第3話 どうして城を襲ってしまったのか 「そこが魔王城だと知らないのかね?」
傭兵国家《月花》の帝城。
マルクスはゆったりと風呂に浸かっていた。
「たまには、こういう日も悪くない」
「ああ。招待してくれてありがとう」
一緒に風呂に入っているエステルが、少し照れた風に言った。
「いいんだ。団長たちは温泉旅行に出ているし、自分はオフだからな」
マルクスがエステルに寄って行き、エステルをソッと抱き締めた。
エステルは抵抗することもなく、マルクスに身体を委ねた。
「主人の居ぬ間に私を連れ込むとは、ふふっ。マルっちもだいぶ人間らしくなったな」
エステルはマルクスの耳元で吐息のように囁いた。
ちなみに、マルっちというのはマルクスの愛称だ。もちろん、傭兵団《月花》の副長であるマルクスをそんな風に呼ぶのはエステルだけだが。
「元々、自分は人間だ。純潔の誓いを立てていたから、女性と距離を置いていただけで」
まぁ、それも今では過去の話。マルクスの純潔はエステルが奪い取ったのだから。
「どうだマルっち。ここでしないか? うん?」
エステルがマルクスの身体を撫で回す。
「本当に、エスエスはいつも発情しているんだな」
ちなみに、エスエスというのはエステルの愛称だ。もちろん、神聖十字連の序列1位であり、大英雄のエステルをそんな風に呼ぶのはマルクスだけだが。
「おいおいマルっち。それは誰のせいだ? こんな素敵な肉体を私に見せつけて、興奮しないはずがない!」
エステルがマルクスの胸板を拳で軽く殴った。
「ふっ、自分もすでに興奮しているぞ。エスエスの美しく引き締まった肉体はそそる」
そして2人は熱い口付けを交わす。
2人は健康な大人の男女だ。もう止まらない。舌を絡め、喘ぎ、お互いを求め。
そして。
誰かが乱暴に風呂に侵入した。
「おい!! こっちに2人いるぞ! 制圧する!」
闖入者はすでに剣を抜いていて、戦闘態勢だった。
「貴様、何者か知らないが」マルクスが言う。「楽に死ねると思うなよ?」
「いいところだったのに、いいところだったのに、いいところだったのに」
エステルはワナワナと震えている。
マルクスが風呂から飛び出して、闖入者を速攻で殴打。
闖入者は剣を振ることさえできぬまま、剣を取り落とす。
マルクスは一撃で相手が死なないよう、加減して殴ったのだが、それでも闖入者はその場に倒れてしまう。
エステルも風呂から飛び出し、倒れている闖入者を踏みつける。何度も何度も踏みつけて、闖入者はやがて動かなくなった。
「まったく、警備は何をしているんだ」
やれやれ、とマルクスが溜息を吐いた。
そして気絶した闖入者の足首を掴み、ズルズルと引きずって脱衣所へ移動。
「この城に侵入するような奴がいるとは」エステルが笑う。「ここは神王城の次にヤバい場所だと私は思っているんだがなぁ」
「状況を確認してくる。待っていてくれエスエス」
「待てマルっち。身体を拭いて、服を着ていけ。その肉体を見たら、みんなが興奮してしまうじゃないか」
エステルは頬を染めて、バスタオルをマルクスに差し出した。
「エスエスがそう言うなら、着て行こう」
マルクスはバスタオルを受け取ると同時に膝を突き、エステルの手の甲にキスをした。
「ああ! もう! ああ! もう! なんて素敵な奴なんだマルっち!!」
エステルは顔を真っ赤にして言った。
もしここに他の誰かがいたなら、きっとこう言ったに違いない。
バカップルうぜぇ、と。
◇
イーナは中庭でゴジラッシュとイチャイチャしていた。
「この固い鱗が……素敵」
地面に寝そべっているゴジラッシュにもたれて座っているイーナが、右手でゴジラッシュを撫でた。
(ふっ、君も可愛いよイーナ)
ゴジラッシュの返事を妄想して、イーナはポッと頬を染める。
「そんな、可愛いなんて……。自分でも、そう、思ってるけど……」
イーナは両手を頬に当てて、クネクネと身体を動かす。
他の団員がこの姿を見たら、きっと「キモい」と吐き捨てただろう。
「あたし、ゴジラッシュの卵……産みたい」
(ああ、イーナ。それは素敵な考えだね)
「ふふっ。2人で、最強の……子供を……育てようね……」
(俺たちの子供なら、きっと強く美しいだろうね)
ちなみにだが、ゴジラッシュはボケーッとしているだけで、イーナと会話しているわけではない。
ゴジラッシュの返答は全部、そう、丸ごと全て、イーナの妄想だ。
でもまぁ、だいたい合ってるはず、とイーナは信じていた。
とにかく、1人と1匹は酷く穏やかな夜を過ごしていた。
しかし急に、城が騒がしくなる。
イーナが耳を澄ますと、警備隊が何者かと戦闘状態に入ったらしい。
「ま、あたしらは……ここでイチャイチャ、してようね……」
今日のイーナはオフなのだ。アスラたちが温泉から戻るまで、完全なるオフなのだ。城が襲われていようと、知ったことじゃない。
そんなのは、警備隊がどうにかすればいいのだ。
「ドラゴンだ! ドラゴンがいるぞ!」
しかし悲しいことに、中庭に敵が2人侵入した。
なんか見たことある連中だなぁ、とイーナは思った。
でも彼らを思い出すより早く、イーナは魔法を使った。
固有属性・
イーナは連続で【烈風刃】を使用し、もう1人の頭も宙を舞った。
「……あたしの恋人に、気安く……声をかけるな」
ふん、とイーナ。
ゴジラッシュはジュルリ、と敵2人の死体を見て舌舐めずり。
でも躾けが行き届いているので、勝手に食べたりはしない。
「……ちょっと待ってね。状況の確認だけ、一応、しとく……おやつにできると、いいね……」
死体を検分する必要があるかもしれないので、すぐには与えない。
イーナは城の中へと向かった。
◇
ティナはラッツとまだ会議をしていた。
それぞれの補佐官と秘書官も一緒なので、会議室には合計で6人が集まっている。
「教育機関が必要ですわ」とティナ。
「それが最後の議題だな?」とラッツ。
「我が国は孤児を積極的に受け入れています」ラッツの男性補佐官が言う。「今は彼らをいきなり仕事に就かせていますが、やはりまずは教育を施した方がいいでしょう」
「計画書はこちらで制作中ですが」ティナの女性補佐官が言う。「国家運営大臣はどうお考えでしょうか?」
ちなみにこの女性補佐官、いいお尻をしている。ティナは少し疲れていたので、彼女のお尻を撫で回したいですわ、と思考した。
「反対はしないし、必要だと思う」ラッツが言う。「だが今は色々と手一杯な部分がある。もっと政治のできる人間を集める方が先では?」
「一理ありますわね」ティナが言う。「お尻撫でたいですわ」
ティナの発言に、みんな驚いて目を丸くした。
「あ、いえ、違いますの。ちょっと疲れてて本音が……」テレッ、とティナが俯く。「と、とりあえず、教育機関の計画書の制作は続けるとして、政治家の引き抜きはぼくが直接やりますわ」
「ティナ様! あたしのお尻、撫でますか!?」
ティナの秘書官が言った。明るく、元気な少女だ。
「あとで、お願いしますわね」
ティナが微笑みを浮かべた。
次の瞬間、会議室のドアを乱暴に開く輩がいた。
ティナたちの視線が入り口に集中。
武器を持った3人の人間がそこにいた。男2人に、女が1人。
「はぁ」ティナが溜息を吐きながら立ち上がる。「警備は何をしてますの? これは、警備隊全員! そう全員! お尻叩きですわ! ははははははっ! 全員! お尻叩きですわ!! 楽しいですわ! 楽しいですわ!」
ティナは少し壊れていた。仕事が忙しいからだ。
やはり早めに人を増やした方がいい、とラッツは自分の尻を触りながら思った。そう、自分の尻が被害に遭う前に。
「何笑ってるの? 気でも触れてるの?」
女が顔を歪める。
「どうであれ、投降しろ!」
「この城は我々、魔殲が制圧した! 投降しろ!」
男2人が言った。
「やれやれ、ですわ」
ティナはトンッ、という音を残して彼らのすぐ前まで移動。
そしてビンタ。
ビンタされた男は、壁に叩きつけられて気絶。
「え?」と女。
「【天雷】」
ティナが雷を生成し、女が感電。
女は悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「ふんっ」
ラッツが残り1人の男を制圧。関節を極めている。
ラッツは大臣だが、アスラの訓練を受けた1人である。けっして弱くはない。
とはいえ、今回は相手がティナに釘付けだったから上手く制圧できたに過ぎない。実力はラッツより魔殲の男の方が上だった。
「目的は何ですの?」とティナ。
「クソッタレ、てめぇら《月花》を、この世から消してやるっ……」
関節を極められたまま、男が言った。酷く恨みの籠もった声だった。
「はぁ……それで城を襲ったと」ティナがやれやれと首を振る。「バカですの?」
そして男の腹部を蹴り上げて気絶させた。
「なぜ《月花》に勝てると思ったのか……」
ラッツは男から離れ、苦笑い。
◇
「まったく不躾な連中ですなぁ。この城を誰の城だと?」
黒髪をオールバックに整えた執事、双剣のヘルムートが言った。
ここは食堂。ヘルムートは執事見習い2人と夕食を摂っている最中だった。
食堂には2人の女性が武器を持って立っている。この女性たちは魔物殲滅隊であり、ヘルムートから見たら侵入者だ。
「降伏しなさい! そうすれば、命までは取りません!」
赤毛の女が言った。長剣を構えているが、落ち着いている。実力が高いのだとすぐに分かった。
「まったく、うんざりでございます。食事中だと見て分からないのでしょうか?」
ヘルムートは立ち上がり、軽く首を回した。
「執事長、双剣っす」
執事見習いの1人が、抜き身の双剣を投げ渡す。ちなみに、執事見習いがいつも武器を持ち歩いているわけではない。
この城は戦闘国家の中枢なのだ。どの部屋にも武器が常備してある。
「仕方ないですね! 腕の1本ぐらいは覚悟してください!」
赤毛の女が距離を詰める。速いし、無駄のない動きだ。
しかし。
ヘルムートに近寄った瞬間、赤毛の女は全身を斬り刻まれて死亡した。
正確には、ヘルムートが芸術的なまでの速度と角度で赤毛の女性を攻撃したのだ。
「若返ったせいか、わくしめも少々、やり過ぎることがございます故」
ヘルムートは双剣を順番に振って血を払った。
「な、なんて強さ……」
もう1人の女性が、ガタガタと震えながら言った。
「この城に主力がいないと勘違いしておりましたかな?」ヘルムートが薄暗く笑う。「おかしな話ですな。副長もティナ殿も、ブリット嬢もイーナ嬢もわたくしめも、ここにいるというのに」
ついでに、客人として大英雄のエステルも滞在している。
「怖い……けど、あたしらにはもう、退く道はないっ!」
もう1人の女性もヘルムートへと向かって行った。
「やれやれ。1人は生かして情報を聞き出さねばなりません故」
ヘルムートは双剣を手放し、素手で女性を叩きのめし気絶させた。
「警備隊は鍛え直した方が良さそうだと、団長殿に進言するとしますか」
ヘルムートは双剣を拾い、執事見習いに渡す。
「綺麗に拭いて、元の場所に戻してください。わたくしめは、念のため他の様子を見に行きますので」
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