第10話 いつも素敵な地獄絵図を望んでいる いつかの未来でも


「いい素材だっただろう?」


 アスラが言って、ミルカが頷いた。


「リュシは団長候補として、オレが直接育てるよ」

「……どういう意味で?」

「いや、そのままの意味だけど……」


 ミルカが苦笑い。

 ここは蒼空の薔薇、校長室。

 校長は職員室の方で待機している。よって、この部屋にはアスラとミルカの2人だけ。


「手は出さない、と?」

「出さない。団長候補と寝ると、色々とさ、面倒そうだし」

「君、割とヘタレだよね」

「うるさい。オレは後腐れなく遊びたいんだよ」


 やれやれ、とミルカが肩を竦める。

 アスラもミルカも、来客用のソファに座って向かい合っている。2人の間には意匠を凝らしたテーブル。

 テーブルの上には2人分のアーニア茶。


「それで? みんな合格だろう?」

「もちろんだとも」

「レコは返せよ」

「いらないよ。あいつオレのこと本気で殺そうとしてたし」


 ミルカが苦笑い。

 バツ組生たちの正騎士試験はつつがなく終了。1時間後に追って結果を知らせるので、教室で待つようにとミルカは伝えた。


「じゃあ本題だよミルカ。どうして1時間も取った? なんなら、あの場で合格を伝えても良かったはずだよ。連中はそれだけのデキだった」

「アスラちゃんとゆっくり話したかったんだよ」

「嫌だ、君とは寝ない」


「誘ってねぇし!!」ミルカがテーブルを叩く。「いや、誘っても乗ってこないし!」


 アスラは何も言わずに、お茶をコクコクと飲んだ。


「マイペースだねぇ……」ミルカが溜息を吐く。「それより、西の英雄殺した?」


「まさか。私の雇い主の関係者が殺したのは間違いないけど、誰かは分からないね」

「それ信じていいのかな?」

「ああ。私は嘘を吐かない」


 アスラが片手を広げた。

 ミルカはまた苦笑い。


「でもエルナおねーたまが……」

「うわ、キモ」

「オレ、そろそろ泣くよアスラちゃん?」

「ますますキモいから泣くな」

「とにかく、西の英雄の報告を聞いた時のエルナおねーたまの反応が気になってな」


 ミルカは急に真面目に言った。

 ああ、エルナは気付いている、とアスラは思った。

 当たり前だ。エルナはアスラたちがマティアスを殺したことも知っている。知っていて、利用している。


「どんな反応だったんだい?」

「嬉しそうというか、こう『そう、アスラちゃんたちが関わってるのねー』って意味深に言ってた」


 なるほど、とアスラは頷いた。

 エルナはスカーレット対策にアスラたちを利用したいと思っている。西の英雄が死んだ件で、何かしらアクションを起こす可能性はある。

 まぁ、証拠なんてないから、突っぱねることも可能だけれど。


「思い当たる節がある?」とミルカ。


「君はチャランポランのセクハラ野郎だけど、勘は良い。さすが大英雄にして蒼空騎士団長」

「で? 実際どうなのアスラちゃん? 英雄殺した? オレの思い過ごし?」

「殺しちゃいないよ。別に殺しても良かったけどね。スカーレット戦の前に英雄と揉めたいとは思ってない。これで納得して欲しいかな」


「ま、殺したとは言わない、か」ミルカが微笑む。「じゃあエルナおねーたまの反応については? 思い当たるんだろう?」


「それはエルナに聞け。と言いたいところだけど、推測で良ければ」

「いいさ」

「便宜を図るからスカーレット戦で協力しろ、って感じかな」


 アスラが言うと、ミルカが首を傾げた。


「ええっと、まずスーカレット戦についてだけど、私らは英雄と一緒には行動しない。こっちはこっちで勝手にやる。その予定なんだよ」

「なるほど。ジャンヌを倒したアスラちゃんたちと協力したいってのは、英雄の総意と言ってもいい。便宜って?」

「エルナは私らがやってないと確信している。だから、これ以上、私らが捜査やら何やらで煩わされないよう便宜を図ってくれるんだろう」

「スカーレット戦の協力を約束すれば?」

「そう。予測だけど、大きく外れてはいないはず」


 スカーレット戦に関して、アスラは英雄の下に付く気はない。一緒に行動する気もない。

 とことんやるのだ。殺し合うのだ。徹底的にやるのだ。楽しむのだ。戦争を楽しむのだ。早期解決を目指す英雄なんかと一緒に動けるものか。

 そんなことより、スカーレットと寝る方法を考えなきゃ、とアスラは思った。

 愛し合うのだ。スカーレットと愛し合って、それから殺し合うのだ。きっと悲しい。きっと楽しい。きっと心が引き裂かれるようで、とってもとっても苦しいだろう。

 想像しただけで心が震えるっ!


「そうか。まぁ、協力してくれるなら……」

「しないよ」


 ああ、そうだ、ミルカのようにストレートに誘うのもいい。

 案外チョロッと寝れるかもしれない。


「え? しないの?」


 ミルカは酷く驚いた風に目を丸くした。


「君らと私らは目的が違う。スカーレットと戦う目的が天と地ほども違う。チグハグになるだけだよ。私らは私らの目的を譲らない」


「なるほど、ね」ミルカが肩を竦めた。「目的が違うってのが、オレにはよく分からないけど、まぁ仕方ないか」


「君らは早期解決。私らは全てを出し切る総力戦。徹底抗戦。国の1つや2つは消し飛んでいい。どれだけ死んでもいい。私らが楽しければ」


 酷く薄暗い表情でアスラが言った。

 ミルカは息を呑んで、そして理解した。

 アスラと理解し合うのは不可能だと理解した。上辺だけの会話を楽しむことはできる。仲良く食事だって可能だ。なんなら、一夜をともにしてもいい。

 だけれど。

 それでも、心から理解し合うことはない。


「お互い、邪魔だけはしないように心がけよう」


 ミルカはそう言って話を締めた。これ以上の会話は無意味だと判断したのだ。

 価値観が違いすぎる。


「そうだね。それを心に留めて、忘れないでミルカ」アスラが言う。「私はスカーレットとの戦闘を望んでいる。心から望んでいる。イーティスとの大規模な戦争を望んでいる。素敵な地獄絵図を望んでいる。ああ、一応言っておくけど、これは《月花》の総意だよ」


       ◇


 いつかの未来。

 蒼空騎士団、新団長と同期だったヴィクとサーラへのインタビュー。


――バツ組で一緒だったと聞きましたが、当時の印象はどうでした?

「んー、うちは特に何も。便利な子だったなぁって。色々買い物してもらってたぁ」

「僕は可愛いと思っていましたね。あと、なんでこんな弱いんだろうって」


――当時は弱かった?

「たぶん。うちより弱かったんじゃない? 体力はあったし、頭も良かったけど、対人戦が本当にダメで、能無しとか無能とか散々言われてたなぁ。うちも言ったかも」

「バツ組の中では、最下層って感じでしたね。正直、ちょっと虐めてました。もちろん、そのことは謝罪し、受け入れて貰っているし、僕自身、とても反省しています」


――ははっ、あの新団長を虐めるとは、怖い物知らずですね。

「だから当時は、そんな感じじゃ、なかったんだってばぁ」

「そうですね。彼女が今みたいになったのは、間違いなく当時の教官の影響でしょう」


――傭兵国家《月花》の初代皇帝、人類最初のサイコパス、銀色の魔王アスラ・リョナが教官だったと噂で聞きましたが、事実ですか?

「そうでぇす。地獄のような日々だったけどぉ、今でも1番よく思い出すのはあの30日間のこと」

「僕もですよ。あの30日があったから、今の僕たちがあります。地獄の日々でしたが、人生で1番輝いていた」

「はぁ? うちとの結婚式が1番じゃないのぉ?」

「あ、もちろんサーラとの結婚が1番! うん! 間違いないです!」


――バツ組同士で結婚したんですね。

「だねぇ。あの30日の、特に想定訓練で、うちらは他人じゃなくなったって感じ?」

「ですね。だからリュシとトンミも結婚した。正直、あの2人が結婚するって聞いた時は目を剥きましたがね。リュシを1番虐めてたのがトンミでしたし。あ、もちろん、トンミもリュシとは和解していますし、ずっとリュシを支えていたのは知っています」


――そうですか。まぁ、夫婦で団長と副団長というのは、蒼空の歴史上、初のことですし、話題性があっていいですね。何か一言、頂けますか?

「頑張れ! って感じかなぁ。あと、うちらの商会使ってくれてありがとう」

「僕からも頑張れと言いたいですね」


       ◇


 新団長、及び副団長へのインタビュー。


――まずは、団長及び副団長就任おめでとうございます。

「どうもありがとう」

「ああ、ありがとな」


――率直に、どんな気持ちですか?

「私は、やっと団長になれたんだなぁ、って。感無量かな。ミルカ様が引退しちゃったのが寂しいですけど」

「お前、本当にミルカ様好きだよな」

「妬いてる?」

「ま、まさか……」


――前団長に何か特別な想いがありましたか?

「はい。私を救ってくれた人なので。蒼空騎士を目指したのは、私を助けてくれたあの人がキラキラと輝いて見えたから。だから、私にとっては、本当に特別な人」

「俺は特にねーな、そういうの。まぁ可愛がってはもらったかな?」


――なるほど。バツ組から団長と副団長が生まれたのは史上初のことですが、どうです?

「教官が良かったから、としか。普通のバツ組は劣等生だし、私もあの教官じゃなかったら、正騎士にもなれなかったかも」

「言えてるな。普通の教官じゃ、俺も副団長になってねーよ。つーか5年ぐらいで辞めてたと思うぜ?」


――アスラ・リョナですか?

「そう。恩人だと思っています。たとえ、彼女と殺し合うことになっても、その想いは変わらない。もちろん、倒すべき敵なら手加減はしないけど、きっと勝てないだろうなぁって」

「そんな弱気な、って言いたいところだけど、俺も同意見。なるべく連中とは揉めたくねーな。今のところ、敵対せずに上手くやってるけど、教官……じゃねぇや、アスラ・リョナはいわゆる火薬庫だから」


――アスラ・リョナに育てられた異質のバツ組生。話題性の高さが半端ないですね。最後に一言ください。

「私が団長になったからには、生ぬるい訓練は許さないわ。少なくとも、正騎士試験の規定は引き上げるし、正騎士になってからの訓練も増やして、全体的に戦力アップを目指すわ」

「前団長のミルカ様は強いし、女癖が悪いのを除けば善人だったけど、ちょっとヌルいところあったからなぁ。これからは引き締めていこうと思ってる」


       ◇


 アスラ・リョナへの取材。


――本日は……

「挨拶はいい。何が聞きたいんだい? 私の華麗なる戦歴かね? それとも育成の秘訣? もしくは、嫌いな人間を暗殺する方法かね?」


――いえ、蒼空騎士団の新団長と副団長について何か、一言もらえれば。

「ああ、リュシとトンミか。懐かしいね。時々、節目で手紙が届いていたよ。文通ってほどじゃないけど、連絡はあった。私も返信してたしね。人脈は大事だからね。どこから、どんな楽しい依頼が舞い込むか分からない」


――ええっと、彼らについて一言……。

「いい団長と副長になるさ。30日間、私の訓練を受けたのだから。私の訓練は、お金を払って『どうか受けさせてください』って土下座するようなもんだよ? 彼らは本当にラッキーさ。たった30日でも、他と差を付けられる。君もやってみるかい?」


――遠慮します。途中で死ぬ自信があります。

「そうか。他に聞きたいことは?」


――リュシ団長とトンミ副団長は、銀色の魔王アスラ・リョナと関わってハッピーエンドを迎えた希有な例だと言われていますが、どう思いますか?


「彼らの人生はまだ終わってない。なのにエンド? それとも結婚したら人生が終わりだとでも? それから、彼らがハッピーかどうかは彼らが決めることだよ。ちなみに私はとってもハッピーだよ。今までも、きっとこれからもね」

 

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