第6話 銀色の魔王 ん? それって私のこと?


 王都は戦火に包まれていた。


「ははっ! こりゃ酷い! どっちが勝っても悲惨だね!」


 アスラは小高い建物の屋上から、燃える王都を見ていた。

 王都はそれぞれの勢力が東西に陣取って、割と激しくぶつかり合っている。一般市民の犠牲もなんのその。心底から熱くなっている様子。

 ちなみに、今日は戦闘の3日目。

 だがアスラたちの参加は今日からだ。昨日はデリアや宰相の安全を完璧に保証するために動いていた。

 街を走り回っている敵兵が、時々《月花》の名前を出した。


「グレーテルは思ったより頑張っているようだね」ふふっ、とアスラが笑う。「私もそろそろ動くか」


 すでに敵司令官の居場所をアスラは突き止めている。

 この場所から、ずっと彼を追っている。

 ただ、1つだけ問題があった。

 大英雄候補のヨーゼフ・ヘルフルトが、司令官の護衛としてピッタリ張り付いているのだ。

 ノーラの姿が見えないが、そちらは国王の護衛だ。潜入しているイーナの報告でそう聞いた。


 アスラは音もなく建物から建物へと移動し、ヨーゼフとの距離を詰める。

 そしてある程度近づいたところで、わざと大きな気配を出す。

 具体的には、両手を大きくブンブンと振ったのだ。笑顔で。

 ヨーゼフがアスラに気付き、そして目を丸くする。

 来い来い、とアスラが右手を動かす。

 しかしヨーゼフは司令官の側を離れない。

 仕方ないので、アスラは自身の周囲に【血染めの桜】を展開して、建物から降りてゆっくり歩く。

 司令官と、その周囲の兵たちがアスラに気付いてギョッとする。


「傭兵団《月花》、団長のアスラ・リョナだよ」


 アスラは笑顔で言った。

 敵の真っ只中。爽やかな笑顔を浮かべるアスラに、多くの兵が唾を飲んだ。

 ザッ、とヨーゼフが前に出る。


「まさか死にに来ましたか? 僕が誰か、知らないわけでは、ないでしょうに」

「どうかな? 君にはとっても楽しいお話をしてあげるよ」


 アスラが凶悪に笑う。

 爽やかな笑顔からの、突然の変化に誰もが戸惑い、そして怯えた。

 ヨーゼフですら、アスラの変貌ぶりに驚いていた。


「ヨーゼフ先生、ああ、ヨーゼフ先生、子供たちは可愛いね?」


 クスクス、とアスラが笑う。

 それだけで、ただそれだけで、ヨーゼフの顔色が変わる。


「貴様……まさか……」


「ふふっ。私たちのこと、知ってる? 私たちは手段を選んだことがない。なんで正義の味方が現実ではいつも負けるか知ってるかい? 何もできないからだよ。厳密には、ほんの少しの手段しか選べない。哀れだねぇ。悲しいねぇ。君たち英雄は人質なんて取らないよね? まぁ、取ったとしても私らには通用しないけどさ。ああ、でも、私らは割と人質を取る」


 饒舌に喋るアスラと、血が出るほど拳を握ったヨーゼフ。


「貴様、殺してやるぞ……、子供たちに、僕の生徒たちに、何かしたなら、私怨でも構わない、殺してやる……」


「おいおい、落ち着けヨーゼフ先生」ヘラヘラっとアスラが言う。「殺したとは言ってないよ? 何かしたとも言ってない。今は、まだ、ね?」


 司令官は成り行きを見守っている。

 大英雄候補であるヨーゼフの生徒に関係することなので、下手に口を挟めないのだ。

 司令官が動けないから、当然、兵士たちも動けない。


「要求は……?」とヨーゼフ。


「分かるだろう? 君がいると迷惑なんだよ。消えてくれないかな?」

「ふざけるな……これは王命だから、僕の意思では……」

「ああ、生徒たちはきっとこう言うよ! 『ヨーゼフ先生! 僕たちより王命が大切なの!? 先生! 信じていたのにっ!』ってさ!」


 アスラが楽しそうに言うと、ヨーゼフは気が触れたように叫んだ。

 両手で頭を抱えて、まるで獣のように叫んだ。

 その声があまりにも悲痛に満ちていたので、「子供たちのところに行ってやれヨーゼフ」と司令官が言った。

 実にできた男だ。

 司令官は見た感じ、50代中頃。


「しかしっ、僕はこの国の民っ! 王命に背くわけにはっ!」


「心配するなヨーゼフ先生。このまま内戦が激化すれば、王様は死ぬ。可哀想に、混乱の中でウッカリ死んでしまうんだよ。なんで死ぬのかは知らないけど、とにかく彼は死ぬ。そうでないと終わらないのだから。よって、王命なんて気にしなくていい。子供たちは大切だろう?」


「貴様っ!! 王まで手に掛ける気かっ!! 僕は個人的には!! 奴隷解放には賛成だった! だが!! 貴様を雇うようなクソ女は絶対に支持しないっ!!」

「私は別に何もしない。流れ的にそうなるだろうな、という予測だよ。それより、子供たちが生き残る条件は君が2日以内に村に戻ることだよ」


 アスラが言うと、ヨーゼフは酷く悔しそうな表情を見せた。

 ここからヨーゼフの住む村まで、馬で飛ばして2日だ。猶予はない。


「……それまでは、子供たちには……」


「大丈夫、指1本触れてない。子供たちの輝かしい未来は君次第。ああ、そうだ、一応言っておくけど、私らは子供を殺すことに抵抗なんかない。特に私は、産まれたばかりの赤子の首を捻って殺せる。分かるだろう?」


 アスラが言うと、ヨーゼフも司令官も酷く怒ったような表情を浮かべた。


「それでも人間か……」


 そう呟いたのは司令官の方。

 アスラは司令官を一瞥し、「そうだよ? 私はただの人間だよ?」と愉快な笑みを浮かべながら言った。


「てゆーかさ、街中で戦争してる君らだって似たようなもんさ」アスラが言う。「市民の犠牲、数え切れないぐらい出たよ? 中には子供だって交じってる。普段の戦争みたいに、原っぱにでも出向けば良かったんだよ。最初に始めたのは君たちだ。君たちが、ルール無用の殺し合いを始めたんだ。民間人の犠牲もいとわない、極悪非道な戦闘を始めたのは君らであって私じゃない。私は君らの定めたルールの上で、遊んでるに過ぎない」


 結局のところ、彼らにアスラを責める権利などないのだ。


「この惨状を!! 望んだりするものかっ!」ヨーゼフが両手を広げて叫ぶ。「何が遊んでいるだ! ふざけるな!!」


「でも、君は大英雄候補だし、もっと色々な手を打てたんじゃないかな?」アスラは淡々と言う。「英雄の立ち会いで話し合いをするとかさ。東なら、少なくともアイリスならそうしたはずだよ」


 この国の悲劇は、アイリスのような英雄がいなかったこと。

 思い当たることがあるのか、ヨーゼフは沈黙した。

 アスラは知っているのだ。ヨーゼフが国の未来を憂いながらも、何もしなかったことを。

 ただ自分の小さなコミュニティ、学校を、子供たちを守れればいいと思っていたことも。

 王命がなければ、この場にすらいないような男だ。

 だから、とアスラは思う。

 さっさと退場しろ。

 まだやる気がある分、ノーラの方がマシだよ。


「ほら!」アスラが両手を叩く。「急いで子供たちのところに行け! 走れ! 馬を見つけろ! みんな怯えながらヨーゼフ先生が戻るのを待ってるよ!」


「ぐっ……」


 ヨーゼフはすぐにでも走り出したいような雰囲気だが、それを堪えている。


「構わんヨーゼフ。行け」司令官が言う。「王には、私の方から言っておく。お前のような男に、闇堕ちは似合わん。行くんだヨーゼフ。この外道は、我々がなんとしても血祭りに上げる」


「すみませんっ……、この借りは、いつか必ず!」


 ヨーゼフはやっと、踵を返して駆け出した。

 アスラはヨーゼフの姿が完全に見えなくなるまで動かなかった。

 司令官たちも同じだった。

 そして、


「ねぇ知ってるかい?」とアスラ。


 司令官も兵たちも、ずっとアスラを注視している。


「さっきの全部、嘘なんだよ?」


 子供が悪戯をする時みたいな、そんなキラキラした笑顔でアスラは言った。

 あんまりにも楽しそうで、無邪気な笑顔だったので、みんな呆けた。

 その瞬間、アスラは花びらに【誘導弾】を付与。

 花びらたちが兵士に貼り付いて、そして爆発。

 悲鳴が響く。


「やれ! あの外道を殺せ!」


 司令官が言って、兵士が突っ込んで来た。

 そして花びらに触れて爆死していく。


「私らは子供を人質にしてないし、彼の村にも行ってないんだよね」


 ヘラヘラとアスラが笑う。

 ヘラヘラと笑っているだけで、兵士たちが次々に爆発。

 血と肉が飛び散り、死ねなくて呻く者たちの姿はまるで地獄。


「それと、私は割と優しいよ?」


 アスラは歩きながら小太刀を抜き、死ねなかった者たちにトドメを刺して回った。


「ほらね? 苦しんでいる人を見ると、放っておけない。この通り、ちゃんとしっかり殺してあげる。なんて優しいんだろうね?」


 クスクス笑いながら、兵士を殺して回るアスラを見て、まだ生きている兵たちは足が竦んで動けなくなった。

 経験豊富なはずの司令官ですら、身体の震えを止められなかった。

 花びらの数が大幅に減ったので、アスラは【血染めの桜】を解除。

 小太刀を鞘に戻し、踏み込み、ジャンプ。

 空中で抜刀し、その太刀で司令官の首を刎ねて着地。

 司令官の首が地面を転がった頃、生き残った兵たちが座り込んだ。

 彼らにはもう、逃げるだけの気力もない。

 恐ろしいのだ。心から恐ろしいのだ。彼らはアスラを同じ人間だと思えなかった。


「君たちは生かしておいてあげるよ」アスラが言う。「私のこと、《月花》のこと、ちゃんとみんなに話すんだよ? ああ、それとね? 今度から戦争する時はまず私らに声をかけるといい。今日の敵は明日の依頼主ってね!」


 アスラはそう言って小太刀を仕舞い、鼻歌交じりに歩き出す。

 戦果は上々だし、景色も綺麗だ。


       ◇


 誰がお前らなんか雇うものか、と兵士たちは心からそう思った。

 あれは魔王だ。人間じゃない。アスラ・リョナを頼るというのは、いわゆる悪魔に魂を売るのと同義だ。

 つまり、デリア・ケッペンは悪魔に魂を売ったのだ。そうまでして、奴隷を解放したかったのだ。

 であるならば、と兵士たちは思考する。

 そこまでの覚悟のない我々に、初めから勝ち目などなかったのだ、と。

 司令官がアッサリと死んだように、きっと王も死ぬだろう、と誰もが確信した。


「奴隷とか、心底どうでもいい、もう全員解放して、復興のことを考えよう」


 誰かが言った。


「あ、ああ、そうだな……」と別の誰かが同調。


「投降しよう。オレはもう兵士は辞める。畑でも耕して、二度とあの魔王に会わないように暮らす」


 次々に賛同の声が上がる。

 兵士を続けた場合、またアスラに会う可能性がある。少ない可能性でも、それでも可能性があるだけで耐えられない。

 みんなが次々に武器をその場に捨てた。

 そして白旗を掲げる。

 アスラ・リョナの魔王ぶりは、瞬く間に戦場に広がった。

 それこそ、グレーテルが一生懸命に名前を売ったのが無意味になるレベルの速度で広がった。


 話を聞いた兵士たちが次々に投降。

 結果として、アスラは内戦の早期終結に手を貸したことになる。

 もちろん、アスラにそんな意図はない。

 ただ普段通りに振る舞っただけ。

 以降、人々はアスラを『銀色の魔王』の二つ名で呼ぶようになった。

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