第7話 ゴミを処理しただけ って、なんであんたが1番目立ってんのよ


 民家の2階で、スカーレットはベッドに腰掛けて座っていた。

 床には2本の剣が突き刺さっている。

 マルクスがスレヴィを乱暴に床に落とした。


「はぁいスレヴィ。調子はどう?」


 スカーレットの声は酷く冷えていた。

 スレヴィは何か言おうとしてやめた。そして薄く笑う。


「まったく、こんなところにあたしを呼び出して」スカーレットはアスラを見た。「最初は連行するって言ったくせに」


「運ぶの面倒だなって」アスラが肩を竦める。「でも君、ここで待ってただけだろう? いいじゃないか別に」


「まぁそうね」


 スカーレットは立ち上がり、剣を1本抜いた。


「知ってるかいスカーレット、こいつ」アスラがスレヴィに視線をやった。「自分でこの家を選んで入ったんだよ?」


 正確には、アスラたちが誘導したのだけど。


「あら? あたしに会いたかったのね?」


 スカーレットがクルクルと剣を手の中で弄ぶ。

 何か言おうとしたスレヴィを、スカーレットが蹴っ飛ばす。

 スレヴィの歯が飛ぶほどの威力だった。


「このクソガキが。顔を上げなさい」


 スレヴィは口の中の血を吐き出してから、顔を上げてスカーレットを見た。


「なんで笑ってんのよ気色悪い」

「だって、君たちの今後を思うと嬉しくて」


 スレヴィがニチャァっと笑った。


「今後? あんたには関係ないわ。だってあんたは、ここで死ぬもの」

「ああ、でもボクが死んだら君たちは今後、未来永劫、狙われ続けるけどね?」


 スレヴィが言うと、スカーレットは溜息を吐いた。


「ボクが死んでもボクとの【従属契約】は切れない。ボクが付与した命令も破棄されない。ははっ! 君たちはどこの誰かも分からない奴に、毎日狙われることになる!」

「あんたは、どれだけの人を従属させたわけ?」


「イーティスに来てから今日まで、時間はたっぷりあったからね! 数えちゃいないけど、1000人は超えているよ!」


「いや嘘だね」とアスラ。


「嘘なもんか! 君たちに安息はない! ボクの影が君たちに永遠にまとわりつくんだよ! 暗がりで! 風呂場で! 食堂で! 道で! 部屋で! ベッドの上で! ははっ! ボクの残滓が君たちを苦しめ続ける! なんて素敵なんだろう! 目指した終わりじゃないけど、ボクはこれでも満足だよ!」


 スレヴィは嬉しそうに笑っていた。


「ボクは君たちの中で永遠になるんだよ! ずっと残るんだよ! 君たちがボクを忘れないように! 定期的に君たちを襲うから!」


「君、ちょっと勘違いをしているよ?」アスラが言う。「第一に、私が嘘だと言ったのは君が数えていないと言った点に関してだよ。君はちゃんと数えてるし、人数は本当に全部合わせたら1000人を超えるのだろうね」


「でも、だからどうした、って話ですよね」とサルメ。


「第二に」なぜかマルクスが言う。「団長とスカーレットを狙うには、その数はあまりにも少なすぎる」


 マルクスに台詞を取られたアスラは、「え?」って顔をしたが、すぐに小さく咳払い。


「第三に」気を取り直してアスラが言う。「君の残滓なんて私にとっちゃ日常の一コマさ。全然足りないよ。少しも足りない! 暗がりで襲う? 当たり前だろう! 風呂場? 食堂? 道? 部屋? ベッド? どれもこれも平凡過ぎる!! つまらない! なんて退屈な奴なんだ君は! 所詮、君は私を狙う不特定多数の1人に過ぎない! すぐに忘れるよ君のことなんか!」


 アスラの言葉に、スレヴィは少し驚いて、それから悔しそうに唇を噛んだ。


「まぁ、概ね同意だわね」


 スカーレットはスレヴィの首を刎ねた。

 ゴロリ、とスレヴィの頭が床を転がる。


「ふむ。アッサリだね」とアスラ。


「こんなゴミに時間をかけたくない、ってだけよ」


 スカーレットが手に持った剣を振って、血を払ってから背中の鞘に収める。


「でも顔は潰しておいた方がいいと思うよ」とアスラ。


「そうね。あたしの側近だものね」スカーレットは溜息を吐いた。「『杭打ち魔』が死んだことも公開できないわね」


 その正体がスカーレットの側近だったから。悪意ある者は、スカーレットが『杭打ち魔』を飼っていたと触れ回る。

 まぁ事実だが。正体を知らなかったというだけで。

 それでもスカーレット政権が被る打撃は大きい。やっと内政が安定してきたのだ。次の戦争までなるべく問題を起こしたくない、とスカーレットは思っていた。

 同時に、前の世界なら逆らう奴は皆殺しにしてたから楽だったわねぇ、と思った。


「可哀想な君に、サービスしてあげよう」


 アスラは指をパチンと弾き、スレヴィの頭を吹っ飛ばした。

 肉片が飛び散ったけれど、スカーレットは床の剣を抜いて上手に肉片をガードした。

 アスラ、マルクス、サルメの3人は身体に付着した肉片や血液に一切の反応を示さなかった。


「ありがと。てかなんで避けないわけ?」


 スカーレットは剣を振って汚れを落としてから鞘に収めた。


「別に? あとで洗えばいいからね」とアスラ。


「ああそう……。まぁいいわ。本当にありがと。じゃあ、試合楽しんでね」


 スカーレットは帰ろうとしたけれど、立ち止まる。

 1つ疑問に思ったことがあるからだ。


「ああ、そうだね。とっても楽しみだよ」とアスラ。


「あんたに送った招待状、ペアチケットだったでしょ? なんで3人いるのよ」


 スカーレットは疑問を投げかけた。


「自分はエステルを送ったついでに、団長たちが帰る日まで滞在しようと思っただけだが?」


 マルクスが淡々と言った。


「ペアの相手は私が! この私が! 勝ち取りました!」


 えっへん、とばかりにサルメが胸を張る。

 実際、誰がアスラと一緒に試合を観戦するのかで相当揉めた。

 単純に世紀の対決を見たいという意見もあった。ただアスラの側にいたいだけのレコやサルメ、グレーテルもいた。


「実に熱い闘いでしたね……」


 遠くを見ながらサルメが言った。

 しかしスカーレットはサルメをスルーしてマルクスを見詰める。


「エステルのこと、愛してるの?」


「ああ」とマルクスが力強く頷いた。


「だったら、あたしの部下になりなさい」

「断る」


 マルクスは即答した。


「無駄だよスカーレット」アスラが言う。「私の仲間だよ? マトモな人間だと勘違いするな」


「自分は比較的、団内ではマトモな部類だと思いますがね……」


 マルクスが苦笑いを浮かべた。


「そうかい? だったらイーティスと本格的な戦争になる前に、エステルと逃げてもいいよ?」


「何故です?」マルクスが少しだけ首を傾げた。「何から逃げると? まったく理解ができませんな。楽しいイベントに、自分だけ参加するなと?」


 愛する相手と殺し合う、という経験は貴重だ。普通に生きていればまず遭遇しないシチュエーション。


「もういいわ」スカーレットが小さく首を振った。「戦闘狂どもめ」


 そしてスカーレットは普通に部屋を出て、階段を下りた。


「さぁ、私らも行こうか」


 アスラが歩き始める。


「そうですね」サルメが言う。「久しぶりにアクセルさんの顔も見たいですしね。初めて会った日に、団長さんを半殺しにした衝撃、今も忘れられません」


 サルメとマルクスがアスラに続く。


「実に懐かしいね」

「あの頃の自分たちは、まだ英雄を恐れていましたなぁ」


 マルクスは昔を懐かしむように目を細めた。


「今はどうだい?」

「少しも怖くありませんな。好きな時に、好きな場所で、好きな方法で殺せる相手です」


「英雄になって日が浅い、経験値の低い相手なら」サルメが言う。「私やレコでも殺せるかと」


 真っ直ぐ戦う必要などない。傭兵らしくやればいい。

 すでにイーナは英雄を毒で殺したのだから。


「その通りだよ君たち。人間なら全部殺せる。私らに殺せない人間なんていない。人知を超えていない限り」


       ◇


 アスラとサルメはVIP席に座っていた。

 ちなみに、ちゃんと2人とも別のローブに着替えている。

 ここはイーティス神王城の近くにある神聖十字連の屋外修練場。

 元が修練場なので、アクセルの国の闘技場ほど広くはない。だが建設当初から客席が設けられている。時々、神聖十字連の武力を展示するためだ。

 観客は全部で6000人ほど。VIP席は段々になっている客席の1番上。


「この取って付けた感じがたまらんね」


 アスラは1人がけのソファに座って言った。


「そうですね。VIP用に無理やり座り心地のいい椅子を用意した感、半端ないです」


 サルメはアスラの右隣に座っている。

 アスラのソファとサルメのソファはピタリとくっ付いている。最初からそうだったわけじゃない。ペアチケットだから主催者側が2つセットで用意したのだ。

 アスラのソファの左側、サルメのソファの右側に、それぞれサイドテーブルが置いてある。


 サイドテーブルの上には、おつまみとジュース。

 天蓋など、日光を遮る物が何もないので、少し暑い。

 神聖十字連所属の魔法使いが時々、風を起こしているが焼け石に水である。

 と、修練場にアクセルが現れた。

 小さな歓声が上がる。アクセルに戦闘指導を受けた者たちの声だ。


「ほう。実に若いね。髪の色、黒だったんだね」

「前は真っ白でしたもんね」


 今のアクセルの見た目は25歳前後の青年で、髪の毛は短く切り揃えている。髪型だけは以前と同じだ。

 当然だが、以前より肉体に張りがある。筋骨隆々で、もう見ただけで強いと分かる。


「メロディは母親似なんだろうね」

「ですね。今のアクセルさんって、若返った上に最上位の魔物ですよね?」

「そう。人知を超えた存在」

「毒とか効くんでしょうか? 試したいですね」

「どうだろうね。ただ、元がアクセルだからねぇ。相当強いはずだよ」

「スカーレットってめちゃくちゃ強いですけど、人間ですよね? 勝てるんでしょうか?」

「1度は勝ったらしいけど、さぁ今回はどうかな」


 勝敗がどうなるのか、アスラにも分からない。

 そもそも今のアクセルの戦闘能力が分からないのだから、予測のしようがない。

 ただ、スカーレットが勝ってくれないと色々と困るというだけ。

 戦争を楽しみにしているのだ。スカーレット率いるイーティスの侵略戦争を楽しみにしているのだ。


 こんなところで、私に関係ないところで、終わってくれるなよ。


 修練場のアクセルが、ストレッチを開始。

 少ししてから、スカーレットが修練場に姿を現した。

 2人ともバリバリの戦闘服姿で、スカーレットは抜き身の剣を2本持っている。


「二刀流ですか?」とサルメ。


「どうかな? 1本は予備かも」


 アスラが言ったと同時に、スカーレットは剣を1本地面に刺した。


「あー、えー、それじゃあ、選手の紹介っす」


 トリスタンが鉄製音響メガホンを通して言った。ちなみに、客席の中段辺りに設けられた解説席に座っている。

 スカーレットにこのイベントの進行役を任されているのだ。

 本当はスレヴィの役目だったが、彼は死んでしまったので役目を果たせない。

 つまり、トリスタンはいきなり進行役を押しつけられたのだ。


「見てられないなぁ」アスラが苦笑い。「私が代わってあげよう」


 アスラは立ち上がり、客席に花びらを降らせた。その時に大きな魔法陣が宙に浮いた。

 観客たちが感嘆の声を上げて、美しいピンクの花びらに目を奪われた。

 アスラはいくつかの花びらを滞空させ、その花びらを足場にしながら空中を軽やかに移動し、トリスタンの前へ。

 観客たちはその不思議な光景に再び感嘆の声を上げた。


「なんて派手なことを……」


 スカーレットが呆れた風に呟いたが、距離があるのでアスラには聞こえていない。


「相変わらずって感じだな」


 アクセルも同じく呆れ顔で言った。


「どけ」とアスラ。


「あん? なんでお前に命令されなきゃいけねぇんだよ、ここで殺すぞ?」


 トリスタンはアスラを睨み付けた。


「私の方が解説が上手い。だから代われ」

「俺はなぁ、お前が大嫌いなんだよ。クソアマが。死ね。何かに巻き込まれて死ね」


 悪態を吐きながらも、トリスタンは解説席から離れた。実は進行役をやりたくないのだ。


「君の手で殺さなくていいのかい?」

「うるせぇ。お前が死ぬなら何でもいいんだよクソが」


 言ってから、トリスタンは空いている席を探してキョロキョロし始めた。


「さぁみんな! まずは私の自己紹介から!」


 アスラはノリノリで鉄製音響メガホンに向かって言った。


「私はアスラ・リョナ。傭兵国家《月花》の初代皇帝だよ。愛称は銀色の魔王。よーろしーくねー!」


 アスラは愛嬌たっぷりに言った。

 観客たちはアスラの正体に酷く驚いた風だった。


「さてさて! 本日のイベントは世紀の決戦! 天聖神王スカーレットと……」


 アスラはそこで言葉を切った。

 アクセルの正体について、語っていいのか微妙だったからだ。


「アルだ、アル」察したトリスタンが言う。「イーティスの戦闘指南役」


「戦闘指南役のアル! 彼のことはよく知らないけれど、見た感じ強そうだね!」


 アスラが言うと、アクセルが体術の型を披露。

 観客が沸く。

 型だけで、アクセルが達人だと誰でも理解できた。それだけ迫力があって、美しい型だった。

 スカーレットがアスラの方を見て、自分の顔を指さす。もっとあたしも紹介しろ、という意味だ。

 アスラは小さく頷く。


「スカーレットはみなさんご存じの侵略者! 目標はフルセンマーク統一! 剣と魔法と体術を使うぞ!」


 アスラが言って、スカーレットは剣舞を披露。再び観客が沸いた。


「2人ともやる気は十分みたいだね!」アスラが嬉しそうに言う。「だったら、さっさと始めよう! ルールは特にない! どっちかが戦闘不能になるか、両方が納得するまでやればいい! ほら試合開始!」


 

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