第7話 想定と絆 鬼にも負けず、魔王にも負けず


 リュシは防戦一方だった。

 山小屋は割と広いし、剣だってちゃんと振れる。仲間たちもお互いに距離を取っているので、仲間を斬る心配はもうない。

 ただ、リュシの身体が初めての実戦に強張って思うように動かない。


 それでも、防御できているだけマシだ。以前のリュシなら、アスラの訓練を受ける前のリュシなら、たぶんもう死んでいる。

 アスラはリュシに対して、対人戦闘を主体とした訓練を課していた。そのおかげで、だいぶまともに戦えるようになったのだ。


「ああああ、なんで僕がぁぁぁぁ!」


 ヴィクは半泣き状態で剣を振っていた。

 冷静さがないので、基本的には空振りである。


「帰りたいぃぃ! うちもう帰りたいぃぃ!」


 サーラは明確に泣きながら剣を振っていた。

 トンミは泣き言は吐かないけれど、普段通りの動きじゃない。

 そんな中、レコだけが「ほい、ほい」と軽いノリで山賊をぶち殺していた。


「レコ、あんまり君だけで殺しすぎるな」入り口に立っているアスラが言った。「もう君は防御だけね」


「はぁい」


 レコは素直に返事をして、防戦に転じる。

 リュシはちゃんと周りが見えている。だけど、身体だけが思うように動かない。

 そんなリュシの視界の隅で、トンミが殺されそうになっていた。

 それを確認した瞬間、


「君の判断ミスで仲間が死ぬことも有り得る。だから恐れるな。君は強い」


 アスラの言葉が頭の中で反芻され、直後にありとあらゆる雑念が消えた。

 トンミを、死なせない。

 私は小隊長なのだ。みんなの命に責任があるっ!


       ◇


 トンミは尻餅をついてしまった。

 実戦の最中である。トンミは死を覚悟した。

 違う、自分が死ぬと理解しただけで、死を覚悟したわけじゃない。

 死にたくない。

 走馬灯、というものを初めて体験した。

 生まれてから今日までの、色々な日々が脳内を巡った。蒼空騎士になんて、なりたくなかった。


「嫌だ……死にたくない……」


 目の前の山賊が、容赦なくクレイモアを振り上げる。

 殺意の籠もった目。人を殺したことのある目。他人をゴミか何かだと思っている目。

 ゆっくりと時間が流れる。

 死ぬ前は、世界が遅く感じるとよく言うけれど、ああ、あれ本当なんだ、と思考。

 死にたくない。


「助け……」


 涙が流れた。

 それでも、クレイモアは一切の慈悲もなく振り下ろされた。

 煌めく刃が、降ってくる。その様子が、酷く緩やかで。トンミは恐怖に押し潰される寸前だった。

 しかし。

 山賊の振り下ろした刃を、リュシがガードしてトンミを庇った。


「早く立ってトンミ!」


 リュシは酷く必死な様子で言った。

 その時、初めて、トンミはリュシに感謝した。心の底から感謝した。命を救われた。

 今まで散々、リュシには酷いことをした。見下して、虐めて、パシリのように扱ったことも多々ある。


「早く!!」


 リュシが急かし、トンミが立ち上がる。

 ありがとう、ありがとう!

 謝ろう、今までのこと全部。生きて帰れたなら、リュシが許してくれるまで、何度でも謝ろう。

 俺を見捨てることだって、リュシはできたのだから。

 それでも、助けてくれたのだから。


「サーラ!!」


 立ち上がったトンミを確認したリュシが叫び、目の前の山賊を斜めに斬った。


       ◇


 初めて人を斬った。初めて殺した。

 自分の剣で、山賊が死んだ。血を流し、床に倒れ、息絶えた。

 だけど、リュシにはその感触に浸る余裕はなかった。視界の端で、今度はサーラが殺されそうになっている。

 山賊2人がサーラを壁際に追い詰めている。

 リュシは跳んだ。


 とっても、身体が軽かった。こんなに軽いのは、生まれて初めてのこと。

 一瞬で間合いを詰めて、山賊の首を刎ねる。

 そのままの勢いで回転し、もう1人の首も刎ねた。

 技が決まる。軽やかに決まる。全てが鮮明に見えて、そして思い描いた通りに身体が動く。訓練の時以上に動く。


「リュシ……」

「サーラ、早く構えて! こいつら、大したことない! 私たちの方が強い!! 訓練を思い出して!!」


       ◇


「恐怖に打ち勝ったようですね」とマルクス。

「そのようだね」とアスラが肯定。


 最初にリュシが普段通りの動きを見せて、救われたトンミも吹っ切れたように動き始める。

 それからサーラも恐怖を克服し、みんなの活躍を見たヴィクも戦えるようになった。


「ヒヤヒヤしたよ」


 アスラが肩を竦める。

 彼らの実力は、すでに正騎士のそれである。こんなチンケな山賊たちに負けるはずがないのだ。

 恐怖で身体が強張って、動けていなかっただけで。


「やはりリュシは抜けていますね。これは英雄、つまり団長を狙える器です」

「私もそう思うよ」


 恐怖を克服し、戦えるようになったリュシは本当に強かった。

 やがて山賊たちの半分が死に、残りの半分が降伏した。


「サーラ、ヴィク、拘束!!」


 リュシの号令で、サーラとヴィクが降伏した山賊たちを拘束。

 トンミとリュシは剣を構えたままで、山賊たちの動きを警戒。


「レコ、見張りは殺してないのよね?」

「うん。気絶させただけ」

「そっちも拘束してきて。レコの実力なら1人で平気でしょ? もし起きて抵抗されたら、殺していいから」

「はぁい!」


 レコはニコッと笑ってから入り口へ。

 アスラとマルクスが少し移動して道を開ける。


「タッチ!」


 レコは軽やかにアスラの胸に触れてから外に出た。


「……油断した」


 アスラが苦笑いを浮かべた。

 まぁ、レコに触られるのは慣れているので、特に何も思わないけれど。

 少し待って、山賊たちの拘束が終わる。


「トンミ、サーラと山を下りて憲兵を呼んで来てくれる?」

「おう、いや、蒼空」

「蒼空だよぉ」


 トンミとサーラが入り口の方へと移動。

 しかしアスラが通せんぼする。

 トンミとサーラが首を傾げた。


「行く必要はない。アイリスがすでに通報済み。待っていれば憲兵と一緒に来る手はずだよ」


「そっか。じゃあ今の命令は取り消し」リュシが言う。「みんなで憲兵の到着まで山賊を見張りましょ。最後まで気を抜かないように」


「「蒼空」」


       ◇


 山賊たちの引き渡しが終了し、リュシはホッと息を吐いた。

 リュシだけでなく、トンミ、ヴィク、サーラも肩の力を抜いた。

 そしてそのまま、みんな座り込んだ。緊張状態が長く続いていたので、しばらく立ちたくない。


 ここは山賊のアジトの山小屋、その周囲である。

 要するに、リュシたちは地面に座っているのだ。

 リュシがふとアスラを見ると、憲兵の隊長がアスラに札束を渡していた。

 アスラは笑顔でお金を数えている。


 あっれー? これ、想定訓練だよね?


 いや、確かに山賊は本物だったけれども。想定訓練というよりは、実戦だったけれども。命の危険を伴った実戦だったけれども。

 もしかして、最初からアスラは憲兵の依頼を請けていた?


「やぁ諸君、今日の夜はこの金で豪遊しよう」


 アスラが寄ってきて言った。


「えっと、任務だったんですか?」リュシが問う。「その、蒼空の任務だったんですか、この山賊退治」


「いや?」アスラが首を傾げる。「私ら傭兵団《月花》の案件だよ。ついでに君たちの訓練に利用したってだけ」


 訓練に利用したのか、それとも山賊退治にリュシたちを利用したのか。

 いや、後者はないか、とリュシは思った。

 だって、アスラたちだけで山賊を倒す方が圧倒的に速いし、簡単なのだから。よって、アスラ的には善意なのだと判断。

 善意で獲物を分けてくれた的な。訓練できて良かったね的な。


「豪遊ってぇ、お酒飲んでもいいんだよねぇ?」とサーラ。


「もちろんだとも。この金、全部使ってもいいよ。好きなだけ注文したまえ」


「僕は下戸なんで……」ヴィクが小さく首を振る。「高い食べ物がいいですねぇ」


「それも好きなだけ頼めばいい。君らの初勝利だからね」


 アスラは楽しそうに言った。


「ほら小隊長、近くの街まで移動するわよ」アイリスが両手をパンパンと叩く。「号令しなさい号令。言っとくけど、おうちに帰るまでが遠征だからね?」


 鬼かこの英雄、とリュシは思った。ちょっと休ませて欲しい。

 けれども、休むなら街に戻ってからの方がゆっくり休める。

 てか、想定訓練じゃなくて遠征って言ったし、とリュシは思った。

 立ちたくない、と抵抗する思考と身体を捻じ伏せて、リュシは立ち上がる。

 そして「総員、下山!」と声を張った。


「「蒼空」」


 返事をして、みんな立ち上がる。

 リュシもみんなも疲れていたけれど、清々しい気分だった。

 初めて実戦を経験し、勝利に終わった。人生でもっとも過酷な想定訓練を、無事に終えることができた。

 そして何より、ちゃんと戦えたことがリュシは嬉しかった。昔憧れた蒼空騎士になれた気がしたのだ。

 まぁ、まだ正騎士試験に合格したわけではないけれど。


「ああ、そうだ」アスラが思い出した、という風に言った。「今日は宿に泊まって、明日の朝からまた別の想定訓練ね」


「「え?」」


 みんな目を丸くした。

 休みは?


「今度は魔物退治の想定よ」


 アイリスが楽しそうに言った。何で楽しそうなのか理解できない。


「もしかして、魔物も本物ってことは……」


 さすがにない、と思いながらリュシはそう口にした。


「心配するな。魔物役は魔物にやってもらう」とマルクス。


 ほら、やっぱり今度は役者が……え?


「今回以上に過酷な想定になるから、豪遊のあとはゆっくり休むように」

「おい、それ、豪遊したらマズいんじゃねーの?」


 トンミが苦笑いしながら言った。

 魔物と戦うのに二日酔いとかシャレにならない。死ねる。


「酒の量は自分で調整したまえ。君らがどんな状態でも、明日の朝から想定を開始する」


 アスラがニヤニヤと言った。

 なんだこいつ魔王か? とリュシは思った。

 みんな浮かれた気分だったのが、一気に沈んでしまった。


       ◇


 豪遊のあと、トンミは今までのことをリュシに謝罪した。

 それと、命を助けてくれたことへの感謝も伝えた。

 リュシは困惑していたけれど、謝罪と感謝を受け入れた。

 トンミのあとはヴィクが、今までの態度を謝罪。リュシはその謝罪も受け入れた。

 サーラは特に何も言わなかったが、元々サーラはリュシを虐めているという感覚がない。パシリにすることは多かったが、サーラはリュシの分のお金も渡していた。


 貧乏なリュシにとって、サーラのパシリは実は割と助かっていたのだった。

 要するに、お金を貰ってお使いしていたのと、そう変わらないのだ。

 お互いがそう認識していたので、2人の間に確執はない。

 サーラの態度が悪いのは全員に対してそうだし。

 リュシは眠る前に、みんなとの距離が近くなって嬉しいな、って思った。

 夢に見ていた騎士仲間になれるかな?


 ずっと一人ぼっちだったリュシは、ずっと仲間が欲しかった。まぁ、少し前までは諦めていたけれど。

 訓練は死ぬほど厳しいけれど、アスラが教官で良かったと思った。

 良くも悪くもアスラは公平だったし、この無茶苦茶な想定訓練のおかげで、仲間との溝が埋まり、更にリュシは戦えるようになったのだから。


 そして翌日からの魔物退治で、みんなまた泣きながら戦った。それ以降の想定訓練でも、みんな泣いて叫んで、それでも戦った。

 そして正騎士試験の日が訪れた。


「よぉし、アスラちゃんがオレに酷いから、今回の試験はいつもの倍、難しくしよう!」


 蒼空騎士団の団長ミルカ・ラムステッドがニッコニコの笑顔でそう宣言した。

 酷い嫌がらせである。


「まぁ、アスラちゃんがオレとベッドに入るなら? 普段通りでもいいけど?」

「倍でいいよ。問題ない。そもそも規定がヌルいし、以降の試験は全部倍の難しさでいいと思うよ」


 アスラは至極真面目に言った。

 リュシたちは苦笑いしただけで、特に文句は言わなかった。

 だって、倍の規定ならいつもやってるし。

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