第9話 奥の手をいくつ持っているのやら とっても勉強になるよ


 スカーレットは気を取り直して魔王剣を構えた。

 視線の先でアクセルも体術の構えを取る。アクセルは今もずっと魔装状態だ。


「おっと、解説を忘れるところだったね」アスラが機嫌良さそうに言う。「アルの全身を覆っている鎧は魔力の鎧で、スカーレットが呼んだ悪魔みたいな天使みたいな……面倒だから魔天使って呼ぶけど、これはいわゆる魔法生命体みたいに見えるけど、生きてはいない。かのジャンヌ・オータン・ララが使用した魔法とほぼ同じ原理だね」


 本当に饒舌に喋るわね、とスカーレットは思った。

 アクセルも似たようなことを考えたようで、構えを崩して小さく肩を竦めた。けれどすぐに構え直す。


「てゆーか、さっさと始めたまえよ。みんな退屈しちゃうじゃないか」


 アスラがやれやれ、と溜息混じりに言った。


 あんたのせいでしょ!


 スカーレットは激しく突っ込みを入れたかったけれど、我慢した。

 そして代わりというわけではないが、魔天使を動かす。

 魔天使が超高速でアクセルに詰め寄り、赤い大剣を振る。

 同時にスカーレットも動く。

 アクセルは大剣の攻撃を魔装の腕でガードしたけれど、そのまま逆方向に飛んだ。

 衝撃に耐えられなかったのではない。

 もしかして、斬れるの? とスカーレットは思った。


 スカーレットは方向転換して着地したアクセルへと向かう。魔天使も続く。

 スカーレットの魔王剣での攻撃と、魔天使の赤い大剣での攻撃を、アクセルは受けずに回避。

 アクセルの魔装は斬撃にはあまり強くない可能性が浮上したが、即座に信じるほどスカーレットは純粋じゃない。

 スカーレットと魔天使の連続斬りを、アクセルが躱し続ける。

 アクセルは反撃できないが、躱すだけならずっと躱せそうな雰囲気だった。


 攻め手を替えるか、とスカーレットがアクセルから距離を取ろうとした。

 その瞬間、アクセルはスカーレットではなく魔天使に上段蹴りを打ち込んだ。

 魔天使が横に吹っ飛ばされてそのまま消滅した。

 スカーレットの魔天使は一体しか召喚できない代わりに、非常に強力だ。攻撃力だけでなく、防御力も高い。

 それが一撃で消滅するほどの威力で打ち込まれたのだ。


 連携が崩れる一瞬を狙われたっ!


 スカーレットは飛び退いて魔王剣を構える。


「すごい攻防だね!」アスラが言う。「人類の頂点と呼ぶに相応しい!」


 アクセルは人類じゃないでしょ!


 スカーレットはまた突っ込みたくなったが耐えた。


「ふぅ」


 アクセルが魔装を解除。疲労の色が濃い。

 見るからに魔装の魔力効率は悪そうだ。最悪、覇王降臨より消費が激しい可能性もある。

 いくらアクセルが魔物となり、膨大な魔力を持っていても、長時間維持するのは困難。


「躱すなら魔装いらなかったんじゃないの?」

「バカ言うな。アレは攻撃力も同時に上げてんだよ」


 なるほど、とスカーレットは納得した。

 アクセルの魔装は全身を覆っている。足の先も、手の先も。

 素手で殴るよりも、魔装を施した拳で殴った方が威力が上がる。単純に、素人が素手で殴るよりもナックルダスターを装備して殴った方が強いのと同じ原理。

 だからこそ、魔天使を一撃で消せたのだ。

 アクセル的には、強い一撃のために魔装を消すわけにはいかなかった、というわけ。


「本当はさっきのでテメェをやりたかったんだが、まぁ位置的にな」


 十全の威力で蹴るには、相手と自分の位置関係も大切な要素となる。

 蹴られたのがあたしじゃなくて良かった、とスカーレットは思った。

 クリーンヒットならスカーレットもたぶんダウンしている。そういう威力だった。


「思った以上に強くなったのね」


 スカーレットが突然、拍手を始めた。


「おいおい、俺様は終わりだとは言ってネェぞ?」アクセルが怒った風に言う。「まだやるんだよ。当然だろうが。魔装だってまだ使えるんだぜ?」


 短い時間なら、という言葉をアクセルは飲み込んだ。

 でも言われなくてもスカーレットには分かっていた。


「だったら、魔装した方がいいわよ?」ニコッとスカーレットが笑った。「そうねぇ、短期間ですごく成長したから、ご褒美に半分の力で戦ってあげるわね?」


「あん? テメェ、そんな挑発に乗るかよ俺様が」


 アクセルはその場で息を吐き、そしてドッシリと構えた。


「支援魔法、【天罰の代行】」


 スカーレットが自分自身に魔法をかける。

 直後、スカーレットに翼が生えた。右が黒で左が白の翼。それぞれ一枚ずつ。

 そしてさっきの魔天使のような、幾何学的な模様が顔に浮かび、覇王降臨のような衝撃波が生まれる。

 衝撃波の威力自体は大したことはないが、観客は悲鳴を上げて防御体勢を取った。


「マジかよ……」


 アクセルは苦笑いした。

 今のスカーレットから溢れ出る恐ろしいまでの威圧感は、英雄だった頃に戦った魔王たちに匹敵する。


       ◇


「半分の力ってのだけは、嘘であって欲しいぜ……」


 ははっ、と笑ってアクセルが魔装を使用。


「どうかしらね?」


 スカーレットは一瞬でアクセルの目の前に移動。

 同時に魔王剣を横に振った。

 魔力を通すわけでもなく、割と無造作に振った。

 アクセルは左腕でガード。

 しかし魔王剣はガードしたアクセルごと弾き飛ばし、アクセルを客席との境の壁に叩きつけた。


「ほら、やっぱり斬れないじゃないの」スカーレットが言う。「躱してたのはフェイクね? まぁ、残念ながらそのフェイクが生きることはないけれど」


「テメェ、冗談キツいぜ」


 立ち上がったアクセルの左腕は、魔装が砕けていた。

 魔装だけでなく、骨まで完全にイカレている。

 これはアクセル本人も知らないことだが、アクセルの魔装の防御力は対魔力攻撃に特化している。

 もちろん、だからと言って物理攻撃への防御力が低いわけでもない。そちらも十分に高い防御力を誇っている。


 ただ、それよりも魔法を含む対魔力攻撃への防御力の方がずっと高いという意味。

 それは無意識に、アクセルが魔法を恐れているから。

 かつての忌まわしい記憶が、アクセルがスキルを獲得した際に影響を及ぼしたのだ。

 即ち。

 当時まだ、ほとんど無名だったアスラ・リョナに腕を消し飛ばされた記憶。


「強っ!」


 アスラが思わず、と言った具合で言った。


「いや、それでこその天聖神王! それでこその侵略者!」すぐに盛り上げ始めるアスラ。「フルセンマークの王に相応しいと思わないかい!?」


 アスラの問いに、観客の半数近くが歓声を上げた。

 まぁ、純粋に国民の半分がスカーレットを支持しているわけではない。単純に娯楽として、試合として、面白いから歓声が出ている。

 とはいえ、スカーレットが王になるかどうかなんて、アクセルには関係ない。

 どっちが強いか。どっちが上なのか。最後に立ってるのはどっちなのか。

 アクセルの興味はそっちだ。


「オラ行くぜスカーレット!」アクセルが吠える。「これで最後だぁぁぁ!」


 アクセルが加速。左腕はもう使えない。そして魔装も長く保たない。本当にこれで最後なのだ。

 全身全霊、死んでも良い。そういう気迫がスカーレットにも伝わった。

 スカーレットはその場に留まり、アクセルは真っ直ぐスカーレットに向かった。

 そして拳を振り上げる。

 渾身。渾身の一撃。死んでも当てる。斬られても当てる。首を飛ばされても当てる。


「魔王剣、『絶界ぜつかい』」


 スカーレットが言うと、スカーレットの周囲に薄い半透明の黒い膜が生まれた。


「打ち砕く!!」


 だがアクセルは止まらない。

 その膜ごとスカーレットを打ち抜くのだ。たとえそれが鋼鉄の壁でも関係ない。ただただ、押し潰す。

 最後なのだ。最後の攻撃なのだ。躊躇は必要ない。

 そして。

 アクセルの拳が膜を打つ。

 凄まじい衝撃波が生まれ、アクセルの拳の魔装が砕け、同時に膜にもヒビが入った。


「チクショウ、テメェ、どんだけの裏技持ってやがんだ……」

「さぁ?」


 スカーレットが膜を消し、魔王剣を一振り。

 それはアクセルの肩口に命中。

 肩の魔装も砕け散り、アクセルが膝を突く。

 スカーレットは追撃しなかった。部下としてまだ使う予定なので、殺すことを避けたのだ。


「魔王剣にそんな機能があるとはね。勉強になる」アスラが言う。「私ももっと魔王剣と対話しなきゃね……じゃなくて! どうやら決着か! 危うく実況を忘れるところだったよ!」


「どうなのアクセル? まだやる?」


 スカーレットはアクセルにしか聞こえない、小さな声で言った。


「いや、俺様の負けだ……」


 アクセルはその場にゴロンと転がった。

 青い空が視界いっぱいに広がって。

 頂上ってのは、遠いもんだなぁ、とアクセルはしみじみ思った。

 まあ、それでも目指す。

 そこに到達することだけが、唯一の望み。

 それに。

 あの膜にヒビを入れることはできたのだ。きっと次に戦う時には砕いて貫いてスカーレットを殴れるはずだ、とアクセルは割と前向きに考えていた。


「本当に決着のようだね!」アスラが言う。「勝者は天聖神王スカーレット! 戦闘指南役のアルも頑張ったぞ! いや、普通にアルより強い奴ってスカーレット以外にいるかね!? 私は思い付かないなぁ!」


 言ってから、アスラが大きな拍手を送った。

 アスラに触発されて、観客たちも拍手。

 アクセルはその音を聞きながら、何をどう鍛えたら、自分が更に強くなるかを考えていた。


「実況と解説は私、アスラ・リョナでした! 傭兵国家《月花》のアスラ・リョナ! どんな依頼でも請けるし、以来達成率は100%! 安心と信頼の傭兵国家! いつでもみんなの依頼を待ってるよ!」


「ちゃっかり自分たちの宣伝してんじゃないわよ!?」


 スカーレットが激しく突っ込みを入れたのがおかしくて、アクセルが笑った。


「さてそれじゃあ、私は自分の席に戻って、ジュースを飲んだら帰るよ! またね!」


 アスラは愛嬌よく元気に言って、修練場に花びらの雨を降らせる。

 その時に魔法陣が浮かんだので、観客が少し怯えた。また月が降るかと思ったのだ。

 しかし降ったのはピンクの綺麗な花びらだった。

 再びの美しく幻想的な光景に、観客が感嘆の声を漏らす。

 アクセルは立ち上がり、花びらを避けた。それは爆発を恐れてのこと。今は魔装もないので、触れたくないのだ。

 ちなみに、アスラは最初と同じようにいくつかの花びらを滞空させて、それを足場にして軽やかに空中を移動した。


「あいつの魔法、どうなってんだ?」

「神域属性を得たらしいわよ」


 アクセルの問いに、スカーレットが答えた。

 それから、スカーレットが自分にかけた【天罰の代行】を解除。


「そりゃすげぇ」アクセルは呆れ半分で言った。「あいつもまた、実は最強を目指してんのか?」


 アクセルの目指す方向とは少し違うだろうけど。


「違うんじゃない? ただ目立ちたいだけでしょ、あいつの場合」スカーレットはやれやれと小さく首を振った。「まぁでも、魔法陣が浮かぶって、どういうことかしら? あたし、神域属性を得て長いけど、一度も魔法陣なんて浮かんだことないわ」


「そういう魔法なんだろ? 演出も含めて、アスラの魔法なんだろうぜ」

「目立ちたがりだし、有り得るわね」


 スカーレットは魔王剣を異空間に仕舞って、小さく伸びをした。


「さて、それじゃあ次の侵略の準備をしましょう。軍の偉い奴らと、文官らと、集めて会議よ」

「おいおい、今からかよ?」

「まさか。明日でいいわ。それに侵略もメロディが戻ってからだし、まだ先ね。攻める順番を決めて、そのための策を練って、準備して、早くても秋の中旬ね」

「そうかよ。俺様は今まで通り、戦闘指南でいいのか?」

「とりあえずはね。戦争が始まったら戦場にも出てもらうわ。今度は一気にフルセンマークの半分近くを盗るつもりだから」


 フルセンマークを統一し、人間たちを管理統制する。

 スカーレットの考えに変更はない。信じた部下に裏切られようが、アクセルと戦おうが、アスラと愛し合おうが、変更はないのだ。

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