第2話 それはまさに地獄絵図 宴会のことだよ


 魔物殲滅隊の面々は温泉大国ギルニアの宿に泊まっていた。

 別に旅行に来たわけではない。アスラ・リョナを殺すためにここで待っているのだ。

 ちなみにアスラたちが泊まった宿とは別の宿だが、近い位置に建っている宿である。


「結局トリスタンが正しかったのね」と30代の女。


「だな。《月花》の連中とは戦うしかねぇ。そうでねぇと、俺らは永遠に搾取される」


 拳を握り締めて言ったのは40代の男。

 この部屋は大部屋で、魔物殲滅隊の半分の人数がここに揃っている。正確には16人。残りの半分は《月花》の城を攻める予定だ。

 アスラのいない城なら落とせるだろう、と彼らは考えている。


「さすがの魔王でも、温泉でまったりしてる時なら殺せるだろ?」


 30代の男が言った。


「最悪は、呪具もある」


 魔物殲滅隊の仮隊長が言った。

 仮隊長は20代後半の男で、現時点では1番強い。ただし、チェーザレよりも弱い。よって、仮隊長はアスラとまともに戦って勝てるとは思っていない。


「問題は、呪具が本物かどうかってことっすね」


 10代の少女がヘラヘラとした口調で言った。

 呪具とはその名の通り、呪われた道具のこと。


「もちろん本物だ」仮隊長が淡々と言う。「効果は確認済みだ」


「へぇ。憎い相手の名前を呼んで、相手が返事をしたら吸い込んでしまう皮革水筒っすよね?」


 少女の質問に、仮隊長が頷く。

 この呪具は大森林で魔物が持っていたものだ。知性のある上位の魔物で、これを渡すから命を助けてくれと命乞いをした。

 仮隊長たちはその魔物の話を聞き、使い方を教わった。そして全てを聞き終えて、そいつを殲滅して奪った戦利品である。

 魔物殲滅隊が魔物を生かすはずがない。


「それって吸い込んだらどうなるの?」と30代の女。


「さぁ」仮隊長が肩を竦める。「永遠に閉じ込められる、と聞くがな。何もない世界で、時間も流れず、気が狂って死ぬらしい」


 皮肉なものだ、と仮隊長は思った。

 この呪具はある意味、アスラのおかげで入手できたのだから。

 100万ドーラを稼ぐために、みんなで必死になって大森林に潜り、魔物を倒し続けたのだ。その副産物がこの呪具だった。


「そりゃ怖いな」ククッ、と40代の男が笑う。「あのクソ魔王にはお似合いの死に方だぜ」


「作戦の決行は明日の夜っすよね?」と少女。


「作戦ってほどじゃないがな」30代の男が笑う。「旅行2日目の夜、武器もなく全裸の状態を襲う。つまり入浴中に攻撃する。速攻で殺せなきゃ、呪具の出番。時を同じくして、別働隊が連中の城を強襲する手はずだ」


 これは魔物殲滅隊の全てを賭けた戦いだ。

 全戦力を投入した、生きるか死ぬかの争い。

 傲岸不遜な銀色の魔王をくびり殺すために。《月花》という存在を消滅させるために。


       ◇


 アスラたちは温泉を堪能し、豪勢な夕食と美味い酒をたらふく楽しんでいる最中。


「宴もたけなわではございますが!!」


 アスラが突如立ち上がった。

 ここは温泉旅館の大広間。

 本来、この台詞はそろそろお開きだよ、って時に使うのだが、アスラは違った。


「脱ぎますっ!」


 アスラは旅館が用意していた軽装だったが、それをグワッと脱ぎ散らかす。

 宴もたけなわだけど、更に盛り上げるよ、という感じだった。


「オレも! オレも脱ぐっ!」


 アスラに続き、レコも軽装を剥ぎ取った。下着まで全部丸ごとポイした。

 こうして全裸の2人が誕生した。


「アイリス、歌います!」


 ルンルン、ランラン、とアイリスが1人で何かを熱唱している。その歌が何なのか誰も知らないけれど。

 メルヴィはグレーテルに抱き付いてウトウトしている。

 グレーテルはメルヴィをナデナデしている。手つきがかなりアレだったが、気にする者はいなかった。

 ラウノとロイクは腕相撲を始め、サルメは全裸のアスラに抱き付いて頬に何度もキスをしていた。

 メルヴィ以外全員、ヤバいぐらい酔っていた。アホみたいに酒が出てきたので、みんなアホみたいに飲んだ。

 魔殲の連中が見ていたら、「今、襲えば勝てるんじゃね?」と本気で考えたはずだ。もちろん、ここに魔殲はいないけれど。


「諸君、見たまえ!」


 レロレロレロ、とアスラが盛大に吐き散らかす。アスラの肉体はまだ酒に慣れていない。正確には、大量のアルコールに慣れていない。

 少量なら、少しフラッとするだけで、気持ちよくなれる程度には慣れている。


「うわっ、汚ねぇ! 団長が吐いたぞ! 汚ねぇマジで!」とロイク。


「臭いよ団長」ラウノが顔を歪める。「吐くなら外に出てくれないかな?」


「団長、オレと外に行こう!」


 全裸のレコが全裸のアスラの手を取って、外へと向かってダッシュした。


「団長様!?」グレーテルが悲鳴のような声を上げる。「その格好で外はダメですわ!!」


「アイリス! 歌いながら止めますっ!」


 アイリスがルンルン、ランラン言いながらアスラに飛びかかり、そのまま押し倒す。


「アスラって本当、顔だけは可愛いわよねぇ。ぶちゅー」


 アイリスはアスラの唇に自分の唇を重ね、激しく吸う。


「って臭いっ!」アイリスは速攻でアスラから離れた。「ゲロ臭い! アスラの唇ゲロ臭い! うわぁぁん! ゲロの味がするよぉ! ゲロの味がするよぉ!」


 アイリスは泣きながら近くにあったお酒で口をゆすいだ。でも吐き出すのが勿体ないと思ってゴクンと飲み込む。


「ゲロリス! ゲロリス!」


 レコが両手を叩きながら楽しそうに飛び跳ねた。

 レコも酔っていた。


「これが、大人になるってことなんだね」


 ウトウトしながらも、みんなの様子を見ていたメルヴィが何かを悟った風に言った。

 ちなみに、メルヴィはまだ8歳だ。


「ダメな大人、ですわ」


 ニコニコと笑いながらグレーテルが言った。

 グレーテルは今もずっと座ったままメルヴィを抱いている。抱き枕感覚である。そしてナデナデとメルヴィのあちこちを撫で回す。

 メルヴィはくすぐったそうに目を細めるが、特に抵抗はしなかった。別に嫌じゃないからだ。


「あああ、酔いましたぁ! 私すっごく酔いましたぁぁ!」


 サルメはとりあえず、ラウノに抱き付いて頬にキスした。

 ラウノは驚いたが、特に抵抗はしなかった。

 そうすると、レコも負けずとラウノに抱き付いた。

 ちなみに、アスラはアイリスに押し倒されてそのまま爆睡。アスラの上に折り重なるようにアイリスも眠っていた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 これが、本気で休暇を楽しもうと決めた傭兵たちの姿である。


       ◇


 翌朝、アスラは激しい頭痛とともに目覚めた。

 そして自分の上に乗っかっているアイリスを押しのけて身体を起こす。


「おおう……なんだいこの悲惨な状況は……」


 アスラは冷静に、昨夜のことを思い出す。

 記憶力のいいアスラは、酔っていても全て覚えている。

 ああ、とアスラが溜息を吐いた。まぁよくある惨状である。前世でもよくあった。傭兵が騒げばまぁ、こうなる。喧嘩がなかっただけマシ。

 ひとまず身体を伸ばし、脱ぎ散らかした服を着ていると、メルヴィが目を醒ます。

 アスラはメルヴィを誘って洗面所へ移動し、丁寧に歯を磨いた。ゲロ吐いたまま寝たので、口の中が酷いことになっていたのだ。

 アスラはメルヴィを連れて朝風呂へと向かった。

 この宿の温泉は露天風呂になっていて、男女混浴だ。


「はぁ、生き返るね……」

「魔王様、死んだの?」


 温泉にぼやぁ、と浸かったアスラの言葉に、メルヴィが反応した。

 アスラはメルヴィを抱き寄せる。肌と肌が重なり合うが、アスラはロリコンではないので、ただのスキンシップだ。


「別に死んではいないんだけどね。こう、いいお湯だよね」


「うん」とメルヴィが元気に頷く。


「ところで、身の振り方は考えたかい?」

「身の振り方?」


 キョトン、とメルヴィが首を傾げた。

 アスラは優しくメルヴィの頭を撫でる。


「今後どうするかってこと。強くなりたいって言ってなかったかな?」

「あ、メルは今の生活が好きで、別に強くなくてもいいかなって……」


 メルヴィはちょっと困った風に言った。

 初めて会った時、メルヴィは色々と思い詰めていた。家族をみんな殺されたのだから、当然と言えば当然だけれど。


「ふむ。ではこのまま、総務部をやるといい。将来は総務部長を任せてもいい」アスラが言う。「でも自分の身を守れる程度の武力は身に付けて欲しいかな」


「分かった!」

「よし。じゃあ、空いた時間に執事か……いや執事は忙しいかな……ふむ」


 アスラはメルヴィの訓練を誰に任せるか考えた。戦闘員にしたいわけじゃないし、兵士にしたいわけでもない。

 程よく強くしたいのだ。チンピラぐらいは倒せて、ヤバい相手だと逃げ切れるような、それなりの能力を与えたい。


「サルメ……は調子に乗るし……レコ……はちょっとまだ無理だね。うーん。ラウノに任せるか」


 ラウノは正式な魔法兵だから、十分な能力がある。更に性格も温厚だし、余計な技術を教えたりしないはず。護身主体の訓練を上手に指導できるだろう、とアスラは思った。


「ラウノさん!? メルと二人きりで!? きゃあ!」


 メルヴィは両手を自分の頬に当てて、身体をくねらせた。照れているのだ。

 ああ、ラウノは顔がいいからこんな小さい子にまで好かれるわけだね、とアスラは呆れ笑い。

 ラウノのイケメンぶりは、アスラもちょっとビックリするレベルなので仕方ないけれど。小説だったら主人公に抜擢されるに違いない。


「さて、今日はみんな自由行動だけど、一緒に街ブラするかい?」

「するする! メルは魔王様と一緒に街ブラする!」


 ガバッとメルヴィがアスラに抱き付く。

 すでに触れ合った状態だったので、腕を背中に回した、という感じ。

 アスラはメルヴィの背中をゆっくり撫でた。


「アイリス参上!」


 タタッとアイリスが露天風呂に駆け込んだ。まだお湯には浸かっていない。


「みんなは?」とアスラ。


「まだ寝てるわよ。てゆーか、昨日の記憶が半分ぐらいないわ」

「私を押し倒してキスしたのは覚えてるかい?」


 アスラが言うと、アイリスは酷く驚いたような表情を浮かべた。

 そしてゆっくりと温泉に浸かる。


「ねつ造してない?」とアイリス。


「本当だよ?」メルヴィが言う。「アイリスお姉ちゃん、魔王様に獣みたいに飛びかかってたよ」


「……マジ?」


 アイリスが言うと、アスラとメルヴィが強く頷いた。


「あああああああ! あたしってば何でそんなことをぉぉぉぉ! きゃぁぁぁぁぁ!!」


 叫んでから、アイリスはお湯の中に潜ってしまった。

 温泉マナー『潜って遊ばない』に抵触しているが、アスラもメルヴィも何も言わなかった。


「ま、今日はゆっくり楽しもう」


 アスラは伸びをしながら言った。


       ◇


 その日、アスラたちは本当に楽しい1日を過ごした。お昼に地元の名物料理を食べたり、大通りでアスラにスリを働いた命知らずの腕をへし折ったり、本当に楽しかった。

 そして宿に戻り、二度目の大宴会に備えてみんなで露天風呂へと向かった。

 アスラたちがみんなで温泉に浸かってまったりしていると、


「オラ死ねぇぇぇぇぇ!!」


 囲いを跳び越えて、あるいは押し倒して魔殲の連中が押し寄せた。

 そいつらが魔殲だと、アスラも他のみんなもすぐに気づいた。


「うるさい、君らが死ね」


 喧嘩禁止。戦争も禁止。殺し合いも禁止。絡まれたら逃げる。という約束だった気がしないでもないが、アスラは普通に連中の先頭に立っていた奴の頭を吹き飛ばした。

 もちろん、いつもの爆発する花びら【地雷】である。

 それを皮切りに、みんなが全裸で戦闘を開始。魔殲はフル装備だったが、アスラたちは魔法兵。全裸でも何の問題もなく戦える。


 体術もあるし魔法もあるのだ。まぁ、ロイクとグレーテルはまだ魔法が使えないけれど。

 ちなみに、MPの認識と取り出しはできているので、折を見て属性変化を加えるという段階だ。

 みんなが戦っている中、メルヴィだけはソッと存在感を消してその場を離れた。自分が邪魔になると理解しているのだ。


「アスラ・リョナ!!」


 凄まじい怒声が響き渡った。

 その声を出したのは魔殲の仮隊長で、手には蓋を開けた皮革水筒を持っていた。


「なんだいクソ野郎。私に殺して欲しいのかね?」


 アスラが返事をしたその瞬間だった。

 アスラは皮革水筒に吸い込まれた。

 仮隊長が急いで皮革水筒の蓋を閉める。


「ええええええええ!?」


 一部始終を見ていたアイリスが悲鳴のような声を上げた。

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