ExtraStory

EX65 ちょっと行ってみよう 「そんな気軽に行く場所じゃない!」


「君らなんで、そんな険悪な雰囲気なんだい?」


 夕方、拠点の城に戻ったアスラが言った。

 ここは謁見の間。


「戦闘狂のバカ娘が暴れようとするから、じゃないかしらん?」


 柱にもたれたエルナが言った。

 エルナは魔王弓を持っていて、いつでも戦闘に入れるような状態である。


「そうですね。そのバカ娘がティナを泣かすと言うので、グチャグチャに殺したいですね。ティナの許可さえあれば、即時抹殺ですね」


 玉座の隣に立っている【守護者】ジャンヌが言った。

 ジャンヌもいつでも戦えるように集中している。

 玉座に座っているティナが大きな溜息を吐いた。


「えー? アイリスの前座に、ちょっと遊んであげてもいいよ、って言っただけでしょ?」


 戦闘狂のバカ娘、メロディ・ノックスがヘラヘラと笑った。

 メロディは壁にもたれて座っている。


「もう帰って欲しいですわ……」


 ティナはどこか疲れたような表情で遠くを見ていた。

 アイリスはコソッと謁見の間を出ようとしたのだが、メロディと目が合ってしまう。

 アイリスはサッと視線を動かしたが、今度はエルナと目が合った。


「なんで謁見の間にいるのよ……誰と謁見する気よ……」


 アイリスが大きな溜息を吐いた。

 エルナとメロディがアイリスを指さした。

 アイリスはアスラの背中にソッと隠れる。でも背中が小さかったのでマルクスの背中に移動。

 レコがティナの方に走り寄って、「はいこれ、国庫に入れておいて」と札束を渡した。


「ああ、お金は素晴らしいですわ。何も言わないし、暴れませんもの」


「お尻とどっちが?」とレコ。


「はぁ? 比べるまでもありませんわ。お金など所詮、ただの紙切れですわ。お尻に比べたらうんこと一緒ですわ」

「うんこはお尻から出るけどね」


 沈黙。

 レコはタタッと走ってアスラの方へ。


「ティナ、パジャマ姿ということは、今日は休んでいたんだろう? もう行ってもいいよ。見張りなら私が引き継ごう」

「ああ、アスラ、よろしくお願いしますわ!」


 ティナは両手を合わせて喜び、玉座から立ち上がる。そしてジャンヌを連れて自分の部屋へと向かった。


「ほう……。なるほど」アスラが頷く。「ジャンヌの奴、出しっぱなし可能になったのか」


 ジャンヌが死ぬ前にティナに付与した【守護者】は、ティナへの殺意がキッカケで発動する。その後、殺意が消えたら【守護者】も消えていた。

 だが今は違う。誰もティナに殺意を向けていない。

 ジャンヌがティナを守るためだけに組み上げた魔法。

 それを、ティナと【守護者】ジャンヌの2人で改良していたのは知っている。

 いずれ、出し入れ自由になりそうだね、とアスラは思った。


「「アイリス」」


 エルナとメロディの声が重なった。

 あまりにもピッタリのタイミングで呼んだので、2人とも苦い表情を浮かべた。


「私が先に戦うんだけど?」とメロディ。


「わたしは用があるだけで、戦うわけじゃないのだけれどー?」

「そもそも、あたしは戦いたくないわけだけど?」


 アイリスはマルクスの背中から顔だけ出して言った。

 正直、メロディと戦うのは面倒だわ、とアイリスは思った。自分とどっちが強いのか、興味がないわけじゃないけれど。


「メロディ」アスラが言う。「戦うなら明日の昼にしろ」


「なんでー?」

「うちの仲間たちが仕事から戻る。面白いイベントだからね。勝手にやると連中絶対に怒る。間違いない」


「賭けもしたいですしね」とマルクス。


「女の子同士がボロボロになるまで殺し合う!」レコが嬉しそうに言う。「みんなきっと、そういうの好きだよね! オレは大好き! 片方が団長ならもっと良かった!」


「あたしは嫌いだけど!? 殺し合いとかしたくないけど!?」


 アイリスがビックリして言った。


「まぁ、別に明日でもいいけど?」メロディが言う。「その代わり、明日は誰も邪魔しないでよ?」


「もちろんだとも」


 アスラが笑顔で承諾。


「あたしの意思が、介在していないっ!?」アイリスが言う。「ああああ! だからお城に戻りたくなかったのにぃ!」


 メロディが待っていると知った瞬間から、アイリスは再び自宅に帰るかどうするか真剣に考えたのだ。

 でもアスラが「まぁまぁ、いいから私たちと城に戻ろう、ね? 明日戻るトラグ大王国組は君とは久しぶりだし、きっとみんな会いたがってる」と可愛らしく言うから、チョロッと帰城してしまったのだ。


「賭けて呑んで楽しみたかったのね!?」


 アイリスが叫ぶと、アスラが微笑む。


「君に賭けるから負けちゃダメだよ」

「オレはメロディかな」

「自分はどっちにするか、明日までに決めておきます」


 みんながノリノリなので、アイリスは頭を抱えた。


「そろそろ、わたしの話いいかしら?」とエルナ。

「どうぞ」とアスラがジェスチャ。


「ねぇアイリス、戦力アップのために魔王剣を使ってみない?」


 エルナのその提案に、アイリスは目を丸くした。そして聞き間違いじゃないか頭の中で何度も反芻。


「へぇ。いいじゃん!」メロディが言う。「魔王剣を持ったアイリス! 対お姉様戦の練習になりそう!」


「ええっと。ちょっと待ってエルナ様」


 アイリスはとりあえず、メロディを無視して話を進めることに。


「なんであたし? スカーレット戦のためだと思うけど、ミルカ様とかでいいんじゃ? 他にも大英雄はいるし、なんであたし?」

「使える可能性が高いからよー」


 言いながら、エルナは柱から離れてアイリスに近寄る。


「でも、魔王武器は封印されてるんじゃ……?」

「使ってみて分かったのだけど、これは本当に強力な武器よ。使えるなら使った方がいいわねー」

「ええっと、強力すぎるから封印されたんじゃ?」

「違うわよー。強いから封印されたんじゃなくて、扱えないから封印されたの。つまり、扱えるなら別に何の問題もないでしょ、って話」

「な、なるほど……」


 やだなー、使いたくないなー、と思うアイリス。

 魔王武器は明らかに破壊するための力だ。誰かを殺すための力だ。アイリスにその気がなくても、あれは殺してしまう。


「それに便利なのよ?」エルナが微笑む。「ほら、普段は勝手に別の空間に消えてくれるのよー」


 エルナが魔王弓を持った左手を伸ばし、そして魔王弓を手放す。

 魔王弓はその場に滞空し、バリバリと空間を引き裂く。

 アスラが魔王弓の隣に移動。


「この亀裂、もっと大きくできるのかね?」


 アスラが魔王弓に触れながら言った。

 その後、すぐに亀裂が大きくなる。


「ふむ。快適かね? この中」


 アスラが独り言のように言った。


「ふむ。では入ってみるか」


 ヒョイッ、とアスラが大きくなった亀裂に入った。

 アスラは完全に亀裂の向こう側に行ってしまって、姿が見えない。

 魔王弓はそのままこっちの世界に残っている。


「は?」「え?」「ん?」


 誰もがその行動を理解できなかった。

 魔王弓ですら、理解できなかった。「俺も入っていいのだろうか?」という感じで、キョロキョロしている。魔王弓が、だ。


「うっそでしょ!?」アイリスが叫ぶ。「そっちどうなってるか、全然分からないのに何で突っ込んだの!? いつも冷静さがどうのこうのって、アスラ自身が口を酸っぱくして言ってるでしょ!?」


「団長はたまに、自殺志願者のようなムーブをする」


 マルクスが引きつった表情で言った。


「魔王弓がめっちゃ困ってて笑える」


 レコが魔王弓を指さして言った。


「ないないない」メロディが言う。「さすがに今のはない! 私でもやらない!」


 と、アスラが右手を亀裂から出して小さく振った。

 次にアスラは顔も出した。


「かなり広い空間のようだね。これは本当に便利だから、アイリスが魔王剣を使わないなら私が使おう」


「そっち大丈夫なの!?」とアイリス。


「大丈夫だよ。地面ないけど、なぜか落ちない。収納ボックスとして使える」


 アスラが言うと、魔王弓が酷く嫌そうにブンブンと振れた。

 アスラが睨むと魔王弓はピタッと動きを止める。


「……魔王武器の空間を、収納ボックス扱いするのー?」


 エルナが酷く呆れた風に言った。実際、本当にかなり呆れている。


「てゆーか! なんで入ったの!? 普通、先にレコとか行かせて検証しない!?」

「オレは危険でも良いってこと? アイリス、酷くない?」


 レコが文句を言った時、アスラが亀裂から完全に脱出。こちら側に戻った。


「特に危険はないと思ったんだよ」


「その根拠は!?」とアイリス。


「魔王弓が快適な場所だと言ったからだよ」

「信じたの!? てゆーか、人間には不快かもしれないでしょ!?」

「そうかもしれないけど、最悪、魔王弓が身を挺して私を助けるはず」


 アスラが笑顔で魔王弓を見ると、魔王弓はススッーっと、エルナの背中に移動。


「……この子はねー」エルナが言う。「もうわたしのだから、いじめないで欲しいのだけれどー?」


 エルナの前の所有者はアスラである。

 ただし、アスラは魔王弓を武器庫に放っておいたので、収納空間のことは知らなかった。


「てゆーか!! 魔王弓!! あんた、なんでそんなに動けるわけ!? 武器でしょ!? アスラがバカだから、なかなか突っ込めなかったけど!! 見逃してないわよ!?」


「おい誰がバカだ?」とアスラ。


「魔王弓はねー、意思の集合体なのよ」エルナが言う。「悪く言えば悪い意識の寄せ集め」


「それ、良く言っても悪い意識の寄せ集めよね!?」


「アイリスの突っ込みが冴え渡ってるね」とレコ。


「良く言えばネガティブなエネルギー」

「同じ! ほとんど同じ!! ちょっとカッコいい言葉に代えただけ! エルナ様どうしたの!?」

「どうもしないわよー、変な子ねー。要するに、魔王弓とはコミュニケーションが可能なのよ。認められるか、屈服させたら、の話だけれど」

「だから私はさっき、魔王弓と会話したんだよ」

「そうでしょうとも! そうでしょうね! でも! 動く説明は!?」


「……魔力の放出らしいわよ」エルナが言う。「指向性を持った放出」


「魔力だけは腐るほどあるしね、魔王武器って」


 アスラがへラッと笑った。


「いいわ。もう突っ込みどころはないわね」


 アイリスは念のため、マルクスを見た。

 マルクスは小さく頷く。もうない、という意味だ。


「じゃあ、魔王剣は私が使うってことでいいかね?」

「あたしは別にいいわよ。使いたくないもの」


「わたしも別にいいわー」エルナが笑顔で言う。「スカーレット戦に向けての戦力増強だから、別にアスラでもいいのよ」


「エルナ。私に何か言いたいことは?」

「特にないわー」

「ほう」


 アスラはちょっと驚いた。てっきり、西の英雄の件で何か言われると思っていた。


「スカーレットとは戦うんでしょー?」

「そのつもりだよ?」

「なら、何も言わないわ。なんなら、魔王武器の封印場所、全部教えてもいいわよー?」

「ふむ。マルクスどうだい?」

「自分は聖剣がありますので、特に必要ではありませんね」

「だよね。そして君が不要なら、他の連中も不要だよ。今は扱えないからね、たぶん」


「てゆーかエルナ様、アスラたちに全部とか危険すぎるわ」アイリスが言う。「いつか扱えるようになったら、魔王武器を完備した傭兵団になっちゃうわよ?」


 脅威度があまりにも高すぎる。今ですら恐ろしいのに、本当に誰も手が出せなくなってしまう。


「そうねー。でもねーアイリス」エルナが薄暗い表情で言う。「どうでもいいのよ、遠い未来のことなんて。近い未来で、スカーレットさえ殺せれば」


 そのエルナの言葉は本心だ、とアイリスは理解した。

 同時に、エルナは今もずっと闇の中なのだと知った。大英雄としては長くない。単純に相応しくないからだ。

 エルナ自身も、きっと気付いている。エルナは闇に身を委ねたけれど、知能が落ちたわけじゃない。

 たぶん、とアイリスは思う。

 スカーレットとの戦いが終わったら、エルナは引退する。

 そのことを、アイリスはとっても寂しいと感じた。

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