第5話 イーティスのケダモノ 彼の名前は『杭打ち魔』


 スレヴィは目の前のアスラを見て興奮していた。

 手を伸ばせば触れられる距離に、アスラがいる。しかも全裸にローブを羽織っただけの姿で。

 謁見の間でアスラを見た時から、スレヴィは興奮しっぱなしだった。久々に見たアスラは美しく、そして恐ろしいほど冷たい瞳をしていた。

 山小屋で初めて会った時から、どうしょうもなく気になっていた同類。


「なんだい? 見られて興奮したのかな?」


 蔑むような表情でアスラが言った。

 アスラの視線はスレヴィの剥き出しのイチモツに向いている。


 興奮しないはずがないっ!


 スレヴィは今すぐにでもアスラを引き倒したい衝動に駆られる。

 引き倒し、犯し尽くし、顔が変形するまで殴って、それから杭を打って殺したい。ズタボロにして殺したい。血塗れにして殺したい。

 欲望が止め処なく溢れて、スレヴィは自制するのに必死だった。


 この状況でアスラに勝てるとは思っていない。最悪勝てたとしても、スカーレットもいるのだ。

 欲望を抑え込む以外に、自分が生き残る道はない。

 他人を殺すのは大好きだが、自分が殺されるのは嫌いなのだ。

 でも、とスレヴィは思う。状況さえ整えば、アスラを拘束できるかもしれない。


「なんとか言いたまえ」


 アスラがスレヴィの横顔を蹴り飛ばす。

 スレヴィは地面に倒れながら絶頂した。アスラに素足で蹴られて、アスラの肌がスレヴィの頬に当たったせいで、どうしようもなかった。


「嘘だろう?」アスラが顔を歪める。「気持ち悪いなぁ君」


「……さすがのあたしも、ちょっと引くわね」


 スカーレットは布団で肌を隠し、ベッドの上に座っている。

 スレヴィはあまりの気持ち良さにもう死んでもいいのではないか、とさえ思ってしまった。

 けれどすぐに心の中で首を横に振る。

 肌が一瞬触れただけでこれなら、犯したらどうなるのだろう? 杭を打ったらどうなるのだろう?

 想像しただけで、もう一回絶頂しそうになった。


「吐き気がするから長く話したくはないけど」アスラが言う。「君、どうして生きてる?」


 ああ、アスラはボクを覚えていた。

 スレヴィは嬉しくなって笑みを浮かべる。


「笑ってないでズボンを穿け。でないと斬り落とすよ?」


 アスラの声は心からスレヴィを気持ち悪いと思っていて、その声音がスレヴィには心地よかった。

 でもとりあえず慌ててズボンを上げた。斬り落とされるのは嫌だ。


「アスラ、スレヴィと知り合いなの?」とスカーレット。


「いや。知り合いってほどじゃないね」


 アスラは一瞬だけ視線をスカーレットに移して、再びスレヴィに戻した。


 ああ、ずっとボクを見て。ずっとボクだけを見ろ。

 アスラに魔法が通用すれば、最高なのに。


 スレヴィの大好きな【従属契約】は自分より弱い者を支配下に置く魔法。よって、明らかな強者であるアスラやスカーレットには通用しない。


「以前、山賊退治の依頼を請けたことがあってね」アスラが言う。「少し変わった方法で全滅させたんだけど、おかしいな。どうして君は生きている?」


 アスラは小さく首を傾げながら、スレヴィを見ている。

 なんて可愛いんだろう、とスレヴィは思った。欲しい。アスラが欲しい。どうにかして手に入れたい。


「山賊だった、ってこと?」


 スカーレットが少し驚いた風に言った。それはそうだ。スレヴィは自分が山賊だったことは話していない。

 もちろん、イーティスを騒がせた『杭打ち魔』であることも話していない。


「ごめんなさい、スカーレット様。知られたくなくて、隠していました」


 スレヴィは素直に謝った。下手に言い訳するよりも、こっちの方がスカーレットは喜ぶ。


「別にいいわ。誰にだって知られたくない過去の1つや2つはあるものね」


 ほらね、とスレヴィは思った。

 スカーレットは所詮、スレヴィの同類ではない。なんだかんだ、ヌルいのだ。


「お前、スカーレットを甘くみてるだろう?」


 アスラはスレヴィの顔を覗き込み、囁くように言った。

 だからこの言葉はスカーレットには聞こえていない。

 アスラの顔が近いせいで、スレヴィははち切れんばかりに興奮した。

 凄まじいまでの執着。スレヴィはサイコパスだ。誰かを愛する能力はない。だけれど、気が狂いそうなほどの執着を見せる。

 今、いや、たぶん初めて会った日から、スレヴィの執着はアスラに向いている。

 そしてスレヴィ自身は、この執着を愛と勘違いしていた。


「随分、冷静だね」アスラは相変わらず、囁くように言う。「お前、隠したい過去、1つや2つじゃないだろう?」


 ああ、暴かれる。アスラは暴いてくれる。

 スレヴィは瞬間的に、全てをぶちまけたくなった。どれだけ沢山殺したか。どうやって殺したか。その武勇伝を全部語りたくなってしまった。

 でもダメだ。それはできない。

 アスラならまだしも、スカーレットのいる前で、何の対策もなく『杭打ち魔』だったと自白することは死を意味する。

 逆に言えば、対策さえ怠らなければ、打ち明けてもいい。


 ああ、自慢したい! 沢山、沢山、杭を打ったこと。アスラを想って、スカーレットを想って、杭を打ったこと。

 よし、打ち明けよう。


 スレヴィはそう決めた。もちろん、今すぐじゃなくて、準備を整えてから。


(遠隔【命令付与】すぐにボクの近くに集まれ)


 盾が必要だ。スレヴィは死にたくない。


「アスラ、もういいでしょ?」スカーレットが言う。「聞き耳立ててた罰は、あたしがあとで与えとくから」


「……本気かい?」とアスラ。


「本気よ。半殺しにしとくわ。2度とこんなこと、しないように」


「そうじゃなくて」アスラが溜息を吐いた。「こいつの正体、分からないのかい?」


「山賊以外にも、何かしたの?」


 スカーレットの言葉はスレヴィに向けられたものだ。

 しかしスレヴィは応えなかった。


「こいつはマトモな人間じゃない」アスラが言う。「嫌な言い方だけど、私の同類だよ。サイコパスってやつ。それも、筋金入り。全部のサイコパスが犯罪に走るわけじゃないけど、こいつは今までに相当な数を殺しているはずだよ。それに性的サディストでもある。性欲と殺人衝動が結びついてる」


「何言ってんの?」スカーレットが困惑する。「スレヴィは違うわよ。あんたと違って感情豊かだし、性的なことで暴走しちゃったけど、基本的には良い子よ」


「演技だよ」


 アスラは断言した。

 そしてそれは正しい。スレヴィはずっと、スカーレットに好かれるであろう人格を意識して演技している。

 すごい、とスレヴィは思った。

 たったこれだけの、こんな短い時間で本性を暴かれるなんて。


 まぁ、興奮しすぎてちゃんと演技できなかった、という自覚はあるけれど。

 それでも一般人なら騙せる自信はあった。現にスカーレットは騙されている。

 情事に聞き耳を立てていた年頃の男の子、という演技。バレてしまって怯えているという演技。


「声聞かれただけでしょ? そんなに怒ったの?」スカーレットが首を傾げる。「案外、純情なの?」


「違うよ。山賊退治したって言ったけど、あの時生き残れるのは、私より悪い奴か、そうでなければボスの魔法にかかってない奴のどっちかだからねぇ」


 前者なら正真正銘の極悪人ということ。

 後者なら、ボスよりも上の地位にいたということ。ボスは部下全員に魔法をかけていたのだから。

 つまり、ボスより地位が上の極悪人ということ。


「よく分からないけど、あんたには確信があるのね」


 ああ、まずいな、とスレヴィは思った。もう少し時間を稼がなくちゃ。盾が来るまで。


「僅かな焦りが表情に出ているよスレヴィ」アスラがニヤッと笑う。「ほら、もう本性を出したらどうだい? 君が何の目的でスカーレットに近づいたのかは知らないけど、今日で終わりだよ」


「何のことか、分かりません……」


 スレヴィはまだ本性を出さない。盾がいる。沢山の盾が必要だ。

 正体を明かしたあと、逃げ切る自信はある。この城に住む多くの者を従属させているのだから。


「嘘だね。私は確信している。性衝動さえ抑えることができていれば、まぁ今日はバレなかっただろうね。謁見の間で君を見た時、パッと誰か分からなかったからねぇ。そして、私はさっきまで君のことなんて忘れていたんだから」


 それが事実だとスレヴィはすぐに理解した。今日、聞き耳を立てていなければ、スレヴィはまだスカーレットの側にいられたのだ。

 そして、思い描いた未来を手に入れることができた。

 そう、スレヴィを心から信頼したスカーレットを背後から刺すという未来。その時のスカーレットの表情をとっても楽しみにしていたのに。

 と、従属させた侍女と侍従たちが廊下に集結し始めた。

 ならば、もういいか。


「さすがアスラ・リョナ」


 スレヴィは薄暗い表情で言った。完全に全ての感情が消え去ったかのような声だった。

 スカーレットは目を見開いた。

 普段のスレヴィを知っているスカーレットは、その酷く悍ましい雰囲気をまとったスレヴィが誰か分からなかった。


「あは」とアスラが楽しそうに笑った。


「ああ、そうだスカーレット様」ニヤニヤとスレヴィが言う。「あなたが必死に探していた『杭打ち魔』いるでしょ? あれ、ボクだよ」


 言いながら、スレヴィは自分に魔法を重ねがけした。同じ魔法を重ねてかけたのだ。

 その時のスカーレットの表情を、できるなら絵画に収めたいとスレヴィは思った。

 騙されていたと知った時の、怒りと惨めさと悲しさが入り混じった魅惑の表情だったから。


 ああ、なんて興奮する表情!


「沢山、沢山、杭を打ったんだよ? ねぇ君たちを想って、杭を打ったんだよ? 金髪を犯しながら杭を打ったのは、スカーレットを想っていたんだよ? 銀髪を杭で打ったのはアスラを想っていたんだよ? ねぇ、感想を聞かせて? こんなにも誰かに想われたことってないでしょう?」


 スレヴィの発言に、スカーレットは言葉を失った。

 何も言えないぐらい感動したのかな? とスレヴィは良い気分になった。

 でも、アスラの方は「なるほどねぇ」みたいな割と普通の表情だった。


「ほう。まさか『杭打ち魔』だとはね」アスラが興味深そうに言う。「君を観察してシリアルキラーだろうとは思ったけど、そこまで有名な奴だったとはね」


「このクソガキがぁぁぁぁ!!」


 スカーレットは憤怒の表情で間合いを詰めた。身体に布団を巻き付けて。

 スレヴィが反応できないレベルの速度で、スカーレットが蹴りを放った。

 その蹴りはスレヴィの腹部に命中し、スレヴィは後方へと飛ばされる。そして受け身さえ取れずに壁に叩きつけられた。

 普通の人間なら、死にはしなくても動けなくなる程度のダメージを負う。そういう蹴りだった。


 けれど、スレヴィはすぐに立ち上がって廊下を走り始める。

 侍女の1人が、激しい痛みに悲鳴を上げてのたうち回った。

 スレヴィの支援魔法【身代わり】の効果だ。従属させた相手に、スレヴィのダメージを移すことが可能な魔法。さっき自分にかけた魔法だ。


 この魔法を使用している限り、どんなダメージを負ってもスレヴィは死なない。身体を引き裂かれても、実際に引き裂かれるのはダメージを転移した相手である。

 スレヴィは走りながら同じ魔法を自分にかける。すでに重ねがけしているが、強力な魔法である反面、効果時間が短いのだ。

 よって、安全圏に逃げ切るまで何度でも重ねておくのがいい。


(遠隔【命令付与】。スカーレットとアスラを殺せ。その命尽きるまで、命令を果たすために動け)


 スレヴィが従属させた多くの人間が、2人を殺すために行動を開始する。

 まぁ無理だろうけど、とスレヴィは思った。

 従属させた人間なんて捨て駒に過ぎない。本気でアスラたちを殺せるとは思っていない。時間稼ぎになれば十分。

 今日はもう引く。


 スカーレットの酷い表情を見ることができたので満足だ。アスラの裸ローブが見れて満足だ。しばらくはその記憶だけで気持ちよくなれる。

 また杭でも打ちながら、アスラを手に入れる方法を練ろう。

 スレヴィは楽しい未来を夢見て邪悪に笑った。

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