統一するという野望を持っている。そしてアスラはそれを手伝うと約束した。

 まぁ、西と中央はゆっくり全部戦争させてもいいけど、とアスラは思った。

 いや、統一東フルセンとあまり国力差が多いと面倒だね、やはり早く統一した方がいいか、と思い直す。

 どうせ世界は広いのだ。今後、《月花》はフルセンマークの外にも足を伸ばす予定だ。

 どこにだって戦争の種は転がっているし、人類なんてのはいつだってどこかで戦っているものだ。


「それで誰が行くの?」とアイリス。


「みんなだよ。総動員して、ビラスを降伏させる」

 

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