第9話 女帝の再臨 「あたくしは自己進化型の魔法です」
ミルカはバツ組生たちと戦いながら、酷く驚いていた。
ここは蒼空の薔薇、第一運動場。昼食後の実技試験中。ミルカがいるからか、ギャラリーが集まっている。
ミルカはバツ組全員を1度に相手にしているのだが、割と防戦一方になっていた。
こいつらっ、正騎士より強くないか?
1人1人の技術もそうだが、何より連携が素晴らしい。リュシが指揮を執って、みんなで波状攻撃を仕掛けている。
やる気も十分。相手が団長であっても、遠慮がない。特にレコからは明確な殺意を感じる。
集まったギャラリーたちが、何度も息を呑む。
リュシを中心としたこの小隊は、本気で強い。
「やるじゃないか」ミルカが褒める。「中位の魔物も狩れそうだ」
「ありがとうございます」
リュシは攻撃の手を休めない。他の誰も休めない。
「ですが団長様、私たち、中位の魔物はすでに狩りました」
「はぁ!? なんで!? どういうこと!?」
ミルカはめちゃくちゃ驚いた。
通常、薔薇生が中位の魔物を狩るなんてことは有り得ない。
「教官が! 想定訓練で! 本物の魔物を使った魔物狩りを! したんだよ!」
トンミが攻撃しながら言った。
「それ想定訓練じゃなくね!?」ミルカが言う。「普通に魔物退治じゃね!? なんで魔物退治してんの!? アスラちゃん!?」
ミルカは戦闘中だけれど、アスラに視線を送った。
ギャラリーと一緒に実技試験を見守っているアスラが、ニッコリ笑って手を振った。
ああ、可愛いなチクショウ!
「山賊も退治したしぃ!」とサーラ。
「ギャング団も潰しましたね」とヴィク。
「おーい! マルクス!?」
ミルカがマルクスに視線を送る。
「自分は要求された通り、バツ組の連中を育成したが、特に問題はなかった。問題が起こる前に、うちの団長とは話し合っていて、優しい訓練が主だったからな」
マルクスは酷く淡々と言った。
「アイリス!? 一緒にいたんだろ!? 犯すぞ!?」
「えー? 何が問題なの? 悪者退治もできて、一石二鳥の想定訓練でしょ? あと、玉潰すわよ?」
「想定訓練は想定訓練であって、実戦じゃねぇぇぇ!」ミルカは叫びながらも、ちゃんとバツ組生の攻撃を捌いている。「それと、大英雄様をもうちょっと敬え! 玉は潰さないで!」
「そういえば、大英雄だったわね。あーあ、アクセル様が良かったなぁ」
「オレだって大英雄なんか辞めたいし!」
「そんなギルベルト様みたいなこと言わないの」
やれやれ、とアイリスが肩を竦めた。
◇
さすが大英雄だ、とリュシは思った。
ミルカは笑顔で会話しながら、全ての攻撃を捌いている。
リュシは自分がこの領域に到達することはないだろうな、と思った。
「よし、こんなもんだろう」
ミルカが少し気を抜いたので、リュシたちは一気に加速してミルカを攻撃した。
「ちょ、お前ら、ちょっと……」
ミルカは焦りながらも、みんなの攻撃をガード。青い刀身がキラキラしていて、とっても綺麗だった。
ああ、ミルカ様、本当にカッコいいなぁ。
ずっと戦っていたい、とリュシは思った。
この試験が終わったら、団長であるミルカと会う機会なんてほとんどない。式典とか、大規模部隊の編成が必要な時とか、割と特別な時しか会えない。
「倒すわよ!!」
リュシが大きな声で言って、みんなが「「蒼空!!」」と応えた。
「ほらミルカ!」アスラが叫ぶ。「本気見せてやれ! でないと君、負けちゃうよ!?」
「いや、さすがに負けはしないけど!」ミルカが苦笑い。「そんなに見たいなら見せてあげるさ! お代はアスラちゃんの身体でね!?」
ミルカが闘気を使用。
闘気は自らの持つ最大の力を引き出すモノ。最高のコンディションで戦うためのもの。要するに、いつ、どんな状況でも本気が出せる便利な技。
ミルカの闘気は清々しく、凜と鳴る鈴のようだった。
そして。
ミルカの闘気に合わせてリュシたちも闘気を使用。
「はぁ!? なんでお前ら、闘気使えるんだよ!?」
ミルカは何度目かの驚きの声を上げた。
「私が念のため教えておいた。隙間時間で」
アスラがドヤ顔で言った。
「アスラちゃん! マジで! あとでケツ叩かせて!? その可愛いケツ、叩かせて!?」
「はっはっは! 嫌だよ!」
アスラとミルカは仲が良いなぁ、羨ましいなぁ、とリュシは思った。
(私のお尻でよかったら、好きなだけ叩いていいのに)
そんなことを考えながら、リュシは剣を振る。
ミルカはガードし、そしてさっきまでと違って、弾き返した。
身体が崩れたリュシの腹部に、ミルカが蹴りを入れる。
一撃でリュシがダウン。
トンミの攻撃をミルカが躱し、ミルカは剣を左手だけで持ち、右手の拳をトンミに叩き込む。
トンミも一撃でダウン。
実力トップ2が立て続けに倒れ、サーラはちょっと戸惑った。その隙に、ミルカは手刀でサーラの首の後ろを打った。
サーラも倒れる。
「えぇ?」
みんなが速攻でやられて焦ったヴィクは、攻撃を止めてしまう。つまり、動きが止まったのだ。
そして次の瞬間には、ヴィクはミルカのパンチで引っくり返った。
ああ、なんて強い人、とリュシは嬉しくなった。
みんな闘気まで使ったのに、あっさりと負けてしまった。
あ、まだレコが残ってるけれども、とリュシは地面に座りながら思った。
「うお! なんでそんな殺意満々なのかな!?」
レコの攻撃をガードしたミルカが言った。
「団長の可愛いお尻は、渡さない! ちなみに胸はないから諦めろっ!」
「ほう! じゃあ胸はアイリスのを使うからいい!」
「それもオレのだからダメ!」
「何言ってんの? ぶっ殺すわよ? このセクハラ野郎どもめ!」
アイリスが怒った風に言った。
「おいレコ」アスラが苦笑いしながら言う。「ミルカに勝てたらエッチしてあげるよ」
「本当!?」
レコは激しく驚いて、アスラの方を向く。身体ごと、速攻でアスラの方を向いた。
その瞬間に、ミルカがレコを蹴っ飛ばす。
「あぎゃっ」
レコは無様な悲鳴を上げて、地面に倒れた。
「ああ、残念、君の負けだよ」アスラはとっても楽しそうにニヤニヤと言った。「いつも冷静さを失うなと教えているだろう? 今は蒼空の試験だからどうでもいいけど、うちで同じことやったらティナ送りにするからね?」
「……はぁい」
レコは酷く悔しそうに返事をした。
◇
エルナ・ヘイケラは傭兵国家《月花》の帝城を訪ねていた。
「これはこれは、裏切り者のメロディ・ノックスじゃないの」
エルナは侮蔑を込めた口調で言った。
中庭のベンチにはブリットが寝転がっていて、メロディはストレッチをしていた。
「あらら? 大英雄の……誰だっけ? 弱い人に興味ないから、名前忘れちゃったな」
「言うじゃないの。ここで始末してあげようかしらねー」
エルナが右手を伸ばすと、空間が引き裂かれた。
宙に生まれた亀裂は、酷く禍々しいエネルギーを発生させながら拡張する。
そして亀裂の中から骨でできた弓が出てきた。
エルナはその弓を手に取る。そうすると、空間の亀裂が消滅。
「……他人の城で、とんでもない武器、出すなですぅ」
ブリットがムクッと身体を起こし、ベンチに座り直した。
「お姉様と同じ系統の武器?」
メロディがストレッチを中断し、警戒する。
「魔王弓よー。消し飛ばしてあげるわねー? スカーレットの仲間になった元英雄なんて、冗談じゃないわ」
「……ちょ、ちょっと待て……」ブリットが慌てて言う。「何しに、その、来たですぅ?」
「アイリスに用があるのよー」
「今、いねーです」
「知ってるわー。でも、今日が試験の日だから、今日の夜か明日には戻るでしょー?」
エルナは全て把握している。アイリスが蒼空の薔薇にいることも、なぜそこにいるのかも。そして、バツ組の試験が今日であることも。
「……じゃあ、明日来いですぅ……」
「あら? 夕飯頂こうと思ったのよー」
エルナは時々、こうして《月花》の夕飯を食べに来る。もちろん誘われていない。
「ちょっとエルナ!!」
上の階の窓から、ティナが飛び降りた。
「そんな物、仕舞ってくださいませ! ここはぼくの城ですわよ!?」
ティナがエルナを睨む。
魔王弓の禍々しい空気を感じて、慌てて自室を飛び出して来たのだ。
「久しぶりねー」
エルナが笑う。
「ええ、久しぶりですわね」
ティナが苦笑いしながら言った。
「ねぇ、大英雄のおばさん」メロディが言う。「やるの? やんないの?」
「……止めておくわ」
「えー? 何いきなり日和っちゃってんの? 私に勝てないって分かっちゃったの?」
「メロディ!」ティナが鋭い声で言う。「挑発しないでくださいませ! 叩き出しますわよ!?」
「へぇ? そういや、北の海では私と少し戦ったんだっけ?」メロディがニヤニヤと言う。「暇潰しに、叩き出してみる?」
メロディが殺気を放ってティナにぶつけた。
その瞬間、【守護者】ジャンヌが発動。発動と同時に疾走。漆黒のクレイモアでメロディを攻撃。
メロディは虚を突かれたが、それでも初撃を回避。
ジャンヌは続けてクレイモアを横に振った。
メロディはそれも回避。
「やりますね」ジャンヌが言う。「ですが、ティナに殺意をぶつけるような輩は、死ぬべきです」
「あなた誰?」メロディが言う。「めちゃくちゃ強いってのは分かるけど、人間? どこから出てきたの?」
「ジャンヌ・オータン・ララ」エルナが言った。「かつてフルセンマークを恐怖のどん底に叩き落とした魔王。その姿を模倣した魔法、でしょ?」
「ええ。あたくしは魔法です。ですけれど、あたくしの記憶を持っているし、本体とさほど変わりません。人間じゃない、という点ぐらいです、違いは」
言いながら、ジャンヌはエルナの持っている弓を見ていた。
「どこ見てるの?」
メロディが距離を詰めて、ジャンヌを蹴る。
ジャンヌは腕でガードして、だけれどダメージが大きいと判断。自分から飛んで威力を殺す。
「いい蹴りですね」ニヤッとジャンヌが笑う。「まぁまぁ強いですね。ティナに土下座して、お尻を捧げるなら部下にしてあげてもいいレベルです」
「はぁ? この私が、マホロの私が、偽物のジャンヌ如きの部下になるとでも?」
「偽物?」ジャンヌが首を傾げる。「はて? あたくしは確かに魔法であって本体ではありませんけれど」
「そういう意味じゃない。お姉様に聞いたの。あなた、本当はジャンヌじゃないでしょ?」
「いいえ」ジャンヌが真面目に言う。「あたくしがジャンヌです。その名はあたくしのモノ。証拠を見せましょう。【神罰】改め【神滅の舞い】」
2体の堕天使が降臨し、メロディを攻撃。
「魔法が魔法を使った!?」
メロディは酷く驚いたけれど、堕天使2人の攻撃を回避し、反撃する。
「あたくしは自己進化型の魔法です。あたくしの本体が天才中の天才だったので、可能な芸当とでもいいましょうか」
「くっ、この魔法、一体が英雄並の戦闘能力!?」
メロディは仕方なく闘気を使用し、堕天使2体を殲滅。
「なるほどなるほど」ジャンヌが言う。「大英雄程度かと思っていたのですが、それ以上ですね。まぁあたくしの足下にも及びませんけれど」
「試してみる?」
メロディが覇王降臨を使用。
赤い魔力の衝撃波が生まれる。
ジャンヌはティナの前に立って、ティナがその衝撃波に晒されないようにした。
「それは?」とジャンヌ。
「覇王降臨。闘気の上位互換。マホロの奥義だけど、最近は使える奴が増えて困っちゃう」
「ふむ。こんな感じですか?」
ジャンヌは見よう見まねで、覇王降臨を使用。
黒い衝撃波が走ったが、ティナだけを上手に避けた。
さっき、メロディの衝撃波で引っくり返ったブリットが、再び引っくり返った。
「……冗談でしょ?」メロディが酷く苦い表情で言う。「アスラですら、結構な訓練を積んでから使えるようになったのに……。一撃って……化け物か何かなの?」
メロディも覇王降臨を使えるようになるまでに、酷く苦労したのだ。
「魔王です」
「姉様、今はアスラが魔王って呼ばれてますわ」
「……そんなっ……あたくしの命だけじゃ飽き足らず、愛称まで奪うと!?」
「姉様、魔王は愛称じゃありませんわ。むしろ蔑称なので、問題ありませんわ」
「ティナがそう言うなら、アスラに譲ります」
「あなたみたいな怪物が死んでいて、本当に良かったわー」
エルナがしみじみと言った。
「魔法だから、魔力の扱いが上手いとか、そういう感じ?」とメロディ。
「いいえ。あたくは生前でも、たぶん同じようにできたかと。ただ、魔法戦士でしたから、闘気自体、ほとんど使わないんですよね」
だから、闘気の上があるなんて知りもしなかった。
「お姉様の嘘吐き……。こいつ、めっちゃ強いじゃん! 楽しくなってきた! 殺し合いましょ!」
スカーレットのいた世界と、こっちの世界は別の世界なのだ。
ジャンヌとルミアの歩んだ道が大きく違っているのだ。
「いいですね。殺してあげます」
「ダメですわ! ここで頂上決戦は許しませんわ!」ティナが怒って言う。「もし人的被害が出たら、アスラがぶち切れますわよ!?」
「ティナが困るなら、あたくしは止めます」
ジャンヌは覇王降臨を終了させる。
この隙に攻撃されて死んでも、【守護者】ジャンヌは何度でも復活するので問題ない。ティナの魔力がある限り、という注釈が必要だけれど。
「あなたが嫌なら、ティナを泣かして無理やり戦わせるだけ」
メロディが構える。
「この戦闘狂!」とティナ。
「ティナを泣かすなら、手足引き千切って泣きながら殺してくださいって懇願するまでズタズタにしてあげます」
「……アイリスと戦いに来たはずですぅ」ブリットが言う。「アスラたち、戻るから迎えを寄越せって……」
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