第9話 「称号負けした脳筋ども」 奇遇だね、私もそう思うよ
「本当に辿り着けませんでした!!」
神国イーティスの宿屋で、サルメが頭を抱えた。
「これ、《一輪刺し》より強敵だね」
レコはベッドに腰掛けて小さく首を振った。
この部屋は宿屋の3階で、サルメ、レコの他にアイリス、ロイク、そして銀髪人形がいる。
「なんなのこの、抜け目のなさ……」
アイリスは椅子に座っている。
ちなみに、イーティスにいる間はアイリスも黒いローブを着ている。フードで顔を隠せるからだ。
「犯人のプロファイルが10代から20代前半の男ってんじゃな」ロイクが肩を竦めた。「範囲が広すぎてどうにもならねー」
今回、ロイクにアスラ式プロファイリングを教えることも目的だった。
まぁ、ロイクもすでに基礎は習っている。
ちなみに、ロイクは窓際に立って、外の景色に目を向けている。
「そんで、アスラみたいなサイコパスだろ?」
銀髪人形が言った。
なぜかブリットも推理に参加していた。
「単独犯で秩序型」アイリスが言う。「本来なら、社会的地位があって、成功している人物だけど……」
「今回はたぶん、当てはまらないですね」サルメが溜息混じりに言う。「イーティスの人間じゃないですね。流れのシリアルキラーって感じです」
「円仮説も成り立たないね」
レコはベッドにポフッ、と寝転がった。
「ま、今回はほら、ロイクのお勉強が中心ってことで」アイリスが言う。「秩序型の犯人像は?」
「あん? そりゃ、事件のニュースに関心があって、自分がどう報じられてるか楽しみにしているとか、長男である可能性が高いとか、移動性が高いとか、知能が高いとか、色々あるけど、一応、全部暗記できてるぜ?」
「そっか。やるわね」
「んじゃ、俺からも質問な?」
「どんとこいっ!」とアイリス。
「この犯人、通称《杭打ち魔》の動機は?」
「私見はあるけど、論理的にはサッパリ分からないわ!」
「……自信満々で笑えねー」ロイクが苦笑い。「レコはどう思う?」
「恋愛妄想かなって」レコが言う。「厳密にはその亜種。身代わり恋愛妄想、みたいな」
「秩序型の性的殺人では?」サルメが割って入る。「もしくは、加虐的殺人」
「杭を打つって署名的行動は、ナイフで刺すのと同じく、挿入の代わりじゃない?」レコが言う。「愛するスカーレットや団長を妄想してるんだよ。だから身代わり恋愛妄想に起因した殺人。でもかなり残酷だから、加虐的殺人ではあるね」
「性的にも満たされてるんじゃないの?」とアイリス。
「なるほど」サルメが頷く。「恋愛妄想であると同時に性的殺人であり、加虐的殺人でもある」
「スカーレットや団長に恋慕するなんて、ガチで同類以外に考えられねーな」ロイクは深い溜息を吐く。「まぁ、スカーレットはサイコパスじゃねーけど、イカレてるのは同じだしな」
「あたしの私見だけど」アイリスが言う。「どうしても、《杭打ち魔》は遊んでる気がしてならないのよね。というか、アスラとスカーレットを遊びに誘ってるって言うか、もちろん恋愛妄想や性的な要因もあるだろうけど、根は純粋って言い方も変だけど、純粋な遊びなんじゃないかって、これは勘だけどね」
「団長を遊びに誘うなんてけしからん」とレコ。
「スカーレットを誘うのは命知らずにも程があります」とサルメ。
「そんだけ自信があるんだろ? 正直、俺はこいつ見つけるの無理だと思ってるぜ? なんか盛大なミスでもしてくれなきゃ、どうにもならねー」
「かなり悔しいですね」サルメが拳を握る。「どんな犯罪者でも、見つけられると思ってたので……」
「それは慢心」
レコが肩を竦めた。
「はぁ……」アイリスが息を吐く。「今できるのって、金髪女性に注意喚起するぐらいよね……」
「あと、銀髪の少女もですね」サルメが言う。「今後、団長さんに見立てた殺人も起こると予想されます」
「てゆーか、オレたちが注意喚起しても意味なくない? 誰も聞いてくれないよ?」
「あたしからメロディを通して憲兵に伝えてもらうわ。一応、あたしらの意見もまとめて渡すわ。いいかしら?」
「それはお好きにどうぞ」とサルメ。
アイリスの行動を制限する権利はサルメにも誰にもない。
「じゃあ、それが終わったら拠点に戻るか」
ロイクが背伸びをした。
みんなが頷く。
◇
トラグ大王国、王城の会議室。
「すでに……英雄たちも調査を開始してるけど……まぁ、ほぼ間違いなく、君らの手下……だよね?」
西フルセンの大英雄ギルベルト・レームが言った。
ギルベルトは今年37歳になった男で、顔の造形も身体付きも普通。金髪で髪の毛を逆立てている。
革製のパンツに、素肌に革のジャケット。胸元に金ネックレス。
春はいいけど、夏は暑いだろうなぁ、とアスラは思った。
ついでに言うと、ギルベルトは冬になるとちゃんと暖かいインナーを着てからジャケットを羽織る。
「アスラ・リョナ! 貴様だろう!」
憤怒の声で言ったのは、西フルセンの大英雄候補ヨーゼフ・ヘルフルト。
黒髪長髪で、メガネをかけている。背が高い。
「まぁそう思うよね」
アスラはへラッ、と笑った。
ちなみに、問われているのは英雄であるノーラを殺したのは誰か、である。
この会議室にいるのは、ギルベルト、ヨーゼフ、アスラの他に、3人。
「ヨーゼフ、決めつけるな」
1人はギルベルトと同じく西の大英雄。
名前はホルスト・エンゲルベルト
55歳の男だが、もうすぐ誕生日だ。
筋骨隆々の見るからにパワータイプで、白髪交じりの黒髪。顔が怖い。
靴にこだわりがあるので、ピカピカだ。
「……たぶん、わたくしの思想に感銘を受けた誰かだとは、思います」
革命の旗印、現在のトラグ大王国宰相、デリア・ケッペンが自信なさげに言った。
「まぁ、このタイミングだ……。明らかに、我らの身内の犯行だろう……」
革命の指導者にして、現在の大王ネーポムク・トラレスが疲れた様子で言った。
ネーポムクは元宰相で、50代半ばなので、ホルストと同年代。
ただし、見た目は真逆だ。ネーポムクは根っからの文官なので、身体は鍛えていない。
「アスラ! 貴様の所業、僕は一生忘れませんよ!」ヨーゼフはずっと怒っている。「子供たちを人質にしたなど、あまりにも卑劣な嘘!」
「心が狭いね君」
「なんだと!」
ヨーゼフが勢いよく立ち上がったので、隣に座っていたホルストが溜息を吐いた。
「す、座ろうよ……ヨーゼフさん……」ギルベルトがオロオロと言う。「ああ……嫌だ……もう大英雄、辞めたい……」
「いいじゃないか、子供たちはみんな、無事だったんだから」
「貴様、よくもヌケヌケと……」
ギリギリと、ヨーゼフが歯噛みする。
「え? 死んでた方が良かったかい? なんなら、今から行って……」
アスラがそう言うと、ヨーゼフが荒々しい闘気を剥き出しにした。
アスラはどこ吹く風だったが、デリアとネーポムクが酷く怯えた。
「おい! いい加減にしろや! 話が進まないだろうが!」
ホルストが怒って言った。
「くっ……」
ヨーゼフは悔しそうだが、だけれど大英雄に反抗する気はない。
闘気を仕舞って、ゆっくりと椅子に座った。
「アスラちゃんも……頼むから、挑発しないで……」
ギルベルトは泣きそうな声で言った。
「はいはい。そっちの態度が良ければ、私も行儀良くするさ」
アスラが肩を竦めた。
ギルベルトとホルストが大きな溜息を吐いた。
そしてホルストがみんなを見回して、言う。
「それで? 捕らえていた参考人が、みんな揃って消えた件について聞かせてもらおうか?」
「……警備の不備としか……」ネーポムクが言う。「政変が成ったばかりでして……見張りが行き届いておらず……」
「ああ? お前ら、英雄の案件を優先しなかったのか?」ホルストがギロリとネーポムクを睨む。「英雄舐めてんのか? ノーラは確かに性格に難があったが、それでも英雄だぞ? それが殺されたんだぞ? 他は後回しにするべきだろうが」
「勝手なことを……」デリアが言う。「我々の苦労も知らずにっ! 英雄なんて言っても、権力に忖度するだけじゃないですか! 弱い者を助けようなんて気のない、称号負けした脳筋の集まりのくせにっ!」
アスラは口笛を吹きたくなった。
デリアはさすがに気が強い。既得権益と戦おうなんて奴だから、そりゃ当然そうだが、大英雄に平気で噛み付くとは。
「あんだと嬢ちゃん?」
「あなたたちが間に入ってくれたら、こんな惨状にはならなかったと思いませんか!? アスラから聞きましたけど、東の英雄たちなら、今回の件の間に立って……」
「ワシらは西の英雄だ」
ホルストは酷く冷えた声で言った。
あんまり侮辱するなら、ぶちのめすぞ、と言外にほのめかしている。
「おいオッサン」アスラが言う。「私の依頼内容、知ってるかね?」
「ああ? 知ると思うか?」
「デリアとネーポムクの護衛だよ。手を出すなら、それなりの覚悟をしておきたまえよ? 私は容赦しない」
「やはり、ノーラを殺したのはお前か、お前の手の者じゃないのですかねぇ?」
ヨーゼフは少しイライラした風に言った。
「殺すとは言ってない。戦闘不能にするだけさ。ノーラのことだって、私らは戦闘不能にするつもりだったよ?」
「そうは見えなかったですがね」
「初めて会った日のことを言ってるなら、勘違いだよ。殺す気でやらなきゃ、こっちがやられるからね。それに、だよ?」アスラがヨーゼフと目を合わせる。「私はわざわざ、君を遠ざけた。ノーラを殺すなら君も殺すさ。どのみち英雄たちと敵対するなら、最後には全部殺すんだから、君だけ逃がすわけないだろう?」
ヨーゼフは黙った。
そう、ノーラを殺すならヨーゼフも一緒に殺せばいいのだ。
まぁ、ただし、アスラが英雄たちと全面戦争をする気なら、だけれど。
アスラは現時点で、英雄たちと戦争する気はない。《月花》と英雄で戦っている間に、スカーレットに好き放題動かれるのは面白くない。
「そうだね……」ギルベルトが頷く。「英雄なんか、クソと同じ……アスラちゃんは、そう……思ってるもんね……。全面戦争も怖くない……だろう?」
「そりゃね? 私だって好きで英雄と戦争したいとは思わない。以前と違って、英雄の知り合いも増えたしね。でも、結果的にそうなっても別に問題はないよ? それに、これは前回……つまりマティアスの時にも言ったことだけど……」
「殺したなら自慢する、だろ?」
ホルストが苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「ご名答!」アスラが笑顔で手を叩いた。「英雄殺しなんて栄誉、私が宣伝しないはずがないっ!」
「栄誉だとっ!?」とヨーゼフ。
「あー、ヨーゼフ……」ギルベルトが全てを諦めた風に言う。「アスラちゃん相手に……怒るのは、しんどいだけ……だぞ?」
「ま、犯人探しには私もデリアもネーポムクも力を貸す」アスラが言う。「それでいいだろう? 参考人を逃がしたことも、本当に手が足りなかったんだよ。見たら分かるだろう? この国の現状」
「だね……。ホルストもヨーゼフも、協力して犯人を……見つけるって方向で、ここは1つ……」
「それしかないだろう」ホルストが言う。「ここでワシが文句を垂れ続けたら、《月花》と喧嘩になりかねん」
「大英雄様の命令には、従います」とヨーゼフ。
そこからの話し合いは比較的、事務的だった。
どのような体制で捜査をするのかなど、大まかに決めたあと、デリアたち王国側との調整要員として、英雄の1人を当てることなどを話した。
アスラはもう自分の出番は終わったと思っていたけれど、念のため話は最後までちゃんと聞いた。
まぁ精々、頑張れ、どうせ見つからないけれど。
だって、殺したの私らだし。
依頼されたわけじゃないけど、国王の性格では大人しく隠居なんかしないと思ったから。
そしてノーラは、デリアとネーポムクの安全のために処分した。
ヨーゼフは聞き分けがいいけれど、ノーラは違う。最悪、英雄の義務を放棄しかねない。私怨で2人を攻撃する可能性があったのだ。
デリアとネーポムクには生きていてもらわないと困る。
いずれ、西の拠点としてこの国を大いに利用するつもりなのだから。
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