第5話 傭兵団《月花》に雑魚はいない そのことを、全世界が知るべきだよ


 メロディ・ノックスはアイリスに預かった小包をスカーレットに渡すため、謁見の間を訪れた。

 相変わらず、多くの剣が無造作に床に突き刺さっている。

 そして護衛の1人もそこにはいない。スカーレットのみだ。

 まぁ、護衛なんか絶対にいらないだろうけど、とメロディは思った。

 スカーレットはいつものように、玉座にふんぞり返っている。


「殺されるかもしれない、ってのに、あの子はわざわざそれを届けに来たわけ?」


 スカーレットは酷く呆れた風に言った。


「うん。どうぞ」


 メロディが小包を差し出すと、スカーレットが頷く。


「まさか毒じゃないわよね?」


「違うと思う。私はアイリスとの付き合いは短いけど、そういうタイプじゃない。倒したいと思ったらちゃんと戦うと思う。まぁ、魔法兵になったから少しは卑怯なこともするかもだけど」


 それでも毒を送る可能性はゼロに等しい。

 まぁ、毒だと知らずに届けた可能性は少しあるけれど。


「ふぅん」と言いながら、スカーレットが包みを開けた。


 そして硬直。

 何が入ってたんだろう? アイリスはお菓子って言ってたけど?

 メロディは興味津々で包みの中身を覗き込む。

 だけれど、そこに入っていたのは普通のお菓子だった。チョコレートのお菓子。

 スカーレットが固まった理由が分からなくて、メロディは首を傾げた。


「……あの子、何か言ってた?」


「そうそう、伝言があるんだった」メロディが思い出した、という風に手を叩く。「『それ食べて自分を思い出して』だって」


「……そう」スカーレットは少し悲しそうに笑った。「1人にしてくれるかしら?」


「はぁい」


 メロディは踵を返して、謁見の間を出た。


       ◇


「クソッ……あの子、クソッ……」


 スカーレットは泣きながらチョコスティックケーキを頬張った。


「美味しいよぉ……美味しいよぉ……お母様……」


 それはすでに失った味。

 それは失ってしまった大切な思い出の欠片。

 かつて、

 スカーレットがまだ闇に堕ちる前の、キラキラと輝いていた日々の1ページ。


       ◇


 アイリスがイーティスの街を歩いていると、


「スカーレット様! 今日はどうしたのですか!?」


 憲兵が寄ってきた。

 ちなみに、キンドラは少し離れた森の中だ。大人しく待つように言ったら、キンドラは欠伸をしてそのまま昼寝を始めた。


「え? あたし?」


 アイリスは立ち止まり、目を丸くした。


「スカーレット様、視察ですか? それとも、例の事件の進捗ですか?」


 憲兵は割と立場のある人間のようだ。

 すぐ真横に憲兵団の本部があったので、ちょうど出てきたところだったらしい。


「例の事件について聞かせて」


 アイリスは咄嗟にそう言った。ちょっと低めの声を出して、スカーレットっぽく振る舞った。

 ありゃー、それでかぁ。

 自分がスカーレットにソックリなこと、アイリスはすっかり忘れていた。

 神王城に向かっている際、多くの者がアイリスをチラ見していたのだ。

 その上、少し怯えているようで、声を掛ける者はなかった。

 前回、ラウノと来た時は見向きもされなかったが、あの時は薄汚れていたし、服もボロボロで誰もアイリスをスカーレットだと思わなかったのだ。

 あと、今日のアイリスは髪型がスカーレットと同じなのが大きい。オフだし、髪は下ろしたままなのだ。服はちゃんとしたし、寝癖なども直したが、結ぶのは面倒だった。


「はっ! 我々も神聖十字連も一心不乱に捜査しておりますが、未だ犯人逮捕には至っておりません! ですが必ず! 必ず逮捕いたします!」

「捜査資料、見せてくれる?」


 ちょっと興味が出てきたので、アイリスはそう言った。

 お父様、領主の仕事はまた今度、とアイリスは心の中で父に謝った。


「はっ! ではこちらにどうぞ!」


 憲兵に誘われて、アイリスは憲兵団の本部に入った。

 憲兵たちがアイリスを見てギョッとする。


「スカーレット様、また若返りましたか?」


 軽薄そうな若い男の憲兵が寄ってきた。


「あんたに関係あるの?」


 軽く睨むと、若い憲兵は慌てて首を振って、その場を去った。

 スカーレットならこんな感じかな、という言動。

 別人だとバレると厄介なので、その辺りは徹底する。

 まぁ、顔も服の趣味も声も同じなので、余程のことがないとバレないけれど。

 アイリスは殺風景な部屋に通された。


「お待ちください。すぐにお持ちしますので」


 憲兵が言い残し、部屋を出る。

 アイリスは長い息を吐いた。

 ああ、ビックリしたぁぁ! スカーレットに間違われるなんて!!

 なんで若返ったのよあの人! もっとオバさんだったじゃないの!!

 心の中でそんな悪態を吐きながら、アイリスは憲兵を待った。

 しばらく待っていると、憲兵が捜査資料を持って来た。


「仕事に戻っていいわ。勝手に読んで、勝手に帰るから」


 アイリスが言うと、憲兵は「了解しました」と部屋を出た。

 さて。

 アイリスは捜査資料に手を伸ばす。

 どうやら、現在イーティスの神王都では猟奇的な殺人事件が起こっているようだった。

 しかも連続的に。

 スカーレットに似せた金髪の女性が、身体中に杭を打たれて殺されている。

 壁には血文字で『次はお前の番だ! スカーレット!』と書かれている。

 一通り、捜査資料に目を通してから、アイリスは呟く。


「これ、恨みじゃないわね……。遊びたがってる? たぶんサイコパスね。憲兵の手には負えないかも」


 アイリスは憲兵を呼び、捜査資料の副書を作ってこの住所に送るように、とメモ書きを渡した。


「ここは?」と憲兵。


「いいからそこに送って。鳩が重量オーバーすると思うから、いくつかに分けてね?」


 フルセンマークの鳩たちは力持ちだが、重量制限というものがある。

 ちなみに、渡した住所はアイリスの自宅の住所だ。

 家にいる間、暇つぶしも兼ねてジックリ推理してみようと思ったのだ。

 それで犯人に迫れたら、それはそれで、いいことだしね!


「副書はすでにいくつか存在していますので、すぐに送ります」

「あ、待って。すでにあるなら、あたしが持って帰……いえ、持って行くわ」


 あくまで、副書がないことを前提に話を進めていたのだ。

 すでにあるなら、これからキンドラで帰るから自分で運ぶ方が遙かに速い。


       ◇


 グレーテルは背中のクレイモアを抜いて、兵士を1人、叩き斬った。

 ここはトラグ大王国の王都。

 現在、大規模な市街戦が行われている。


「民間人も巻き添えなんてっ! 本当、クソですわ!」


 もちろん、グレーテルが斬ったのは敵対勢力の兵士。


「街中で戦争するなんて、イカレてますの!?」


 駆けながら、グレーテルは次々に敵兵を斬り伏せる。

 内戦への積極的な介入。

 それがアスラの下した決断だった。

 アスラは言葉巧みにデリアを説得した。内戦の早期終結を目指すため、とか綺麗な言葉を並べ立てた。

 グレーテルの経験上、清廉潔白なデリアのような人物は、そういう前向きな言葉に弱い。

 グレーテルの現在の役目は、とにかく敵兵をぶち殺すこと。

 暴れて暴れて暴れ回ること。


「傭兵団《月花》のグレーテルですわ!!」


 名乗りを上げ、クレイモアを仕舞って腰の双剣を抜く。

 クルクルと舞うように、連続攻撃で軽装の敵兵を倒して回る。

 グレーテルは色々な武器を扱う。敵によって変えているのだ。重装備の敵にはクレイモア、軽装の敵には双剣、という具合に。

 グレーテルはまだ魔法を使えないし、魔法兵としては半人前だが、ファイア&ムーブメントは叩き込まれている。


 立ち止まることなく、殺したら次へ。斬ったら移動を徹底した。

 移動には民家の屋根を使うこともあり、そこから強襲することもあった。

 敵が小隊なら、大抵は1人だけ残す。

 グレーテルがどこの誰なのか、吹聴する人間が必要だから。

 反面、グレーテルが何かミスをすると、《月花》の名前に傷が付く。だからグレーテルは必死だった。


「ああああ! しんどいですわ! 本当、しんどいですわぁぁぁ!!」


 移動する、名乗る、殺す。移動する、名乗る、斬る。移動する、また名乗ってまた殺す。

 キノコ型のクリーム色の髪の毛が、返り血でベッタリと濡れた。

 ちなみにアスラは一緒に行動していない。

 デリアを護衛しているわけでもない。

 アスラはデリアの護衛をさっさとマルクスに投げて、自分はこの戦場に身を投じている。

 魔法兵は本来、単独行動はあまりしないのだが、今回はそれぞれに役割が振られているので仕方ない。


 アスラは敵の指揮官をぶっ殺す役目。1番美味しくて、1番楽しい役目だ。アスラは自分が1番いいところを持っていくことが多い。

 マルクスはデリアの護衛。

 ラウノは宰相の護衛。

 イーナは情報収集。

 グレーテルはとにかく暴れて《月花》の名前と実力を広めること。


「好き放題やりやがって傭兵がっ!!」


 真横の小道から、大きな戦斧が振ってくる。

 グレーテルはそれを躱すために飛び、着地して地面を少し滑った。


 危ないですわっ!


 声を掛けてくれたから躱せたけれど、無音で攻撃されていたら今のはダメージを受けたかもしれない。

 小道から重装備の小隊が出てきた。

 4人小隊だ。

 全員がフルプレートアーマーを装備していて、戦斧を担いでる。

 敵兵の中でも、攻守ともに優れた精鋭部隊だろう、とグレーテルは思った。

 グレーテルは双剣を仕舞ってクレイモアに持ち替える。

 重装歩兵たちがグレーテルを囲む。


「ローブ姿で戦場を駆け回りやがって!」

「クソ女がっ! 貴様の名前など聞いたこともない!」

「ここで殺してやるっ! 《月花》である以外、貴様に特別なことなど何もないっ!」

「貴様が傭兵団《月花》であっても、新入りだろう? グレーテルなど聞いたこともない。貴様に我々4人を相手に戦うだけの能力があるか!?」


 グレーテルは短く息を吐いた。

 まぁ、新入りであることは認めるし、アスラたちに比べたらグレーテルは弱い。


「なぜ私が《月花》に入れたと?」グレーテルが薄く笑う。「あの日、集まった者たちの中で、団長様は即戦力だけを求めていた。意味、分かります? あの中で、わたしとロイクだけが、唯一、戦力として数えられたという意味ですわ」


 言葉の終わりと同時に踏み込む。

 目の前の重装歩兵を躱し、同時にクレイモアを仕舞い、全力で走る。


「……逃げたっ!?」


 グレーテルの背後で、重装歩兵が素っ頓狂な声を上げた。

 当たり前ですわ!

 即戦力とは即ち、判断力にも優れていますのよ!

 だいたいその鎧は重いから、追いつけませんわよ!!

 グレーテルは角を曲がって立ち止まり、少し戻って建物の陰から顔を出す。

 こっちを見ている重装歩兵たちと目が合う。

 グレーテルは笑顔で手を振った。


「おのれ傭兵がぁぁぁ!!」


 重装歩兵たちがブチ切れて走って来た。

 それを見て、グレーテルは顔を引っ込めて、屋根にジャンプ。

 彼らは足が遅いので、ノンビリ到着を待った。

 彼らがグレーテルの曲がった角を曲がった時、グレーテルはクレイモアを抜いた。

 そして移動している彼らの最後方の1人めがけて飛び降りる。


 フルプレートアーマーは頑丈だ。

 しかしクレイモアは、フルプレートアーマーを装備した連中の首を刎ねるために造られたと言っても過言ではない。

 落下の速度を合わせて、グレーテルが重装歩兵を一刀両断。

 重装歩兵の身体が左右に分かれ、そのまま小道に転がる。

 前を進んでいた3人が振り返る。


 その頃には、グレーテルは横に回転しながら次の重装歩兵の首を刎ねていた。

 遠心力を利用した、クレイモア本来の使い方。

 クレイモアは横に振る。首を刎ねるためだ。首を刎ねるのだ。鎧もクソもあるか、とにかく重さと鋭さと遠心力で首を刎ねるのだ。

 喉を守るゴルゲットもろとも叩き斬るのだ。

 グレーテルは止まらない。


 更に回転しながら進み、次の重装歩兵の首も刎ねた。

 重装歩兵の弱点は、動きが遅いこと。

 彼らは軽装のグレーテルから逃げることは不可能。重たい戦斧を振り上げるよりもグレーテルの動きの方が速い。

 だが、さすがに最後の1人は戦斧を構えることができた。

 まぁ、当然だ。その前に3人を殺すだけの時間が経過しているのだから。

 グレーテルは微笑み、言う。


「傭兵団《月花》のグレーテル・ブリュームですわ。現在21歳、ピチピチの乙女ですわ」


 完璧な不意打ちだった。

 完璧な魔法兵だった。

 重装歩兵はその場に膝を突いた。

 彼は微かに震えていた。恐怖で立っていられなかったのだ。

 きっと、団長様も褒めてくれますわね、とグレーテルは上機嫌でその場を立ち去る。

 1人は残すのだ。

 傭兵団《月花》の恐ろしさを伝えてもらうために。

 そして。

 グレーテル・ブリュームの名も広めてもらうために。


「これが……《月花》……」


 名前を聞いたこともないような、新入りですらこのレベルなのか、と心の声までグレーテルには届いた。

 実にいい気分だった。


「ごきげんよう」


 グレーテルはサービスで挨拶してあげた。

 彼はきっと、わたしを忘れませんわね、とグレーテルは思った。

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