第2話 英雄たちも参加するってさ もちろん、私の敵としてだろう?


 デリアはアスラたちを古い木造の酒場に案内した。


「勝手に座るよ」


 言ってすぐ、アスラは椅子を引いて腰掛ける。

 それを見て、ラウノ、イーナ、グレーテルも手近な椅子に尻を下ろした。


「それでは改めて、わたくしはデリア・ケッペン。奴隷解放運動を主導しています」


 デリアはアスラの対面に座った。

 2人の間にはテーブルがある。

 ちなみに、この酒場には奴隷解放賛成派の者たちも一緒にいる。


「知ってる。それに自己紹介は道すがらでやっただろう?」アスラが肩を竦める。「とりあえずお茶と軽食でも出しておくれ」


 アスラは背もたれに体重を委ね、椅子の前足を浮かせて、椅子を斜めに揺らす。


「店主、お願いします」


 デリアが厨房の方を向いて言った。

 厨房の入り口付近に立っていた店主が、「あいよ」と肩を竦めて厨房の奥に引っ込んだ。


「さて、依頼内容と報酬について詰めよう。さっきのはサービスでいい」

「分かりました。しかし、手紙にも書きましたが、わたくしたちはお金を懸命に掻き集めても、10万ドーラ支払えるかどうか、です」

「ああ、そうだろうね。君らがストライキしてるから、この国の経済は回ってない」

「……それでも請けてくださる、と?」

「そのつもりだけど、いくつか条件がある」


 アスラは椅子を正しい姿勢に戻した。

 さっきまでずっと揺らしていたのだ。


「条件ですか? わたくしたちに、その条件を満たせるなら、構いませんが……」

「うん。その前に、とりあえず依頼内容から聞こう。手紙じゃ支援とあったけど、具体的にどうして欲しい? 国王を殺すかい?」


「いえ! まさか! そうではありません!」デリアが慌てて言う。「わたくしたちを護衛して欲しいのです。現在、軍は真っ二つに分かれていますが、憲兵は概ね、国王派です」


「ふむ。つまり国王派の方が戦力が上ってことだね」


「はい」デリアが強く頷く。「その上、英雄が国王側に付く可能性が高いです。少なくとも、1人は職人ですので、奴隷解放には反対しています。今のところ、表立って動いてはいませんが、時間の問題でしょう」


「オーケー、オーケー。護衛はいいけど、賛成派全員を守るのは無理」アスラが小さく両手を広げた。「だからまぁ、君の護衛はする。君だけは守る。でも他は無理だね。無理な仕事は請けられない」


「全員とは言っていません。わたくし以外に、宰相様も護衛して頂けませんか?」

「ふむ。じゃあラウノ、君が宰相の護衛」

「了解」


 ラウノは素直に頷いた。

 でもすぐに意見を述べる。


「ああ、でも団長、英雄が出てきたら僕じゃ守り切れない」


「おいおい、君は魔法兵だラウノ」アスラが呆れ顔で言う。「なんで正面から戦うことを想定してるんだい? まぁいい。今回は特別だよ? 宰相を隠せばいい」


「あ、そっか。了解」


 ラウノはハッとした風に言った。

 相手が英雄だろうが何だろうが、宰相の居場所を知らなければ何もできない。そういうことだ。


「私らは正直」アスラがデリアをジッと見詰める。「打って出る方が得意だよ? 国王派の有力者を片っ端から殺して、3日で終結させてあげてもいい」


「待ってください! 待って! わたくしたちは、そういうことは考えていません! できるなら、戦闘も避けたいのですから! 護衛だけお願いします!」


 デリアは必死な様子で言った。

 まぁ、自由と平等を説いているのだから当然か、とアスラは思った。

 デリアにとっては命だって平等なのだ。暗殺なんてしていいはずがない、というわけ。


「向こうはそうは思ってくれない、かもしれないけどね」

「ですから、護衛をお願いしているのです!」


「分かった。いいよ。それが依頼なら、請けよう」アスラが肩を竦める。「酔狂だね、君も。簡単に終わるのに」


「わたくしたちは、暗殺は行いません。戦闘も極力避けます。もちろん、無血革命ができると考えるほど純粋ではありませんが、なるべくなら、血は流れない方がいいと思っています」


 デリアがそう言った時、ウエイトレスがお盆を持って来た。

 お盆にはティーカップが載っていて、ウエイトレスが丁寧にテーブルに置く。

 デリアの分と、《月花》全員の分があった。


「……軽食は?」とイーナ。


「すぐにお持ちします。もう少しお待ちください」


 ウエイトレスが丁寧にお辞儀をしてから、厨房へと戻った。


「それでアスラさん。報酬は10万ドーラでいいのですか?」


「まさか! そんな安い値段で請けられるはずがない!」アスラが驚いて言う。「相手に英雄が出る可能性があるってだけで、最低100万ドーラ。実際に英雄が出たら1000万は欲しいところだね」


「ちょっと待ってください! そんなお金は……」


「だから」アスラがデリアの言葉を遮る。「条件があると言っただろう? 条件を聞く用意はいいかい? お茶を飲んで落ち着く? それとも深呼吸? あるいは天井でも仰ぐかい?」


「……どれも必要ありません。条件を言ってください」

「革命が成功したら、今の宰相が新しい王になるだろう?」

「はい。たぶん、はい」


 デリアは少し曖昧に頷いた。

 まぁ、未来のことなので断定できなかっただけ。その予定であることをアスラは知っている。


「よろしい。では条件は2つ。1つは、とりあえず10万ドーラを前金として貰う」アスラが人差し指を立て、次に中指を立てる。「もう1つは、王となった宰相が私らを優遇すること」


「……1つ目は分かりますが、2つ目は……?」


「なぁに、簡単な話さ。この国で私らが何か活動する時、あるいは、私らが困っている時、何かが必要な時、宰相が私らを助ける。1000万ドーラ分。国庫を開くなりなんなりしてね」


「それは、宰相様と直接……」


「いや、雇い主は君だよデリア」アスラが醜悪に微笑む。「君が決めろ。君が決めるんだ。一応言っておくけど、私らは報酬を払わない奴を許さない。でも安心したまえ、国王になれば、1000万ドーラ分の援助ぐらいできるだろう? 何も1回でってわけじゃない。分割でいいんだからね? 利息は付けない。優しいだろう?」


 デリアは何も答えなかった。

 少し怯えた風に、視線を泳がせている。

 周囲の人間たちも、息を呑んでキョロキョロしていた。


「あるいは」アスラが助け船を出す。「君が政権に入って、私らを支援してもいい」


「わたくしが……?」

「そう。その通り。君が宰相になればいい。君は革命を起こすのだから、そのぐらいの地位は当然、手に入る。どうだい?」

「考えてもいませんでしたが……わたくしが1000万ドーラ分の支援を……ですか……」

「いや、英雄が2人出たら2000万。英雄がもし出なければ、100万でいい」


 安請け合いはしない。


「なるほど。分かりました。わたくしが政権に入ったら……」


「たらればじゃない」アスラが強く言う。「入れ」


 デリアは少し沈黙して、それから小さく、だけど強く頷いた。


「……分かりました。革命が成功した暁には、わたくしが宰相となり、《月花》を支援します」

「よろしい。では交渉成立」


 アスラが右手を差し出す。

 デリアが少し戸惑ってから、アスラの右手を握った。


「早速、軽食を食ったら護衛を開始する。良かったね。これで君は絶対に死なない。明日、天変地異が起こっても守ってあげるよ」


       ◇


 数日後。

 ノーラの武具工房。

 ここの主であるノーラ・シューマンは職人だ。


「ははっ! 最高の剣が完成したよアンタら!」


 ノーラは巨大な剣を片手で軽々と持ち上げて言った。

 ノーラは24歳の女性で、やや筋肉質。服装は年季の入った青いツナギ。

 髪の色はオレンジで、ポニーテイル。

 美人かどうかは意見が分かれる顔立ちだが、目付きは鋭い。


「さすがノーラさん!」

「さすが! 剣の神様!」

「姐さん最高っす!」


 工房の仲間たちと、奴隷たちが口々に言った。

 ノーラの工房の奴隷たちは、解放運動には参加していない。

 興味がないわけではなく、単純にノーラが怖いから。


「こいつで早速、試し斬りがしたいねぇ」


 ノーラが視線を奴隷たちに送る。

 奴隷たちはビクッと身を竦めた。


「あ、姐さん、その前に、その、剣に名前を付けては?」


 工房の仲間が言った。


「ああん?」


 ノーラが仲間を睨む。

 仲間は唾を飲んで、だけど目を逸らさない。


「アンタ、いいこと言うじゃねーか! よぉし! グレートソード『ノーラエッジ』とかどうだい!?」


 ノーラは西フルセンの剣士では珍しく、大きな剣を好む。

 まぁ、西フルセンの剣士全員が二刀流や双剣を使うわけではないけれど。

 傾向としては、東フルセンではスタンダードな剣が好まれ、中央ではクレイモアなどの大型の剣が好まれる。

 そして西では、二刀流用のショートソードか双剣が最も好まれている。


「いいっすね!」

「最高の名前っす!」

「将来は伝説の剣っすね!」


 仲間たちと奴隷たちが口々にノーラを持ち上げた。

 ノーラは機嫌が悪いと、平気で従業員や奴隷たちを殴る。特に奴隷たちはサンドバッグになることが多い。


「あーあ、私利私欲で人を殺せないなら、英雄になんかなるんじゃなかったよ!」


 ノーラエッジを振り回しながら、ノーラが言った。

 そう。ノーラ・シューマンは職人であると同時に、英雄でもあった。

 西フルセンでは、強ければ内面はあまり重視されない。だから、こういう性格の飛んだ英雄も割といる。

 まぁその分、野良で英雄並の悪人はほとんどいないけれど。


「あ、姐さん、危ないっす! 振り回さないで!」


 工房の仲間――ノーラ工房の副責任者が慌てて言った。

 ちょうどその言葉が終わったと同時に、工房に憲兵が訪ねて来た。

 ノーラは剣を振るのを止めて、工房の入り口の憲兵をひと睨み。

 憲兵がビクッと怯えた。


「おーおー、これはこれは! 役立たずの憲兵じゃないか!」ノーラが言う。「奴隷解放とか抜かしてるボケ女は逮捕したんだろうね!? いい加減、処理しないとアタシがその女をウッカリ殺しちまうよ!? 英雄が私利私欲で殺しちゃ、困るって分かってるだろう!? アタシが粛正される時は、アンタらも皆殺しだよ!?」


 言っていることはメチャクチャだが、説得力がある。

 ノーラにとって、筋はどうでもいいのだ。


「その件ですが、その」憲兵が言う。「王命を持って参りました」


 憲兵はおずおずと、懐から手紙を出す。そしてノーラの方へと歩み寄った。

 ノーラはノーラエッジを丁寧に壁に立てかける。ノーラは粗暴な性格だが、剣だけは大切に扱うことで有名だ。

 剣に注ぐ愛情の1割でも、他の人間に注いで欲しい。ノーラを知る多くの者がそう思っているのだが、もちろんノーラは知らない。

 ノーラは手紙を乱暴に受け取り、封筒を開けて中身に目を通した。


「ほう。このアタシに、動いて欲しいって?」ノーラは嬉しそうに言った。「まったく! 最初からアタシを頼れば良かったんだよ! ははっ! 傭兵団《月花》が敵側だってさ! いいね! あの小生意気な連中、1回ぶちのめしたかったんだよ! 調子に乗ってるからねぇ! くはは! 王命なら、仕方ないよねぇ!」


       ◇


 同じ頃。


「先生、さようならー!」


 子供たちを見送りながら、ヨーゼフ・ヘルフルトは微笑みを浮かべていた。

 今日もとりあえず、平和だ。巷では奴隷解放運動が流行しているようだが、この片田舎には関係ない。

 ヨーゼフは30歳の男で、職業は教師。

 田舎町に唯一の学校で、子供たちに色々なことを教えている。

 ヨーゼフは背が高く、スラリとしている。

 髪の毛は女のロングヘアぐらい長く、色は黒。

 顔立ちは悪くない。メガネをかけているのがチャームポイント。


「先生! 今度、剣教えてくれよ!」


 男の子たちがヨーゼフを取り囲んだ。

 ここは学校のすぐ前。いわゆる校門的な場所。まぁ、田舎の学校なので、それほど立派な建物ではないし、門もボロボロだけれど。


「剣よりも勉強の方が、今後は大切になりますよ」


 ヨーゼフは優しく、穏やかに言った。


「でも、男ならやっぱ剣だろ!」

「そうだよ先生! 戦えないと!」

「君たちが戦わなくてもいい世界になれば、いいのですがねぇ」


 ヨーゼフは少し困った風に笑った。

 いずれ、戦士偏重の時代は終わる。ではその後に訪れる新しい時代を生き抜くには?

 知識だ。そう。知識が今後の世界では重要になるはずだ、とヨーゼフは思っている。

 とはいえ、現時点ではまだ戦闘能力が必要だ。もっと法が整備され、憲兵が力を持ち、治安が向上するまでは。


「まぁ、今度少し、基本だけ、教えましょう」


 ヨーゼフが言うと、子供たちが「やったー!」と喜んで、「約束だぞ!」と言って元気に走り去った。

 そのタイミングを見計らって、憲兵がヨーゼフに歩み寄る。


「何か?」とヨーゼフ。


「王命を持って参りました。次期大英雄候補、ヨーゼフ・ヘルフルト様」

「王命……ですか?」


 トラグ大王国に所属する以上、刃向かうことのできない命令。


「はい。奴隷解放運動参加者の粛正を行っていただきます」


 憲兵は懐から手紙を出し、ヨーゼフに渡した。


「僕が嫌う言葉の1つですよ。粛正って」


 ヨーゼフは手紙に目を通す。


「傭兵団《月花》……ですか。ジャンヌを倒し、圧倒的な貴族軍を撃ち破った悪魔の傭兵団。極悪非道、世界の悪意の中心地、竜王種を飼っている。大英雄様たちが、彼らの城で会議を開いたこともあります……。まったくこれは確かに、英雄の力が必要でしょうね」


 個人的には、奴隷解放には賛成なのだけど、とヨーゼフは心の中で呟いた。

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