ExtraStory

EX69 あらゆる措置を講じる 「武力行使がいいなぁ」


「連中の士気は低いし、やろうと思えばこのまま殲滅できるだろう」


 アーニア帝国、西の国境でアスラが言った。

 ここは広い草原になっていて、この世界の戦争に向いている場所だ。

 アスラの隣には鎧を装備したアーニア王が立っている。


「アスラはその方が好みだろうな」


 アーニア王が肩を竦める。

 2人の背後にはアーニア軍が陣を敷いていた。

 逆に2人の視線の先には、アーニアの隣国ビラスの軍が陣を敷いている。

 兵数はアーニアの方が多い。アスラたちが工作活動を頑張ったおかげで、ビラス軍は大いに弱体化していた。


「それでは困ります」


 2人の背後から歩いて来た男が言った。

 30歳前後の男で、青い髪をアシンメトリーにしている。左が長く右が短い。右の耳に大きなイヤリングを装備してる。

 服の色も青で、蒼空騎士のファンかな? とアスラは初見の時に思ったのだった。

 まぁ、彼は単純に青が好きなだけなのだが。


「分かっているさ、テーム」アーニア王が肩を竦めた。「今回は大切な実験の最中であるからな」


「その通りです我が王」


 青色好きの男、テーム・ラントがアーニア王の隣に並ぶ。


「まぁ、選択肢が増えるのはいいことだよ」アスラが言う。「私は戦争1本でも全然、構わないけれどね」


 アスラの言葉に、テームが溜息を吐いた。


「血は流れない方がいいかと」とテーム。


「それに君たち諜報機関も活躍できるし?」

「僕たちは自己顕示欲のために仕事をしているわけじゃない」


 テームは酷く嫌そうに言った。

 ああ、こいつは本来、私とは相容れないタイプだなぁ、とアスラは察した。

 国のために仕方なく私を受け入れているに過ぎない。


「しかしこの『戦争せずに他国を乗っ取る方法』は革命に近いぞ」アーニア王が楽しそうに言う。「今後はどの国を工作で乗っ取り、どの国を戦争で乗っ取るかゆっくり吟味して決めることができる」


「それは認めます」テームが肩を竦めた。「侵略される手前だと言うのに、ビラス軍に戦う意思は薄く、政権中枢はこちらが本格的に攻め入るまで何もしない方針だそうです」


「さすが諜報機関長、よくご存じで」


 クスッとアスラが笑った。別にバカにしたわけじゃない。むしろ感心したのだ。ちゃんと相手の情報を抜いているのだな、と。

 今回の実験はアスラたちが主導したが、アーニアの諜報機関も一枚噛んでいる。


「現状の再確認を行いましょう」テームはアスラをスルー。「我々アーニアはビラスに対して最後通牒を突きつけている状態です我が王」


「うむ。内容は無条件でアーニア帝国の傘下となること。まぁ、事実上の併合であるな」


 最後通牒とは、相手が条件を呑まなければ武力を行使するという宣言に他ならない。


「その期限が3日後」アスラが補足。「まぁ心配しなくても、3日あれば連中は条件を呑むさ」


「僕も同じ考えです我が王」テームが頷く。「現状、ビラス内部は真っ二つに割れています。反戦派と交戦派です。我々の工作員と《月花》の面々が反戦派を扇動しています」


 私らが反戦活動を主導するなんて、実に皮肉なものだなぁ、とアスラは思った。

 ちなみに、ビラス併合後は、反戦団体も平和団体も全部ぶっ潰す予定である。なぜならアーニア帝国は覇道を征くから。


「単純計算で国民の半分を洗脳できた、ということか」アーニア王が苦笑い。「仕掛ける側だからいいものの、仕掛けられたら、と考えると恐ろしいな。ひとまずテントに戻ろう」


 アーニア王が歩き始め、アスラとテームがそれに続く。


「ええ。特殊工作防止法を現在、法務大臣らと検討中です。新たな時代の新たな工作活動ですので、現行法では対処しきれませんからね」


「うむ。しっかり進めてくれ」アーニア王が言う。「アスラの国ではどうしているのだ?」


「ん? 特殊工作をどう防ぐかってことかい?」


 アスラの質問に、アーニア王が頷く。


「特に何もしていないよ」

「なぜ? 今後人口が増え、国が大きくなったら、アスラたちの国にも工作員が入り込むのではないか?」

「仮に工作員が入り込んでも、うちで平和や反戦を唱える奴は1人もいないからねぇ」


 国民総戦争狂というわけではないが、戦争で死んでもいいというタイプしか国民にしない。

 それに《月花》で生まれて育ったなら、戦争上等な思想になるよう教育を施す。


「工作員が戦争反対や平和を訴えた時点で、そんな目立つ奴は絶対に通報される。うちの国民に相応しくないからねぇ」


 アスラはとっても薄暗い笑顔を浮かべて言った。


「なるほど。聞いた余がアホだった」


 アスラの国は普通の国とは違うのだ。完全なる戦闘国家なのだ。相応しくない国民も思想も最初から存在していない。


「まぁ、とはいえ?」アスラが言う。「いずれ防諜部は必要だろうね。諜報機関とセットで運用するのがいいかな」


 未来の世界大戦に向けて、という意味だ。今すぐに必要なわけではない。


       ◇


「平和こそが私たちの生きる道です!」


 サルメは号令台の上で街頭演説に精を出していた。

 サルメの周囲にはサルメの所属する平和団体の面々と、それに触発されたビラス国民が多く集まっていた。


 アーニアの軍事力は綺麗な軍事力。そしてビラスの軍事力は恐ろしく悍ましい暴力装置である、という思想を間接的に植え付けたのがこの平和団体。

 まぁ、サルメとアーニア諜報機関の工作であって、ここにいる人々は騙された純粋な人か、あまり深く思考せずに流されるタイプの人だ。


「アーニアと戦争なんて、もっての他です!」サルメが鉄製音響メガホンを片手に声を張る。「たとえ降伏しても、アーニアは我々一般市民の生活水準が落ちることはないと明言しています! 腐ったビラス政府よりも、清廉なアーニア政府の方がマシなのではないでしょうか!?」


 自国の政府を貶めることも忘れない。


「そうだそうだ!」と誰かが合いの手を入れる。もちろん工作員だ。雰囲気作りは大切である。

 とにかく、アーニアに降伏した方がいい、という空気を作り出すのが目的だ。


「私は戦争で大切な人を失いたくありません! 私の兄は軍に所属しています! 政府が意地を張って勝てない戦争に突入して、兄を失うなど考えただけでも寒気がします!」


 まぁ架空の兄である。サルメに兄はいない。

 自国の軍隊はとっても弱いから勝てないよ、という思考を刷り込むことも忘れない。実際、ビラス軍はかなり弱体化しているけれど。


 平和団体の数はこの1年で急増し、感化されて退役した軍人も多い。

 サルメは最後に愛と平和が最も大切なのだと力説して、号令台を降りた。

 サルメと入れ替わりに、この平和団体の代表が号令台に上る。

 そう、サルメはあくまで団体の会員の1人に過ぎない。代表ではないのだ。


「みなさん! 東の国境では軍と軍が対峙していると言うではありませんか!」代表の男が言う。「今からみんなで現地に向かい、反戦を訴えようではありませんか!」


 男の言葉に、多くの人々が呼応して声を上げる。


「完璧な仕事ですね」


 うんうん、とサルメは1人で何度も頷いた。


「敵は内部にいるってことよねぇ」アイリスが言う。「恐ろしいわ」


 ちなみに、アイリスはサルメが連れてきた新たな平和主義者という設定。

 2人とも服装は普通の平民の服で、派手さはない。その上、可愛くもないので、アイリスは着るのを少し渋ったという経緯がある。


「こんな工作が本になっている団長さんの前世の世界って、本気でヤバいですよね?」

「ええ。イカレた世界だわ」


 そして集まった人々が移動を開始。

 サルメとアイリスもその流れに乗っかって移動。


「これ仕掛けられたら、本気で最悪だわね」


 アイリスはクレイヴン家の領地のことを考えながら言った。


「そうですね。まぁでも、私たちは常に仕掛ける側だと思いますよ?」

「でしょうね。《月花》に平和だの何だのって誰が聞く耳持つのって話よ」


 やれやれ、とアイリス。


「それはそうとアイリスさん」サルメが言う。「アーニアが東を統一するなら、アイリスさんの家の領地も含まれるわけでしょう? どうするんです?」


「ほえ?」


 アイリスはその時初めて、自らの領地にも危機が迫っていることを認識した。

 そうだ、うちも東フルセンだった、と。


       ◇


「実に愚かだよねぇ」


 ラウノは幻の妻に言った。


「本当にね」


 幻の妻は少し悲しそうに言った。

 ここはビラス王国の東の国境。アーニア帝国と隣接する平原。両軍が陣を敷いて睨み合っている場所。

 ラウノは自称知識人で構成されている団体に所属している。今日はその団体全員で、この戦争で得るものがないことを訴えに来たのだ。


 デメリットばかりで、メリットがない。故に降伏した方がよい。そういう話。

 ラウノの団体以外にも、多くの平和団体やそれに準ずる団体が集結していた。

 正直、軍の数より多いのではないだろうか、とラウノは思った。


「結果的に、国を売り払うことになるんだけどねぇ」

「偉い人の言うことは無条件で正しいって思う人が多いのね」

「ああ。だからこそ、自称知識人たちやメディアを取り込むんだよね。実によく考えられた特殊工作だよ。寒気がするほどさ」

「ねぇラウノ、あなた少し喋り方が団長さんに似てきたわよ?」


 妻の指摘に、ラウノは苦笑い。

 そんなつもりは、なかったのだけれど。

 それでもアスラ・リョナという人物は影響力が大きい。良くも悪くも。個人にも世界にも。



「こんな時、憲兵は役に立たないわね」


 元憲兵の妻は、溜息混じりに言った。

 この特殊工作に対して為す術がない。なぜなら、基本的には善良な国民の自由な思想の結果だからだ。


「思想統制を行っている国なら、どうにでもなるけどね。《月花》もそうだし、他にもいくつか」


 言ったあとで、ラウノは「いや」と否定を入れて続ける。


「《月花》はそもそも、イカレた人間の集まりだから、統制もクソもないよね」

「ふふっ、あなた言葉使いも以前より少し乱暴になったわね。そういうあなたも可愛いわ」


 幻の妻の言葉に、ラウノは少し照れた。


「この工作の唯一の難点は」ラウノが溜息混じりに言う。「僕の中に残っている僅かな良心が痛んで困るってことかな」


       ◇


「我が王! 大変です!」


 司令官用のテントに、伝令兵が駆け込んだ。


「何か?」


 椅子に座ったままアーニア王が言った。

 このテントの中にはアスラとテーム、それから将軍のテロペッカ・ブランナーとその補佐役がいる。

 伝令兵は片膝を突き、言う。


「テルバエ大王国が我が国への非難声明を発表しました!」


「ふむ。予測していたことだな」アーニア王は冷静に言った。「それだけか?」


「いえ!」伝令兵が言う。「我が国に対して、即座にビラス国境付近の軍を解散させるよう要請しています! 地域の平和を乱すのならば、テルバエはあらゆる措置を講じる、と!」


「これは面白いことを」テロペッカが笑う。「去年は自分たちがアーニアを侵略したというのに!」


「すでに休戦期間は終わっているな。あらゆる措置の中に武力行使が含まれると思うか?」


 アーニア王はアスラの方を見て言った。


「どうかな? 連中も相当、弱体化しているからねぇ。大英雄候補を失い、虎の子の魔物部隊も失っている。それに、私たちがアーニア入りしたという情報は持っているはず。武力行使に踏み切れるかな?」


 もしも踏み切ってくれるなら、それはそれで楽しくていい、とアスラは思った。

 それに、テルバエが強く反対することは想定内。


「我が国は強くなっています」テームが言う。「属国を従え、軍の練度も去年とは比べものになりません」


「去年とは違うであろうな。だがテルバエに勝てるか? 弱体化したと言っても、まだ及ばないのではないか?」


 アーニア王が言うと、アスラがニコニコと笑いながらアーニア王の膝に座った。

 その行為に、伝令兵とテームがギョッとする。テロペッカは顔を逸らして笑いを堪えた。


「おいおい、何か忘れていないかね?」


 アスラは人差し指でアーニア王の胸の鎧をなぞった。


「今、思い出した」アーニア王が言う。「テルバエは無視でいい。あらゆる措置を楽しみにしていようじゃないか」


 武力行使なら最高なのだけど、とアスラは思った。

  

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