EX66 アイリスVSメロディ 「天才とか大嫌いです!」


「デリアたちの護衛は再編成した近衛に引き継いだよ」


 帰城してすぐに、ラウノはそう報告した。


「デリアがラウノに惚れて大変でしたのよ……」

「ああ、ラウノがモテ過ぎて羨ましいぜ」


 グレーテルとロイクが溜息混じりに言った。


「……デリア……忙しいくせに、デートに誘いすぎ……」


 やれやれ、とイーナが小さく首を振った。


「まったく、ラウノさんは私のなのに」

「僕は君のじゃないよサルメ」

「オレのだもんね!」

「君のでもないよレコ」


 ここは傭兵国家《月花》の帝城。謁見の間。


「まぁ、お疲れ」


 玉座に座っているアスラが、割とどうでも良さそうに労った。


「ああ、懐かしの騒がしさ!」アイリスが言う。「なんか、戻ったって感じね!」


「居心地がいいか?」マルクスが言う。「さすがは魔法兵だ」


「さて諸君」アスラが言う。「すでに人形を通して伝達した通り、今日はかなり面白いイベントがあるよ!」


「ああああ、やっぱり戦うのね!? いーやーだー!」


 アイリスは頭を抱えた。


       ◇


 傭兵国家《月花》の帝城前には、多くの人々が集まっていた。

 非戦闘員を含む団員たちに、警備兵、工房関係者、お米村や野菜村の関係者などなど。

 アイリスは囲いの中で苦笑い。

 この囲いは警備兵たちがササッと作ったものだ。

 囲いの大きさは縦10メートル、横10メートル。囲いは木製の杭にロープを張っただけの簡素な作りだが、即席の闘技場としては十分だ。


「さぁさぁ! 賭けた賭けた!」アスラが楽しそうに声を張った。「金髪の方は歴代最年少英雄にして我が《月花》が誇る魔法兵! アイリス・クレイヴン! ピンク頭は戦闘狂! 1500年もの間、魔王を単独で撃破するために練り上げたイカレた一族、街伝説は真の伝説へ! マホロのメロディ・ノックス! さぁどっちが勝つかな!?」


「アイリスに賭けるわねー」とエルナ。

「大人の女の方がいいよな」とお米村の住人。

「どっちが可愛いか……やっぱアイリスか?」と野菜村の住人。


「メルはアイリスお姉ちゃんに賭けるね!」


 メルヴィがニコニコと宣言した。

 ちなみに、執事がメルヴィを肩車している。

 メルヴィは今もずっと傭兵団《月花》の総務部で働いている。メルヴィは一人称やみんなの呼び方がコロコロ変わるので、ちょっと楽しい。

 ちなみに今はアスラのことを「魔王様」と呼んでいる。


「おかしい。体感だけれど、私に賭けてる人が少ない気がする」


 メロディは腑に落ちない、という風に言った。

 ちなみに、メロディも囲いの中だ。


「だってここ《月花》でしょ? あんたは部外者だもの」


「……え? アイリスもでしょ?」とメロディ。


「あたしは仲間だもの」


 ふんす、とアイリスが胸を張った。


「よぉし! みんな賭けたね!? 酒は持ってきたかい!?」アスラが叫ぶ。「スカーレットを除いて、最強の女は誰だ!? 世紀の対決! はーじまーるよー!!」


 サルメがドラムロール。ちょこちょこ練習していたので、音が綺麗に繋がっている。


「それじゃあ、試合開始!!」


 アスラが右手を上げて言った。


       ◇


 合図と同時に、間合いを詰めるためにメロディが突っ込んだ。

 本気も本気の速度。アイリスは剣を抜く余裕がない。

 メロディは右足で上段蹴りを放ったが、アイリスは左腕を上げてガード。激しい衝撃に顔を歪めながら、アイリスは右に飛ぶ。


 なんて威力っ!


 これがマホロの本気の蹴り。まだ闘気も覇王降臨も使っていないのにこの威力。

 メロディがアイリスを追う。

 アイリスの着地と同時にメロディが追い付き、右の突き。

 単純な突き。けれど型のシッカリした突き。速度も乗っている。

 アイリスは身体を捻りながら躱し、そのままの勢いでメロディの顔面に拳を放つ。


 メロディはその拳をガードし、そのままアイリスの手首を取りに来た。しかしアイリスは躱し、距離を取る。

 剣を抜こうとしたが、またメロディが間合いを詰めたので抜けない。

 そのまま無手での攻防がしばらく続く。


「うーん。いいね! でも! 正直まだ私の方が強いかな!?」


 楽しそうな表情でメロディが言った。


「体術は、そんな上手くないのよあたし!」


 段々とアイリスが押し込まれ始め、防戦一方に。


「ふぅん」


 メロディが立ち止まり、少し距離を取った。


「じゃあ、剣、抜こうか?」メロディは笑顔のままで言った。「抜かせてあげる。このままだと普通に私が勝っちゃいそうだしね」


「バカじゃないの? あんた、勝機を失ったわよ?」


 もし魔法兵なら、そんな愚かなことはしない。何か理由がない限り、わざわざ相手の力を上げたりしない。

 まぁでも、とアイリスは思う。

 メロディの気持ちは分かる。万全の相手と戦い、そして勝ちたいというのは別におかしなことじゃない。特に、自分の実力に自信があるのなら。

 アイリスが剣を抜いて構える。

 メロディも無手のまま構えた。


「固有属性・聖」アイリスが静かに言う。「【オーバーコート】」


 それは支援魔法。かつてルミアが使っていた【外套纏】とほぼ同じ効果。即ち、輝く魔力の薄い鎧がアイリスを包んで、防御力を上昇させる魔法。


「固有属性!? いつの間に!?」サルメが言った。「1年かそこらで固有属性!? 天才とか大嫌いです!」


「ムカつく! 超ムカつく!」レコが言う。「おっぱいにビンタしてやる! めっちゃ揺らしてやる!」


 サルメもレコも、毎日一生懸命にMPを伸ばそうと努力を重ねているが、まだ固有属性を得られていない。


「つい数日前なのよね! 固有になったの!」


 言いながら、アイリスが加速。

 それは防御やら回避やらを完全に捨てた、アイリスの最速。【オーバーコート】を使用していなければ、怖くてできないような捨て身の速度。

 メロディは対応できないことを悟り、覇王降臨を使用。衝撃波が起こるが、アイリスは止まらない。


 片刃の剣を斜めに斬り下ろす。

 だがメロディは躱した。紙一重だったが、それでも躱した。少し体勢が崩れたので、反撃には移れなかったが、それでもメロディはアイリスの最速を躱した。

 アイリスは手首を返して身体をメロディの方に向け、今度は斜めから斬り上げるように追撃。

 だがメロディはそれも躱す。


「くっそ!」


 アイリスは更に剣撃を加えるが、メロディはやっぱり躱した。

 メロディが距離を取ろうと動き、アイリスは追撃しようとしたが、止めた。単純に【オーバーコート】の効果が切れたので、捨て身の最速が使えなくなったから。

 アイリスの【オーバーコート】は割と固いが、効果時間が短い。魔法は万能ではない。少なくとも、神域属性以外は。


 メロディが覇王降臨を終了させる。

 覇王降臨もまたMP効率が悪く、長時間の使用は難しい技だ。

 もちろん、メロディはまだ使えたのだけれど、一旦温存したのだ。確実に倒せる場面か、あるいはさっきのように回避に使うために。


「ふふっ、強いねアイリス! 本当に強いね!」メロディが心底楽しそうに笑った。「いいや! 本当の本当にとことんやろう! だから名乗るね! 私はマホロ! マホロのメロディ!」


 マホロを名乗ったからには、メロディは負けられない。マホロは負けてはいけない。そういう掟なのだ。

 負ければ死ななければいけない。それがマホロなのだ。まぁ、今のメロディがその掟に従うかは分からないけれど。

 それでも、名乗ったことには意味がある。今まで、メロディはアスラにさえ名乗っていない。


 ああ、命を懸けてもいいって思ったんだ、とアイリスは思った。

 あたしと戦って、命を失ってもいいと。

 それだけ認められたということ。

 ああ、嬉しいな、ってアイリスは思ったのだ。


「楽しいねメロディ」アイリスも笑っていた。「あたしは魔法兵のアイリス。これは英雄の戦いじゃない。あたしは魔法兵として戦う。どんな手段を使っても、あんたに勝つ」


       ◇


 ゾクリとした。

 アイリスが魔法兵を名乗った時、メロディは心が震えた。

 楽しそうに、少し悪い笑みを浮かべたアイリスは、スカーレットにソックリだった。本当によく似ている。

 同一人物だから容姿が似ているのは当然なのだけど、その雰囲気まで似ていたのだ。


 ああ、アイリス、あなた本当にいつかはお姉様になるのね!


 だったら、

 アイリスになら殺されてもいいと思った。

 とはいえ、マホロを名乗ったのは全身全霊で戦うことの表明で、負ける気はない。


「ああ! 今日は素敵な日!」


 メロディは自らの持つ全ての技を使ってアイリスを攻撃した。

 アイリスもまた、自らの持つあらゆる技を使って反撃した。

 2人の攻防は長時間に及んだ。


       ◇


 素晴らしいなぁ、とアスラは思った。

 アイリスもメロディも、すでにMPが尽きている。もう長いこと魔法も覇王降臨も使っていない。その上で、体力も尽きかけている。

 だから徐々に、2人の型が崩れ始める。

 戦闘が長期化したので、見学している者たちは地面に座って談笑しながら眺めた。

 アスラも座っている。


「強いですな」とマルクス。

「どっちが?」とアスラ。


「どっちも化け物です」

「同意するよ」


 MPが尽き、体力が尽き、技が尽き、2人の戦闘は打ち合いの様相を呈し始める。

 受けたダメージが多いのはアイリスだが、アイリスは片刃の剣を使っているので、一撃当てれば大きなダメージを与えられる。

 いつでも逆転可能なのだ。

 2人とも肩で息をしながらも、まだまだ戦闘を止める気配はない。

 実に素晴らしいなぁ、とアスラは思った。


「私らと出会ったころのアイリスなら、メロディには手も足も出なかっただろうに」

「……そう思う……」


 アスラの独り言に、イーナが同意した。


「だとしたら、真の怪物はアイリスの方でしょうな」とマルクス。


「そうよねー」エルナが言う。「あの子の才能は知っていたけど、わたしは過小評価してたわねー。本当に見違えたわね」


「凄まじいの一言に尽きるね。1500年の技術の結晶を、1年で超えたのだから」


 アスラは感慨深そうに言った。


「超えた?」マルクスが問う。「まだ決着は付いていないと思いますが?」


「アイリスが勝つよ」


 アスラがそう言った瞬間、アイリスがメロディに斬りかかる。

 メロディが躱し、型が崩れていたアイリスがそのまま地面に倒れ込みそうになる。

 その隙を突いて、メロディが至高の蹴りを放った。その蹴りは最後の蹴り。この戦闘において、メロディにできる最後の攻撃。

 それに全てを乗せた。体力も、気力も、誇りも、何もかも。この蹴りさえ出せれば、あとは倒れても死んでも良い。そういう蹴り。


 アイリスは転換してメロディの方を向くが、回避も防御も不可能だ。

 よって、メロディの中段蹴りはアイリスの脇腹に炸裂し、アイリスは苦痛に顔を歪めた。

 同時に、アイリスは剣を捨ててメロディの蹴り足を掴む。


「つーかーまーえーた」


 アイリスがニヤリと笑って、渾身の頭突き。

 メロディは意識がぶっ飛んで引っくり返った。


「ほら、アイリスが勝った」

「……なんで、分かったの?」


 どや顔を浮かべるアスラに、イーナが不思議そうに質問した。


「理由は3つある。第一に」アスラが指を1本立てる。「アイリスの方が痛いのに慣れてる。私が慣れさせたからね。メロディより多くのダメージを受けられるはず。お互いに死力を尽くしたあとなら、その差が効いてくる。現にメロディは頭突きに耐えられなかった。アイリスならきっともう2発ぐらいメロディの攻撃に耐えられたはず」


「ほうほう」とイーナ。


「……え? 無理だと思うけど……」


 アイリスがボソッと言ったけれど、アスラは無視した。


「第二に」アスラが指を2本立てる。「メンタルの強さはアイリスの方が上だよ。なぜなら私らが鍛えたから。それにメロディは少し不安定なところがあるからね。実力が拮抗しているなら、メンタルの強さは重要なファクターになる」


「なるほどねぇ」エルナが頷く。「それで3つ目は?」


「うん。第三に」アスラが指を3本立てる。「あの状態なら、とりあえずアイリスって言っとけば半分の確率で当たる。外れても『読みが外れたか、アイリスもまだ甘い』とか言ってアイリスが悪い空気を作っておけば問題ない」


「……酷いっ!」とアイリス。


「オレ、団長のそういうとこ好き。酷くいい加減で鬼畜なとこ好き」


 レコがニコニコと言った。


「……ところでアスラ」


 アイリスが急に真剣に言った。


「なんだい?」

「……倒れてもいいかしら?」

「どうぞ。お疲れ様。手当はしておくよ」


 アスラが言って、アイリスがパタンと倒れて気絶した。

 なんだかんだ、アイリスが受けたダメージは大きいのだ。

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