第6話 私の上位互換は存在しない 私が最上位なのだから


 アスラとスカーレットは部屋の中で防戦していた。

 侍女と侍従がワラワラと武器を持って寄ってくる。半数はまだ寝間着だった。それを順番に叩いているのだが、彼らは気絶すらしないのだ。

 殺すしかないな、とアスラは思った。

 でもスカーレットに部下を殺す決断ができていない。

 アスラは悩むスカーレットをチラチラと見ていた。


 ああ、なんて素敵な表情をしているんだろう!


 裏切られた衝撃、何の罪もない部下たちとの戦闘。それらはスカーレットの心を蝕んだ。すでに闇に落ちている彼女を、もっと深い闇に突き落とそうとしていた。


「おいスカーレット。スレヴィの魔法は何だい?」


 この侍女や侍従たちが操られているのは理解できる。更にダメージの転嫁までスレヴィはやってみせた。

 あまりにも強力すぎるのだ。


「神域属性・従属」スカーレットは苦々しい表情で言う。「許可なく使うなって言ったのに……」


 そんなの、サイコパスが守るわけないじゃないか、とアスラは思った。

 私だってコッソリ奥の手を仕込んでおくさ。実際、すでにそうした。


「自分より弱い人間を、好きに操れるのよ……」スカーレットが言う。「くそっ! さっきのダメージ転嫁は知らないわ! あたしには内緒にしてやがった!」


 そりゃそうだ、とアスラは思った。

 自分の手の内を全部明かすはずがない。だって、スレヴィは味方じゃないのだから。

 まぁ、スカーレットが間抜けだったというよりは、スレヴィの演技が上手だったのだろう、とアスラは思った。


「今大事なのは」アスラが言う。「この操られた連中を救う方法だよ」


 アスラが問うと、スカーレットはしばらく沈黙していた。

 アスラもスカーレットもずっと戦っている。相手を殺さない程度に、だけれど。


「……ないわ」


 やっと、捻り出すように、スカーレットが言った。


「そうか」


 アスラは指をパチンと鳴らした。

 同時に、操られた全員の頭が爆発した。

 アスラはすでに仕込んでいた。戦闘中に、のんびりと全員の頭に花びらを仕込んだ。いつでも殺せるように。

 血と肉と脳漿が撒き散らされて、スカーレットの寝室は地獄絵図へと姿を変えた。


「何すんのよ!!」


 スカーレットはアスラの首を両手で締め上げ、アスラを壁に叩きつけた。

 アスラは首を絞められながら、スカーレットの顔を見ていた。ああ、可哀想に。前の世界で辛い目に遭って、この世界でも辛い目に遭う。


 なんて可哀想なスカーレット!


 でもその絶望している姿が美しい。


「スレヴィとおんなじ顔して笑うのね」


 スカーレットはアスラを解放し、床にペッタンコ座りした。


「私が何をしたかと言うと、君の代わりに彼らを楽にしてやったんだよ」アスラが淡々と言う。「スレヴィはサイコパスだから、絶対に彼らを解放しない。つまりね、私は彼らが救われないと知ってた。でも君の部下だし、万が一ってこともある。だから救う方法がないか君に確認を取ってから、楽にしてあげたんだよ。優しさだけど伝わるかな?」


「分かってるわ……」スカーレットが泣きそうな声で言う。「本当はあたしが、やらなきゃ……ダメだったの」


「でも、できなかった?」

「だって……ペネロープはいつも給仕をしてくれたし、ダニエルはいつも笑顔で挨拶してくれたし、ミレーヌはシーツを替えてくれていたの」


 スカーレットはさっきアスラが殺した者たち全員の名前を覚えていた。

 それはアスラにとって、少し意外だった。身内に甘いのはなんとなく分かっていたけれど、召使いのことまで気に掛けているとは思ってなかった。

 どれだけ闇に落とされても、スカーレットはアイリスなんだなぁ、とアスラは思った。

 アイリスも自分の家のメイドたちや領民と仲が良かった。


 だからこそ、スカーレットは人類を滅ぼすという選択ができなかったのだ。

 滅ぼした方が明らかに速いのに、わざわざ統一して管理しようとした。

 アスラはふと、ジャンヌのことを思い出した。

 ジャンヌはルミアとティナ以外の全てをくびり殺しに動いた。自分自身でさえも。

 どっちがいい、という話ではなく、本当にただ思い出しただけ。


「スレヴィが憎いかい?」

「ええ。殺してやりたいわ」

「よろしい。連れて来てあげよう」


 アスラが言うと、スカーレットはビックリした風に目を丸くした。


「私は彼とは違うよ? 最初から裏切っている。君とは敵対している。でも同時に君が好きだよ。そして君も私が好き」


 ああ、スカーレット、覚悟をしておいて。

 私と殺し合う時は、きっともっと心が痛むから。


「アクセルと戦う前までに、連行できるかしら?」とスカーレット。


「昼飯までには連れて来るよ」


 言ってから、アスラはローブを脱いで全裸に。


「なんで脱いだの?」

「服を着るからだよ? もう1回したいなら、おねだりしてくれなきゃ」


 アスラが楽しそうに言って、スカーレットは溜息を吐いた。


「あたしは部屋の片付けを、生き残ってる召使いたちにお願いするわ」

「兵士か神聖十字連にしておけ。召使いには刺激が強いからねぇ」


 数多に折り重なった首ナシの死体たち。

 無造作に飛び散った肉片の数々。


「そうね」


 スカーレットは再び大きな溜息を吐いた。

 アスラは服を着て、改めてローブを羽織る。


「じゃあスカーレット、とっても楽しかったよ。あとでね」


 アスラは笑顔で手をフリフリしてから、スカーレットの寝室をあとにした。


       ◇


「スーレヴィー!」


 廃屋にアスラの声が響き渡る。

 スレヴィは即座に窓から飛び出して走って逃げる。


 どうして?

 どうしてボクの居場所が分かるんだ?


 スレヴィはすでに30分以上、アスラに追い回されている。

 道の先にアスラの仲間の大きな男が剣を構えて立っていた。

 スレヴィは即座に方向を転換し、全速力で走る。

 とにかく夢中で走って、巨大な倉庫に入り込んだ。そこで色々な道具たちの裏に隠れつつ、逃げ出すための窓の位置などを確認。


 呼吸を整えて、体力の回復を待つ。魔力はほとんど使い切ってしまった。あと1回ずつ、【従属契約】と【命令付与】を使える程度しか残っていない。

 アスラは一切の容赦なく、スレヴィが従属させた人間を殺した。清々しいほど何の感情もなく罪もない人を殺した。


 さすが僕の同類。


 こんな状況なのに嬉しくなってしまう。

 アスラはもう分かっているのだ。殺す以外の方法で、スレヴィに操られた人物を救う術がないことを。

 スレヴィが死んでも魔法は残るし、命令は遂行される。

 そういう極悪な魔法なのだ。


「わーたしーだよー?」


 アスラの楽しそうな声が倉庫に響く。

 スレヴィは即座に窓に飛び込んで、ガラスを突き破って外へ。地面を何度か転がって走り出す。

 走って走ってまた大きな男がいて方向を変える。


 ああ、クソ、人のいない方に追いやられてる。


 スレヴィは街から外れつつあった。

 イーティスの神王都は城壁で囲まれているわけじゃないので、どこからでも抜け出せる。

 とはいえ、街の周囲は草原であり平地。草むらにダイブして身を隠すことが、果たして正解だろうか?


 そんなことを考えていると、茶髪の少女が前から歩いて来た。特に何の変哲もない普通の少女だ。服装が少し貧乏くさいぐらいで、特徴はない。

 スレヴィは少女のすぐ前で立ち止まる。

 少女がビックリした風に目を丸くした。

 スレヴィは最後の【従属契約】を少女に使った。


「【命令付与】僕を守れ」


 そしてスレヴィは近くの民家に侵入。裏口の戸を蹴破ったのだ。

 少女もスレヴィに続いた。

 民家は留守のようで、誰もいなかった。

 スレヴィはホッと息を吐いた。まぁ、別に誰かいても殺せばいいので、どっちでも良かったのだけれど。

 スレヴィは台所に向かって、とりあえずお茶を淹れることにした。喉が渇いたのだ。

 少女は淡々とした様子でスレヴィに付いて来た。

 守るように命令しているので、少女が側を離れることはない。


「少し休まないと、もう魔力がない……」


 スレヴィは椅子に座ってお茶を飲み、天井を仰いだ。


「こーんにーちはー! あーそーびーまーしょ!」


 玄関をダンダンと叩きながらアスラが言った。


「なんでだよっ! なんで居場所がわかるんだよ!」


 スレヴィはまた窓を割って外に出ようと思ったのだけど、窓の向こうに人影があった。


「マジかー、これまでかー」


 スレヴィは台所にあったナイフを装備して、小さく深呼吸。


「君はとっても賢くて、戦闘能力も高くて、その上、神域属性の魔法を使えるんだろう?」


 いつの間にか台所の入り口に立っていたアスラが言った。

 スレヴィは酷く驚いた。全く気配を感じなかった。玄関を開けた音すら聞こえなかった。

 ここまで実力差があるなんて……。


「でもステルスマジックは知らないだろう?」


 アスラが指を弾くと、スレヴィの右足が吹っ飛んだ。

 あまりの痛みに、スレヴィは悲鳴を上げて床をのたうち回った。

 装備したナイフも取り落としてしまう。


「君の身体にはたくさんの花びらが埋め込まれているんだよ」アスラがニヤニヤと言った。「君を蹴った時、念のために仕込んでおいたんだよね」


「ボクの足がぁぁぁ! ボクの足が! ボクの足!」


 アスラはいつでもスレヴィを捕まえることが可能だったのだ。

 それでもあえて、追いかけて遊んだに過ぎない。


「ちなみに、君の居場所が分かった理由は単純だよ。私は私の魔力を追いかけたに過ぎない。君に埋め込まれた花びらは私の魔力だからねぇ」


 アスラが再び指を弾くと、スレヴィの左足も消し飛んだ。

 スレヴィは断末魔のような悲鳴を上げた。


       ◇


「【氷治療】」


 マルクスが魔法を使い、スレヴィの足を凍らせた。

 ちなみに、この氷は回復魔法である。水属性だった頃の回復魔法【絆創膏】の上位互換だ。


「なんでボクを守らないんだ……」


 スレヴィは泣きじゃくりながらサルメを見た。


「なんで私が?」サルメが肩を竦める。「魔法にかかった風を装って監視していただけですし」


「サルメが君より弱いわけないだろう?」


 アスラが肩を竦める。


「アスラ……助けて……ボクたちは同類だろう?」


 スレヴィは泣きながらアスラを見た。


「必死に逃げる君は滑稽だったよ。私はいつでも、君の足を奪えたんだからね」


「それにしても」サルメが言う。「『杭打ち魔』は若いと思っていましたけど、こんなに若いとは……」


「助けてアスラ、ボクは君を想いながら杭を打ってたんだよ……」


 スレヴィが言うと、アスラは酷く嫌そうな表情を浮かべた。


「もう喋るな君は」


 アスラがハンドサインを出す。

 マルクスがスレヴィを押さえつけ、サルメがスレヴィの顔を殴った。


「命乞いをする資格があると思ってるんですか?」サルメが冷酷に言う。「どれだけ残酷な殺しをしてきたか、忘れたわけじゃないでしょう?」


「そいつに罪の意識なんかないよ」


 アスラはロープでスレヴィの両手を後ろ手に拘束した。

 斬り落としても良かったけれど、スカーレットの分を残してあげないとね。


「ああ、そうだ。君は私を同類と呼んだし、まぁ私もそうだと思っているけど、1つハッキリさせよう」アスラが邪悪に笑う。「君なんてサイコパスってだけで、私の下位互換に過ぎないんだからね?」


 マルクスがスレヴィを肩に担ぐ。


「行こう。スカーレットが待ってる」

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