EX68 魔王剣にこんにちは バツと罰とサルメ隊長
「はぁん。こんな森の奥に隠してるってわけか」
森林迷彩ローブを羽織ったロイクが言った。
ここはとある国のとある森の奥。今日は少し曇っているが、雨は降りそうにない。雨の匂いがしないから。
「洞窟の前に見張りが2人、ですわね」
グレーテルが言った。
グレーテルはロイクと同じ森林迷彩ローブを装備。
2人とも茂みに隠れて、目的の洞窟を観察していた。
「神聖十字連ですね」
同じく森林迷彩ローブのサルメが言った。
「んで? どうするんだサルメ? 見張りは殺すか?」とロイク。
「もちろんです。どうせ敵になる連中ですから」サルメが言う。「それとロイク、サルメ隊長です。はい、言ってください」
「……サルメ隊長」
ロイクは苦笑いしながら言った。
「団長様はどうして、サルメを隊長に選んだのでしょう?」
グレーテルが頬に手を当てて、小さく呟いた。
「それは当然、私には実績があるからです」サルメが胸を張る。「すでに1度、魔王武器を回収したという実績が」
そう、ロイクたちはここに魔王剣を回収しに来たのだ。もっと正確に表現するなら、盗みに来た。
「その後、毎日お尻が腫れていたと聞きましたわ」
「俺もそう聞いたぜ?」
「……く、勲章みたいなもんですよ」
「その言い訳は苦しいですわね」
「ああ。苦しいな」
「と、とにかく、もう一度念を押しますが、絶対に魔王剣を素手で触ってはいけません。いいですか? 隊長の命令です。絶対に素手で触ってはいけません。お尻に勲章が欲しいなら別ですが」
「危うく魔王弓に取り込まれかけた人の意見は真に迫ってますわね」
「まったくだぜ。まぁ、俺もグレーテルも命令違反とかしねぇよ。つか普通しねぇな」
「……私だってたまにしか、しませんし」
サルメの目が軽く泳ぐ。
「で? 見張り殺してそのまま突っ込めばいいのか?」
「そうですね。以前、私たちが魔王弓を盗んだことで、魔王武器の警備が強化されたと聞きましたが、特に問題ないでしょう」
「……サルメ隊長」グレーテルが言う。「やっぱり見張りは生かしておいて、中の情報を聞いた方がいいですわよ?」
「なんですか? ビビってるんですか? 神聖十字連なんてカスですよ?」
「誰がビビってんだよ? 問題ねぇよ」
「わたしだって別にビビったわけじゃ、ありませんわ」
「じゃあ、ロイクが右、グレーテルが左の見張りをやってください」
サルメが言って、ロイクとグレーテルは短剣を投げた。
2人の投げた短剣は、綺麗に見張りの額に突き刺さる。《月花》に所属すると必ず教わる基本的な技術だ。
つまり、《月花》の戦闘員なら全員同じことが可能だ。
「……はい、サルメ、バツ1つね……」
木の上で足をブラブラさせながらイーナが言った。
イーナも森林迷彩を着ているが、作戦には参加していない。アスラの命令で、サルメの指揮能力を精査しているだけだ。
ついでに、ロイクとグレーテルの現時点での能力の把握もイーナの任務だ。
「なんでですか!?」
「……グレーテルの進言を、取り入れるべき……だったから」イーナがやれやれと首を振る。「また、お尻痛くされるね……。楽しみ……」
イーナは根が邪悪なので、他人が痛い思いをするのが心地よい。むしろ大好きまである。
そんなイーナでも、側にいるだけで大きな安心感がある、とロイクは思った。誰がどんなミスをしても、イーナ1人で挽回してくれる。そういう安心感。
ただ、根が邪悪なので、あとで何を言われるか分からないのが問題だけれど。
「ぐぬぬ……。カス相手でも、慎重にということですね……」
「……まぁ、そうかな」
「分かりました。お尻の平穏はもう諦めます。気を取り直して中に進みましょう」
「その前に……」イーナが言う。「2人もバツ1つだから」
「「え?」」
ロイクとグレーテルは目を丸くした。
「……ビビってるかどうか、なんて、些細なこと。グレーテルは……論理的に、進言の意図を説明する……必要があった。ロイクも、アホみたいに……『問題ねぇ』じゃない。問題、大ありだから……」
イーナが淡々と言った。
「良かったですね2人とも」サルメが笑顔になる。「ティナのお膝は温かいですよ! ふふっ、でも痛みは悪夢ですよ!」
罰仲間が増えて純粋にサルメは嬉しかった。サルメも他人が痛い思いをする場面は割と好きだったりする。
ちなみにだが、アスラは団員への罰にティナ送りを頻繁に使う。便利だし楽だし、その割にアホほど痛いし、だけど危険が少なくティナも喜ぶしで、いいことが多いからだ。
「……ティナは純真無垢な顔して……割と鬼畜」
イーナがしみじみと言った。
「さぁ、元気が出たので行きましょう!」
サルメが軽い足取りで進み、ロイクとグレーテルもそれに続いた。
洞窟の中には等間隔で燭台が置いてあり、ロウソクに灯が点いてる。よって、光源には困らない。
サルメがハンドサインで無音行動するように言って、ロイクとグレーテルはそれに従った。
イーナは最初から一切の気配を消している。ロイクは本当にイーナが付いて来ているのか、2回も振り返ってしまった。それぐらい、気配が消えているのだ。
イーナが小さく首を振ってから、ロイクを睨む。
(前見てろアホ)というイーナの心の声がロイクには聞こえた気がした。
しばらく進むと、開けた場所に出そうになった。
出る前にサルメが止まれのサインを出し、ロイクたちは従う。
(4人いますね。本当に警備が増えていますね。魔王弓の時は1人だったのに)
サルメがハンドサインで言った。
(4人か。俺が2人やるか?)とロイク。
サルメが首を横に振る。
(1人には魔法を使います。残った3人を1人ずつ殺しましょう)
それから、サルメは敵の位置を指示。
ロイクとグレーテルが頷く。
サルメが闇属性の攻撃魔法【闇突き】を使用。
地面から暗闇が槍のように突き出して、警備担当の神聖十字連を突き殺す。
この魔法はただ槍のように突くだけの魔法。地面からの攻撃である分、不意打ちなら当たる可能性が高い。
暗闇の槍は1本だけだし、貫いたらすぐに消えてしまうが、問題ない。身体を貫けばだいたいの人間は死ぬ。死ななくても、戦闘不能にできる。
暗闇の槍を突き刺した神聖十字連の男が悲鳴を上げた。
それを合図に、サルメ、ロイク、グレーテルの3人が開けた場所へと飛び出す。
あとはそれぞれ好きな武器を使って1人一殺。
サルメはラグナロクで一閃。準伝説の武器に相当する名剣だ。100年後にはほぼ間違いなく伝説の武器の仲間入り、と言われている。
グレーテルは双剣で軽やかに斬り裂く。グレーテルは色々な武器を扱う。《月花》の人間はどんな武器も一通り扱えるのだが、グレーテルの場合は少し違う。
本人が言うには、「どんな武器でも手に馴染む」らしい。事実かどうか、ロイクには分からない。冗談で言ったのかもしれない。
ロイクは無難にロングソードを使用して敵を斬り伏せた。
確かにサルメが最初に言った通り、神聖十字連はカスだった。
パチパチパチ、と拍手の音。
ロイクが音の方に目をやると、緑の髪の男が立っていた。
「5人目!?」サルメが驚いて言う。「バカな、いなかったはず!」
そしてチラッとイーナを見る。
イーナは指で小さく×印を作った。イーナは5人目の存在に気付いていたということ。
サルメはガックリと項垂れた。わざと大袈裟に驚いて、5人目が実力者だったから見落としても仕方ない、という雰囲気を作ろうとして失敗したからだ。
「まさか、本当にこの俺様の出番が回ってくるとは」緑の髪の男が言う。「いや、それよりも、信じられないな。魔王武器を奪いに来る奴が本当にいるとは……」
「何者ですの?」とグレーテル。
「失礼。俺様は神聖十字連の序列77位。コランタン・クラヴェル」
「聞いたことあるぜ」ロイクが言う。「神聖十字連は、強い方から100人が特別扱いされてるって」
1位はもちろん大英雄であり神聖十字連隊長であるエステルだ。
「大したことないですね」サルメがホッと息を吐く。「隠れるのが上手かったというだけでしょう? すぐ殺してあげますね」
サルメが【闇突き】を使用。
しかしコランタンは回避。
「それは見たが、魔法使いとは珍しい。しかも闇属性か……」コランタンはサルメを見ている。「希少価値の高い属性、という話だったか。では、お前は魔王武器を扱える特別な人間、なのか?」
「ふっふっふ」サルメが胸を張る。「まぁ、私こそが? 将来の遊撃隊長サルメ・ティッカですけれど? 私が特別だと見抜くとは、やりますね。大したことないと言ったのは取り消します」
「……団長が遊撃隊長にしてやるとか言うから……」
ロイクは小さく溜息を吐いた。
しかも遊撃隊長にする理由が「サルメって出張好きみたいだし」という、なんともいい加減な理由だった。
「遊撃隊長? どっかに所属してるのか?」コランタンがクレイモアを抜きながら言う。「まぁいい、魔王武器の封印を解くことは俺様が許さん」
ちなみに、魔王剣は奥の台座に突き刺さっている。
「【闇突き】からの【目隠し】!」
サルメの連続魔法を、コランタンが躱し、そのままサルメとの距離を詰める。
そしてコランタンがクレイモアを横に振る。
サルメは動かない。
ロイクがロングソードでコランタンの攻撃を弾く。
「おいおい、タイマンとは言ってねぇぞ」
「よくぞ隊長を守りましたロイク」
サルメの態度が実にウザいので、次は放置しようかな、と思うロイクだった。
グレーテルが軽やかに舞いながら双剣でコランタンを攻撃。
コランタンはグレーテルの攻撃をガードしているが、押されている。
「はい、では嫌がらせの【闇突き】!」
「くっそ!」
コランタンは躱し切れず、太ももを【闇突き】に抉られた。
「汚いぞお前ら! 3人がかりとか!」とコランタン。
「知るかよボケ! 自信満々に登場したんだから、余裕だろ?」
グレーテルと連携してロイクが攻撃参加。
「はい、致命的な【闇突き】!」
グレーテルとロイクの攻撃に、更に地面から生える槍。序列77位程度の相手に躱せるはずもなく。
暗闇の槍がコランタンの胴体を貫き、グレーテルが双剣で手足を斬り落とし、最後にロイクがロングソードで首を刎ねて、戦闘終了。
「……サルメ隊長の魔法」グレーテルが言う。「めちゃくちゃ性格悪いですわよね?」
「ああ。別の奴と戦ってる時に、下から槍が出てくるもんな」ロイクが頷く。「相当嫌だぜ?」
「……離れた位置から、連携参加もできる」イーナが言う。「……いい魔法……」
「そうでしょう! そうでしょう!」気分を良くしたサルメが言う。「さっきの小さいバツはなしになりませんかねぇ!?」
「無理」
イーナは冷たい声で言った。
「ま、まぁ、任務完了させようぜ」
言ってから、ロイクが厚い革手袋を装備。そのまま魔王剣に寄っていく。
「……ロイク、怨念に乗っ取られたら、あたしが殺してあげるから」イーナが言う。「思いっ切り……抜け」
「マジかよ助けてください」
ロイクは泣きそうな顔で言った。
「仕方ないですねぇ。私が抜きましょうか?」とサルメ。
「いや、隊長は不安……じゃねぇや、隊長はドンと構えててくれ。こういう些細な仕事は部下の役目だ。なぁグレーテル?」
「も、もちろんですわ。不安材料は潰した……げふんげふん! 部下がやるべきですわ!」
グレーテルが同意し、ロイクは小さく深呼吸。
そして魔王剣の柄を握る。だが特に何も起こらない。やっぱ素手でなければ大丈夫なんだな、と再確認。一気に魔王剣を引き抜く。
同時に、毛布を用意していたグレーテルが魔王剣を包み、ロイクが柄を離す。
「このままわたしが、持って帰りますね? 隊長」
「はい。荷物持ちは部下の仕事です!」サルメが大きく頷く。「あ、団長さんに私の有能さを報告しないと。ブリット!」
サルメの太ももに生息していたブリットの銀髪人形が、サルメのローブの裾から出てくる。
「団長さんに、隊長のサルメは部下を適切に指揮し、任務成功、帰還しますと伝えてください」
サルメが言うと、人形が頷く。そしてしばらく沈黙。
「ん。アスラが早く戻れってさ。温泉の団体チケット手に入れたからみんなで行こうってさ」
「温泉ですか!? いいですね! 私の成功を祝ってですか!?」
「いや、魔殲が指定した金と一緒に持って来たらしいぞ」と人形。
「ほう。魔殲ですか。今後、解散するまで私たちに搾取される予定の、哀れなあの魔殲ですか」
「その魔殲だぜ」
「……ブリット、サルメにはバツが2個付いたことも、言っといて……」
「すでに言ったぞ。ティナが笑顔で素振りしてるぞ。素振りしながら、サルメは期待を裏切らないから大好きって言ってるぞ」
ブリットはとっても嬉しそうに言った。イーナと同じく根が邪悪なので、他人の不幸は蜜の味がするのだ。
「……私も好きだと伝えてください……ファック」
「俺もバツ1個なんだよな……」
「わたしもですわ……」
ロイクとグレーテルは小さく溜息を吐いた。
「ティナは素振りしてるけど、アスラがバツの内容によっては叩かなくていいって言ってる。戻って詳しく聞くから、早く戻れって」
「ふむ。落ち込んでいても仕方ないですし、さっさと戻りましょう!」
サルメは思った。
私はきっと大丈夫ですね。
もちろん、そんなことはなかった。
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