第10話 スレヴィの残滓 「本当、厄介なクソ野郎だわ」


「いや実にいい勝負だった。私ではどちらにも勝てんだろうな」


 酒を飲みながらエステルが言った。

 ここはイーティス神王都の酒場。


「ふっ、美しさなら君が1番だエスエス」


 エステルの隣に座ったマルクスがデレデレと言った。

 マルクスの対面に座っているアスラは苦笑い。

 エステルの対面に座っているサルメはゲンナリした表情を浮かべた。


「そんなことより、お前たち2人は成人しているのか?」


 突如、エステルがそんなことを言った。

 アスラとサルメが酒を飲んでいるからだ。


「お前たちの国では好きにすればいいが、イーティスにおいて、未成年の飲酒は禁じられている。ちなみに15歳で成人だが?」


「なんで急に真面目なことを」サルメが溜息混じりに言う。「私は15歳ですので、問題ないですけど……」


 サルメは横目でアスラを見た。

 アスラは気にせずグビグビと酒を飲んだ。ちなみに、アスラが飲んでいるのはワインだ。


「まぁ、言ったところで意味はないか」


 エステルが肩を竦めた。

 そう、一体、どこの誰がアスラに注意できるのか。一体、どこの誰がアスラの自由を奪えるのか。


「心配するなエステル」アスラが肉にかぶり付きながら言う。「私の精神は君より大人だから」


「……私は肉体の話をしているんだが、まぁいい」


 エステルはテーブルの下でマルクスの太ももをサワサワしながら言った。

 真面目な話をしながら不真面目な行為に及ぶ矛盾の塊のような女だった。

 それから4人は雑談しながら食事を進めた。

 そしてある程度、酒の回った頃。


「おっぷ……ヤバい」

「団長さん、出口はあっちです」


 サルメが酒場の入り口を指さす。特に介抱する気はない。勝手に行って勝手に吐き散らかしてこい、というスタンス。

 マルクスに至ってはエステルとイチャイチャしていて、アスラの様子に気付かなかった。

 アスラは急いで席を立ち、酒場の外へ。そして裏に回って盛大に吐き散らかす。

 飲んで吐くまでが王道ルートのようになっているアスラだが、これでも以前より遙かにマシになったのだ。

 なぜなら少量なら吐かないのだ。

 まぁ、だいたいの場合は大量に飲むからあまり意味のない話ではあるけれど。


「ああ、お客さんかな……」


 盛大に吐いたあと、アスラはローブで口元を拭いながら言った。

 アスラの周囲に、4人が集まっている。

 青髪の少女、緑髪の少年、大人の男、大人の女の4人。

 吐いている女の子を心配して集まった、という雰囲気ではない。


「ほらね? 私が暗がりで襲われるなんて日常もいいところさ。ねぇスレヴィ……」


 最後まで台詞を吐き出す前に、違うものを吐き出してしまったアスラ。


「よく気付いたね」


 少女が言った。

 青い髪の、どこにでもいるような普通の少女だった。

 年齢は17歳前後。

 アスラを囲っている4人のうちの1人だ。


「そりゃ分かるだろうスレヴィ……」


 台詞の途中で口元を拭い、小さく深呼吸するアスラ。


「さすがボクの愛しい人! 一発でボクだって気付くなんて! 話すらしていないのに!」


 青髪の少女が歓喜した風に言った。

 あれ?

 えっと?

 私はただ、スレヴィの残滓ども、と言いたかっただけなんだけどなぁ。


「ふふっ、ボクは永遠だよアスラ。ボクはボクに従属した者に、ボクが死んだらボクの人格を引き継ぐように命令していたんだよ。だからね? ボクは永遠なんだよアスラ」


「そう。ボクは永遠だよアスラ」と大人の男が言った。

「その永遠に君を招待してあげるから、一緒に行こう?」と緑髪の少年。


「酔っ払ってフラフラしている君なら、きっとボクたちにも拉致できる!」


 大人の女がアスラに飛びかかる。

 しかしアスラはフラリと身を躱す。

 アスラはフラフラする世界の中で、一気に4人の頭を吹っ飛ばした。

 血と肉と脳がそこらに飛び散り、アスラの吐いたゲロが目立たなくなる。


「……実につまらんなぁ。興が冷めた」


 普通の人間にとっては、スレヴィの残滓は脅威だろう。殺したはずの相手の人格をまとった者たちが襲って来るのだから。

 でも。

 アスラにとっては退屈だった。この程度では満足できない。襲うなら街全体で襲って欲しかった。最低でもそのぐらいの規模で攻撃して欲しかった。

 一般人4人なんて時間潰しにもならない。


「ああ、それでもスカーレットは苦しんでいるかもしれないね」ニヤッとアスラが笑う。「ちょっと慰めに行ってあげよう」


 アスラはフラフラしながらも、踊るようにクルクルと神王城を目指した。

 クルクル回ったせいで、途中で何度か吐いたが、スカーレットのことを考えると気分は良かった。


       ◇


「あんたもなの?」


 スカーレットは侍女を斬り殺した。

 うんざりする、とスカーレットは思った。

 城に戻ってからすでに3人目。スレヴィの人格をまとったスレヴィのお人形を殺した数が、3人。


「まぁた死体の処理しなきゃっすね」


 トリスタンが溜息混じりに言った。

 ここは神王城の謁見の間。すでに夜なので、本来ならスカーレットもトリスタンも自室にいる時間だ。


「お前の評判がヤバいことになりそうじゃネェか」アクセルが言う。「神王の正体は侍女を無差別に殺す殺人鬼ってヨォ」


「本当、心からうんざりだわ……」


 スカーレットは疲れた風に玉座に腰掛けた。


「ま、次から部下にする奴は身元調査とか徹底しろって話だぜ」アクセルが言う。「英雄だって東は面接するだろうがヨォ」


「ええ、そうね。あたしが軽率だったわ」


 スカーレットは右手で自分の頭に触れた。頭痛がしたような気がしたのだ。


「唯一の救いは、スレヴィより強い奴は従属してないってことっすね」


 つまり、トリスタンとアクセルは絶対に白なのだ。


「ちっ、弱者を奴隷にするようなやり方は気に入らネェぜ」アクセルが顔を歪める。「あの野郎、生きてたらぶち殴ってやるんだがヨォ」


「あんたが殴ったら原型なくなるわね」


 スカーレットが肩を竦めた。


「とりあえず、一旦、城の召使いは全部入れ替えたらどうっすか? 最悪、全員がスレヴィ化してる可能性すらあるっすから」

「そんだけじゃネェぞ? 文官連中も怪しいもんだぜ? 連中は戦闘能力低いからヨォ」


「クソ野郎め……」スカーレットが吐き捨てるように言う。「まるで災害みたいな奴ね。考えていた以上にキツいわ」


 精神が、という意味だ。

 別にスレヴィより弱い奴に襲われても、スカーレットの命に危険はない。絶対に大丈夫なのだ。いつ、どこで襲われても確実に対処可能。

 それだけの実力差がある。

 問題なのは、スカーレットの精神。

 なんせ、スカーレットは一般人を殺さなければいけないのだ。そして、アクセルの言葉通りこのままでは殺人鬼にされてしまう。

 だが、殺す以外の方法でスレヴィに従属した者を救う方法はない。

 要するに手詰まりなのだ。


「気は進まネェが、最悪は内々に処理するっきゃネェぞ? テメェの評判が落ちるのは困るからヨォ。一応、俺様はテメェの部下で、フルセンマークの統一に関しちゃ別に反対でもネェしな」


「内々って言ってもなぁ」トリスタンが苦笑い。「人数的に厳しいんじゃねーかな?」


「なぁに、10人ぐらいなら『杭打ち魔』のせいにして処理したまえよ」

「そりゃいいぜ。んで、適当な殺人鬼を『杭打ち魔』ってことにして処刑すんだな? テメェは本当、そういう悪巧みが得意だなおい」

「まぁそれでも、精々10人か20人が限界だがね」


 すでに『杭打ち魔』は多くを殺している。そのせいで社会不安に陥りかけていたのだから、杭打ち魔にスレヴィの残滓を全て殺させるのは無理がある。


「つーか、なんでいるんだよアスラ」


 トリスタンが酷く嫌そうに言った。


「柱の陰にずっといたわよね?」スカーレットが言う。「いつ出てくるのか楽しみにしてたのよね」


「ほう。バレていたか」


 アスラが頬を染める。

 いや違う、とスカーレットは思った。

 アスラの頬は最初から染まっていた。


「おかしいな、私の隠密行動は完璧だったはずなのに」


 フラッと一歩進むアスラ。

 その姿を見て、スカーレットたちはアスラが酔っていることに気付いた。


「ああ、そうそう」アスラが人差し指を立てる。「残りのスレヴィの残滓は、戦争にでも送ってしまえばいい。脱走したら脱走兵として処理すればいいし、あとは勝手に死ぬだろう?」


「だったら徴兵制の導入からね」とスカーレット。


「統一特例法みたいな感じで、一時期だけの徴兵制ってことにすれば世論の反発も少なくて済むと思うよ、たぶん」


 えへへ、とアスラが笑う。


「……あんたは襲われなかったの?」


 アスラがあまりにも幸せそうなので、スカーレットはそう聞いた。


「襲うなら莫大な規模で襲って欲しいよ。英雄全員とか」


 ヘラヘラとアスラが言った。

 ああ、とスカーレットは気付いた。

 アスラのローブに血が付着している。つまり、襲われて殺したのだ。でもアスラにとっては本当に日常だから、少しも気にしていないのだ。


「アホか」アクセルが言う。「英雄があの雑魚野郎の魔法にかかるわけネェだろうが」


「そりゃそうだね」アスラがクルクルと回る。「私はスカーレットの苦悩を見に来ただけだから、もう帰るよ」


「何よそれ。あんた性格悪すぎじゃないの?」


 スカーレットは引きつった表情で言った。


「あと、勝手に城に入ってくるんじゃねーぞボケ」トリスタンが言う。「次は殺すからな?」


「いいね!」


 アスラは嬉しそうに拳を握って親指を立てた。 

 それから鼻歌を歌いながら謁見の間をあとにした。


       ◇


「団長さんが消えました」


 あまりにもアスラの帰りが遅いので、サルメは様子を見に外に出た。

 そうすると4つの死体が転がっていて、アスラの姿はなかった。


「また拉致か?」マルクスが溜息混じりに言う。「だとしたら、団長は拉致されるのが好きだとしか思えん」


「いえ、その痕跡はありません。4人を殺して、そのままフラフラとどこかに行ったようですね」


 サルメは落ち着いた様子で席に戻った。


「そうか。では放っておこう。そのうち戻るだろう」

「それでいいのかマルっち?」

「うちの団長だぞ? 万が一はない」


 マルクスが言い切って、「なるほど」とエステルが頷いた。

 翌日合流したアスラは、「はっはっは! 昨夜は宿に戻る途中ですごく眠くなってしまってね! 近くに馬小屋があったから馬と藁をともにしたよ!」と笑っていた。

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