EX67 大きな試合をやります 「それより、誰がお婿さんか決めよう」


「これが俺様の『魔装』だぜスカーレット!」


 イーティス神王国の神王城、謁見の間。

 アクセル・エーンルートは自らの特殊スキルである魔装を使用し、スカーレットに飛びかかった。

 アクセルの魔装は、魔力を練り固めた漆黒の鎧を身にまとうことで、防御力を大幅に向上させるスキルだ。

 その防御力は魔王弓の一撃にも耐えた実績がある。


「はいはい、すごいすごい」


 スカーレットはアクセルの攻撃を回避し、床に刺さった剣を1本抜いた。

 謁見の間には相変わらず、大量の剣が突き刺さっている。


「今日ならテメェに勝てる気がするぜ!」

「ちょっと、まだ一年経ってないでしょ?」

「うるせぇ! 細かいことはいいんだヨォ! オマケしろや!」

「はいはい、オマケね。その代わり、負けたらまた1年部下よ?」

「おう! 上等だ!」


 2人は上手に床の剣を避けながら、謁見の間を広く使って攻防を繰り広げた。どちらも本気ではない。まだ身体を温めている段階。


「おい! 外でやれよ!」トリスタンが叫ぶ。「じゃなかった、外で戦ってくださいよスカーレット様!」


「そうですよ!」スレヴィも声を荒げる。「神聖十字連の修練所に行きましょう! そこでなら、思いっ切り戦えますし!」


 トリスタンもスレヴィも、スカーレットの戦闘は見たい。アクセルの正体も知っているので、きっと楽しい戦いになるはずだと理解もしている。

 だが、謁見の間だと自分たちまで巻き込まれる可能性がある。そして2人とも巻き込まれるのは嫌だ。


「一理あるわね。一週間後に、修練所で観客も入れて、でどうかしらアクセル」

「はん。俺様はこのまま、ここでもいいけどヨォ!」

「オマケしてあげたんだから、言うこと聞きなさいよ。あたしだって城を壊したいとは思ってないんだから」

「ちっ、仕方ネェなぁ」


 アクセルが魔装を解いて立ち止まる。

 合わせてスカーレットも動きを止めた。

 トリスタンとスレヴィがホッと息を吐いた。


「親子揃って戦闘狂よね」スカーレットが言う。「メロディはアイリスと戦えたのかしら?」


 メロディがやっていた仕事は、トリスタンとスレヴィが代わりにやっている。

 まぁ多くは連絡係なので、難しい仕事ではない。

 スレヴィはかなり頭がいいので、追々は国家運営大臣の補佐にしようとスカーレットは思っている。

 そこで国家の運営を学ばせて、いずれは宰相の地位を渡してもいいとさえ思っている。ちなみに、現在イーティスに宰相はいない。


「どうだろうな?」アクセルが言う。「別に俺様はどっちでもいいけどな」


「でしょうね」


 スカーレットは小さく肩を竦めた。


「観客を入れるという話ですけど」スレヴィが言う。「チケット制にします?」


「そうね。まずはこの国の重鎮を優先して、それから……そうねぇ。アスラも呼びましょう」


「マジかよ……」とトリスタン。


「あんたがアスラ大嫌いなのは知ってるけど、あたしが呼ぶって言ったら呼ぶのよ。あたしの実力を、しっかりアスラに見せつけてやらなきゃね」


 それでアスラが心変わりして、あたしの部下に……なるわけないか、とスカーレットは甘い思考を振り払う。


「お前が負けるとこを、見せるってわけか?」アクセルがニヤッと笑う。「そりゃいい考えだぜ」


「ボクは賛成ですけど、どうしてスカーレット様はアスラを呼びたいんです? 敵なんですよね?」


 スレヴィがキョトンとした様子で質問した。

 スカーレットは少し困った。自分でもよく分からないのだ。あれだけハッキリと敵対した相手を呼びたいのは、本当になんで?

 でも、アスラは呼べば来る。それは間違いない、とスカーレットは確信していた。


「まぁ、あいつは皇帝だしね。他の国の王様たちも呼んであげて。あたしに恐れをなして、軍門に下る国が出るかもしれないわ」


 とりあえず、スカーレットはそう回答した。

 スカーレットが質問をはぐらかしたことに、スレヴィは気付いた。でも突っ込まなかった。


「でもスカーレット様、それだと一週間では無理ですよ?」スレヴィが言う。「近隣諸国の王族のみで、そうですねぇ……15日でどうでしょう?」


「そうね。フルセンマーク全土から呼ぶと、軽く30日コースだものね」スカーレットが肩を竦めた。「近隣の王族のみ、15日で進めて」


「まだ席が空くと思うので、残りは国民にチケットを売っても?」

「いいわ。あんたが主導でやってみなさい」

「はいスカーレット様!」


 スレヴィが嬉しそうに返事をしたので、スカーレットは満足だった。


「おい、その元大英雄のオッサンは誰ってことで試合すんだ?」トリスタンが言う。「戦闘指導員のアルでいいのか? さっきの魔装、ありゃ完全に魔物のスキルだぞ? 見る奴が見りゃバレるぞ」


 アクセルは現在、戦闘指導員アルとして働いている。


「なんの問題もネェよ」アクセルが言う。「魔殲のことなら気にすんな。俺様に文句あるならぶち殺すだけだぜ」


「あたしも同意だわ。あたしは最上位の魔物でさえ従えてるって噂になるしね。問題ないわ」


「そうかよ、じゃなくて、そうですか。ついでに聞いときますけど」トリスタンが言う。「アクセル・エーンルートってバレるのはいいんっすか? 英雄も見に来るっしょ。スカーレット様の戦いなら。それに王様とかの偉い奴らは、あんたの顔知ってんじゃねーんですか?」


「あん? 何言ってんだお前。俺様は今20代の姿だぞ? 見ても分からネェさ。仮に俺様の20代の姿を知ってても、似てるな、ぐらいだろうが」

「ああ、そりゃそうっすね」


 トリスタンは納得した。

 アクセル・エーンルートは60代で死んだのだ。今の姿とは全く違っている。

 仮にアクセルの若い姿を知っていても、すでに死亡した大英雄と結びつけるのは難しい。


       ◇


「というわけで、僕が招待状を持って来たってわけ」


 アスラの部屋に出現したナシオが笑顔で言った。


「出てけゴミ野郎」とレコ。

「ぶっ殺しますよ?」とサルメ。


 アスラたちはチェスをしていた。アスラ対レコサルメ連合軍である。ちなみに盤上はアスラ優勢。

 今のところ、アスラの3戦全勝。

 アイリスとメロディが戦った日の夜のこと。


「君たちはどうして僕にそんなに冷たいんだい?」

「スカした奴は嫌い」

「はい。同意です」


 レコとサルメが立ち上がる。念のためだ。万が一、戦闘になった場合のため。

 アスラも深い深い溜息を吐きながら立ち上がった。


「というわけで、って君は言ったけど、どういうわけだい?」とアスラ。


「はいこれ」


 ナシオがアスラに近寄り、招待状を手渡す。

 レコとサルメは今にも噛み付きそうな表情でナシオを見ていた。

 アスラは招待状を開いて、中身を確認する。


「なるほど。スカーレットとアクセルが戦うのか」アスラが小さく息を吐く。「どうせアクセルが言い出したんだろう? いや、いきなりスカーレットを襲って、だけどスカーレットに説得されて試合形式にした、ってところかな」


「だいたい正解」とナシオ。


「親子揃って酷い戦闘狂ですね」


 サルメが呆れた風に言った。


「そういえば、うちのメロディは?」


 ナシオがキョロキョロと周囲を見回す。だがここはアスラの部屋。


「私の部屋にいるわけないだろう?」


 アスラが言うと、ナシオは部屋の中を歩き回り始める。


「私の私物を持って帰ったら殺す」

「えー? 僕とアスラの仲じゃないか。寂しい夜に、君を思い出すために下着の一枚ぐらい……っと、短剣投げないで」


 ちなみに短剣を投げたのはレコとサルメだ。

 2人とも当てるつもりで投げたのだが、ナシオがスルリと身を躱した。よって、短剣は2本とも綺麗に壁に突き刺さった。


「私の部屋の壁に穴を空けるな……」アスラが言う。「とりあえず、明日修理しよう……」


「それでメロディは?」


「治療中です」サルメが言う。「治ったら里帰りするそうですよ?」


「マホロ名乗って負けたこと、報告するんだってさ」レコが言う。「それでマホロが交代して、メロディは只のメロディになる」


「本来なら、敗北したマホロは死ぬのが掟らしいけどね」アスラが言う。「メロディはスカーレットのモノだから、生きて戻るってさ」


「なるほど。じゃあ、しばらくは会えないか。初秋には戻るように伝えて」


 ナシオは用事を済ませたが、帰る素振りを見せなかった。


「まだ何か?」とアスラ。


「いや、せっかくだし、孫娘の顔でも見て帰ろうかなって」

「ティナかい? もう寝てるよ。最近あいつ忙しいから」


 まぁ、忙しいのはだいたいアスラのせいなのだが。アスラがティナとラッツに国家運営を丸投げしたからなのだが。


「残念」ナシオが肩を竦めた。「ところで、僕たちの結婚式はいつにす……だから短剣を投げないでって」


 今回はアスラも交じって短剣を投げた。

 最初の2本と合わせて、全部で5本の短剣が壁に突き刺さった。


「躱すなナシオ」アスラが言う。「壁に穴が空く」


「僕の身体はいいの?」

「もちろん。壁の方がずっと大事だからね」

「お婿さんに向かって酷くない?」

「お婿さんはオレ! 団長のお婿さんはオレ! オレ以外のお婿さんは全部殺すって決めてるからお前殺す!!」


 レコがナシオを指さして鋭い口調で言った。


「どうやら私は結婚できそうにない」


 アスラがやれやれ、と肩を竦めた。

 しかしもちろん、アスラに結婚する気はない。


「大丈夫です団長さん。私は愛人枠でいいので」


 サルメが真面目な表情で言った。


「まぁ、考えておいて。僕はまだ待てるから」


 それだけ言い残して、ナシオは消えた。移動用の異空間に入ったのだ。


「とりあえず君たち、私は私よりチェスの弱い奴は婿にも愛人にもしないと決めてるんだよ」

「勝つよサルメ!」

「もちろんですレコ!」


 3人は再びチェスに興じることにした。


「それで団長、スカーレットとアクセルの戦いに誘われたの?」

「これを読みたまえ」


 アスラが招待状をレコに渡す。

 レコとサルメが仲良く2人で目を通す。


「これ行くんですか?」サルメが言う。「罠じゃないですか? なんで団長さんを呼ぶのか理解できません」


「オレはちょっと分かるかも?」レコが言う。「オレが主催者なら団長には見に来て欲しいもん」


「敵対していてもかい?」とアスラ。


「敵対してても、オレは大きなイベントには団長呼ぶよ? それで団長に殺されるとしても。サルメは?」


 話を振られたサルメは、しばらく「うーん」と頭を悩ませた。


「分からないですね。でもまぁ、呼ぶかもしれませんね、確かに」

「ということは、スカーレットはよっぽど私が好きなんだね。チェックメイト」

「あわわ! また負けた! サルメのバカ!」

「私のせいですか!? レコのせいでしょ!?」


 2人の喧嘩を、アスラは生温かい瞳で見ていた。

 ああ、スカーレット、その日、君をベッドに誘ってあげるよ。

 君はどんな顔をするのかな? オーケーするのかな? それとも断るのかな?

 その時は照れるのかな? 顔色1つ変えないのかな?

 楽しみだなぁ、とアスラは思った。


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